7月18日・19日の2日間にわたり、「下北『核』半島スタディー2026」および「大MAGROCK/大間原発反対現地集会」に参加しました。

東京駅から東北新幹線「はやぶさ」に乗り、午前10時過ぎに八戸駅に到着。地元の山田氏によるガイドと、南部バス労働組合委員長の間山氏による運転のもと、約40名の参加者がマイクロバスに乗り込み、午前10時40分に八戸駅を出発して下北半島を北上するスタディーツアーが始まりました。 初日は、地域の歴史と国策に翻弄される青森の厳しい現実を視察した。まず、三沢米軍戦闘機の騒音問題で集団移転を余儀なくされた人々の新住居地「大津」や、射爆撃場の騒音から避難した移転先「新森」を通過した。新森では、最初に移転した人の建物ほど交付金によって大きく建てられているという実態を目の当たりにしました。その後、核燃料サイクル施設を抱える六ケ所村へ向かい「六ヶ所原燃PR館」を訪問。村内には再処理工場のほか、日本初の大規模な石油備蓄タンクも存在していました。午後には東通(ひがしどおり)村へと移動し、「東通PR館」にも立ち寄りました。道中には2千人もの収容人数を誇る巨大な体育館が有り、訪れたどのPR館でも、原子力エネルギーの未来がまるで夢の技術であるかのように美化して解説されていました。これらの光景は、青森県が抱える「貧困」や「出稼ぎ」、人々が生きていくために受け入れざるを得なかった過酷な現実を浮き彫りにしていました。それは同時に、東日本大震災の際に私たちが突きつけられた「福島の原発が作った電力によって、遠く離れた東京の社会が動いている」という不条理な構造と深く重なるものでありました。
2日目の19日は、大間原子力発電所の建設予定地内へと向かいました。そこには、原子炉の炉心からわずか200~250メートルという至近距離に建つ「あさこはうす」があります。この場所は、原発の敷地買収に唯一応じず、反対運動の象徴となった故・熊谷あさ子さんが建てたものであり、現在は娘の小笠原厚子(熊谷厚子)さんに引き継がれています。ここを訪問し、不屈の意思を肌で感じました。
その後、「大MAGROCK/大間原発反対現地集会」の2日目に合流しました。集会では、対岸の北海道函館市からもフェリーで約2時間をかけて23名が海を渡って参加していることが報告されました。青森市議や函館市議をはじめとする多くの参加者から、大間原発建設反対に向けた力強い発言が相次ぎました。集会後、200名で大間町の町内を練り歩くデモ行進を行い、原発のない未来を目指して「団結・UNITE」「大間原発/絶対反対」「戦争まいね(だめ)改憲まいね」「憲法ちょすな(いじるな)」のコールを響かせた。デモ終了後、八戸から新幹線で帰路に着きました。

大MAGROCK/大間原発反対現地集会実行委員会の中道さん、ツアーガイドを務めて頂いた山田さん、マイクロの運転をして頂いた南部バス労働組合委員長間山さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。
中村 仁


