三里塚·ジエット闘争貫徹!「国鉄35万人体制」粉砕!
取場の怒りに追いつめられたコロピ屋·亀田
11
–
n
き、たれ込むマル生分子=嶋田,
と、助役·管理者の部屋に泣きつ
會何かあるとすぐ「助役さらん」
○ダイヤ検討委員
会計監査
いのだ。
8
のだ
。
としての任務を遂行するためにのみ姿を現わした
デッチ上げ→告訴を策し、コロビ屋·タレコミ屋
この日、コロピ屋嶋田誠は、ただひとつ第二の
コミの張本人にふさわしい態度なのだ。
しての「本部」反動分子=デッチ上げ告訴·タレ
当局がいるときは、強がり、まさに当局親衛隊と
検修の仲間の怒りの前では、身を小さくして、
たまま、姿を見せなかった。
よろしく当局掲示板を見た後、検修事務室へ入っ
出勤するやコロビ屋嶋田誠は、「勤務の厳正」
て今もって出勤していな
以降休むことを申し入れ
この後、当局へ三十日
りですごすごと退散して
闘いの前に、三時間あま
いった。
毅然とした糾弾と反撃の
千葉·国労組合員仲間の
極まる策動に対し、動労
しかしこのような卑劣
員
”
務長
会長.
長
伊藤敏雄 四十二才
本網 香
鈴木政男
山田 悟
小林茂男
菅谷達史
高橋昭雄
上野孝治
菅谷省平
牧野輝夫
伊藤 隆
五十才
三十四才
四十二才
三十九才 (本部委員)
三十三才
三十八才
委 事 副会
.
◇ 選出された役員は以下のとおり。
うちに終了した。
規約などを全体で確認し、役員を選出し成功裡の
われた総会は、経過と当面する組織、財政方針、
本部乗務員分科会安田事務三を来賓に迎えて行
開催した。
月三十日、午後一時より乗務員分科会結成総会を
六月二九日、結成をかちとった銚子支部は、七
銚子支部乗務員分科会結成される
労大改革に向け、力強く前進してゆこう。
かちとってきている。さらに、反動分子一掃、動
実に八〇年代に通用する自前の労働運動の前進を
全組合員のみなさん。
わが動労千葉は一つ一つの試練を乗り越え、着
挑発策動を完全に粉砕
毅然とした反撃で
=コロビ屋·嶋田誠の正体なのだ。
はこのことだ。これこそデッチ上げ事件の張本人
ンツの跡とは、まさに開いた口がふさがらないと
裏腹に重傷で入院しているはずのものが、海水パ
…」という全国大会での斎藤吉司の発言とは全く
「入院し、酸素吸入器を使い、肋骨ブラブラ…
という異様な姿を見たのである。
ンツのま新しい日焼け跡がクッキリと残っている
に居合せた検修の仲間は、更衣中の嶋田に海水パ
とはいうまでもない。そして更衣中、ロッカー室
元凶·嶋田に対し、怒りの抗議の声があがったこ
検修の多くの仲間から、コロピ屋ータレコミの
局課員·現場職制が職場にはいかい。
それよりわずか前、例によって区長を先頭に、
屋嶋田誠が姿を現わした。
七月二九日八時すぎ、電車区裏口より、コロビ
☆*☆*☆*☆*☆*☆
海水浴?
「重傷でうなっているはずが
日姿を現わしたのみで、またまた休んでいる。
ま、ついに七月三十日奪還したのである。
「不当弾圧攻撃に対し、
「なんだ、嶋田、お前海水浴で遊んで
の結集が着実に闘いとられている。
ている。
一方、結成間もない銚子支部でも、動労千葉へ
千三百の反撃の前に、コロビ屋ータレコミの元凶、革マル嶋田誠は、去る七月二九日、半
. こうした津田沼支部をはじめとした動労千葉
·家族対策·激励行動に、怒りの総決起をかちとってきた。そして六名の仲間を完黙のま
まさに全組合員が活動家となって、支部を防衛し、連日の救援
動労千葉津田沼支部は、七月十五日以降、権力·革マル反動分子一体となった組織破壊
沼の短期転勤者は、言葉もないほどうちひしがれ
田沼のでは、「国鉄をやめる」といい出し、津田
日は、「動労を脱退する」表明を行っており、津
動労千葉の闘いの中で、仙台·盛岡帰任者のA
動分子を追いつめている。
を意図した目論見とは全く裏腹に、着実に彼ら反
に、闘う労働者を権力に売り渡し、動労千葉破壊
を先頭とする千三百の文字通りの総決起は、同時
六名の仲間を完黙のまま奪還した、津田沼支部
「本部」反動分子一掃、動労大改革へ!
たんか !? 」 ····· 転場の仲間に、海水パン
の日焼け跡を発見され、糾問されて、真
赤になってうなだれる嶋田。(7月29日)
★☆ ****
全組合員·家族の強固な団結で組織破壊攻撃を粉砕せよ !!
山
動芳千葉
81.8.3
Or
–
No. 811
(鉄電)二九三五~六·(公衆)四さニ(2)七二〇七
千葉市 要町二·八(動力車会館)
国鉄千葉動力車労働組合
取場の怒りに追いつめられたコロピ屋·亀田
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n
き、たれ込むマル生分子=嶋田,
と、助役·管理者の部屋に泣きつ
會何かあるとすぐ「助役さらん」
○ダイヤ検討委員
会計監査
いのだ。
8
のだ
。
としての任務を遂行するためにのみ姿を現わした
デッチ上げ→告訴を策し、コロビ屋·タレコミ屋
この日、コロピ屋嶋田誠は、ただひとつ第二の
コミの張本人にふさわしい態度なのだ。
しての「本部」反動分子=デッチ上げ告訴·タレ
当局がいるときは、強がり、まさに当局親衛隊と
検修の仲間の怒りの前では、身を小さくして、
たまま、姿を見せなかった。
よろしく当局掲示板を見た後、検修事務室へ入っ
出勤するやコロビ屋嶋田誠は、「勤務の厳正」
て今もって出勤していな
以降休むことを申し入れ
この後、当局へ三十日
りですごすごと退散して
闘いの前に、三時間あま
いった。
毅然とした糾弾と反撃の
千葉·国労組合員仲間の
極まる策動に対し、動労
しかしこのような卑劣
員
”
務長
会長.
長
伊藤敏雄 四十二才
本網 香
鈴木政男
山田 悟
小林茂男
菅谷達史
高橋昭雄
上野孝治
菅谷省平
牧野輝夫
伊藤 隆
五十才
三十四才
四十二才
三十九才 (本部委員)
三十三才
三十八才
委 事 副会
.
◇ 選出された役員は以下のとおり。
うちに終了した。
規約などを全体で確認し、役員を選出し成功裡の
われた総会は、経過と当面する組織、財政方針、
本部乗務員分科会安田事務三を来賓に迎えて行
開催した。
月三十日、午後一時より乗務員分科会結成総会を
六月二九日、結成をかちとった銚子支部は、七
銚子支部乗務員分科会結成される
労大改革に向け、力強く前進してゆこう。
かちとってきている。さらに、反動分子一掃、動
実に八〇年代に通用する自前の労働運動の前進を
全組合員のみなさん。
わが動労千葉は一つ一つの試練を乗り越え、着
挑発策動を完全に粉砕
毅然とした反撃で
=コロビ屋·嶋田誠の正体なのだ。
はこのことだ。これこそデッチ上げ事件の張本人
ンツの跡とは、まさに開いた口がふさがらないと
裏腹に重傷で入院しているはずのものが、海水パ
…」という全国大会での斎藤吉司の発言とは全く
「入院し、酸素吸入器を使い、肋骨ブラブラ…
という異様な姿を見たのである。
ンツのま新しい日焼け跡がクッキリと残っている
に居合せた検修の仲間は、更衣中の嶋田に海水パ
とはいうまでもない。そして更衣中、ロッカー室
元凶·嶋田に対し、怒りの抗議の声があがったこ
検修の多くの仲間から、コロピ屋ータレコミの
局課員·現場職制が職場にはいかい。
それよりわずか前、例によって区長を先頭に、
屋嶋田誠が姿を現わした。
七月二九日八時すぎ、電車区裏口より、コロビ
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海水浴?
「重傷でうなっているはずが
日姿を現わしたのみで、またまた休んでいる。
ま、ついに七月三十日奪還したのである。
「不当弾圧攻撃に対し、
「なんだ、嶋田、お前海水浴で遊んで
の結集が着実に闘いとられている。
ている。
一方、結成間もない銚子支部でも、動労千葉へ
千三百の反撃の前に、コロビ屋ータレコミの元凶、革マル嶋田誠は、去る七月二九日、半
. こうした津田沼支部をはじめとした動労千葉
·家族対策·激励行動に、怒りの総決起をかちとってきた。そして六名の仲間を完黙のま
まさに全組合員が活動家となって、支部を防衛し、連日の救援
動労千葉津田沼支部は、七月十五日以降、権力·革マル反動分子一体となった組織破壊
沼の短期転勤者は、言葉もないほどうちひしがれ
田沼のでは、「国鉄をやめる」といい出し、津田
日は、「動労を脱退する」表明を行っており、津
動労千葉の闘いの中で、仙台·盛岡帰任者のA
動分子を追いつめている。
を意図した目論見とは全く裏腹に、着実に彼ら反
に、闘う労働者を権力に売り渡し、動労千葉破壊
を先頭とする千三百の文字通りの総決起は、同時
六名の仲間を完黙のまま奪還した、津田沼支部
「本部」反動分子一掃、動労大改革へ!
たんか !? 」 ····· 転場の仲間に、海水パン
の日焼け跡を発見され、糾問されて、真
赤になってうなだれる嶋田。(7月29日)
★☆ ****
全組合員·家族の強固な団結で組織破壊攻撃を粉砕せよ !!
山
動芳千葉
81.8.3
Or
–
No. 811
(鉄電)二九三五~六·(公衆)四さニ(2)七二〇七
千葉市 要町二·八(動力車会館)
国鉄千葉動力車労働組合