| 労働法制改悪攻撃の現段階 ① 労働政策の歴史的転換攻撃許すな! |
④従業員代表法制の整備とデロゲーション
●デロゲーション議論の核心
第3、第4の問題(従業員代表法制とデロゲーション)は報告書の中でも表裏一体で語られている。
デロゲーションとは、労基法の基準以下の労働条件を労使協定で「合意」することを指しているが、厚労省はそれが「例外」ではなく、今後の労働基準法制の中心をなすものとなり、至上命題となると位置づけたのだ。もっとも厚労省は、デロゲーションという言葉を使ってはいない。「法定基準の調整・代替」という言い方をして次のように主張する。「労働基準法制における労使協定は、法律で定められた規制の原則的な水準を個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて所定用件の下で調整・代替することについて、免罰効果を与えるとともに、当該事項に係る法廷基準の強行性を解除する効果を持つ」と。
厚労省はそれを、「雇用の柔軟化」がここまで進んでしまった以上認めるしかない仕方のない現実であるかのように描きだしている。だが、単なる現状の追認ではないことは明らかだ。「この基準を理由として(すでに実行されている)労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るよう務めなければならない」という現行労基法の基本的立場(第一条)が真逆なものにひっくり返されようとしているのだ。
そのことについて経団連は「法律自体は原則的なシンプルな規制とし、…労働者と使用者の集団的な合意により、自社の実態に応じて規制の例外を認めること」と定義し、デロゲーションは労基法の抜本的見直しを前提としたものだということをよりストレートに主張している。つまり、現在のデロゲーション議論は、規制のさらなる緩和という次元をこえて、「労働基準法制の大改正」議論と一体で進められていることに特徴があり、核心がある。
●従業員代表法制の整備
さらに厚労省は、デロゲーションの観点から「従業員代表法制」「過半数代表制度」の整備を主張する。デロゲーションを正当化するためには正統に選出された従業員代表が必要だというわけである。前述のようにそれが「集団的労使コミュニケーション」論と結びついていく。
問題は、労働基準法制の抜本的見直し議論と一体でそれが語られているだけでなく、過半数労働組合と同列に従業員代表法制が位置づけられていることにある。とくに、労働組合が産業横断的にではなく企業別に組織されている日本の現実を考えたとき、法的に整備され、企業による様々な支援策が講じられる従業員代表組織が労働組合を駆逐していく攻撃となることは明らかである。しかも労基法の「事業所単位適用原則」まで解体しようという意図と共にそれが語られているのだ。結果として労働組合が排斥されることになるというだけではなく、JR東日本や経団連は「労組なき社会」をつくる明確な意図をもって従業員代表法制の整備を主張している。そのことを絶対に忘れてはならない。
厚労省報告は、過半数労働組合及び過半数代表者に、デロゲーションの意見集約を行うための「必要な支援措置」をとるとしている。具体的には、活動時間の確保、使用者からの必要な情報の提供、意見集約のための労働者へのアクセス保障等である。ここにも重大な問題がある。それは、職場に過半数労働組合があったとしても(全企業数の1割強に過ぎない)、その組合や過半数代表者がデロゲーションに協力する場合だけである。協力的か否かによって使用者側の対応が変わるというのはそれ自体が労働組合への不当な支配介入であるし、少数組合にとってはより露骨な団結権の侵害となることは明らかだ。
●経団連の「労使協創協議制」
経団連は従業員代表法制の整備について、厚労省報告と比べても決定的に踏み込んだ提言を出している。それが「労使協創協議制」の創設をうたった2024年の提言である。注目すべきは、従業員代表組織にデロゲーションの合意だけでなく、「個々の労働者を規律する契約を結ぶ権限」「就業規則の合理性推定の権限」まで付与するとしていることだ。それは従業員代表組織に事実上の「団体交渉権」や「団体協約締結権」を与えることを意味する。“労働組合もどき”の組織を作ることによって、労働組合の存在やその憲法上の権利を根本から解体しようとしているのである。
さすがにこの提言に対しては労働法学者からも次のような批判がだされている。「(それは)団結権保障(憲法28条)および私的自治(契約自由)原則(憲法22条、同29条および同13条)に反する提言であって、無理というほかない。経団連提言には、集団的労使関係制度の再編成という大がかりな道具立てすら提示して、デロゲーションを実現させようとする意志が鮮明であり、無理を承知の観すら身受けられる」(元久洋一・国学院大学教授)。
しかし、経団連はけっして「無理を承知で」出したわけではなく、まさに「集団的労使関係制度の再編成」が、軍需経済化―戦時体制への歴史的転換への踏み出しと一体で画策されていると見なければならない。
その点で見すえておく必要があるのは、この提言をまとめる中心的な役割を果たしたのがJR東日本だということである。しかもJR東日本は、2018年に東労組を解体し、「社友会」という従業員代表組織をつくるという形で自らそのモデルを示して見せた上でこの提言をまとめている。社友会は職場ごとの組織化に始まり、全社的な「連携協議会」も結成され、今は「意見交換」という言い方をしているが、社友会を相手とした事実上の「団体交渉」がすでに始まっている。一方、4万人ほどを組織していた東労組は一夜にして崩壊し、いくつかのごく少数組合に転落した。グループ会社で組織されていた東日本労連も会社の命令一下解散している。JR東日本は「こうすればいいんだ」ということを示して見せたのである。今進められているのは、国鉄分割・民営化―総評解散以来の労働運動解体攻撃に他ならない。しかもそれは、労働基本権までを解体しようとしている意味で国鉄分割・民営化とも次元を異にした攻撃である。
⑤労働時間規制の緩和、労働基準監督行
労働時間規制緩和の問題についてはすでに様々な批判がされているので省略する。また労働基準監督行政の見直しについてもどのような方向で検討が行われているのかだけを確認しておきたい。臨検を軸とした監督行政は時代遅れになったとして、企業の「自主性」に委ねてしまおうとしている。また厚労省は次のようにも言っている。「企業が労働市場における評価を通して労働条件や職場環境等の改善を進めるとの好循環を生むといった、労働市場の強化を図り、市場メカニズムを活用する方法を検討することが必要である」(『新時代研報告』)と。「市場メカニズム」にまかせて監督業務を放棄してしまおうというのだ。怒りなしには読むことができない。国鉄分割・民営化を強行し総評を解散に追い込んで以降、「市場原理に任せればすべてうまくいく」と言ってやってきた結果こそが、格差の途方もない拡大、4割の労働者が非正規というとんでもない雇用破壊、OECD加盟諸国中最低水準の賃金低下・貧困化、ブラック企業の蔓延ではなかったのか。(つづく)

