東労組の組合員に心から訴えます。
今、JRの職場が大きく変わろうとしています。安全問題や、東労組・革マルと手を結んだ労務政策の問題、あらゆる業務の委託-外注化をめぐる問題が吹き出し、その矛盾が現場の一人ひとりの労働者にのしかかろうとしているのです。
東労組の底知れぬ闇
この間「週間現代」の連載記事や、東労組本部などへの何度にもわたる家宅捜索で明らかになったことは、東労組幹部たちの底知れぬ闇です。何億円というカネ(組合費)を、別荘やマンションの購入など、湯水のように私的に流用するという東労組幹部たちの姿は、まさに腐敗の極みです。しかも明らかになっているのは、間違いなく氷山の一角に過ぎません。ここにあるのは、私利私欲の権化、貪欲と拝金主義のとりことなった労働貴族の腐り切った姿です。
しかも、その関係を維持するために、会社と手を結び、当局の力で組合員を支配するという二重に腐った関係が続いてきたのです。また会社は会社で、どんな要員やコスト削減計画も、労働強化・権利破壊も、安全切り捨て政策も、業務外注化計画も、何でも丸のみしてくれるからと、東労組との腐った関係を続けてきました。もうこんなことはコリゴリだ!
組合員を売り渡すな
こうしたことが「ライフサイクル」提案にまで行き着いたのです。駅員がパンクするからと、運転士を駅にタライ回しするようなことを許したら、労働者はまさに将棋の駒に等しい存在になります。
すでに車掌の仲間たちは、紙一枚で、何の前触れもなしに突然駅に配転されています。これは、駅業務の専門職を養成せず、全面的な外注化で人件費コストを減らそうという政策の尻ぬぐいをさせようということです。しかも、一度駅に出されたら、運転士に戻れる保障など何もありません。さらには、駅に配転するというだけでなく、これを先途に乗務手当てや、乗務員賃金「2号俸」のはく脱まで画策しているのです。
しかも、東労組は、裏で会社と合意の上、2001年の時点で、ライフサイクルの深度化を組合の側から会社に逆提案していたのです。彼らは今、そのことをひた隠しにしています。しかしこれは明らかに「できレース」です。
会社の手先そのもの
東労組はこれとワンセットで、保線・信通・電力、検修・構内、グリーン担当車掌、駅業務等の全面的な外注化を丸呑みしてきました。保線の外注化では、2500人以上の仲間が強制出向にかりたてられました。あらゆる職種で同じことが行なわれようとしています。そしてその結果生まれたのは「安全の崩壊」という現実です。レールが次々と破断するという恐るべき事態が4年連続で発生しています。われわれは、2年前の尼崎事故や羽越線事故を忘れることはできません。合わせて112名の乗客や乗員の生命が奪われたのです。安全を軽視し、利益優先で突っ走った結果です。
労働者の誇りを!
東労組の組合員の多くが、会社と東労組による異常な支配が長く続くなかで、「組合には深入りしないで会社の言うことをそこそこ聞いて、自己保身第一で日々過ごした方が得策だ」と考えていると思います。しかしそれで自らが守られる時代は終わろうとしています。
今、何よりも求められているのは、労働組合が労働組合らしさを取り戻すことです。職場の団結を取り戻すことです。おかしいことにはおかしいと声をあげよう。
動労千葉は、館山運転区-木更津支区廃止攻撃に反対し、原則を貫いて闘いぬくなかで、希望どおりの異動をかちとりました。検修・構内業務の外注化をストップさせ続けています。団結して闘うことこそ、労働者の生きる道です。
仲間と団結を大切に
「格差社会」といわれる現実のなかで、労働者が虫けらのように犠牲にされています。ついに憲法改悪に手がつこうとしています。派遣や契約社員など、非正規職の労働者が今や若者では二人にひとりです。何の権利もなく、生きていけないような超低賃金であえいでいます。4世帯に1世帯が年収200万円以下に突き落とされ、未来と希望を奪われています。黙っていればJRもこの流れにのみ込まれていくことになります。
今必要なのは、本当に労働者のために闘う労働組合です。労働組合はこうした現実にたち向うためのものです。本来労働組合が何よりも大切にしなければならないのは「仲間」であり、「団結」であり、労働者としての「誇り」です。「労働者こそ社会の主人公、職場の主人公だ」──このことを胸を張って言い続けるために労働組合はあります。動労千葉はどんなに困難なときも、それを何よりも大切にしてきました。今こそ東労組と決別し、ともに闘おう。