9.3関西に交流センター結成

3087

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創刊動労千葉
国鉄千葉動力車労働組合
〒280 千葉市要町2番8号(動力車会館)
電話 {
(鉄電)千葉 2935 · 2936番
(公) 千葉(22) 7207番
動労千葉結成10周年!
1989.9.25
No.3087
南西に交流センタの織成
………
た。
たべが先行交流センター鞋底だな
り出して結成をかちとっ
通じて信頼と連帯をつく
会議や六月独自の合宿を
返し、十回にわたる準備
会は、交流と討論をくり
組交流センター結成準備
よってつくられた関西労
の七つの職場グループに
と教組、全通、国鉄など
和分会の四つの労働組合
労組、全港湾建設支部大
組、大阪オフセット印刷
ヴァキューム石油自主労
大阪支部、スタンダード
·三月以来、動労西日本
で結成された。
地方交流センターが関西
けに応えて、全国で初の
合交流センターの呼びか
九月三日、全国労働組
受けた。
期待をこめたあいさつを
り直そう」という激励と
十人から労働運動をつく
た。 「現場末端の五人~
先輩からあいさつを受け
担ってきた労働運動の大
りと戦闘的な労働運動を
の先頭を切って労組づく
さらに、戦後労働運動
れている。
課題として闘いが始めら
交流センター運動の重要
加入に取り組んでおり、
流、「連帯する会」への
州清算事業団との現地交
ンター結成準備会は、九
た。 既に関西労組交流セ
援をという訴えが行われ
回·原職復帰の闘いに支
われわれの手で本物の労
事業団労働者の首切り撤
立する、一から出発して
がらも奮闘している清算
し、職場の信頼関係を確
への動きの中で孤立しな
業団の労働者から「連合」
最初に、九州の清算事
司会によって始められた。
れ、集会は動労西日本の
は五つの組合旗が掲げら
たものである。集会場に
ごと、グループで結集し
ろうという労働者が労組
をつくり出し、またつく
れの職場·労組から運動
働者は一二〇名。それぞ
結成集会に参加した労!
た。
くろう。関西に続こう。
続いて、十二の労組職
ある富田君から提起され
阪保線所分会執行委員で
会則が国労新幹線支部大
いで、運動の基調、方針、
むことが提起された。次
労働者の組織化に取り組
要領との闘い 3未組織
争の支援 2新学習指導
として、(1)清算事業団闘
経過と、当面の重要方針
委員長から、結成に至る
を代表してス労自主入江
提起に移り、結成準備会
会よりのあいさつ、方針
結成集会は、結成準備
いう檄が飛ばされた。
全国に交流センターの輪をつ
働運動をつくり出そうと
己の職場のことを知り尽
気で労働者の中に入り自
ら始めよう」として、本
労働者に知らせることか
の恐るべき狙いを全国の
はじめて登場した、「そ
た方針綱領をもって戦後
う階級的立場を投げすて
いた資本主義と闘うとい
「連合」は総評がもって
長があいさつに立った。
は、動労千葉の中野委員
全国交流センターから
至成田
国道296号線
至成田
佐原
国道126号線
至千葉
警察署
トコヤ
U
八日市場
県道飯岡片貝線
至飯岡
至銚子
OCD
至片貝
県道飯岡一の宮線
至飯岡
至ーの宮
6
100
九十九里浜
野手浜
0 日 時 10月8日(13じ)~
10月9日(12じ)
の 場 所 国民宿舎·のさか望洋荘
-(上記)
集まろう
第16回定期大会に
行われた。
問題提起、交流センター
労働者から闘いの報告や
逓労働者、府高教の女性
労働者、医療労働者、全
労働者、解雇撤回を闘う
統一労組懇下で苦闘する
入り込み、職場闘争をつ
さらに自由討論では、
組むという発言が次々と
になって労働運動に取り
の報告や、これから本気
分会と、それぞれの闘い
ンバローをもって集会を
全港湾建設支部大和
の分会グループ、国労共
会執行委員を選出し、結
つの市教組、三つの全通
府高教の闘う労働者、二
ス労自主の二つの支部、
大阪オフセット印刷労組、
た。 動労西日本大阪支部、
告と決意の発言が行われ
場グループから闘いの報
ろう。
(関西からの寄稿)
を拡大し闘いぬくことだ
反統一労組懇の統一戦線
くり出し、反「連合」·
に職場労働者の中に深く
この陣形をもって、さら
結成によってつくられた
関西交流センターは、
成功のうちに終了した。
集した一二〇名の団結ガ
富田新幹線大阪保線所分
主の入江委員長、国労の
代表委員として、ス労自
が運営委員に選出され、
加労組、グループの代表
その後、結成準備会参
への意見が出された。
全組合員が血を流し、涙を流し、そして勝利した10年!
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