三里塚労農連帯・ジェット燃料輸送阻止の闘い  77~78年

1977年1月動労千葉定期地本委員会 三里塚ージェット闘争取組を決定

12月ジェット燃料輸送阻止100日間闘争に突入 12月3~5日強力順法闘争

78年1月~2月第二波強力順法闘争 2月7日12時間スト 3月1日スト

1970年代前半における千葉地本と本部との対立は、70年代後半の三里塚・ジェット燃料貨車輸送阻止闘争の渦中で、いっそう非和解的な関係になっていった

動労千葉地本は、当初から三里塚空港反対闘争に深くかかわってきた。
71年9月の第二次強制代執行をへて開港がスケジュール化するなかで、空港へのジェット燃料輸送問題が大きな難関として浮上した。空港公団は当初千葉港 からのパイプラインによる輸送を計画するが、沿線住民、自治体の反対で難航し、76年までに一部を暫定的に貨車輸送で運ぶという計画をたてて攻撃を開始し た。それは動労千葉にとっては、組合員一人ひとりに、これまでどおり空港に反対する農民の側に立つのか、それともこれを裏切り、権力に加担して、燃料輸送 のハンドルを握るのかという厳しい選択をつきつけるものであった。

77年8月12日千葉市民体育館 6000名が結集

●「四つの視点」でたたかいへ
 76年12月、動労中央委員会は、千葉地本が提出した「三里塚開港粉砕、ジェット燃料貨車輸送阻止」の決議を満場一致で採択した。千葉地本は、このたたかいに決起するにあたって、四つの視点を確立した。
①三里塚空港反対・労農連帯の視点
②「危険なものは運ばない」運転保安確立の視点
③労働強化は許さない、反合理化の視点
④組織破壊を許さない
という視点である。
77年3月、福田政権は翌78年3月30日、三里塚開港を決定。これを受けて国鉄当局は、ジェット燃料貨車輸送計画を提案した。動労千葉は直ちに12月冒頭から78年3月にいたる100日間闘争に突入した。

たたかいは、計画の撤回を求めて、12月3日から5日までの強力順法闘争で火蓋がきられた。総武線はわが手にあり。ハンドルを握 る組合員一人ひとりの決意は、法相が「順法闘争に刑事罰を」と叫び、マスコミが「労働組合にあるまじき行為」と大合唱するほどの影響を生みだし、総武線沿 線各駅には「」上尾」寸前的状態が現出した。この反動に抗して順法闘争をたたかいぬくうえで大きな力になったのが、三里塚農民との連帯という大義であり、 また動労ジェット闘争支援共闘会議(代表世話人・浅田光輝、北原鉱治)の駅頭・ホームでの支援行動であった。

農民は農地を武器に闘い、動労は鉄路を武器に闘う

●第二波・第三波闘争へ
 78年1月10日からは第二波闘争に突入。輸送に伴う設備工事着工の2月7日には、佐倉、成田両支部を拠点に12時間ストがうちぬかれた。3月1日の備 蓄輸送開始を前にあせる当局は、2月14日から急拠助役機関士を投入、線見訓練を強行する。第三波闘争はこれを阻止する連日の決起としてたたかわれ、さら に輸送開始日の3月1日には、備蓄一番列車を完全に阻止する佐倉、成田両支部のストライキがうちぬかれた。
この100日問闘争の結果、われわれはジェット燃料輸送のハンドルを握ることを拒否し、全国から集められた助役機関士がハンドルを握るという力関係が形 成されたが、われわれが真の意味で問われたのは、この状況のなかから、さらにたたかいを前進させていくためにはどうすればいいのかということであった。
討議のすえ、4月6日の地本臨時大会で打ちだした新たな方針が、「輸送拒否から輸送阻止へ」という戦術転換であった。それは敵に職場を明け渡すのではな く、われわれ白身がハンドルをとり、敵の弱点を握ることを通して、自在のたたかいをつづけていこうという方針である。この戦術転換は、直接貨車輸送のハン ドルを握らなければならない職場では当然にも激しい議論を呼んだ。しかし、さらなるたたかいの継続・発展を追求する場合、これ以外に選択の道はないと判断 した。
反対同盟戸村委員長の「農民は土地を武器に闘い、動労は鉄路を武器に闘う」という激励などにも支えられ、執行部・現場をあげた真正面からの議論の結果、全体の意思として新方針が確認されたのである。

sanriduka daiichi kouen

●新たな地平
三里塚・ジェット闘争はその後、分離・独立後の79年と81年のたたかいに受けつがれてゆくが、この77~78年の100日間闘争は、次の点において労働運動の新たな地平を切りひらくたたかいであった。
第一にそれは、75年スト権スト敗北以降、春闘が連戦連敗を重ね、国労は「正すべきは正す」=民主的規制路線に転換し、動労本部は、手のひらを返すよう に「合理化推進」論を主張し始めるなかで、唯一、職場の力に依拠した実力闘争としてたたかわれたことである。
第二に100日問闘争が、労農連帯という政治課題を真正面から掲げてたたかわれたことである。組合員は「ゼニカネの問題じゃない」を合言葉に決起した。
この順法闘争では、数年前では考えられないことも起きた。支援共闘の仲間の精力的な駅頭宣伝で実に100万円のカンパが集まったのだ。マスコミがあおる 「乗客の怒り」の向こうで、多くの人々がこのたたかいが何のためのたたかいであるかを見ていた。動労千葉もそれを誇りとして困難な順法闘争をたたかいぬい た。
労働者は、ニンジンをぶら下げないと立ち上がらないというのが戦後民同労働運動の常識であったが、動労千葉はそれを打ち破ったのだ。
第三にこの闘争は、激しいたたかいに登りつめれば組合は分裂するという民同労働運動のもう一つの神話をも打ち砕いた。
このたたかいを通して当時1400名であった動労千葉地本の団結は格段に強化された。これは「タテマエと本音」を排し、とことん労働者を信頼し、全ての 問題を洗いざらい全組合員の討議にかけて決めてゆくという路線と指導のもとで実現されたことをあらためて明記したい。
だがたたかいの高揚は、すでに権力・資本の前に膝を屈し、そのことで延命をはかろうとしていた動労本部革マルの激しい反動を呼び起こさずにはおかなかった。
また動労千葉は、この激闘の渦中で、77年3月、全組合員の団結の結晶として新たな動力車会館の建設を実現した。新会館は、後の分離・独立闘争の激しい攻防のなかで、たたかいの砦として決定的な意味をもつことになった。

三里塚・ジェット燃料輸送阻止闘争の記録

労農連帯 

 

「私はおてんとうさまの下を胸を張って歩きたいからこの闘争を闘う」

動労千葉と三里塚闘争との関わりは1967年頃から。当初 は組織あげて参加できたわけではない。それが組織あげた全体の闘いになったのはジェット燃料輸送問題をめぐる論議の中からだった。地元の農民が国家権力の 弾圧に抗して命がけで闘っているときに手を貸すことができるのか、そのなかで、地元成田に生活する組合員がおおい成田支部の村上支部長が「私はおてんとう さまの下を胸を張って歩きたいからこの闘争を闘う」が合い言葉になって、組合員総力の闘いになった。

強制代執行で家から追い出された大木よねさん

前史 船橋闘争 反合・運転保安闘争路線の確立 

1972年の船橋事故で、動労千葉所属の高石運転士がその場で逮捕され、起訴されるという事態が発生した。
この時、当時の動労千葉地本は、事故の責任は、国鉄再建10カ年計画の最中で徹底したスクラップアンドビルドと運転保安無視・労働強化が職場を直撃して いたために、起こるべくして起きた事故であること、直接の原因は信号停電と2分30秒間隔の過密ダイヤにあったことを当局に突き付け、運転保安闘争に起ち 上がった。
高石運転士が起訴された後の裁判には、組合の指示した数の2倍もの動員者が駆けつけるなど、この事故が運転士一人ひとりに突き付けられた重大な問題としてあったこと、そして動労千葉の基礎を築く闘いとなったのだ。
この闘いの結果、高石運転士は1977年に津田沼電車区(当時)への職場復帰を果たすという勝利を得た。動労千葉は、闘うことによって当局の合理化攻撃を打ち破り、運転士への事故責任の転嫁を粉砕してきたのだ。

「防衛から攻撃」の反合・運転保安闘争へ
 動労千葉は、「資本の最大のアキレス腱・弱点は安全問題にある」ことを切りロとし、ここに徹底してこだわりぬくことによって、反合闘争の主導権を労働組合が握り返した。それは、当時掲げられた「防衛から攻撃の反合・運転保安闘争へ」というスローガンに象徴的に示された。
そもそも資本主義社会において、直接的利益を生まない保安部門への設備投資や必要要員の配置などを、資本が無視・軽視するのは当然のことであり、労働 者の抵抗や労働組合の闘いだけが、はじめてそれを強制することができる。市場原理と安全は、絶対に相入れることのない水と油の関係だ。
しかし、資本とはいえ、安全などどうでもいいとは言えない課題でもあります。その意味で、反合・運転保安闘争は、資本と最も鋭く対決する闘いであると同時に、資本の最大の弱点でもあるのです。

 

動労千葉の団結力は如何に形成されたのか

事故を起こした一人の組合員を守るために、全組合員が処分を覚悟して 闘いにたちあがるという方針は、一人ひとりの組合員の動労千葉への大きな信頼関係をつくりあげました。反合・運転保安闘争によって、「一人は万人のため に、万人は一人のために」という原点が、全組合員のものとなったのです。
三里塚・ジェット闘争、分離・独立の闘い、そして国鉄分割・民営化反対闘争等、その後のすべての闘いが、反合・運転保安闘争によって形づくられた団結力が土台にあったからこそ実現できたと言っても過言ではありません。

青年部問題の発生と新執行部体制の確立

70年代初め頃から、千葉地本青年部に対して動労本部青年部の革マルよる集団邸テロ・リンチを受けるという事態 が多発する。動労本部はこの事態を不問にして、73年1月千葉地本青年部役員6名を権利停止処分にした。激しく怒った千葉地本組合員は1月臨時大会を開催 し、統制処分撤回の決議をあげ、本部に屈服していた千葉地本執行部は総辞職した。

9月地本大会において、関川委員長、中野書記長体制が確立した。これ以降、青年部レベルの対立から、千葉地本と本部革マルの対立に転化していった。

線路改善闘争
 75年以降、千葉でレールが非常に劣悪化し列車が激しく振動するので、線路の改善闘争をやった歴史があります。 乗務員分科会が自分の足で各線区を歩いて線路の状態を調べ、そのデータを団体交渉の席上に持ち込んで、『この現状を見ろ』と。このときはわれわれ素人です から、当時の線路を主管している施設部長や課長あたりは「だいたい素人がなにを言っているんだ」とまともに対応しない。それに対してわれわれは安全運転闘 争を対置した。
つまり線路が悪くなる原因は、線路保守の手抜きがひとつ、それと同時に列車のスピードアップがあるんです。スピードアップとは同時に激しくブレーキをか けることになりますから、物理学の原則で必然的に、車両とレールの双方に衝撃が非常に強くなる。だからレールがたちどころに悪くなるということが、ほんの 半年ぐらいの間に起きた。それを動労千葉としては、「外房線は制限速度何キロ以下に抑えろ」「内房線はこれにしろ」「総武本線はこういうふうにしろ」とい うことを全部組合で方針化し、その指令どおりに乗務員が運転した。その結果、トータルすると1日約五千分ぐらい遅れが出た。それをダイヤに組み込ませると いう闘いをやった。文字どおり「ダイヤ改正」になった。
今までは、ダイ改のたびに労働条件が悪くなるからダイヤ改悪反対と言って闘争をやったが、国鉄労働運動史上始めて、ダイ改で労働条件が良くなった。その間に線路も修復されていく。

動労革マルとの対立の激化

70年代前半の対立は、70年代後半の三里塚ジェット闘争の渦中で、いっそう非和解的な関係となっていいた。

75年動労全国大会 千葉地本傍聴者に本部革マルによる暴行 (松山大会)

(前史)動労千葉地本としての闘い  階級的労働運動の芽生え

50年5月、国労から職能組合として分裂し機関車労組が結成された。57年新潟闘争などを節目に、国鉄労働運動は戦闘力を回復してき た。59年に機労から動労へ。61年動労青年部結成。発足以来の右翼的体質を打ち破る新たなうねりがたまっていた。その背後には60年安保闘争高揚、62 年三河島事故、63年鶴見事故の発生への怒りがあった。

動労千葉地本の前身、機関車労組千葉支部が結成されたのは51年6月。当局と癒着した組合幹部支配する職場での民主化闘争、職場闘争、原潜、日韓、ベトナム反戦をめぐる街頭での闘いの高揚との結合の中

から、千葉地本内で階級的労働運動が芽生えていった。

三河島事故  新潟闘争 三池闘争 ホッパー前決戦で「武装」した労働者

 

 

籠原駅炎上の大事故弾劾!すさまじい破壊・あと数時間後だったら 多くの乗客が感電死していたかも・・・

碍子の寿命は切れていた.

事故を引き起こしたJRの合理化を絶対許さない88650_o

私たち動労連帯は昨年12月組合情報139号で、JR東日本で相次ぐ重大事故について、1:29:300の割合で重大事故が発生するというハインリッヒの 法則を用いて、JRと関連会社を通じて要員不足、習熟度不足不足が招いた結果であり、その根本原因は国鉄分割・民営化と外注化によって指揮命令系統が幾重 にも分断され、無責任で重層的な差別、搾取の体制が作られた結果である。その結果として今『JRが危ない!』 と指摘しました。

籠原構内では今年に入って1月6日,3月3日,3月6日と3回もレール継ぎ目ボルトの破断が発生しています。その都度緊急点検をした、と言う事ですが後 を絶ちません。そして今回籠原駅構内で重大な漏電火災事故が発生しました。

電車を動かすためには通常き電線という直流1500Vが流れている電線から電気 を取っています。き電線を碍子という絶縁体で鉄骨に吊っています。
そのき電線から約250mごとにき電分岐線(フィードイ~ヤ)で電線を分岐して電車線 「トロリ線(一般的に架線と言われる銅線)」に電気を送り、その電車線からパンタグラフ(集電装置)で電車に電気を取 り込みます。

2498_o今回はその大元のき電線を吊っている碍子が経年劣化で破断し、1500Vの電線が垂れ下がりビームと呼ばれる鉄骨の梁に接触しショートして火 災が発生し、梁、コンクリート電柱、ホーム屋根、各種電気ケーブル、信号ケーブルを通じて駅、運輸区、車両センター派出所11か所のリレーや制御装置、配 電盤、放送装置、電話機等で、発煙、発火、溶損が発生しました。

22781_475065539355111_4928912066582542498_o
今回破断した碍子についてJRは1991年に設置し、2015年5月に点検した時には異常は無かった、寿命が20年~25年で2017年度に交換予定 だったと言っています。2017年度に交換するのだったら寿命を過ぎてるではないか。しかも直径19ミリものボルトが10ヶ月で破断するなどと言うのは明らかに、メンテナンス合理化によってもたらされた事故だと言えます。この事故に対してJRは同様な個所8万ヵ所を緊急点検すると発表しました。今までどこ の何を点検してきたのでしょうか。

今回の漏電事故では、投稿された動画でも分かるように何カ所もで、長時間に渡って強烈な火花が散り火災が発生しています。
消火には3時間を要したようで す。
また最も損傷の激しい制御機器の置かれた部屋はハロン消火設備(ハロゲン化物消火設備)と言う特殊なガスを用いた消火設備になっており、ガスが回収さ れ、警告灯が消灯しなければ消防職員でも現場に立ち入れないという装置も設置されていたようです。
また長時間あれだけの火花が散っているのにも関わらず変 電所の直流高速度遮断器(緊急自己遮断装置)が働いていませんでした。変電所の設備としては、あれだけの火花が散っていても、抵抗値が大きすぎて通常の電力使用としか感知しないのだそうです。
今回の抵抗値が大きい理由は、1500Vが抵抗の大きいコンクリート電柱を伝わり各所に伝わったためだそうです。こ れが仮に電柱を介さずに接地していれば、異常過大事故電流と認めて遮断機が働いたものと考えられます。
今回コンクリート電柱はコンクリートが解け、大きな 穴まで開いていました。
また今回は、ホー_475065539355111_4928912066582542498_oムの屋根、ホーム、電柱などあらゆるところに電気が流れたものと考えられます。発生時間が初電前でまだよかったのです、あれが仮にあと 2時間3時間後だったらどうなっていたのでしょうか?多くの通勤通学の労働者、市民学生が感電死亡する事態も考えらたのです。

そして、15-16日の2日 間だけでも上下519本が一部区間を含め運休し、延べ41万5000人に影響が出たそうです。さらに、今回運転再開見込み時間が何度も変更されました。
JRはその理由を予想以上に機器の損傷が激しかったからと言っています、しかしそれは、メンテナンス合理化によって、復旧作業に従事する下請けの労働者が 幾重にも、幾つもの会社に分断され、被害の状況把握と、実際の工事とにおける指揮命令系統が複雑になりすぎていることが指摘できます
。まさに、国鉄分割・ 民営化、総外注化、総非正規化がもたらした結果だと言えます。今こそ外注化、非正規職撤廃、JRとその関連会社の労働者を全てJRが直接雇用しろと掲げた 闘いが必要になって来たのです。

動労連帯と共に闘いましょう。

9.12動労連帯高崎ストライキ 人も仕事もJRに戻せ!人員を増やせ!賃金をあげろ!戦争法案廃案!

9.12動労連帯高崎ストライキ

われわれの要求

1)構内検修部門の外注化にともなう出向を、約束どおり3年目で解除し、仕事も人もJRに戻せ!
2)車両や駅舎清掃、構内、メディアサービスの業務の人員を早急に増員せよ!
3)TTSのパート・契約社員・正社員の賃金を大幅にアップせよ!
4)安倍政権は、安保関連法案(戦争法案)を直ちに廃案にすること。
人も仕事もJRに戻せ!人員を増やせ!賃金をあげろ!戦争法案廃案!

闘いがはじまった。安倍たおせ!10.4千葉労働者集会

日時 10 月4 日(日)13 時~
場所 D C 会館(JR東千葉駅そば)
呼びかけ 国鉄千葉動力車労働組合・ちば合同労働組合

 

1004千葉国鉄集会-1

闘いは始まった――8月30 日、国会前は12万人の怒りで埋め尽くされました。憲法を踏みにじり、民主主義の建前さえ投げ捨て、戦争へと突き進む安倍への怒りは沸騰点を超えています。
労働者の団結した力こそ戦争を止めます。時代が動こうとしている中、労働組合が闘いの先頭にたつ時です。私たちは、「ストライキで戦争をとめよう」「職場に闘う労働組合を甦らせよう」という思いで本集会への皆様の参加を呼びかけます。
6月30 日は労働運動復権にむけた歴史的な勝利をかちとった日でした。動労千葉の闘う国鉄分割・民営化による1047名解雇撤回裁判で、最高裁に国家的不当労働行為を認めさせたのです。
「国鉄労働運動―日本労働運動をつぶして改憲をやる」――当時の中曽根首相が公言したように、国鉄分割・民営化は労働運動をつぶして戦争への扉を開くためのものでした。多くの労働組合は国家を挙げた攻撃に抗せず、日本労働運動は後退につぐ後退を強いられました。労働者の権利が次々と奪われたこと。2000万人もの非正規職を生み出されたこと。すべて国鉄分割・民営化が出発点でした。
その攻撃の核心が、国鉄からJRに会社の看板だけかけかえ、「新会社JRが新規採用する」という名目で不採用=解雇を自由に行う、「国鉄方式」でした。しかし、東京地裁・高裁は判決で「不採用基準の策定自体が不当労働行為」と明確に認定しました。最高裁はそれを覆すことができず、上告棄却―高裁判決確定の決定を出さざるをえませ1004千葉国鉄集会-2んでした。
労働者が団結すること自体を否定し、労働組合を積極的に戦争を推進する機関としようとした国鉄分割・民営化。動労千葉を先頭とする30 年におよぶ闘いは、その狙いをうち破り、国家権力を追い詰めています。動労千葉は、「不当労働行為を認めたならJRに採用しろ」と新たな闘いを開始しています。これからが本当の闘いの始まりです。

燃え上っているのは国会前だけではありません。闘いはすでに千葉でも始まっています。
動労千葉は、民営化されたJRの職場で吹き荒れる外注化・非正規職化と闘ってきました。外注化との闘いは、非正規化される過程との闘いです。「JR本体と外注先を貫く闘いで外注化は粉砕できる」――この闘いの中で、外注会社から10 数人の加入をかちとりました。闘いの焦点となる10 月1日にむけ、JR本体・外注先双方で職場からストライキを構えた闘いにたっています。
ちば合同労組は、介護職場での新たな分会の結成をかちとりました。つづいて、習志野市職員で組織する「ユニオン習志野」が結成されました。雇止め解雇や賃金カット、死亡事故・労災隠し……。一つ一つの具体的な闘いの中で労働者の団結を取り戻し、職場に闘う労働組合をつくりだしています。
時代は動き、闘いは始まっています。安倍が時代を戦争へと突き動かそうとしている今こそ、闘う労働組合をつくり反撃にたつときです。安倍をたおし、ストライキで戦争を止めましょう。
あらためて本集会への参加を心より呼びかけます

 

労働者学習センター 第15期労働学校 講師 鎌倉 孝夫 8月8日(土)◆資本主義とはどういう社会か

◆資本主義とはどういう社会か
8月8日(土)・9月19日(土) 各13:00~
講師 鎌倉 孝夫(埼玉大学名誉教授・国鉄闘争全国運動よびかけ人)
「労働者は社会の主人公である」という立場から資本主義社会について明らかにする。
テキストは『資本主義とは何か』(労働者学習センターブックレット:鎌倉孝夫)
『資本論体系の方法』(日本評論社)など著書多数

3年でクビ? 派遣法を変え、「3年で首切り自由」を認める法改悪を進める安倍総理。次の狙いは「残業代ゼロ」法、解雇の金銭解決…公開講座の案内

3年でクビ? 派遣法を変え、「3年で首切り自由」を認める法改悪を進める安倍総理。次の狙いは「残業代ゼロ」法、解雇の金銭解決…、労働法制の全面改悪。正社員はなくなり、すべての職種が非正規化され「モノのように捨てられる」。――“生涯派遣”の時代が始まろうとしています。

同時に国会では、戦争法案(安保関連法)が日夜審議され、日本列島は、怒りで沸騰しています。戦後70年、いま歴史の分岐点です。 私たち労働者は、いかにこの時代に立ちむかうべきなのか? 労働法の専門家として活躍する大学講師をお招きして公開講座を開催します。 「職場の環境をなんとかしたい」と考えている、労働法や労働組合について勉強したい、知りたいという方、ぜひお越しください。名称未設定-1

109名の解雇撤回を! 12/1第2波MBKパートナーズ抗議行動

非正規職労働者109名を解雇を撤回せよ!

12月1日、動労千葉は、11月集会に参加した民主労総ソウル本部の希望連帯C&M労組非正規支部の要請に基づき、非正規職労働者109名を解雇したMBKパートナーズの日本支社に対する2回目の抗議行動を行った。中村執行委員をはじめ動労千葉国際連帯委員会ら12人で展開した。


C&Mで働く非正規労働者109人の解雇撤回を求め、 11月12日から2人(カンソンドクさん、イムジョングンさん)の非正規合員が光化門にある高さ㍍のプレスセンターの広塔に登り、高空籠城に突して闘っている。 カンソンドクさんは11月集会に来日した同志の一人だ。

11/2日比谷に5700人結集 今こそ闘う労働組合を全国の職場に

写真速報


5700名が結集

◆今こそ闘う労働組合を全国の職場に/呼びかけ3労組からの訴え

全国金属機械労働組合港合同 中村吉政 全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部 西山直洋氏 国鉄千葉動力車労働組合 田中康宏氏

◆連帯あいさつ

市東孝雄氏(三里塚芝山連合空港反対同盟)

鈴木達夫氏(憲法と人権の日弁連をめざす会・許すな改憲大行動) 星野暁子さん(星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議)

◆ 10 万署名の力で最高裁解雇撤回判決かちとろう!

葉山岳夫氏(動労千葉顧問弁護団長/国鉄闘争全国運動呼びかけ人
伊藤 晃氏(国鉄闘争全国運動呼びかけ人)
動労千葉争議団 /  国労闘争団 

◆JR業務外注化阻止 / 動労総連合を全国へ

◆ 律動 (韓国公共運輸労組連盟社会保険労組律動隊)

◆国際連帯アピール

韓国代表団 ソウル地域本部、事務金融連盟・労組、公共運輸労組連盟、鉄道労組など27名が参加

民主労総ソウル地域本部副本部長 イヒョンチョルさん


セシリー・マイアトクルズ(米ロサンゼルス統一教組=UTLA=副委員長)


滞日・在日外国人労働者

◆改憲・戦争反対、反原発の闘い
西川重則氏  (止めよう戦争への道!百万人署名運動事務局長 ) 城臺美彌子さん (NAZENナガサキ/長崎被爆者) 佐藤幸子さん (福島診療所建設委員会呼びかけ人)

◆民営化と非正規職粉砕の闘い


植木団地労働組合


東京西部ユニオン 鈴コン分会

◆現場からの闘いの報告

集団的自衛権行使・憲法改悪反対労組声明

「セウォル号」惨事に関する決議