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年月日 No . |
集団的自衛権の行使容認 閣議決定弾劾! 安倍政権が集団的自衛権の行使を認める閣議決定を強行した。「国権の発動たる戦争は、永久にこれを放棄する」「国の交戦権はこれを認めない」と定めたはずの憲法はふみにじられた。「新たな戦前」が始まったのだ。これは、ひとにぎりの閣僚どもによる「憲法解釈の変更」を標榜したクーデターだ。 生命をかけても戦争を阻む われわれは歴史の分岐点に立っている。戦争への道を阻止しなければならない。それは、どんな困難があろうとやり遂げなければいけない課題だ。それをなしうる力は労働者の団結した闘いの中にある。時代への危機感を集めよう。渦巻く怒りの声の先頭にたとう。今こそ、闘う労働運動を甦らせよう。 貪欲な資本家たちの戦争 安倍は、国家主義や排外主義を煽り、憎悪と恐怖で社会を埋め尽くして、「自由や幸福追求の権利、国民の生命が脅かされていいのか」「我が国と密接な関係がある国に武力攻撃が加えられた時に黙っていていいのか」と威嚇する。だがそれは、真実をあざむく詭弁だ。戦場に送られるのは誰なのか。貧しい労働者であり農民だ。獣の道で死ねと強制される兵士や家族に幸福追求権や自由が存在するというのか。安倍がやろうとしている戦争は、貪欲な資本家どもとその政府が生き延びるための戦争だ。そのために血を流せと言っているのだ。愛国主義はならず者の最後の砦であることを片時も忘れてはならない。 戦争への扉をあけ放つ虚言 さらに安倍は集団的自衛権について、「きわめて限定的、必要最小限の行使であり憲法上許される」という。戦争への道を甘い言葉で敷きつめるペテンを許してはならない。安倍はパンドラの箱を開けたのだ。全ての戦争は「自衛」の名において始まる。そして、一旦その扉を開けたら、破滅の道に落ちるまで拡大し自己運動が始まるのだ。かつて歩んでしまった侵略戦争がいかなる経過を辿り、アジア、日本、世界の民衆にどれほどの惨禍を強制したのか。安倍はその事実から目を背けるために、その戦争を崇高な行為として賛美し、閣議決定を強行した。そこにあるのは、「通してしまえばこっちのものだ」という政治的策略だけだ。「歯止め」など始めからあるはずもないのだ。 外への侵略戦争と内への階級戦争 「戦争をする国」への転換は、これまでの社会のあり方を全部破壊して暴れまわる力を生み出す。外への戦争の野望は内に向けた労働者への戦争とひとつのものだ。それは、自衛隊法など無数の法「改正」が始まるというだけのことではない。労働者の権利も、思想および良心の自由、集会・結社・表現・通信の自由も、個人の尊厳も、教育の内容や学校、社会保障制度のあり方も、何もかもが「戦争をする」ことを前提に組み替えられていくことになる。 資本主義の終わりの始まり 安倍政権をしゃにむに戦争に突き動かしているのは、資本主義体制が行き着いた出口なき危機だ。世界恐慌が生み出す深い危機が、ウクライナで、イラクで、東アジアで戦争への衝動を生み出そうとしている。 |
大失業と戦争の時代に通用する新しい世代の動労千葉を創りあげよう! |