座談会 ジェット闘争5

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座談會
臨 調·行革粉砕く 三 里塚 ジェット闘争勝利 !!
5年前をふりかえって
ハンドル握ってよい続けた
三里塚ジェットタ争
から始まっていたんですが、佐倉の動労「本部」派が
一番大変だったのは八一·三闘争ですね。線見阻止
(Mさん)
た。

大衆的行動を抑え、色んな点で困難をかかえていまし
策動があり、当時の佐倉の状況は土屋粋らが意図的に
が当局の意を体して、動労千葉をつぶすための色んな
限定された中でのたたかいだったですね。動労「本部」
わらず、動労「本部」は何の指導も支援もしないで、
大会でとりくみを決定している方針であるのにもかか
とも「ジェット燃料貨車輸送阻止」の方針は動労全国
に「水本」集会への全力動員をかけてくるとか、少く
例えば、われわれが全力で線見阻止を闘っている時
の対応です。
(○さん)
思います。
七九年の闘いで一番怒りに感じたのは、動労「本部」
料貨車輸送阻止闘争」ということで進めていきたいと
集まっていただき、第二テーマ「5年間のジェット燃
蘇我、銚子両支部、および本部からは教育部の方々に
屈の闘いを貫徹してきた当該佐倉、成田支部を中心に
門でさまざまな困難をのりこえながら、き然として不
て、本日は実際にハンドルを握り、义、検査·検修部
先日の第一テーマ「分離独立のたたかい」につづい
いと思います。
かえって」というテーマで座談会をおこなっていきた
十·五~六定期大会の成功にむけ、「五年間をふり
(司 会)
の中での ジェット闘争
動労「本部」 の敵対
をうち固めたジェット関争
江労農連帯の歴史的きずな
圧倒的傍聴をかちとろう。
功への職場討議の深化と
報告します。定期大会成
マとした座談会の要旨を
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塚ジェット闘争」をテー
た第二ブロックの「三里
九月十四日におこなわれ
独立の闘い」につづいて、
第一ブロックの「分離
ら座談会を開催しました。
大成功をかちとる立場か
労千葉第八回定期大会の
委員会は、十·五~六動
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だろう、と私は思います。
(以下、つづく)
終っていたとしたら、おそらく今日の成田は無かった
ルグ団なんかに負けたり、あるいはあいまいな態度に
身をていして闘った。あの時、執行部が「本部」のオ
が先頭にたって闘い、支部全員がそのもとに団結して
れていったのではないかと思いますね。支部の執行部
離独立の闘いをやりぬく中でみんなすっきりとふっき
のはずーと長らく職場では尾をひいていましたが、分
っていった、その時のショックと組合不信みたいなも
の戦術転換でした。全員で苦しみぬいてやっと立ち上
たと思う。
(Lさん)
(Mさん)
、司
ジェット闘争で一番苦労したのは「拒否から阻止へ」
二執行部体制も組んでいたから、組合員もわかってい
カによって排除された場合とか、パクられた場合の第
執行部もかまえていた。組合事務所からも公安や権
い闘いでしたが、皆、抵抗はなかったですね。
連日、朝六時に動員して闘ったんですが、相当きつ
職場のふん囲気はどうでしたか。
会 )
そのもとに支部全員が団結
身をていし先頭に立つ執行部、
ことではないかと思いますね。
あの時の、当局の保護下におかれた労働者の姿という
す。 “動労型労働運動』とかいうものの破産した姿が
ードして乗務員を送ってくる中での闘いだったわけで
当局に「保護願い」を出して、当局が職制や公安でガ
『日刊動労千葉』編集
討論の深化のために5
定期大会成功への職場
可動芳千葉
81年2月、助役機関士を導入しての燃料輸送のための線見強行を阻止する
ため、連日、成田、佐倉での闘いが激しく闘いぬかれた。(成田駅ホーム)
座 談 会 出 席 者
J 蘇我 · 機関士 · 39歳
N 佐倉 · 機関士 · 44 歳
K ” · 〃 ·24歳
O
· 35歳
L 成田 · 車両検査係 · 39歳
P 銚子 · 電運士 · 36歳
M 〃 · 電運士 · 36歳
本部 · 教宣部
全組合員·家族の強固な団結で組織破壊攻撃を粉砕せよ!

83, 9, 29
No.
1454
(鉄電):一九三五~六·(公衆)〇四七;二(2)七二〇七
千葉市要町二–八(動力車会館)
国鉄千葉動力車労働組合
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