1984年この道を進もう 中野洋 旗開きでの提起 上

1552

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臨調 · 行革粉砕!
三 里塚 ジェット 闘争勝利!
ういう情勢認識のもとに、八〇年代を
というようなグループもでてくる。こ
って自分たちだけは生きのびていこう
し、敵の側に身をすり寄せることによ
たすさまじい敵の攻撃に動揺し、屈服
くる。そして、闘う側の中にもそうし
に対してかつてない反動攻撃をかけて
おし進める、そのために労働者·人民
かけて支配者共は戦争と反動の政策を
機がますます深化し、その危機脱出を
八〇年代というのは、帝国主義の危
てきている、というふうに思います。
かということは、ますますはっきりし
のためにああいう闘いをやってきたの
われわれをとりまく情勢を見れば、何
間を闘ってきたわけです。そして今日、
もとに全体が意志一致をしてこの四年
働運動をつくろう」とのスローガンの
わゆる「八〇年代に通用する自前の労
日、そしてその年の第三回大会で、い
から分離独立したのが七九年三月三〇
地力を発揮するような底力のある運動
これは追いつめられた政府·公団の最
ました。思えば私たちが動労「本部」
運動の弱点を克服し、激動の中でこそ
八〇年代に入って五年目の春を迎え
地力を発揮する運動を
激動の時代にこそ
84年、団結旗びらき
における
中野委員長からの提起
動労千葉の決意」より上
て「行革」の名のもとに国鉄労働運動
改悪に手をつけようとしている。そし
軍事大国化へもっていこうとし、憲法
ンと手を結び、中曽根が日本を急速に
て闘っている。日本では、そのレーガ
をとって侵略とたちむかい生命をかけ
じめとして多くの第三世界の人民が銃
争挑発政策のもとで中東·中南米をは
られている。米帝レーガンの凶暴な戦
国中実に四〇ヵ国で戦争の火ぶたがき
あれから四年、世界は今や一六〇カ
(裏面につづく)
冬の時代だと泣き事を言って次々と屈
しい事だと思います。嵐にすぐみ上り、
うことができたことは本当によろこば
うして意気高く一同に会し、出陣を祝
われわれは一歩も退かず、
ここにこ
ども、反対同盟·動労千葉を軸とした
しかに大変な暴風雨がふき荒れたけれ
こうしてみると、この二~三年、た
反撃の拠点は築いた
むすんだこの四年
三 里塚 | 国鉄で切り
います。
する自前の労働運動を」であったと思
と国鉄を水路とする、八〇年代に通用
そのスローガンがまさに、「三里塚
を創り出していかなければならない。
わゆる民同型労働運動といわれる労働
争の歴史を積極的に点検·総括し、い
今日までのあらゆる労働運動·階級闘
たくましく闘いぬくために、私たちは
軸とした不抜の体制を築き上げました。
高く八四年決戦を迎える敷地内農民を
間の闘いの正義の一切をかけて、意気
合い拒否·実力闘争」の原則=十八年
港絶対反対·農地死守」「一切の話し
そして一部の脱落派を叩き出して、「空
の攻撃にも断固反撃し、勝利しました。
後の切り札攻撃だと思いますがーこ
による極めて悪質な分裂=破壊策動ー
もうという、同盟内一部と支援の一部
同盟全体を「話し合い」路線にもちこ
月には「農地死守」の原則をなげすて
題、成田用水問題、さらには昨年の三
同時に、反対同盟はいわゆる石橋問
全組合員·家族の強固な団結で組織破壊攻撃を粉砕せよ !!
八四年 二の道も進もう
動常千葉委員長 中野 洋
.4

8 4年動労千葉の決意を明らかにする
中野委員長
(84年団結旗びらき)
堅持して闘ってきました。
要員を削られながらも、闘いの原則を
たって立ちむかい既得権をうばわれ、
千葉は全国の闘う国鉄労働者の先頭に
しかし、この嵐の中でわれわれ動労
化攻撃が一挙に激化してきている。
てない凶暴な同盟解体攻撃=総条件派
のメッカたる三里塚闘争に対し、かつ
する攻撃が進んでいる。全国住民運動
を解体し労働運動全体を解体=産報化
全組合員·家族そして全国の国鉄の仲向へ
多動芳千葉
84. 1. 31
No. 1552
(鉄電)二九三五~六·(公衆)〇四七二(2)七二〇七
千葉市要町二–八(動力車会館)
国鉄千葉動力車労働組合
いに自信をもって決意を固めて思いっ
このことを見すえれば、われわれは大
うギリギリの綱わたりをやっている。
·決戦体制づくりに全力をあげるとい
恥や外聞をすてて彼ら内部の意志統一
えてこういう人事をとった。敵の側が
生まれてしまうと考えたからこそ、あ
はかることはできない、多くの亀裂が
消して当局としての強固な意志統一を
当局内部自身がかかえている矛盾を解
つを今他所からもってきたんでは国鉄
リーダーシップをとっているようなや
ことができる。つまり、官僚や財界の
それゆえのとんでもない凶暴性を見る
ようもないどんずまり、敵の脆弱性、
ます。しかし、このことの中にどうし
·デタラメの象徴みたいなものであり
ら、まさにお笑いぐさであり、無責任
「再建」の音頭をとるというのですか
す。「赤字」づくりの張本人が今度は
まさに国鉄「赤字」の張本人でありま
長としてやっていた男でありますから、
時代に国鉄本社常務理事しかも建設局
年代、国鉄が多くの「赤字」を作った
この仁杉なるものはちょうど一九七〇
動攻勢に出てこようとしております。
という男を総裁にすえて再び新たな反
身の高木文雄前総裁を更迭し、仁杉嚴
今、政府·国鉄当局は元大蔵官僚出
「再建」の旗をふる
「赤字」 の 張 本 人が
年増えつづける十八兆円の長期債務、
ぶち当ってしまっているわけです。毎
ができるのか」ということに、彼らは
は一体どんな計画をたてたら経営再建
事なのでありますが、「じゃあ、今度
が数字になってつきつけられたという
メだというわれわれの当初よりの主張
などという当局の論理が全くのデタラ
と報告している。
「合理化·要員削減で赤字を解消」
積赤字」は遂に十八兆円にもなった、
一兆三千八百億円近くにのぼり、「累
で、昨年度の「赤字」は更に増えて、
て同時に、にもかかわらず、その一方
げて達成できたと報告している。そし
中で要員削減の目標が一年早くくり上
服·迎合する動労「本部」の裏切りの
めとする大変な攻撃、そしてこれに屈
化計画が、「ヤミ·カラ」攻撃をはじ
はじまった「国鉄三五万人体制」合理
つまり、一九七九年を初年度として
本質がくっきりと出ております。
たが、この中に今日の「国鉄危機」の
二年度 国鉄監査報告」が出されまし
特徴的な事として、昨年半ば「一九八
更に、国鉄の現状についてもう一点
のです。
破 綻 が示すもの
「再建合理化」 計画の
国鉄危機と問われる労働者の階級的立場
きり決戦を闘うことができるというも
に考えています。
(以下、つづく)
して反撃にうって出よう、というふう
をかけて、今までの怒りを全部はき出
対決し粉砕する闘いに今までの全蓄積
ー三里塚にかけた中曽根の全面攻撃と
も今年、極めて重大な決意でこの国鉄
その意味で、わが動労千葉は何より
うことはそういうことであります。
叫んでいる「戦後政治の総決算」とい
けられないということです。中曽根の
め体制の全部の面にこういう激突が避
の大きなポイントとして、国鉄をはじ
にない––この八四年、八五年を一つ
本質的に、そういう非和解の対決以外
れとも国鉄労働者が生きのびるのか、
者·国鉄の体制が生きのびるのか、そ
の激突の場にならざるを得ない。支配
根、国鉄当局と国鉄労働者の生命がけ
くに突破して、むき出しの日帝·中曽
態をどうするか」というレベルをとっ
状は、「赤字をどうするか」「経営形
このように、現在の国鉄をめぐる現
切る–––これは彼らの常とう手段です。
をひらいて、つぎつぎと本工の生首を
めは社外工だとか臨時雇用員で突破口
民間でもおこなわれているようにはじ
員の生首切りがはじまっております。
そして、全国的には、すでに臨時雇用
「二〇万人」体制だ、等といっている。
「三五万人体制」の次はもうすでに、
圧攻勢をかけてこざるをえなくなる。
らはやみくもに今まで以上の凶暴な弾
うことがおこってくるかというと、彼
がなくなってくる、そうするとどうい
文字通り、敵側にとっていわば路線
本の階級闘争の今後を決める決定的な
攻防戦の帰すうが日本の労働運動·日
通り決戦局面に突入する。そしてこの
また三里塚において、われわれは文字
この八四~八五年は、国鉄において、
えると思います。
築くことに大きく勝利しつつあると言
代中期の決戦局面を闘いぬける体制を
八四年、八五年を射程に入れた八〇年
てきたこの道の中に、はっきりと一九
部分とちがって、私たちのきりひらい
服し裏切りの道にころげおちるような

0
ければならないと思っています。
:
できる事をよろこびをもって確認しな
ういう体制のもとで、この決戦に突入
成果の上に今日、三里塚と国鉄でのこ
し進めてまいりましたが、この一定の
おちつけて本格的に創り出す闘いを推
とく闘いぬく労働運動をじっくり腰を
さらに進んで戦争と反動の時代にしぶ
げてきた歴史的な遺産をも継承しつつ、
私たちはこれまで先輩諸氏が築きあ
年となることははっきりしています。
それとも労働者が死ぬのか
支配者·体制が死ぬのか、
は、まさにそのことを示している。
ている。
「三五万人体制合理化」計画の破綻
理のワク内では絶対にできない。
であります。彼らのこういう発想と論
きるでしょうか。これはできないわけ
ればできるという計画を彼らは提起で
彼らのいう「国鉄再建」–––こうす
分割」方針をかかげて期限をきってき
一方で国鉄再建監理委員会が「民営·
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