7・17~21サンフランシスコ訪問報告 執行委員長 田中康宏

11月労働者集会に向かって始動

7月17日~21日、サンフランシスコを訪問しました。一ヵ月間にわたって開催されるレイバーフェスタの企画のひとつとして「労働者、戦争と抑圧」と題された労働者の国際討論集会が開催され、そのパネリストの一人として招かれたのです。
また、昨年の訪米時に要請されて「俺たちは鉄路に生きる2」の英語版を作成し、また「ILWU物語」を日本語に翻訳して出版したこともあって、出版記念レセプションも開催されました。

アメリカではILWU(国際港湾倉庫労働組合)ローカル10や34、サンフランシスコ労働者評議会の呼びかけで、この10月にワシントンで、「ブッシュ 打倒、ケリーもNO」のスローガンを掲げて、「ミリオン・ワーカーズマーチ」(百万人労働者行進)が計画されています。今回の訪米の最大の目的は、アメリ カでのこの画期的な取り組みと、日本での11月労働者集会の成功に向けた討議を行なうことにありました。

実質4日間というわずかの期間でしたが、数多くの企画や討議の場、そしてストの現場にも参加し、ほんとうに実りの多い、そして私自身認識を新たにさせられた訪米でした。
何よりも驚いたのは、私たちが訪れたときにはすでに、11月集会への代表団の派遣について、多くの労働者の間で討議されていたことです。「20名くらい の代表団を派遣したい」と集会で提起したり、「飛行機のチケットを手配する予定です」と話しかけてくる労働者がいたり、サンフランシスコ労働者評議会の ウォルター・ジョンソン事務局長らとの討論の場では、事務局長自身が、「飛行機をチャーターしてパラシュートで会場に飛び降りよう」と、冗談ををまじえな がら11月集会のことを呼びかけてくれるなどという情況でした。 昨年の11月集会が思いもよらず、サンフランシスコの労働者たちに大きなインパクトを与 えているのです。
これには背景があります。彼らが昨年11月集会に訪日した時期というのは、ILWUは、協約改訂をめぐる大闘争のすぐ後のことでした。ブッシュは、 「9・11」の後、アフガニスタン~イラクへの侵略戦争につき進む状況のなかで、アメリカ最強の労働組合であるILWUの解体に全力をあげます。そのため に、ILWUが70年間守りぬいてきた労働協約(西海岸の全域港湾労働者について、労働組合が運営する雇用事務所を通さずに雇用・就労させることはできな いことを定めた協約)を解体しようとしました。ブッシュは、この協約改訂闘争にタフト・ハートレイ法80日間ストを禁止する等の労働組合弾圧法)を発動 し、海軍を導入する等の恫喝をかけ、闘いはまさに国家をあげた攻撃との闘いになりました。ILWUは、ギリギリのところでこの協約を守りぬきます。しかし 一定の後退も余儀なくされます。
さらにはその後、オークランド港からイラクへの軍需物資輸送を阻止するためにピケットには、警察が木製弾で銃撃し、多くの重軽傷者・逮捕者をがでるという大弾圧が加えられます。
こうしたなかで、ILWUの最左派を形成するローカル10がだした総括は、「AFL-CIO(日本の連合)などの屈服・変質を下から打破していくような 運動を組織しなければならない、そして国際的な労働者の連帯闘争を本気になって組織しなければ、この現状を突破することはできない」という提起でした。
こうした状況のなかで、動労千葉との交流が始まり、そして11月集会への参加があったのです。直面する課題への問題意識は、まさにぴったりと一致したのです。

また、アメリカでは大民営化攻撃が吹き荒れようとしています。何と国防総省(ペンタゴン)の業務まで民営化してしまおうという攻撃で す。「民営化」が全世界で労働者の権利や雇用・賃金を解体する猛毒であること、これとの闘いが労働者の最重要の課題であることで、私たちの認識は完全に一 致しました。そして、動労千葉が、小さな組合にも関わらず、国鉄の分割・民営化に真正面からたち向かい、今の団結を守って民営化反対闘争を継続しているこ と、そしてそれだけでなく、日本の労働運動全体の再生や新しい潮流の形成をめざして闘いぬいていることに、大きな注目が集まりました。「俺たちは鉄路に生 きる」を翻訳してほしいという要請も、こうした認識に基づくものでした。

こうしたなかでの討議や11月集会への参加を通して、相互に影響を与えあう関係が形成され、アメリカでは、ローカル10などの呼びか けで、ミリオン・ワーカーズ・マーチが提起されます。今、AFL-CIOは、これに賛同するな、参加するな、資金援助をするな、という指令をだして、制動 に躍起となっています。しかしサンフランシスコの労働者たちは、「これはわれわれの闘いがアメリカの労働運動全体に無視できない影響を与え初めたことを示 しているんだ」と胸をはっていました。

私は、ローカル10の最も戦闘的・中心的指導者であるジャック・ヘイマン氏に次のように訴えました。
「今私たちは二つの壁に挑んでいます。ひとつは、連合、全労連という日本の労働運動のナショナルセンターの幹部たちは、もはや労働組合とは呼べないほど屈 服を深め、政府・資本と一体化してしまっている。これを下から打破することです。そしてもうひとつは、様々な労働組合がナショナルセンターの違いやイデオ ロギーの違いなどによって自ら壁をつくり統一行動が展開できていないという現状を打破することです。昨年の11月集会は、未だ小さな穴に過ぎませんが、こ うした現状に風穴をあけることができました。今年はこれをさらにこじ開けたい」と。
ジャック・ヘイマン氏の返事は「それはすばらしい。お約束しましょう。その穴を打ち壊すために私がハンマーをもって参加しましょう」というものです。
国は違っても、闘う労働者の思いはひとつであることを感じた一瞬でした。

ILWUの労働者とは、昼食会というかたちで討論する場面があったのですが、驚いたのは「私たちはマルクス主義のベースがあるから国際連帯することができる」と胸をはっていうことです。
「ロシア革命のとき、アメリカも干渉軍を派遣したが、アメリカの港湾労働者はそれに抵抗してウラジオストックへの武器輸出をにヵ月間ストップさせた。そ の間に赤軍がウラジオストックを占領したので、私たちが送った武器は全部赤軍の手に渡ったんだ。私たちはチリの軍事クーデターのときも、米CIAが介入し てニカラグアの左派政権を倒したときも物資の輸送を阻止した」と胸をはっています。一九三四年のサンフランシスコゼネストを始め、自らの闘いの歴史を心の 底から誇りとしているのです。
初対面にも係わらずこのような議論がされること自体、私にとってはまさにアメリカの労働運動に対する認識を一変させるものでした。

7・17~21サンフランシスコ訪問報告 執行委員長 田中康宏

11月労働者集会に向かって始動

7月17日~21日、サンフランシスコを訪問しました。一ヵ月間にわたって開催されるレイバーフェスタの企画のひとつとして「労働者、戦争と抑圧」と題された労働者の国際討論集会が開催され、そのパネリストの一人として招かれたのです。
また、昨年の訪米時に要請されて「俺たちは鉄路に生きる2」の英語版を作成し、また「ILWU物語」を日本語に翻訳して出版したこともあって、出版記念レセプションも開催されました。

アメリカではILWU(国際港湾倉庫労働組合)ローカル10や34、サンフランシスコ労働者評議会の呼びかけで、この10月にワシントンで、「ブッシュ 打倒、ケリーもNO」のスローガンを掲げて、「ミリオン・ワーカーズマーチ」(百万人労働者行進)が計画されています。今回の訪米の最大の目的は、アメリ カでのこの画期的な取り組みと、日本での11月労働者集会の成功に向けた討議を行なうことにありました。

実質4日間というわずかの期間でしたが、数多くの企画や討議の場、そしてストの現場にも参加し、ほんとうに実りの多い、そして私自身認識を新たにさせられた訪米でした。
何よりも驚いたのは、私たちが訪れたときにはすでに、11月集会への代表団の派遣について、多くの労働者の間で討議されていたことです。「20名くらい の代表団を派遣したい」と集会で提起したり、「飛行機のチケットを手配する予定です」と話しかけてくる労働者がいたり、サンフランシスコ労働者評議会の ウォルター・ジョンソン事務局長らとの討論の場では、事務局長自身が、「飛行機をチャーターしてパラシュートで会場に飛び降りよう」と、冗談ををまじえな がら11月集会のことを呼びかけてくれるなどという情況でした。 昨年の11月集会が思いもよらず、サンフランシスコの労働者たちに大きなインパクトを与 えているのです。
これには背景があります。彼らが昨年11月集会に訪日した時期というのは、ILWUは、協約改訂をめぐる大闘争のすぐ後のことでした。ブッシュは、 「9・11」の後、アフガニスタン~イラクへの侵略戦争につき進む状況のなかで、アメリカ最強の労働組合であるILWUの解体に全力をあげます。そのため に、ILWUが70年間守りぬいてきた労働協約(西海岸の全域港湾労働者について、労働組合が運営する雇用事務所を通さずに雇用・就労させることはできな いことを定めた協約)を解体しようとしました。ブッシュは、この協約改訂闘争にタフト・ハートレイ法80日間ストを禁止する等の労働組合弾圧法)を発動 し、海軍を導入する等の恫喝をかけ、闘いはまさに国家をあげた攻撃との闘いになりました。ILWUは、ギリギリのところでこの協約を守りぬきます。しかし 一定の後退も余儀なくされます。
さらにはその後、オークランド港からイラクへの軍需物資輸送を阻止するためにピケットには、警察が木製弾で銃撃し、多くの重軽傷者・逮捕者をがでるという大弾圧が加えられます。
こうしたなかで、ILWUの最左派を形成するローカル10がだした総括は、「AFL-CIO(日本の連合)などの屈服・変質を下から打破していくような 運動を組織しなければならない、そして国際的な労働者の連帯闘争を本気になって組織しなければ、この現状を突破することはできない」という提起でした。
こうした状況のなかで、動労千葉との交流が始まり、そして11月集会への参加があったのです。直面する課題への問題意識は、まさにぴったりと一致したのです。

また、アメリカでは大民営化攻撃が吹き荒れようとしています。何と国防総省(ペンタゴン)の業務まで民営化してしまおうという攻撃で す。「民営化」が全世界で労働者の権利や雇用・賃金を解体する猛毒であること、これとの闘いが労働者の最重要の課題であることで、私たちの認識は完全に一 致しました。そして、動労千葉が、小さな組合にも関わらず、国鉄の分割・民営化に真正面からたち向かい、今の団結を守って民営化反対闘争を継続しているこ と、そしてそれだけでなく、日本の労働運動全体の再生や新しい潮流の形成をめざして闘いぬいていることに、大きな注目が集まりました。「俺たちは鉄路に生 きる」を翻訳してほしいという要請も、こうした認識に基づくものでした。

こうしたなかでの討議や11月集会への参加を通して、相互に影響を与えあう関係が形成され、アメリカでは、ローカル10などの呼びか けで、ミリオン・ワーカーズ・マーチが提起されます。今、AFL-CIOは、これに賛同するな、参加するな、資金援助をするな、という指令をだして、制動 に躍起となっています。しかしサンフランシスコの労働者たちは、「これはわれわれの闘いがアメリカの労働運動全体に無視できない影響を与え初めたことを示 しているんだ」と胸をはっていました。

私は、ローカル10の最も戦闘的・中心的指導者であるジャック・ヘイマン氏に次のように訴えました。
「今私たちは二つの壁に挑んでいます。ひとつは、連合、全労連という日本の労働運動のナショナルセンターの幹部たちは、もはや労働組合とは呼べないほど屈 服を深め、政府・資本と一体化してしまっている。これを下から打破することです。そしてもうひとつは、様々な労働組合がナショナルセンターの違いやイデオ ロギーの違いなどによって自ら壁をつくり統一行動が展開できていないという現状を打破することです。昨年の11月集会は、未だ小さな穴に過ぎませんが、こ うした現状に風穴をあけることができました。今年はこれをさらにこじ開けたい」と。
ジャック・ヘイマン氏の返事は「それはすばらしい。お約束しましょう。その穴を打ち壊すために私がハンマーをもって参加しましょう」というものです。
国は違っても、闘う労働者の思いはひとつであることを感じた一瞬でした。

ILWUの労働者とは、昼食会というかたちで討論する場面があったのですが、驚いたのは「私たちはマルクス主義のベースがあるから国際連帯することができる」と胸をはっていうことです。
「ロシア革命のとき、アメリカも干渉軍を派遣したが、アメリカの港湾労働者はそれに抵抗してウラジオストックへの武器輸出をにヵ月間ストップさせた。そ の間に赤軍がウラジオストックを占領したので、私たちが送った武器は全部赤軍の手に渡ったんだ。私たちはチリの軍事クーデターのときも、米CIAが介入し てニカラグアの左派政権を倒したときも物資の輸送を阻止した」と胸をはっています。一九三四年のサンフランシスコゼネストを始め、自らの闘いの歴史を心の 底から誇りとしているのです。
初対面にも係わらずこのような議論がされること自体、私にとってはまさにアメリカの労働運動に対する認識を一変させるものでした。

田中委員長アメリカへ サンフランシスコでレイバーフェスタに参加

内への階級戦争、外への侵略戦争と闘い
国際連帯をさらに発展させよう

田中委員長は7月17日から約一週間、アメリカのサンフランシスコで開催されているレイバーフェスタに参加するために訪米した。
このレイバーフェスタでは、「インターナショナル・レイバー・パネル」として動労千葉、ILWUローカル10等の討論集会や11月集会に向けた代表者会 議、「ILWU物語」日本語版出版記念会、「俺たちは鉄路に生きる2」英語版の出版記念会など予定されている。

10・17に百万人労働者大行進をよびかけ

アメリカのILWUローカル10(国際港湾倉庫労組第10
支部)は、「ブッシュ打倒、ケリーもノー」を掲げ、大統領選を前にした10月17日に百万人を組織した大行進を行おうとしている。ILWUローカル10の 大行進を呼びかける決議では、「この行進は、ブッシュ政権とその共犯者である議会のもとで行われているアメリカ労働者への攻撃と数百万の雇用が失われたこ とへの反撃として提案する。このような困窮は大恐慌以来初めてだ。・・・・・
われわれはこの行進で自分で自分自身を代表する。全ての政治家から独立し、アメリカの大多数を占める勤労する人々の生活改善のための計画を全国に提唱し ていく。兄弟姉妹よ、民主主義の回復、労働者の圧倒的多数の権力の確保とアメリカ復興の歴史的瞬間に、われわれに合流しよう」と呼びかけている。
「外への侵略戦争、内への階級戦争」と闘う階級的労働運動の新しい潮流がアメリカで大きく登場しようとしている。
世界では、「戦争反対、民営化反対」を掲げて、大きな労働者の闘いが巻き起こっている。スペインでは3月の総選挙で「イラク撤兵」を公約に掲げた社会労 働党が勝利し、イギリスの地方選挙でもイラク侵略戦争を積極的に推進してきたブレア労働党が第3位に転落するという事態が起きている。
戦争への危機感と大失業への怒りの声が結合して、全世界で新たな労働者の闘いが巻き起こっている。徹底的に弾圧され、崖っぷちに追いつめられた世界の労働組合が息を吹き返し、再び歴史の主人公として登場しようとしている。
動労千葉は、こうした闘いに連帯し、戦争と改憲に突き進む小泉政権打倒へ総決起する。世界の労働者と連帯し、日本においても労働者の決起を作り出すため にその先頭で闘おう。11月労働者集会は昨年にもまして重要な集会となる。全世界の労働者と団結して闘おう。

米レイバーネットより

フォロー訓練問題、アルコール検知器問題の交渉報告 アルコール以外の飲食物にも検知器が反応することが明らかになった

動労千葉は、7月13日、千葉支社において、新人運転士が免許取得後、一人乗務を行うまでの間、千葉運転区などでは3ヶ月以上も「フォロー訓練」が行わ れている問題と、アルコール検知器の本実施が8月1日まで1ヶ月間延期されたことに伴い、検知器に反応した場合の勤務時間の取り扱い等について団体交渉を 行った。以下、千葉支社の回答を含め、団交の概要を報告する。

3ヶ月以上の「フォロー訓練」について

この数年千葉支社においては、新人運転士が免許を取得した後も、「フォロー訓練」が行われているが、とくに今年の訓練は、3ヶ月以上 に渡って行われている。今年は2月27日に左記の人数に運転士免許が交付され、その後フォロー訓練が行われ、次の日付から一人乗務が行われた。
習志野運輸区 9名 3月10日頃
館山運転区 1名 3月10日頃
鴨川運輸区 3名 3月20日頃
銚子運転区 7名 4月10日頃
京葉運輸区 6名 5月1日頃
千葉運転区 7名 6月6日頃
フォロー訓練を行う理由について千葉支社は、「各運転区の特情等を理解するためにハンドル訓練等を実施し、最終的に見極めを行っている」「見習期間中に 余り行けなかった場所、できなかった作業内容等があるので、それを補充することも含めて行っている」「」との回答を行ってきた。しかし、フォロー訓練で 行っている内容は、見習期間中に行う内容を再び行い、最後には各線区毎に見極めを行うというものだ。本来ならば、見習期間中に完全にできなかった部分だけ 補充すれば足りるにもかかわらず、全てを改めて行うという、二度手間、三度手間により、3ヶ月以上の長期間にわたるフォロー訓練が行われているのだ。

一部の者がダメでも全員が見極めを落とされる

また、今年のフォロー訓練の見極めでは、一部の者が見極めを通らなかったことを理由にして全員を落とすという事態まで発生している。これについて千葉支社は「異常時対応について質問したところ、全員が答えられなかったため、再度見極めを行った」との回答を行ってきた。
「全員が答えられなかった」ということ自体大きな問題で、千葉運転区の管理者も含めて指導体制が問題だと言っていることと同じであり、こうした中でフォロー訓練が長期化しているということだ。
動労千葉は、一人乗務にあたって、本人の不安を除くための一定の訓練は必要であると考えるが、この間のフォロー訓練のようにいたずらに長期間にわたるこ と訓練には反対であり、運転士本人からも必要ないとの意見が出ていることを千葉支社に突き付けてきた。これについて千葉支社は「なるべく短い期間であるこ とが望ましい。今後意見を踏まえて検討する」との考え方を明らかにしてきた。

分割・民営化以降1人の指定もなし

また、EC関係区における現在の指導操縦者の指定は次のとおりとなっている。
習志野運輸区 27名 EC
京葉運輸区  23名 EC
鴨川運輸区  16名 EC
千葉運転区  28名 EC
銚子運転区  14名 EC
館山運転区   6名 EC
木更津支区   5名 DC
 しかし、いわゆる「平成採用」運転士の見習が始まって以降、EC関係では動労千葉はただの一人も指導操縦者に指定されていない のだ。動労千葉の運転士と話をさせない、接触させないという労務政策のもとに指導操縦者に指定しないということは明らかだ。また、この間千葉支社は、「指 導操縦者を指定することにより、指定された者も見習を教育することによりレベルアップする」と回答してきたにもかかわらず一貫して動労千葉を指定しないと いうこと自体、明白な組合差別であることをたたきつけてきた。

アルコール検知器の本実施1ヶ月延期問題について

JR東日本は、当初7月1日からアルコール検知器の本実施を行うとしていた内容を、急遽8月1日から実施するとして、1ヶ月間延期するとの提案を行ってきた。
延期の理由について千葉支社は、アルコール以外の飲食物にも検知器が反応することが明らかになったため、飲食物の内容及びアルコールが検知された場合の取り扱いについて一部変更を行ったとの回答を行ってきた。
これについて動労千葉は、この間報告されている飲食物を明らかにすることを求めたが、千葉支社は、栄養ドリンク、口臭予防剤、うがい薬等が中心であるとだけ回答し、組合側が改めて回答を促すとメロンパン等があったと回答してきた。
運転職場において何が反応するのか不安になっている中で、会社が把握している情報を開示すること自体何ら問題ないことなどを千葉支社に求めてきた。
また、この間の検知器の実施状況では、東日本管内での不参は37件、千葉支社管内では1回目「赤」表示が18件程度、再度試験して予備勤務が13件程度との回答を行ってきた。
さらにアルコール検知器でアルコールが検知され「赤」表示となり、本人が飲酒を否定したり、飲食等を主張した場合、「概ね30分後に再度検査を行う」と している問題について、勤務取り扱い、乗務員の運用等について考え方を求めた。千葉支社は、「30分」については、再度アルコール検知器で検査した結果を 見て判断する。「緑」ならば出勤時から労働時間、「赤」の場合は出勤時までさかのぼって「不参」にするとの考え方を明らかにした。しかし、「30分」とい う時間は現に会社側の管理下に置かれてるにもかかわらず、「赤」の場合は出勤時にさかのぼって「不参」=労働時間をカットするということ自体重大な問題で ある。労働時間を不参にできる根拠として千葉支社は、「就業規則に基づいて行うことになる」「この間も同様の取り扱いだ」との回答を行い、あくまでも「不 参」扱いするとの考え方を示してきた。
さらに、「30分」間の運転士等の運用では、これまでの取り扱い=予備を使い、その後本人の運用も含めて行うことで対応するとの回答を行ってきた。

検知器の信頼性は、完全に崩壊した

アルコール検知器の導入は、今回の飲食物への反応も含めて、機械の信頼性そのものが完全に崩壊したこと、職場における不安を煽り、運転士への無用な差別感を助長するものであり、絶対に取り止めるべきであることを千葉支社に要求してきた。

法律をも無視するJR東日本の姿勢を徹底的に糾弾!!

千葉地労委命令(シニア制度差別)履行求め団交

JR東日本は、「高齢者等の雇用の安定等に関する法律」の一部改正に基づき、シニア制度を撤廃し、定年年齢を延長しろ!

6月28日、JR東日本本社において、動労総連合申第8号に基づき、5月21日付で千葉地労委から交付されたシニア制度差別事件(第 3次分・1943年生まれ組合員が対象)の命令履行及び、先の通常国会で「高齢者等の雇用の安定等に関する法律」の一部が改正さて定年延長または継続雇用 が企業に義務づけられたことを踏まえてシニア制度を撤廃し、法に基づき定年延長あるいは継続雇用を行うように求めるとともに、JR東日本としての今後の考 え方について解明を求めてきた。
シニア制度差別については、千葉地労委に対して、今年度定年年齢を迎える組合員を対象にして第4次申し立てが行われている。組合所属に基づく差別の撤廃 と、シニア制度と一体となった検修・構内業務の全面的な委託の中止、そして定年延長の実現に向けて職場からの反撃を強化しよう。

【千葉地労委からの救済 命令履行について】
千葉地労委からの救済命令履行についてJR東日本は、承服できないとして5月31日に中労委に再審査申立を行ったとの回答を行い、あくまでも組合所属に 基づく差別を続ける姿勢を明らかにしてきた。組合側からは、国会においてJRの命令不履行の問題について首相名において答弁が行われ、その中では「使用者 は、確定に至る前においてもその命令を履行しなければならない行政上の義務を負う」と明記されていることなどを指摘した。これに対してJR東日本は、「命 令の効力は、解釈上生きていると教示されている。しかし法律上再審査を行うことができるので、法律に則って行っている」との回答に終始した。
また、現在裁判・労働委員会等で争っている事件は92件であるとした上で、「施策を進める中で一部の人と紛争になっている」との回答を行ってきた。しか し、この間の紛争は「一部」ではなく、国鉄分割・民営化の根幹を揺るがす大きな問題であり、改めてJRの不法性を追求してきた。

【高齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部改正について】
先の通常国会において一部再生された「高齢者等の雇用の安定等に関する法律」では、①定年年齢の引き上げ、②継続雇用制度の導入、③定年の廃止のいずれ かを講ずることを基本とした上で、労使協定で継続雇用制度の基準を定めた場合はこれによること、法の施行(06年4月)から3年間は、労使協定が整わない 場合は就業規則に基準を定めることにより継続雇用制度を導入できるとしている。
こうした内容についてJR東日本は、「定年延長は人件費が500億円かさむことから取り入れることはできない」と回答した上で、「現在の『再雇用機会提 供制度』を、今回の法律改正に伴う継続雇用制度に当てはめることができると考えている」との見解を明らかにしてきた。
しかし、この場合、法により継続雇用が義務化され、しかも就業規則に盛り込まれれば、当該労働者全体を対象とすることから現在の「シニア協定」そのものが成立しなくなる。そうであれば必然的に組合所属による再雇用差別もできなくなるということだ。
これについてJR東日本は、「法律が改正されたばかりでまだ取り扱いの具体的な説明は何もない。今後行政側から説明があると思うので、それ以降検討することになる」との回答をおこなってきた。

定年を延長することは全く可能だ

JR東日本は、定年延長はできないと回答するが、分割・民営化以降最高益を得ている状況、今後50歳以降の労働者が大量に退職し、それに伴う人件費が大幅に削減されることなどを考えれば、定年延長は全く可能だと言わなければならない。
こうした状況について組合側は徹底的にJR東日本を追及し、あくまでも定年延長を要求してきた。
シニア制度差別撤廃、定年延長の実現、検修・構内業務の全面外注化阻止、JR結託体制打倒、組織強化・拡大に向けて、さらに闘いを強化しよう!

「シニア全員集会」を開催(7/1~3)

7月1日~3日にかけて、「シニア全員集会」が、DC会館において開催された。今回の「シニア全員集会」は、1944年度から 1946年度生まれの組合員を対象にして行われた。集会では、この間のシニア制度に対する闘い、年金、雇用保険制度が今国会においてどのように改悪された のか等について説明が行われた。とくにこの間の闘いで、千葉支社だけが検修・構内業務の外注化を阻止していることの重要性等を確認し、シニア制度粉砕、定 年延長の実現に向けて闘いぬくこと、とりわけJR総連解体ー組織強化・拡大がシニア制度粉砕に向けた最大の課題であることなどが意思統一された。

東労組千葉地本大会「暴力問題」が発生し流会 今こそ動労千葉に結集しよう!

新潟地本青年部に対しては、青年部長会議からの排除、野球大会での没収試合強行

JR東労組の矛盾がますます深まっている。
7月4日~5日、勝浦市内で開催されたJR東労組千葉地本大会において、代議員が退場したために流会になるという事態が発生した。
この間の島田派の脱退からはじめった本格的な本部派(松崎)と反本部派(島田グループ)による対立が、治まるどころかますます檄化し、組織的崩壊の危機がいよいよ現実のものとなって表れてきた。
この「千葉地本大会流会」をめぐっては、退場した代議員名による「声明」が公然とまかれたり、インターネットの「2ちゃんねる」でも書き込みが行われている状況だ。

支社幹部同席時に「 暴力問題」 発生

千葉地本大会が流会となった原因は、各職場からの情報等から判断すると、次のとおりだ。
7月4日、大会第1日目の夜、JR東労組中央本部組織部長・冨塚が飲食したところ、千葉地本津田沼支部選出代議員が通りかかったので呼び止め、支部が発行している情報の内容が問題だとして頭を殴打したというのだ。
しかもこの現場には、千葉支社の幹部も同席していたというのだ。
この暴力行為に対して津田沼支部役員が、冨塚に事情を聞きにいったところ、「帰れ」と言われてコップの水までかけられたのだ。
これをめぐって、大会2日目には、津田沼支部役員などが事実経過を明らかにすることなどを求めたものの取り入れられなかったことから、暴力に抗議し、結局27名の代議員が退場し、流会になったというものだ。

東労組崩壊にますます拍車をかける事態

千葉地本をめぐっては、6月に開催されたJR東労組本部大会において、前委員長・小林が除名、前地本書記長も組合員権停止3年、そして前成田支部長については査問委員会設置が決定されるなど、反本部派に対する徹底した処分攻撃が行われてきた。
そして今回の千葉地本大会流会が、本部特執による「暴力問題」を契機にして発生したということを考えれば、本部派と反本部派の対立はますます激しくなり、JR東労組の崩壊に拍車をかけることは間違いない状況となっている。

資本=JRと闘う質が求められている

千葉地本以外でも本部派による反本部派に対する攻撃・対立がますます激しくなっている。
新潟においては、JR東労組本部青年部主催の青年部長会議に、新潟地本の青年部長が出席しようとしたところ、会議から排除さ、これに対して新潟地本青年部が「断固抗議」しているというのだ。
また、同じくJR東労組新潟地本青年部が、本部青年部主催の野球大会に参加していたところ、新潟地本青年部の応援団の数が、本部からの要請数を超えていたことを理由にして、試合途中一方的に没収試合になってしまったというのだ。
こうした事態は、氷山の一角に他ならないことは明らかだ。 しかし、こうしたJR東労組の抗争は、本来の労働組合があるべき姿=資本と闘い、反合理化や賃上げを闘い、労働者の団結を強化する姿勢は全くと言っていいほどないのが実情だ。
労働運動の方針をめぐって対立しているのではなく、利権や権力をめぐっての抗争・対立でしかないということだ。

今こそ動労千葉に結集し、共に闘おう!

動労千葉は、79年3月30日、当時の動労革マル=現在のJR東労組革マルによる組織破壊攻撃を組合員の団結ではね返し、闘う動労の伝統を守りぬいてきた。
JR東労組革マルによる組合民主主義を否定した組織運営や、JRとの結託した体制では組合員の権利や生活は絶対に守れないことは明らかだ。
有事関連法が成立する状況の中で、戦争を拒否し、軍事物資輸送を阻止するには、資本=JRと闘わなければならない。
今こそ動労千葉に結集し、闘う労働運動を復権しよう!

7.12 第Ⅳ期労働学校 第4回講座に参加しよう!

講座内容  「日本経団連・奥田ビジョン批判」
講師・動労千葉・中野常任顧問
日時  7月17日 (土) 13時から
場所  DC会館・会議室
※現在の資本による攻撃の本質を明らかにするとともに、敵の矛盾を暴き、闘う労働運動の路線を提起する内容です。

中村書記長と関中央支部副委員長の遺志を引き継ぎ、団結を強化し 運転保安確立-組織強化拡大へ

 6月20日の「故中村書記長、故関豊中央支部副委員長追悼集会」には全国から150名を越す闘う仲間が集まってくれ、多くの追悼の言葉をいただきました。その中から8名の方の発言を紹介します。
※尚、近日中に追悼文集を発行いたします。

追悼の言葉

動労千葉顧問弁護団
葉山岳夫 弁護士

動労千葉弁護団を代表してご挨拶申しあげます。人は石垣、人は城と申します。ものや金であれば失ってもまあまあ何とかなります。お二人を失ったことは動 労千葉の機関車2両を失ったも同然です。闘いの中で倒れたお二人はまさに一種の戦死であります。国鉄闘争勝利のため、日本帝国主義打倒のため遠くまで行か なければなりません。中村さん、関さんの遺志を背負って最後の勝利に向かって弁護団も闘い抜く決意を表明すると共にご冥福を祈り、あいさつに代えさせてい ただきます。

三里塚芝山連合空港反対同盟
伊藤 信晴

反対同盟を代表して、5名で参加しました。2月の段階で風穴を開ける闘いを動労千葉が闘い抜いたことに中村書記長の意気込みを感じることが出来ました。 39年間、車の両輪として闘い抜いてきたものとして改めて決意を表明したい。有事法案が国会を通過し、反戦の砦として新たな住民運動を爆発させたい。

国鉄闘争共闘会議
内田事務局長

国鉄闘争共闘会議の事務局長という立場から、その遺志を引き継ぐ言葉を述べさせていただきたい。お二人とも本気でやったから大きなことをなすことが出来た。本気になったから闘いはおもしろい。そう言う気持ちになったと思います。

元千葉高教組委員長
横堀 庄一

動労千葉のみなさんとは70年代からの付き合いですが、みなさんが階級的な労働運動の旗を守り抜いてきたことに敬意を表します。戦争にストップをかける やりたい放題の労働者への権利破壊に歯止めをかける、このままでは労働者が殺されるそう言う時代です。みなさんと共にスクラムを強化して奮闘していきた い。この決意を追悼の言葉に代えます。

NTT労組  宮内事務局長
これからも皆さんが故中村書記長と故関さんの遺志を継いで動労千葉発展のために尽くされることを祈念します。

全国金属機械港合同
中村副委員長

関西での集会の打ち合わせや交流会で会っていたので44歳という歳で逝ったことは残念の極みです。東京と大阪という離れた地で年に一度の全国討論集会や 日々の交流を通じてこの日本の運動を再生しようという思いは共有できると考えます。今日改めて、動労千葉の仲間意識、団結力がいかに強いかを感じました。

動労千葉を支援する会
山本事務局長

中村さんは、組合員の目線から問題をストレートにわかりやすく話しかけてくれました。労働者が起ちあがるときは、敵のどんな攻撃も通用しないんだとも熱 く語っていました。「俺たちは組織の拡大に命をかける、皆さんは会員の拡大にがんばってくれ」と言っていました。会員の拡大をもって大きな闘いの潮流をつ くることが遺志を引き継ぐ最大の行為になると思います。

東京管理職ユニオン書記長
設楽 清嗣

動労千葉の最先頭で闘ったお二人が逝去されるという本当に過酷だと思います。動労千葉のみなさんが二人の遺志を引き継いでさらに闘いを前進させるであろうことを私は確信します。

この他にも全金本山の中野書記次長、動労水戸の国分委員長、動労西日本の小川委員長、ス労自主の入江委員長、三一書房労組の三角委員長、部落解放同盟全国 連茨城県連原口副委員長、動労千葉を支援する会運営委員庄山さん、関西合同労組石田さんから追悼の言葉をいただきました。
また、動労千葉からは議員団から水野勝浦市議、佐藤家族会会長から追悼の言葉を贈りました。
動労千葉は、中村書記長と関さんの遺志を受け継いでこれからも闘い続けます。追悼集会への参加ありがとうございました

緩行線の枕木問題とクロッシング損傷で団交 外注化、検査周期延伸、スピードアップ・・・・・

安全崩壊―この現実を座視することはできない

6月30日、総武緩行線で発生した二件の線路故障について団体交渉が行なわれた。一件は4月4日に錦糸町~亀戸間(十間川橋梁上)で マクラギがずれて犬クギが絶縁継目部で接触し軌道きょう絡を起こした事故であり、もう一件は5月24日に津田沼駅構内でクロッシングレールが折損した事故 である。
とくに「マクラギのズレ」は、同様の事故がちょうど一ヵ月前に総武快速線、荒川橋梁上で起きたばかりのことであり、会社はそのときも「前例のないことだ」と言っていたことを考えると事態は深刻だと考えざるを得ない。

緩行線で枕木ずれ

そもそもこの箇所は、3月25日の橋マクラギ検査の際に「直角くるい」が40㎜あることが発見されていながら、「急激な変化には至ら ない」という判断で補修が先送りされていた。しかし現実にはその後わずか10日余りの間に110㎜まで拡大し、犬クギが絶縁継目部分で接触したために軌道 きょう絡を起こしたのである。
3月25日と言えば、荒川橋梁上でマクラギがずれた事故の直後のことである。会社は一斉点検を実施した等称していたが、実際は何の対策もとられないまま放置されていたのだ。
荒川橋梁の際も、昨年12月の軌道検査測で軌間がマイナス9㎜であったにも係わらず、修繕されていなかったためにマイナス14㎜まで拡大したのである。 ここには全く危機感ももたなければ、教訓化もしない、抜本的な安全対策など何ひとつ考えもしない現在のJR東日本の経営姿勢が示されている。
それだけではない。この箇所はマクラギの移動防止用のけい材が図のようにマクラギの両端にボルト止めされていた。そのボルトも折損していたというのだ。

不誠実な対応!

しかし千葉支社は、団交の席では組合側が追及するまで、これらの事実を明らかにしようともしない不誠実な対応に終始した。

 この箇所は直前の検査でマクラギの「直角くるい」が40㎜あったことが判っていたと聞いているが事実か。
 そのとおりです。
 荒川橋梁の事故の直後にも係わらずなぜ直ちに修繕しなかったのか。
 その時点たでは直ちに拡大するとは判断しなかった。結果としてはは判断の甘さがあったかもしれない。
 この箇所はマクラギの両端に移動防止用の金具も設置されていたと聞いているが。
 それはどうだったか?普通はカーブに付けるものだ。
 当該箇所の現場の図面では設置されていることになっている。
 たしかに設置されていた。
 だとすれば、直前の検査で40㎜ずれ ていた時点で、その金具を止めてあるボルトも抜け落ちていたと考えざるを得ない。なぜ現場の状況をきちんと報告しようとしないのか。運転保安という問題を めぐって交渉しているのに、事実すら明らかにしなような対応では議論にもならないではないか。
 おっしゃる通りです。
 荒川橋梁の件といい、今回の件といい、事前に判っていたにも係わらず手を入れなかったことにより起きている。検査のあり方、判断の在り方について総合的に考え直さなければならないということではないか。
 そうですね。

全く同じキロ程で

だが、問題はそれだけではない。今回のマクラギのずれは、総武緩行下り線5㎞564mで発生しているが、ちょうど1年前の4月7日、 同じ十間川橋梁の全く同じキロ程の快速下り線で、レールの継目ボルトが折損し、フックボルトと接触して軌道短絡が発生するという事故が起きている。
さらに昨年6月には荒川橋梁上で、レールボンドが脱落しやはり軌道短絡を起こしている。これは3月の荒川橋梁でマクラギがずれた事故と40mしか違わないキロ程だ。
会社は「因果関係はないものと考えている」としているが、果たして偶然だと考えることができるのだろうか、重大な疑問が残る。何らか異常な力がかかっていることは間違いない訳で、橋梁そのものにも問題が発生しているのではないかと考えざるをえない。

クロッシング損傷

津田沼駅構内で発生したクロッシング(X型に鋳造されたレール)の折損事故も原因不明のままである。1996年3月に製造され、 1999年9月に敷設されたものだというから、経過年数はいくらも経っていないクロッシングだ。しかも2週間ほど前の総合巡視では発見されていない。それ がレールの下から上に向けて約10㎝の「ひび」(15㎝という説もある)が入っていたというのである。トウ面にでは約18㎝だから単純に「ひび」と言って 済ますことのできない折損だ。
しかも支社は、「列車に影響はでなかったから事故報告はない」と称している。そんなことはあり得ないことだ。こんな姿勢こそが安全を崩壊させるものだ。断じて許すことはできない。

背景にある問題は

こうした事態が続発する背景にあるのはメンテナンス合理化-業務外注化攻撃である。保線に携わっている国労の仲間たちは総武快速線・緩行線で頻発する線路破断等について次のように訴えている。

修繕などできない現実
▼ 設備メンテナンス実施以前は2保線区(新小岩・船橋)あったが現在は1保線技術センター(新小岩)になっている。以前は新小岩、船橋にそれぞれ2つの 管理グループがあり、担当エリアを巡回・検査し不具合があれば小規模な修繕などもしていた。しかし現在は2保線区分のエリアを1つの管理グループで巡回し ているため、エリアが広くなり人が減らされ、巡回周期も延伸されているので、具合箇所を発見する機会が少なくなり、また巡回と直轄で残っている検査業務で 目一杯の状況で、ちょっとした修繕などもほとんど出来ないようになっている。

外注会社の現実
▼ 直轄の巡回は巡視員1名と管理 者1名の2名体制で行なっている ので、見通し距離の良いところは、ボルト類の緩みなどを発見すればその場で補修でき るが、退避余裕距離が取れない場合は出来ない。以前であれば後で見張り員を増員して修繕するとか、その場で応援を要請して修繕するなどしてきた。枕木のず れなど早めに補修しなければならないものは、人の手配をして応急的に直轄で補修してきた。現在でも緊急の場合は外注業者に依頼するが、業者も「慈善事業」 で会社をやっているわけではないのでボルト2、3本締めるのに人を集めても儲けにならないので、ある程度作業がまとまらないと仕事はやらない。

修繕計画を作る能力無し
▼ 直轄の巡視した人が線路の悪いところを記録し、外注会社からは外注化された検査のデータをシステムを通じて送ってくるが、管理者はそれをただ見ているだけで補修計画を立てる能力が無いという実態もある。

現場から指摘しても
▼ 荒川橋梁のマクラギは、昨年の検査で不良数が多いことがわかっていたにも係わらず、不良数の一番少ない緩行上り線から施行したことにも原因があるので はないか。快速線の不良マクラギを20~30本位交換することになっているのに 未だ交換していないことも問題だ。特に快速下り線は連続して3本、5本、 7本の不良箇所があるが、その付近には絶縁部がないから、移動や破損しても短絡することはないからやらないのか ……? いずれにせよ、安全上問題のあるところは現場から何度も指摘している。事故が起きないと何もしない姿勢は以前と全然変わっていない。現場管理者こそ決めら れたルールを守るべきだ。
▼ 荒川橋梁は前回の検測でも軌間がマイナス9㎜で、その前後の軌間も縮小していた箇所であった。チョットした油断で大きな事故も起きてしまう。現場から は「悪いから早く直せ」と言っても直さないのが現実で、逆に何かあると事情を聞かれ、責任を負わされるのは結局現場労働者だ。

報告しても無駄
▼ ルールでは枕木は3本連続不良で計画交換ということになっているが、最高8本連続して穴不良の箇所があるし、飛び飛びでの連続 不良箇所も多い。この ような実態を把握しているのに、会社はすぐにはやろうとしない姿勢だ。現場 では「報告してもやってもらえないので無駄だ」「何のための検査・調査なのか 分からない」「もし事故が起きたらどうするんだ」等々、 多くの批判がでている現状だ。

運転保安闘争へ!

また、総武緩行線などで、レール交換の際に「経費節減」を理由として、探傷検査をしているかどうかも分からない古レールが使用されて いるような実態も報告されている。さらに多くの仲間が強制出向に駆り立てられている外注先企業の労働条件の酷さには、悲鳴に近い声が多く上がっているのが 現実だ。
これがJRの現実である。こんな現実を座視するわけにはいかない。今こそ、反合・運転保安闘争の強化・再構築が求められている。闘いにたちあがろう。

この危機的現実!安全運転闘争辞さず 反合・運転保安闘争の強化を 線路及び線路周辺設備に関する調査を実施

この危機的現実!

千葉支社管内で、レール破断等の異常事態が相次いでいる。この半年間余りの間に発生した主な事象だけをあげても次のとおりである。

▼1月7日 総武快速線
津田沼~幕張間でレールが破断(22㎜開口)
▼1月13日 習志野電車区構内
検査線でレールが破断
▼3月4日 総武快速線
錦糸町~新小岩間(荒川橋梁上)でマクラギがずれたために軌間が縮小
▼3月7日 東金線
福俵~東金間でボルトが4本とも折れてレールつなぎ板が脱落
▼4月4日 総武緩行線
錦糸町~亀戸間(十間川橋梁上)でマクラギがずれて犬クギが絶縁継目部で接触したために軌道きょう絡
▼5月24日 総武緩行線
津田沼駅構内でクロッシングレールが折損(10~15㎝のヒビ)

ここでは線路関係の主な事故だけをあげたが、起きていることはこれだけではない。例えば6月10日には、総武緩行線・西船橋~市川間で関連会社による信号故障の復旧作業後、線路閉鎖を解除しないまま列車運行を開始し、大幅な遅延をだすというような事故が相次いでいる。

起こるべくして!

しかも千葉支社は、表記の事象を、「これまでに前例のないものだ」とし、いずれも原因は未だ調査中=不明のままである。実際、60㎏ レールが投入され、基盤も強化されてきた総武快速線や緩行線でこのレールが折れたり、マクラギがずれるなどということが相次ぐなど、これまで経験したこと のない事態である。
だが、これは間違いなく重大事故発生への危険信号だ。安全-運転保安の崩壊が危機的現状にあることを示すものである。
考えられることは、これまで長年の経験と蓄積によって築かれてきた列車運行と線路との関係が、民営化、規制緩和-検査周期延伸、無理なスピードアップ、 保守業務の丸投げ的外注化、検査要員削減、技術力低下というこの間の大合理化攻撃のなかで、バランスを崩し瓦解してしまっているということだ。民営化後の 利益追求政策の結果、起こるべくして起きている事態だと言わざるをえない。

すり替えを許すな

とくに、昨年の中央線や京浜東北線事故、触車死亡事故の多発などは、会社の基本政策となっている「業務外注化」をめぐって矛盾が噴き出していることを示している。
しかもJR東日本は、国土交通省から「業務改善命令」がだされたにも係わらず、それを個々の労働者の服務規律問題にすり替えて、乗務停止等を乱発するだけで、抜本的な安全対策を何ら実施していない。
それどころか、鉄道事故で国から「業務改善命令」がだされたのは後にも先にも2回しかないことであり、もう一度同様の事故を起こした場合は間違いなく社長の首がとぶという事態に直面するなかで、ますます事故隠ぺい体質を強めている。
そして東労組は、「会社を守れ」とその手先になっているのだ。

運転保安闘争を!

われわれはこうした一連の事態に対し、安全運転闘争等、具体的な運転保安闘争にふみきらなければ、間違いなく重大な事態を招来すると いう認識にたちきる必要がある。危機感をもって起きている現実を真正面から見すえなければならない。この現実を座視し放置するとしたら、われわれ自身もそ の責任を逃れることはできない。だからこそわれわれは反合・運転保安春闘として04春闘に起ちあがったのだ。
反合・運転保安闘争は動労千葉の原点・立脚点をなす闘いだ。また資本の矛盾・弱点、国鉄分割・民営化攻撃の矛盾・弱点をつく闘いでもある。

闘いを開始しよう

われわれは、第51回定期委員会で「反合・運転保安闘争の強化・再構築」方針を決定した。また7月3日の乗務員分科常任委員会では、 線路及び線路周辺設備(信号・入信・標識類・踏切等)等に関する実態調査を開始すること、10月ダイ改に向けて安全運転闘争への突入も辞さない闘争体制を つくりあげることを確認した。全力で闘いを強化しよう。

アルコール検知器問題で修正案 東労組が導入を申し出た!? 使用をやめろ

取扱の変更を提案

動労千葉はJR東日本におけるアルコール検知器の点呼時の使用の義務化に反対し、提案の撤回を強く求めてきたが、7月1日からの本実施を目前にして、会社は次のとおり取扱いの変更を提案してきた。それは、

① 7月1日からの本実施を延期し、本実施は8月1日からとする。
② 「赤」が二回測定された場合概ね30分経過後、もう一度測定するよう、取扱いを変更する。

というものである。

前提が揺らいでる

アルコール検知器については、「経過措置期間」として実施されているこの間でも様々な問題点が浮きぼりになってきた。「正確に検知できる」としてきた会社の主張=信頼性そのものが揺らいでいるのである。
例えば、栄養ドリンクやうがい薬、リステリンなどの口臭防止剤を使用するとたちまち「赤」=0・1㎎/ 以上が検知される、酒に漬け込んだりした食材を食べても検知されてしまうなどである。
動労千葉は、こうした現実が明らかになったことに対し、アルコール検知器の義務化には重大な問題があることを何度となく申し入れてきた。
少なくとも会社は、こうした事実関係をつぶさに調査し、実態を把握し、明らかにする義務があるはずだ。
またそれでも導入を強行するのであれば、検知された場合の「不参」扱い=処分という問題も含めてその根拠を明確にしなければならないはずである。
こうした状況のなかで会社は、7月1日本実施の延期-取扱いの変更を行なってきたのである。
しかしこれは何ら問題の本質的な解決となるものではない。われわれは、あくまでも測定の義務化そのものの中止を強く求める。

東労組が導入の手先となった

アルコール検知器の義務化は、JR東労組-松崎が申し出たものだと言われている。管理強化、職場規律強化攻撃のなかで、職場は窒息しそうな状態に置かれている。それを労働組合の側から申し出たというのだ。真実だとすれば、断じて許すことはできない。
現在の職場規律攻撃は、昨年の業務外注化による「作業ミス」の発生-輸送大混乱に対して、国土交通省から「事業改善命令」がだされたことに端を発してい る。「事業改善命令」は、外注工事等に対するJR東日本の管理体制、安全確認体制の根本的な欠陥を指摘しているが、会社はこれを個々の労働者の服務規律問 題にすり替えて徹底したしめつけを強化したのだ。
一方、会社との癒着体制が揺らぐ危機に直面してたる東労組は、卑劣にも「会社を守れ」「正すべきものは正す」と叫びたてた。
アルコール検知器の導入-義務化は、こうしたなかで突如として強行されたのである。こうした経過を見れば真実は明らかだ。

 

本実施での取り扱い
(8/1~)

地労委命令(シニア制度差別第3次)履行と、 車掌業務外注化中止を求め申し入れ

千葉県地方労働委員会は、シニア制度差別に対する申し立て(第3次)に対して、シニア制度による組合所属による差別を行ってはならないこと、動労千葉組合員に対して再雇用の機会を提供することなどを命じる救済命令を発した。(日刊5885参照)
動労千葉は、今次救済命令の履行を求めて直ちに動労総連合を通じて申し入れを行い、救済命令の履行等を求めてきた。
しかし、JR東日本はすでに中労委に対して再審査を申し立てており、地労委命令を履行しないことをすでに明らかにしている。法をも守ろうとしないJR東日本の姿勢は厳しく糾弾されなければならない。
一方、シニア制度に関して、先の通常国会において「高齢者の雇用の安定等に関する法律」が改正された。ことにより、2013年までの間に定年年齢を段階 的な引き上げること、継続雇用制度の導入等が義務づけられることになる。施行は2006年度からだが、法律が定められた以上これまでの「シニア制度」でい う「再雇用の機会を提供する」というものは通用しなくなるということだ。定年年齢の引き上げと、高齢者の再雇用を導入しなければならないということになる のだ。
JR東日本は、「シニア制度」を撤廃し、定年年齢の引き上げと高齢者の再雇用制度を早急に導入しろ。
一方、JR東日本は、今年のダイヤ改正から快速グリーン車内の車掌業務を外注化するとの提案を行ってきた。今年は高崎線、湘南新宿線等で、来年ダイ改では総武・横須賀快速線にも導入するとしている。
この間会社は、営業及び保守部門の外注化を強行してきたが、今回車掌業務にまで外注化の手を伸ばしてきた。
今回はグリーン車の特別改札業務であるが、今後はさらに拡大しようと狙っていることは明らかだ。JR東日本は、無謀な車掌業務外注化を中止しろ。

千葉県地方労働委員会命令履行を求める申し入れ

1.5月21日付で千葉県地方労働委員会から交付された「平成15年(不)第1号事件」の救済命令を速やかに履行すること。
なお、その具体的な履行について直ちに労使協議の場を設定すること。

2.すでに手続きが進行中の1944年度生まれの者に関する「再雇用機会提供」については、本人の希望に基づき、手続を行うこと。

3.高年齢雇用継続給付の支給額が、2003年5月1日の制度改正に伴い、支給対象月賃金額の15%まで引き下げられたことについて、「シニア制度」の提 案にあたって組合側に説明してきた再雇用者の賃金の前提が崩壊したことを意味するものであり、「シニア制度」の存続そのものが問題にならざるを得ないと考 えるが、会社の考え方を明らかにすること。

4.「 高齢者等の雇用の安定等に関する法律」 が一部改正されたことに伴い、65歳までの定年の引き上げ、継続雇用制度の導入等の高年齢者雇用確保措置が義務づけられたことに踏まえ、今後、高齢者の再 雇用に関してどのように取り扱おうとしているのか、会社としての考え方を具体的に明らかにすること。
また、高年齢者雇用確保措置施行から3年間の取り扱い及び、3年間を経過した後の取り扱い等についてどのようにしようとしているのか、会社の考え方を明らかにすること。

 

「普通列車グリーン車の新たな業務体制」に関する申し入れ

1.車掌業務については、列車を運行する上で列車防護等の運転保安及び、輸送混乱時等における乗客対応等において極めて重要な業務であるが、こうした車掌業務の一部を委託することは列車の安全を脅かすものであると考えるが、会社側の考え方を明らかにすること。

2.今後の車掌業務のあり方等について、将来展望も含めて会社側の考え方を具体的に明らかにすること。

3.グリーン車の車内業務委託について、次の点を明らかにすること。
(1) 車内業務委託に伴う車掌要員の削減数について
(2) 車掌業務の今後の委託計画等について 。
(3) 車内業務で委託する具体的な内容等について。
(4) 車内業務について「運転取扱業務と基本的に分離されている」 「運転計算ルール等の複雑な業務知識を要しない業務」としているが、その具体的根拠等について。

4.「車掌職等シニアの今後の再雇用機会の多様化を図る」としているが、グリーン車内の業務委託に伴う今後の再雇用者数等について明らかにすること。

5.事故・災害等に伴う輸送混乱及び、緊急事態が発生した場合の対応等について、具体的に明らかにすること。

6.グリーン車の車内業務委託については、運転保安及び異常時等における乗客対応等にとって極めて重要な業務であることから、今次業務委託計画を撤回すること。

追悼 故中村栄一書記長 故関 豊中央支部副委員長

 6月20日15時より、動労千葉はDC会館において「故中村栄一書記長、故関豊中央支部副委員長追悼集会」を開催しました。ご遺族をはじめ組合員、全国から駆けつけてくれた仲間達270名で会場の会議室はあふれるほどの人となりました。集会は、黙とうから君塚副委員長の開会あいさつ、司会で進行しました。

主催者あいさつ

動労千葉執行委員長 田中康宏
お忙しい中お集まりいただき御礼申しあげます。中村書記長は、心の底から動労千葉に命をかけた人物でした。中村書記長は、仲間を大事にする親分肌で組合員の信頼は絶大でした。関さんは79年の動労千葉結成の中心にあった初代執行委員であり、産みの親とも言える存在でした。関さんをなくして動労千葉は語れません。しかし、悲しみに沈んでいることはお二人とも望んでいません。志半ばで倒れた遺志を引き継ぎ、前に進みたい。動労千葉は組織の死活をかけた攻防戦に入っています。共にスクラムを組んで起つ決意を固めています。今日は、
前を向いてみんなで語らい、決意を固める場にしたいと思います。

追悼の言葉

集会では動労千葉顧問弁護団や三里塚反対同盟など多くの団体、個人の皆様から追悼の言葉をいただきました。【あいさつはは次号で紹介します。】
動労千葉からは、それぞれの出身支部の支部長と長田書記長代行が追悼の言葉を述べました。

書記長代行 長田敏之
中村書記長の訃報に接し様々な思いをめぐらせました。書記長代行を引き受けるにあたって栄一の築いてきたこの体制を引き継げるのか悩みましたが、組合員に動揺を与えてはならない、その思いから代行を引き受けました。中村書記長は、非協力闘争を前に「三役は首をかけて闘う決意をもっている」と訴えた。われわれが決意を固めれば組合員はついてきてくれる。この決意が組合員を引っ張ってきた。一層団結を固めて、闘いの成果を勝ちとっていかなければなりません。組織を拡大することが何よりの供養となることを確信します。腹を固めた以上、団結の中心にすわれるよう闘っていくことを表明します。

千葉運転区支部長 椿 裕明
多くの組合員、支援の仲間が結集されありがとうございます。中村栄一は、スト破りはしたくないと国労から動労千葉に入ってきました。就任して三年目、組合員に栄一の信念が通じて04春闘での勝利につながったと思います。これからも中村栄一と一丸となって組織拡大、安全で楽しい職場をつくるためにがんばります。

新小岩支部長 佐藤正和
田中、長田さんを支えて新小岩支部は最先頭で闘う決意です。関さんは清廉潔白、質実剛健、文武両道の人です。支部長はかくあるべきだと思います。動労千葉に命をかけていると言い続ける男でありたいと思います。

御遺族から

ご遺族を代表して、中村紀代司さん、関修さんからあいさつをいただきました。

中村紀代司さん
本日はまことにありがとうございます。栄一は家に帰ってきても仕事のことは何も言わないんですよ。最近ずいぶん太ったなと言ったら、大丈夫だよと言っていたんですけれどこういうことになって。皆様には大変お世話になりました。

関 修さん
長男の修です。葬儀にあたり沢山の方々にお手伝いいただきありがとうございました。入院して2週間くらいして、外出もままならなくなり、最後にDC会館の方に行きたいと申しまして動かせる体ではなかったんですけれど連れてきて、皆様に会えたことで本当に悔いがなく、逝けたと思います。本日はありがとうございました。

献杯のことば

 一部の最後に中野常任顧問のあいさつと献杯の音頭で全員が献杯し、中村書記長と関さんを偲びながら集会は続けられました。最後に参加者全員が組合歌を合唱し、団結ガンバローで終了しました。

動労千葉常任顧問 中野 洋
二人には、動労千葉をこよなく愛し、酒をこよなく愛した共通項がある。故中村書記長は叩き上げの組合員より動労千葉らしい男だった。動労千葉の中村、これが全ての判断基準であると彼は仲間にも言っていた。関さんとは勝浦機関区で一緒に仕事をしてきた仲間であり、どんな困難にもひるむことがなかった。動労千葉がこういう男達をつくったことに誇りをもっている。動労千葉は危機に直面しました。こういう状況の中で長田書記長代行が起った。これこそ動労千葉であり、危機のハードルを一つ越えたと思った。動労千葉魂は確実に受け継がれる。田中―長田体制のもと運転保安闘争や若い平成採の獲得を実現することが追悼の意になると思う。

またもやレールに「亀裂」 今年に入ってすでに3件目

千葉支社は原因を明らかにしろ

津田沼駅構内「クロッシング損傷」に関する申し入れ

1.5月24日、総武緩行線・津田沼駅構内においてク ロッシングが損傷するという事態が発生したことにつ いて、原因及び損傷箇所の発見時の状態、調査結果、 対策等について明らかにすること。

検修職場の将来展望に関する申し入れ

1.「メンテナンス近代化(第3期)計画」では、幕張 電車区から217系車両を鎌倉総合車両所に移管する としているが、具体的な時期等について明らかにする こと。
また、今後の検修基地の将来展望等について明らか にすること。
2.7月から新たに導入される257系特急車両につい て、導入及び今後の教育計画、保全検査の具体的な内 容、要員体制等について具体的明らかにすること。
3.ATC特性検査が廃止されたことに伴う弱電関係の 今後の検査体制について、千葉支社の考え方を明らか にすること。
4.この間、機能試験時における外部電源の利用により、 主回路機器の機能確認ができないため事故等が発生し ていることについて、千葉支社の考え方を明らかにす ること。

「メンテナンス近代化(第3期)計画」による幕張電車区縮小攻撃阻止に向け、検修職場の将来展望に関して申29号を発出

今年に入ってレールの「破断」というこれまででは全く考えられない事故が続発する中、またしてもレールに「亀裂」が入るという重大事態が発生した。
5月24日、津田沼駅構内において、総武緩行線上りのクロッシング部分にに亀裂が入っていることが発見された。
この間「レール破断」等に関して千葉支社との団交を重ねてきたが、その中で千葉支社は「総合巡視も含めて線路の点検を実施した」として、一定の対策を講 じてきたとの回答を行っていた。しかし、千葉支社が点検したというその直後にまたしても本線上においてクロッシングに亀裂が入るなどということは、極めて 重大な事態だと言わなければならない。しかもラッシュ時には2分30秒間隔で列車が運行されることを考えれば、背筋が凍るような事態だ。
なぜこうした事態が頻発すのか、千葉支社はその根本原因を明らかにすべきだ。
しかもこの事態は、列車の運行に影響を及ぼさなかったから「事故」としては上がっていないというのだ。クロッシングに亀裂が入り、それを交換しておきな がら「事故ではない」などということ自体、今回の事態を深刻に考えていないということだ。動労千葉は、こうした事態に対して根本原因の究明を求めて申27 号を発出した。千葉支社は根本原因を明らかにしろ。

幕張電車区縮小攻撃を許すな

検修職場をめぐる攻防が重大な局面を迎えている。千葉支社は、183系にかわる257系新型特急車両を7月から導入し、来年度中には 全てを入れ換えることを明らかにしてきた。現在183系の交番検査は15名体制で行われているが、257系になった場合、基本編成が5両であることから、 千葉支社は大幅に検査要員を減らすことを狙っている。
しかも、「メンテナンス近代化(第3期)計画」では、05年度中に幕張電車区所属の217系車両の検査業務を鎌倉総合車両所に移管するとの計画をすでに出している。
千葉支社は、新型特急を導入し、217系業務を移管することで幕張電車区の業務と要員規模を大幅に縮小し、動労千葉の影響力を何としても排除しようと狙っているのだ。
しかしこうした攻撃をかける一方で会社は、検修職場に関する将来展望(検修職場の確保や検修技術力の維持・向上)について全く明らかにしようとしていない。このままでは検修職場そのもや、培ってきた検修の技術力は失われ一方だ。
動労千葉は、こうした状況から、「メンテナンス近代化(第3期)計画」による幕張電車区縮小攻撃阻止に向け動労千葉申第29号を発出した。
千葉支社は検修の将来展望を明らかにしろ。

1979年、動労千葉は動労本部の変質に抗し、「動労大改革」を訴え、本来の労働組合のあり方を求めて分離・独立しましたが、関さんは初代本部執行委員として、動労千葉結成の中心的な役割をはたされました。

追悼

関 豊中央支部副支部長

6月5日深夜、中央支部副支部長・関豊さんがご逝去されました。享年65歳。膵臓痺でした。
関さんは1958年に国鉄勝浦機関区に就職、69年に新小岩機関区で念願の機関士となり、98年に退職されるまで鉄道輸送の最前線で活躍されました。ま た入社と同時に動労千葉地方本部に加盟。以降、本当にかけがえのない仲間であり、リーダーでもありました。
1979年、動労千葉は動労本部の変質に抗し、「動労大改革」を訴え、本来の労働組合のあり方を求めて分離・独立しましたが、関さんは初代本部執行委員として、動労千葉結成の中心的な役割をはたされました。
関さんは、すでに本部と千葉地本の対立がぬきさしならない関係に至っていた1977年に動労千葉地方本部の執行委員に就任されました。
以降、分離・独立までの一年半、そしてその後の数年は、激しい組織破壊攻撃との攻防の過程でした。当局と一体となった動労本部・革マルのたび重なる襲撃 や、延べ数万人に及ぶ暴力オルグとの激しい組織攻防戦の渦中で、関さんの姿はつねに闘いの先頭にありました。
また、20万人もの国鉄労働者が職場を追われることとなった国鉄分割・民営化の嵐の渦中では新小岩支部の支部長として、先行きへの不安に切り裂かれた職場の団結を守りぬくために粉骨砕身その先頭で闘われました。
国鉄分割・民営化反対闘争は、動労千葉にとってまさに組織の存亡をかけ、全組合員が首をかけて起ちあがった決戦でした。激しい組織破壊攻撃が吹き荒れる状況のなかで、いかに職場の団結を守りぬくことができるのかが最大の攻防点でした。
関さんはこうした事態を前に、首を覚悟で1984年に新小岩支部長を引き受け、二波のストライキを闘いぬいたのです。
さらに関さんは、退職された後も、OBと被解雇者で結成した中央支部の副支部長に就任し、亡くなるまで動労千葉のためにご尽力をおしまれませんでした。
関さんは、もちまえの明るさと人情に厚い性格、正義感で仲間から絶大な信頼を集め、いつも仲間たちの中心にいました。とくに闘いが大きな困難に直面したときに関さんはつねに最も困難な部署を引き受けて下さったのです。
関さんは信念の人でもありました。労働者としての誇り、動労千葉の団結と闘いへの信頼に対し、どんなときにも一寸もぶれることのない確信をもちつづけて いました。どんな困難なときにも笑顔で組合員を激励し、勇気づけ、接する人をたちどころに引き込んでしまう人間的な魅力は比類のないものでした。関さんな くして今日の動労千葉を語ることはできません。動労千葉の団結の中心にはいつも関さんの大きな笑い声が響いていました。
また、関さんは多才で元気の固まりのような方でした。動労千葉随一のスポーツマンで、テニスやスキー、卓球、柔道、空手などあらゆるスポーツに秀でていました。書道もプロはだしで、数年前まで組合のあらゆる集会の横幕は関さんの手によるものでした。
その関さんが、退職を間近にして急性白血病で倒れたときには誰もが信じられない思いでした。しかし、関さんはその意志の強さ、明るさでこの難病を克服し、お元気になられました。
ところが、無常にも今度は膵臓痺という別の病魔が関さんをおそいました。しかし関さんは、「ここに来ると元気になるからね」と言って、無理をおして病院 をぬけだして顔をだしてくれた組合の本部でも、お見舞いにあがったときも、苦しそうな顔ひとつ見せず「絶対に治してみせるからね」といつもと変わらぬ笑顔 でした。
そこには、自分のこと以上に周囲を思いやり、普段から一度も弱音をはいたことのなかった関さんの面目躍如たるものがありました。
永い闘病はんとうにご苦労さまでした。関さんは帰らぬ人となりましたが、永遠に私たちの仲間であり、これからも天国から私たちの闘いの戦列に加わり、スクラムを組み続けるでしょう。
残された私たちは、関さんの遺志を引き継いで、動労千葉の闘いをますます発展させるために全力を尽くして闘いぬく決意です。
ご遺族の皆様の悲しみはいかばかりか、心情を察するに余りありますこれからも後顧の憂いの残らぬよう全組合員が一致協力して、残されたご家族を支えてゆく所存です。
関さんさようなら。動労千葉組合員一同にかわり、衷心からご冥福をお祈りし、最後のお別れの言葉とさせていただきます。
2004年6月10日

国鉄千葉動力車労働組合

行方区長が「運転士にしがみつくな、幕張に行け」と不穏当発言

何ひとつ具体的根拠や基準もない長期乗務停止の乱発を許すな!

この間、千葉運転区を中心にして、1ヶ月以上にもわたる長期間の乗務停止処分が乱発されている。しかもその内容は、「乗務中に足を組んでいた」などというほんの些細なことだ。これが1ヶ月以上も乗務停止処分をするような内容なのか、全く理解することができない。

会社の責任を現場に転嫁する卑劣な行為

こうした状況は、昨年9月末に中央線での高架切換工事のミスによる大幅な輸送混乱や、京浜東北線での工事部品との衝突など一連の事故 に対して、年末に国土交通省から「業務改善命令」出されるという極めて深刻な事態が発生する中で、会社としてどう責任を取るのかが問われたにもかかわらず 一切の責任を放棄し、全てを現場の労働者に押しつけようとするものだ。その典型が今回の長期乗務停止処分として現れているということだ。
社会的な批判をかわすために、「会社として現場にこのような指導を行っています」という形を意図的に作り出し、アピールしているとしか言いようのないや りかただ。こんなことのために運転士を1ヶ月以上も乗務停止処分にするなどということは、絶対に許すことはできない。
動労千葉は、こうした会社の姿勢に対して申26号をもって千葉支社に対して申し入れを行い、5月21日に団交が開催される中で千葉支社に対して徹底的な抗議と追及を行ってきた。

処分ではないが、ペナルティー要素含む?

乗務停止処分に関して千葉支社は、次のとおりの回答を行ってきた。
組合 乗務停止は何のために行っているのか。
会社 本人の再教育の場と考えている。運転事故やお客様からの苦情があった場合、事象の内容・原因等を究明し、当該社員の事故歴、執務態度を勘案し、再発防止を目的にして再教育を行っている。
組合 誰が乗務停止の判断を行うのか。
会社 乗務停止の判断を行うのは区長が行う。支社も、区から報告を受け、指導を行う。
組合 乗務停止は、処分と考えているのか。
会社 乗務停止は、終業規則上の処分ではない。しかし、反省を促すペナルティ的な要素を一部含んでいる。
組合 「足を組んでいた」ことに対する乗務停止中の教育とはどのような意味か。
会社 執務態度について理解してもらうために行った。
組合 本人が行っていたのは、経営計画などの書き写しだけ だ。この間信頼回復などと言っているが、実際には現場のあら探しだけではないか。何十年も運転士をやってきた、ほんの些細なことで長期間の乗務停止が行わ れることで、本人の運転士としてのプライドが傷つけられてしまう。しかも、この間の乗務停止処分を行ってきたことで、会社として成果が上がったと考えてい るのか。結局、会社がやっていることは、何も文句を言わない社員を作るための恐怖政治を植えつけているのと同じことだ。
会社 書き写しについては、会社の置かれている状況を理解してもらうために行っている。

行方区長による恣意的な運用だ

千葉支社は、口頭回答では、乗務停止について「処分ではない」などと言いながら、実際には1ヶ月半にもわたって乗務を下ろしている が、これが処分でなくて何であろうか。実際現場では、乗務停止=処分として受けとめられ、実際現場長による恣意的な運用により長期間にわたる乗務停止が行 われいるのだ。
われわれは、こうした千葉支社と、千葉運転区長を先頭にした長期乗務停止処分攻撃を絶対に許すことはできない。
今後このような事態が発生した場合、われわれは断固とした決意も含めて反撃することを千葉支社に明らかにしてきた。

区長の立場をわきまえない不穏当発言

さらにこの期間で、千葉運転区・行方区長が、またしても区長としての立場をわきまえない不穏当な発言を行ってきた。
乗務を終わって千葉運転区戻ってきた乗務員が、日常的な会話の中で目の疲れを言ったところ、行方区長が次のようなとんでもないことを言い出したのだ。

行方区長 いつまで運転士にしがみついているんだ。幕張電車区にでも行けばいいじゃないか。

このような発言は、自らが区長であるとの立場を全くわきまえない極めて不穏当な発言だ。区長としての立場を自覚しているならば絶対に口にしてはならないことだ。
これに対して千葉支社は、「一部の会話の中で『目の疲れがあった』との話しになった。食い違いがあるようだ。悪意をもっての発言ではない」との口頭回答をおこなってきた。
これが「悪意がない」などということがどうして言えるのだろうか。この発言の内容は、千葉運転区の者ならば誰でも知っていることだ。
昨年の「汽笛問題」でも、行方区長が規定違反を行ったにもかかわらず、千葉支社は「規定違反ではない」としてかばったが、今回も同様にかばい立てをしているとしか言いようのない事態が。
このような事態を引き起こし、しかも恣意的に乗務停止を行う行方区長こそ、区長としての資質が問われる問題だ。
千葉支社、そして行方区長は、これ以上の長期乗務停止処分を止めろ!

6・4緊急大集会開催 有事法を廃案へ6・10、6・13連続闘争へ

6・4緊急大集会開催
有事法を廃案へ6・10、6・13連続闘争へ
自衛隊はイラクから帰れ

日比谷野音に1600名結集

6月4日、「有事法を廃案へ国会を動かそう!6・4緊急大集会」が日比谷野音に1600名を結集して開催された。
集会は、年金法案が参議院厚生労働委員会で強行採決される情勢の中で、有事関連法案の成立をなんとしても止めようとする多く人士の呼びかけによって開催さ れた。最初に主催者あいさつ、連帯のあいさつでは呼びかけ人が壇上に上がり、沖縄ヘリポート建設阻止協議会「命を守る会」のメッセージや北富士忍草母の 会、川崎市職労などのあいさつが行われた。
連帯のあいさつの最後に動労千葉の田中委員長が
「04春闘でストライキにたちあがり、この大変な現状を変えるために闘った。有事関連法案を通さない闘いとして、様々な攻撃に対決する闘いとして04春闘 を闘った。昨日、今日の情勢を見ると腹の底からの怒りがわいてくる。年金法案にしてもそうだ。16日までに有事関連法を成立させようとしている。マスコミ は有事関連法案に対しても書こうとしない。これに対抗するには労働者、市民が闘いに立ちあがることだ。3・20国際反戦の闘いは、大きな怒りの表れだ。ス トライキで闘おう」とあいさつを行った。
集会はその後、新聞労連委員長のあいさつ、イラク現地サマワ自衛隊への申し入れ行動の報告がされた。そして、百万人署名運動の西川重則さん、弁護士の高山俊吉さんが闘いの呼びかけを行い、集会宣言を読み上げ全体の拍手で確認された。

労働者の力で有事法を廃案へ

小泉政権は、有事関連7法案とACSA(日米物品役務相互提供協定)の改悪を今国会でなんとしても成立させようとしている。また、小泉は、多国籍軍と名称を変えた占領軍に自衛隊を参加させ、自衛隊がイラク戦争に公然と占領軍として参戦することを狙っている。
有事関連法案が成立すれば、首相の判断で民間の空港や港湾、道路などを米軍が自由に使用できるようになる。そして、そこで働く労働者は、戦争協力を強制させられることになる。
なんとしても参議院で有事関連法案を廃案に追い込まなければならない。年金法案を強行採決した小泉は、国会の会期末にむけて何がなんでも有事法案を成立 させようとしている。6・10、6・13連続闘争に全力でたちあがり、有事法案を廃案に追い込もう。小泉政権打倒の闘いに立ちあがろう。

中村書記長の急逝をのりこえて! 長田敏之書記長代行体制を確立

5月31日第6回支部代表者会議

中村書記長の急逝という「非常事態」をうけ、本部は長田敏之組織部長を「書記長代行」に選出することを決定し、5月31日に開催された第6回支部代表者会議において、新執行体制を確認した。
本部執行委員会は、悲しみをのりこえて自らの飛躍をかけて総決起する決意である。志なかばにして倒れた書記長の無念の想いを引き継いで、さらなる団結強 化と新たな前進を開始することこそが、彼の供養となるただひとつの道である。長田新書記長代行体制のもとに、改めて全組合員の総決起を心から訴える。

動労千葉の団結、ただその一点のために
支部代での長田新書記長代行の決意

書記長代行に選出をされました長田です。私もこういうことになりましたが、まだ頭のなかは真っ白な状態です。
まず経過から述べさせていただきますが、中村書記長が15日に急逝されて、16~17日と通夜・告別式と葬儀が行われる中で、私もその場にいましたが、 涙が出ませんでした。葬儀の際、木更津支部の佐野君が俺の体を抱きしめて、おいおい泣いていました。でも、私はそのとき泣けませんでした。それは、栄一が 亡くなったということはわかっていても、俺の心はまだそれを受け止めることができていなかったからです。
その後、私も物販のオルグのスケジュールが入っていまして群馬に飛びました。さきほど委員長からもありましたように、そのなかで19日の緊急執行委員会 で私の名前が挙がったわけですけれど、21日の物販の帰りに、急きょ委員長と会いました。その前に、物販オルグで行った先に委員長から連絡があって、21 日の帰りに会いたいとの連絡をもらったときに、私もこういう時期ですので、正直申しまして、何の話しかあらかた予想はつきました。何を言ってくるのか想像 もつきました。その間2日間、私もいろいろ考えました。
人間というのは非情なもので、そのときになって初めて、私は泣きました。
私は何回も自問自答しました。委員長が言ってきたらどう受け答えしようか、やっぱりいろいろ考えました。
実際、委員長から書記長代行を引き受けてくれと言われたときも、「それはとても簡単には受けられません」と言いました。動労千葉の書記長なんです。たい した闘いもしないようなその辺の組合とは違う、動労千葉の書記長を私が務まるのか、何回も自問自答しました。今でもそれをいえば、答えはNOです。俺が栄 一の代わりなんかできるわけがない、彼の男気に俺がかなうわけがない、結論はそうでした。
でも、最終的には、栄一がこれだけ築いてきた動労千葉の団結を崩したくない、ここでジタバタして組合のみんなに動揺を与えて、せっかくここまできた動労千葉の団結を崩したくない、これだけの思いで引き受けることを決断しました。
動労千葉結成25周年記念レセプションもやりましたが、今まで動労千葉は団結して闘ってきて、そのなかで解雇者も抱え、あらゆる面で差別を受けながら、 組合員は動労千葉の旗の下に団結してがんばってくれました。この2月の段階で初めて、ほんの小さな穴だけども、闘いのなかで初めて風穴があきました。
それは、栄一があらゆるところで、「この闘いに勝負をかけるんだ」と真剣に組合員に訴えて、そういうなかで初めて、小さな穴ですけれど、あきました。 やっと、そういう関係ができた矢先に亡くなってしまった。栄一にとっては、非常に無念で無念で仕方がないと思います。その想いをやっぱり残ったわれわれが 受け止めていきたい、というふうに決断しました。
私はもう泣きません。今日を最後にして、新たな闘いに飛躍していきたい。そのことをこの場で決意します。

「 規制緩和」 「 スピードアップ」 「 外注化」—レール破断」事故に関する再申し入れ

千葉支社申25号(「レール破断」事故に関する再申し入れ)交渉報告

千葉支社管内で236箇所もの類似箇所があった!

【写真1】総武快速線下り、津田沼~幕張間でのレール折損箇所。2センチもの隙間ができている。

「日刊動労千葉5877号」及び「59  号」で報告した「レール破断」事故の調査結果等に関する再申し入れ(申25号)及び、千葉 運転区を中心にして行われている不当な長期乗務停止処分に対する申し入れ(申26号)に関して、5月21日、10時から、千葉支社との団体交渉が行われ た。本号においては申25号を、申26号については別号において、交渉内容等について報告する。

春闘以降何らの回答もせず

今年の年明け早々に発生した総武快速線・津田沼~幕張間における「レール破断」や、同じく総武快速線・荒川橋梁での枕木のズレによる 軌道の縮小など、これまでに全く経験したことのない事故等が頻発する中で、動労千葉はこの04春闘過程において原因究明及び今後の対策等について解明を求 めるととともに、運転保安闘争の強化を図ってきた。
しかし千葉支社は、2月及び3月に行われた団交の中では「原因等については調査中である」等の回答を行うだけで、何ら具体的な内容は明らかにしなかっ た。しかも、その後の調査の進捗状況等についてもこれまでの間全く回答もないことから、改めて申し入れを行ったものだ。

総武快速線では76箇所が類似箇所として特定

5月21日、10時から行われた「申25号」の団体交渉において千葉支社は、「原因は鉄道総合技術研究所で調査中である」とした上 で、「究明には6ヶ月程度かかると思われる」「具体的な結果が出た場合には、その内容は組合に対して明らかにする」との回答を行い、現時点において具体的 な原因を明らかにできないとの回答を行ってきた。
また、レールの耐用年数に関しては、「レールの耐用年数は通過トン数で決まるが、総武快速線では8億トンが限度となっている。現在年間3200万トンな ので、25年が交換時期となる。今のレールは分割・民営化直後に敷設されているので、17年が経過しているが、耐用年数まで8年程度残っている」との説明 を行ってきた。
そして、「今のところシェリング(金属疲労)が破断を引き起こした可能性があるということで、現在、点検・対策を講じている。根本的には調査結果を待つ しかない」として、これまで千葉支社管内で類似箇所について監視マーク、継ぎ目板による補強を行なった箇所は、左記の通りであることを明らかにしてきた。

【写真2】習志野電車区検査4番線のレール折損箇所。2本のレールが同じ箇所で折れている。

●管内類似箇所について

目視により、「レール破断」に進行しそうな箇所について巡回を行ったところ、進行は認められなかった。
類似箇所…………236カ所
つなぎ板補強箇所…22カ所
監視マーク…………34カ所
●各線区毎の類似箇所数
総武快速線…………76カ所
総武緩行線……………8カ所
総武本線……………28カ所
我孫子線……………66カ所
空港線…………………4カ所
内房線…………………2カ所
京葉線………………34カ所
武蔵野線………………2カ所
同 二俣支線………16カ所
 これ以外の外房線、東金線、成田線、鹿島線、久留里線については、類似箇所はなかったとしている。

60箇所でボルトの緩みが発見される

また、荒川橋梁での枕木がずれて軌道が縮小した原因も全く特定できず、千葉支社の設備担当者も「全く分からない」「電車からの何らかの衝撃によって変位したと思われる」としか回答できない状況であった。
さらに東金線でのレールつなぎ板のボルト切断に関しては、「93年にレールが敷設されているが、ボルトの締め付けトルクが強すぎたため、列車の衝撃を受け、破損したと考えられる。このため管内の調査を行った結果、60カ所でボルトの緩みが発見されたため、適切なトルクでの締め付けを行った」との回答を行ってきた。

「 規制緩和」 「 スピードアップ」 「 外注化」

今回の交渉において千葉支社は何ら具体的な原因等は明らかにしなかった。しかし、一方では、上記のとおり「レール破断」に結びつく可 能性がある類似箇所が236カ所もあり、つなぎ板で補強しなければならなかったところがその1割を占めていたという、極めて深刻な事態に陥っているという ことが明らかになった。これらが示すことは、今後も「レール破断」がどこで発生してもおかしくないということを示している。
 「規制緩和」による検査周期の延伸、「スピードアップ」によるレールへの衝撃の拡大、そして「外注化」による徹底したコスト削減と要員削減による技術力の低下が進行する中で、ある意味では必然的に発生した事象であることは明らかだ。そうである以上、会社とJR総連の結託体制をが結託して進める合理化と徹底的に闘いぬかなければならない。
反合・運転保安闘争を強化するために職場からの反撃に起ち上がろう。事故、故障、線路の悪化等は直ぐに報告しよう!

シニア地労委【第3次申し立て】 勝利命令勝ちとる! シニア制度は、業務の全面的な外注化を呑まなければ、動労千葉の組合員は定年後の再雇用から一切排除するという卑劣な組織破壊攻撃であった。他労組はすべてこの攻撃の前に膝を屈した。東労組などは、動労千葉や国労を潰すために、会社と一体となってこれを仕組んだのだ。

画期的な地平!

5月24日、千葉県地方労働委員会はシニア再雇用差別事件(第三次申立て)の命令書を交付した。地労委は、三たびJR東日本の不当労働行為=再雇用差別を断罪した。
シニア制度は、業務の全面的な外注化を呑まなければ、動労千葉の組合員は定年後の再雇用から一切排除するという卑劣な組織破壊攻撃であった。他労組はすべてこの攻撃の前に膝を屈した。東労組などは、動労千葉や国労を潰すために、会社と一体となってこれを仕組んだのだ。しかし、シニア協定を毅然と拒否して たち向ったシニア制度反対の闘いは、今日まで検修・構内外注化攻撃を阻止し、そして04春闘での大きな成果をきり開く原動力となった。そして、われわれは シニア協定そのものが不当労働行為であることを暴きだしたのだ。団結を固め、原則を守って困難にたち向ってこそ、状況を打開することはできる。
だが、JR東日本はこれまでの労働委員会命令を一切履行せず、不当労働行為続けているのが現実だ。断じて許すことはできない。直ちに地労委命令を履行せよ。卑劣なシニア制度を直ちに撤廃せよ。動労千葉に対する再雇用差別を直ちに中止しろ。

命令書

1 被申立人は、申立人国鉄千葉動力車労働組合に所属する者に対し、再雇用の機会提供制度の運営において、申込みの機会提供、申込み受理、面接、指導、職業紹介等を行うに当たり、同労働組合に所属していることを理由として差別してはならない。

2 被申立人は、同労働組合に所属している者に対し、再雇用の機会を提供する制度に準じて、再雇用の機会の提供を行なわなければならない。

地労委命令の内容

千葉県地方労働委員会が認定したの具体的内容は以下のとおりである(要点抜すい)。

▼ 再雇用機会提供制度は、定年退職まで勤務した場合の労働条件の一部分であるので、退職者に一律に適用することが期待されるものである。

▼ 会社は、未組織労働者(千葉動労を脱退した者を含む)については再雇用機会提供制度が適用されるとしており、シニア協定の締結をもって不可欠の適用条件としていることは認めることはできない。

▼ 再雇用機会提供制度を就業規則に規定しないことについて十分な説明を行なわず、再雇用機会提供制度に関し業務委託について協力する ことを盛り込んだ労働協約の締結に固執し、再雇用機会提供制度の適用を拒否し続けている会社の対応は、不当労働行為意志が介在する余地がないと認めること は困難だと言わざるを得ない。

▼ シニア協定の締結交渉に当たり、会社が、雇用の場の確保条項中、業務委託推進条項を前提条件として提示、かつ固執したことについて、合理性を見出すことは困難である。

▼ 会社は……再雇用機会提供制度を実施するための前提として業務委託推進条項が必要不可欠である旨十分な説明を行なったと認めることはできない。……会社の交渉態度において不誠実なものがあったと推認せざるを得ない。

▼ 会社は、合理性を見出しがたい前提条件を、動労総連合が受諾しないであろうことを予測し得たにも係わらずあえて提示し、これに固執 したことは、千葉動労及びそ の所属組合員に対して、再雇用機 会提供制度が適用されないという結果を甘受するのやむなきに至らしめようとの意図を有して いたとの評価を受けてもやむを得ないものと言わねばならない。

悲しみを怒りにかえて

中村栄一書記長逝去の報せにソウル本部の同志全員が驚きました。特に本部長が非常に残念がっておられました。
遅くなりましだか、ソウル本部同志の気持ちを集め哀悼の意をお伝えします。
皆さん、健康にはくれぐれもご留意ください。

民主労総ソウル本部組織部長・ムンムンジュ

 中村栄一書記長の突然の逝去の報せを聞き、悲しい思いでいっぱいです。ご家族と労働組合に哀悼の意をお伝え下さい。

スティーブ・ゼルツァー

「20名 もの国労組合員が、「スト破りはできない」と動労千葉へ結集してきた」 追悼 中村栄一

追悼 中村栄一

顧問 布施宇一

千葉・栄町の表通りを、バス停へ向かって、とぼとぼと歩いている。
中村栄一といつか、「二人並んで、黒い服を着て栄町を歩いたら、行きかう人達がよけて通るだろうな」と笑いあったことがある。
その栄町の通りを、黒いネクタイをポケットへ突っ込み、礼服の上着を肩に担ぎ、小さいショルダーバッグを反対側の肩に掛け、ひとりで歩いている。

栄一は、激しやすい男だった。
魂のボルテージが極めて高く、誰に対しても、その想いを解き放つことを躊躇しない男。自分に対しても、他に対しても、言うことと行動が一致しないことを許さない男。
「やると言ったのになぜやらないんだ。約束も守れないやつが、階級闘争なんて、偉そうに言うんじゃない」
行きつけの店を覗けば、居酒屋の喧騒を突き破る栄一のセリフがまた聞けるような気がしてくる。

その栄一が、動労千葉の書記長になって3年目。
言うことも、やることも、バランスがとれてきて、あと一歩で大きく飛躍する予兆を見せてきたと、ひそかに期待を深めていた、その矢先に、あっけなく逝ってしまった。
くも膜下出血。
太い血管が切れて、一瞬の苦しみのうちに逝ってしまったのだという。
44歳。若すぎるじやないか。文句を言いたくても相手がいない空しさをもて余しながら、信号待ちの歩道の敷石を、強く蹴とばしている私がいる。

中野委員長が退任するとき、自分も退こうと思っていた。その時がきて思いついたことではない。10年も前から思っていたことである。
当然ながら、後任人事は難航した。
大会直前になって、出身支部である千葉運転区支部の三役と会ってオルグした。
「中野と布施が退任するのに、二人の出身支部であり、最大支部である千葉転から三役をひとりも出さないということが許されると思っているのか。大会直前 になっても、それくらいのことが決められないようで、これから先の動労千葉がどうなると思っているのか。この3人の中から、本部書記長を出せ」
最初から、頭ごなしにまくし立てた。20歳近くも年上の私から、怒鳴るように言われて下を向いた3人の全身から、怒りの熱気がふきだしていた。
最初に顔を上げた栄一と目があった。光っていた。立ち向かう目だと思った。「これで決まった」心の中で頷いていた。
動労千葉で初めての非専従の書記長が誕生して3年。栄一の死を前に、告別式の終わった今も、呆然としている私がいる。
JRになつて17年。安全を無視して目先のコストだけを追求する資本とこれに追従する御用組合の下で、労働条件は悪化し続けている。それが最もきつく現 出きれる電車運転士の職務を全うしながら書記長という激務に立ち向かう栄一に、どれだけの手助けができたのかと思うと、まことに忸怩(じくじ)たる想いに 胸が塞がる。
この3年間、栄一とは、折にふれて話をした。
二人だけの時も、他の役員や組合員と一緒の時も、飲むほどに、その正義感が鋭い舌鋒となってほとばしる。そこに、一般的物差しでいえば決して幸せであったとは言えない生い立ちを臆することなく明らかにし、今を生きる想いを熱く語る栄一がいた。
栄一が、私が18歳で国鉄ヘ就職した頃、生まれている。
そして、私が三里塚・ジェット闘争から分離・独立の闘いの過程で不当解雇された37歳の頃、国鉄に就職し、動労千葉が、国鉄分割・民営阻止闘争に対する 40名の不当解雇をはじめとする大弾圧をはね返し、JR化後初の、本格的ストライキに決起し、1047名闘争団が形成されていく熱気の中で、国労から動労 千葉へ結集してきたのである。

私は、1989年12・5ストから1990年3月の「前倒し」ストまで、闘争責任者として、連日のように千乗転に張り付いていた。今 思い出しても、よく闘い抜けたものだと思う。個人的にも、組織的にも、文字通り渾身のカをふりしぼる、苦しい闘いであった。その闘いの熱気の中で、20名 もの国労組合員が、「スト破りはできない」と動労千葉へ結集してきた。私はそこに、揺るぎない動労千葉の勝利を確信した。その仲間たちの先頭に中村栄一は いた。思えば、それが栄一と私の出会いであった。
動労千葉に結集してきて10年後に、中村栄一は動労千葉の書記長となった。
そして3年・・・動労千葉は悲しみの底に沈んでいる。
2004年5月15日、朝、栄一は突然逝ってしまった。
私は、火葬場で栄一の骨を拾いながら、こみ上げてくる想いを必死で耐えていた。
通夜、告別式に出席した者も、出席できなかった者も、全ての動労千葉組合員、家族、OBが、私と同じ悲しみを耐えていると思う。

5月16日・通夜、17日・告別式を経て、動労千葉は、5月19日に緊急執行委員会を開催するという。
この執行委員会を起点に、動労千葉は、書記長・中村栄一の死の悲しみと打撃をのり越えて、前進を開始しなければならない。
火葬場へ向かうとき、同期生たちに担がれた棺の中で、栄一も、そのことを「たのむぞ」と言っていたにちがいないのだ。

2004年5月17日 夕刻バス停近くの喫茶店で記す。