全国版
1.
オハニ号
労働者の闘う魂をうばいさろうとする攻撃である。
春闘を前にしてのみせしめ的な処分発表をもって、
をめざす八〇年代労務政策攻撃の出発点であり、
よる「国鉄三五万人体制攻撃」「ストなし国鉄」
鉄労働者総体への攻撃であり、政府·国鉄当局に
動労千葉への報復的大量不当処分は、同時に国
八一春闘の爆発的高揚をつくり出してゆこう。
大改革–国鉄労働運動の戦闘的再生をつくり出し、
いまこそ、全国の仲間の総決起をもって、動労
を確立した。
粘り強く闘い抜くことを決定し、総力決起の体制
を展開し、あらゆる戦術を駆使し、処分粉砕まで
に踏まえ、四月六日を期して、怒りの減産B行動
動労千葉は、第三回定期委·第九回支部代方針
印動芳千葉
三里塚·ジェット闘争貫徹!「国鉄35万人体制」粉砕!
報復的大量不当処分に、怒りの総決起!
HAH
.
….
.
..
1
46
ならない。
全面非協力闘争展開!
怒りの減産B行動ー
化屈服をせまる国鉄労働運動への重大な挑戦に他
分子の運動ならざる運動に抗し、職場生産点の労
し決起せんとする矢先の攻撃は、賃金抑制·合理
合·三里塚春闘」と位置づけ、ストなし策動に抗
しかも動労千葉が、八一春闘を「生活防衛·反
労働運動史上類例のない大量不当処分攻撃である。
い抜いたことに対する組織破壊を企図した、国鉄
じい大衆的実力闘争の展開を労連帯を基軸に闘
武·内·外房線全線を完全にストップし、すさま
ースト破り攻撃を粉砕し、燃料列車をはじめ、総
「本部」革マル反動分子一体となった反動的弾圧
ってする三月闘争つぶし、助役機関士導入、動労
さらに動労千葉が、国鉄当局秋山差別労政をも
申し入れを行ったことにも端的に示されている。
を」と発言し、自民党労働部会が国鉄当局に処分
それは、塩川運輸相が「動労千葉に厳重な処分
といわなければならない。
ゆえに、階級的憎悪をむき出しにした超反動攻撃
し、根底から揺がす質をもった闘いであり、それ
す八三年改憲·軍事大国化政策の基本路線に肉迫
エット決戦スト貫徹が、政府·支配者階級がめざ
この大量不当処分の発表は、動労千葉の三月ジ
*********************
階級的憎悪むき出しの報復処分攻撃!
突入することを明らかにする。
ふ大量不当処分を発表した。
っている。
44「朝日新面
ト決戦貫徹へ向けた全国的高揚を生み出すであろう。
さらに国鉄三五万人体制攻撃粉砕·第二、第三の三月ジェッ
勝利へ向けた爆発的高揚を必ずやつくりだすであろうこと、
闘」策動を大きく打ち破り、「生活防衛·反合·三里塚春闘」
あげて四月六日を期して長期強じんな反処分·抗議の闘いに
不当処分を断じて許すことなく、怒りも新たに組織の総力を
に対し、公労法解雇四名、停職六名を含めた二二五名におよ
連帯と組織をかけて闘い抜いた三月ジェット決戦ストライキ
この闘いは、「ストなし春
われわれは、この報復的大量
国鉄当局は、四月三日、午前一〇時、わが動労千葉が労農
期して長期強靭な抗議·撤回団争
ての努力が求められているときだ
事者である国鉄労使に再建に向け
えて、国鉄再建がスタートし、お
わち「サンケイ』
千契側の反発いより強いものとな
励長) とされた。このため、動労
保する」(秋山光文千製鉄道管理
千二百人) に対しては「処分を留
国労千葉地本(堺一雄表員長、六
スト期間中に列車乗務を拒否した
の動労千第に対してのみ行われ、
色を鮮明にして行われた。国鉄側
全国の動労組合員のみなさん!
な意図をもった攻撃を粉砕してゆこうではないか。
働者のひとり、ひとりの決起をもって、この邪悪
を要請する」れまでいたった「本部」革マル 反動
ためなら労働組合の原則すらなげすてて、「処分
局と結託し、スト破りを行い、動労千葉をつぶす
央や、「冬の時代」「謀略」論をもって権力·当
大合理化攻勢に対し、屈服姿勢をつとめる国労中
こんにち「二〇二億スト損賠」、矢つぎ早やの
しかし、国鉄当局の姿勢にも問|九千人と大規模なものだったが、
含めて国労七万七千人、動労一万
EL
ました。
けに、当然の厳しさといえるだろ 分は、処分が凍結された童年分も
いからだ。
の春闘スト処分以来、まったくな
行われているが、経産は五十一年
は、毎年のように数万人の処分が
と、今回の勤労千葉のスト(三月六
(四万七千人)のストに対して
あえ国労(二十五万人)、動労
というのは、国鉄内の大労組で
の少ない処分」といわれた。
題がないわけではない。
差別的·不当処分’
明らかな、政治的·
いに決起する」との抗議声明を発
統当局に対し抗議·撤回のたたか
れたたたかいをもって、政府·図
を駆使し、長期強じんな郎であふ
「四月六日を期してあらゆる戦術
ぐ、大試み復 処分と して同日、
鉄再违法、ローカル線廃止,反対を
る三十二年 の国鉄 新潟闘 争に次
この処分に対し勤労千葉は、去
であったことも事実だ。
する極めて“政治色”の強い処分」
強固な組織力を誇る勤労千葉に袋
を考え合わせると、孤立しながら
部に解雇の処分が出ていないこと
分凍結 以降、勤労本部、国労本
鉄)。さらに五十四年の“春例処
後の経線 から 処分 は留保」 (千
務を拒否したことに対しては「前
千葉に呼応する形で燃料列車の楽
部の組合員が去る三月四日、勤労
のとしては異例。国者子裏地方本
した処分も一地方組織に対するも
含む)ことになるわけだが、ごう
44千葉日報」
て違うという印象は まぬかれた
鉄当局の処分の重さが組合によっ
たとえば昨年五月の森聞スト処 要ギストの違いはあるにせよ、国
は、一方が政治スト、一方が経済
を利用客に かけたこ とを考 えれ
日、千四百本)の十倍以上の迷惑
が旅客、貨物あわせて一万七千本
このとぎのストでとまった列車
最高は停職で豚屋はなく、「笑容
国鉄では1)国策である燃料輸送そ
ものになったが、この点について
の千葉疲労に対する処分は厳しい
これら過去の処分に比べ、今回
(二十八人)にとどまっている。
われたが、最も重いものでも仲間
分は本年一月から二月にかけて行
トや全国規模の減速闘争。この処
で実施した二時間の乗務員時限ス
叫んで、全国ローカル線四十二線
炎、勤労、余動労、千葉動发公園
の処 分は、五十 五年 十一月、ぽ
いわゆる政治団争としての最近
れも千葉勤労の役員だった。
るで
五十四、五华の解雇者は、いず
昨年五月に一人が解雇されてい
公労法によらない日本国有鉄道法
二月処分の一人だけ。このほか、
料輸送反対ストによる五十四年十
四年の春闘スト、同年秋の成田燃
よる型年四月処分の三人と、五十
が出たのは、五十一年春闘ストに
行われている。このうち、解雇者
解説
では五十年以降、毎年
国鉄のスト処分は最近
国鉄本社によると、
43東京新聞」
全組合員·家族の強固な団結で組織破壊攻撃を粉砕せよ!
81.4.5
全日版
No. 82
(鉄電)二九三五~六·(公衆) 白四さと(22)七二〇七
千葉市要町二–八(動力車会館)
国鉄千葉動力車労働組合
1.
オハニ号
労働者の闘う魂をうばいさろうとする攻撃である。
春闘を前にしてのみせしめ的な処分発表をもって、
をめざす八〇年代労務政策攻撃の出発点であり、
よる「国鉄三五万人体制攻撃」「ストなし国鉄」
鉄労働者総体への攻撃であり、政府·国鉄当局に
動労千葉への報復的大量不当処分は、同時に国
八一春闘の爆発的高揚をつくり出してゆこう。
大改革–国鉄労働運動の戦闘的再生をつくり出し、
いまこそ、全国の仲間の総決起をもって、動労
を確立した。
粘り強く闘い抜くことを決定し、総力決起の体制
を展開し、あらゆる戦術を駆使し、処分粉砕まで
に踏まえ、四月六日を期して、怒りの減産B行動
動労千葉は、第三回定期委·第九回支部代方針
印動芳千葉
三里塚·ジェット闘争貫徹!「国鉄35万人体制」粉砕!
報復的大量不当処分に、怒りの総決起!
HAH
.
….
.
..
1
46
ならない。
全面非協力闘争展開!
怒りの減産B行動ー
化屈服をせまる国鉄労働運動への重大な挑戦に他
分子の運動ならざる運動に抗し、職場生産点の労
し決起せんとする矢先の攻撃は、賃金抑制·合理
合·三里塚春闘」と位置づけ、ストなし策動に抗
しかも動労千葉が、八一春闘を「生活防衛·反
労働運動史上類例のない大量不当処分攻撃である。
い抜いたことに対する組織破壊を企図した、国鉄
じい大衆的実力闘争の展開を労連帯を基軸に闘
武·内·外房線全線を完全にストップし、すさま
ースト破り攻撃を粉砕し、燃料列車をはじめ、総
「本部」革マル反動分子一体となった反動的弾圧
ってする三月闘争つぶし、助役機関士導入、動労
さらに動労千葉が、国鉄当局秋山差別労政をも
申し入れを行ったことにも端的に示されている。
を」と発言し、自民党労働部会が国鉄当局に処分
それは、塩川運輸相が「動労千葉に厳重な処分
といわなければならない。
ゆえに、階級的憎悪をむき出しにした超反動攻撃
し、根底から揺がす質をもった闘いであり、それ
す八三年改憲·軍事大国化政策の基本路線に肉迫
エット決戦スト貫徹が、政府·支配者階級がめざ
この大量不当処分の発表は、動労千葉の三月ジ
*********************
階級的憎悪むき出しの報復処分攻撃!
突入することを明らかにする。
ふ大量不当処分を発表した。
っている。
44「朝日新面
ト決戦貫徹へ向けた全国的高揚を生み出すであろう。
さらに国鉄三五万人体制攻撃粉砕·第二、第三の三月ジェッ
勝利へ向けた爆発的高揚を必ずやつくりだすであろうこと、
闘」策動を大きく打ち破り、「生活防衛·反合·三里塚春闘」
あげて四月六日を期して長期強じんな反処分·抗議の闘いに
不当処分を断じて許すことなく、怒りも新たに組織の総力を
に対し、公労法解雇四名、停職六名を含めた二二五名におよ
連帯と組織をかけて闘い抜いた三月ジェット決戦ストライキ
この闘いは、「ストなし春
われわれは、この報復的大量
国鉄当局は、四月三日、午前一〇時、わが動労千葉が労農
期して長期強靭な抗議·撤回団争
ての努力が求められているときだ
事者である国鉄労使に再建に向け
えて、国鉄再建がスタートし、お
わち「サンケイ』
千契側の反発いより強いものとな
励長) とされた。このため、動労
保する」(秋山光文千製鉄道管理
千二百人) に対しては「処分を留
国労千葉地本(堺一雄表員長、六
スト期間中に列車乗務を拒否した
の動労千第に対してのみ行われ、
色を鮮明にして行われた。国鉄側
全国の動労組合員のみなさん!
な意図をもった攻撃を粉砕してゆこうではないか。
働者のひとり、ひとりの決起をもって、この邪悪
を要請する」れまでいたった「本部」革マル 反動
ためなら労働組合の原則すらなげすてて、「処分
局と結託し、スト破りを行い、動労千葉をつぶす
央や、「冬の時代」「謀略」論をもって権力·当
大合理化攻勢に対し、屈服姿勢をつとめる国労中
こんにち「二〇二億スト損賠」、矢つぎ早やの
しかし、国鉄当局の姿勢にも問|九千人と大規模なものだったが、
含めて国労七万七千人、動労一万
EL
ました。
けに、当然の厳しさといえるだろ 分は、処分が凍結された童年分も
いからだ。
の春闘スト処分以来、まったくな
行われているが、経産は五十一年
は、毎年のように数万人の処分が
と、今回の勤労千葉のスト(三月六
(四万七千人)のストに対して
あえ国労(二十五万人)、動労
というのは、国鉄内の大労組で
の少ない処分」といわれた。
題がないわけではない。
差別的·不当処分’
明らかな、政治的·
いに決起する」との抗議声明を発
統当局に対し抗議·撤回のたたか
れたたたかいをもって、政府·図
を駆使し、長期強じんな郎であふ
「四月六日を期してあらゆる戦術
ぐ、大試み復 処分と して同日、
鉄再违法、ローカル線廃止,反対を
る三十二年 の国鉄 新潟闘 争に次
この処分に対し勤労千葉は、去
であったことも事実だ。
する極めて“政治色”の強い処分」
強固な組織力を誇る勤労千葉に袋
を考え合わせると、孤立しながら
部に解雇の処分が出ていないこと
分凍結 以降、勤労本部、国労本
鉄)。さらに五十四年の“春例処
後の経線 から 処分 は留保」 (千
務を拒否したことに対しては「前
千葉に呼応する形で燃料列車の楽
部の組合員が去る三月四日、勤労
のとしては異例。国者子裏地方本
した処分も一地方組織に対するも
含む)ことになるわけだが、ごう
44千葉日報」
て違うという印象は まぬかれた
鉄当局の処分の重さが組合によっ
たとえば昨年五月の森聞スト処 要ギストの違いはあるにせよ、国
は、一方が政治スト、一方が経済
を利用客に かけたこ とを考 えれ
日、千四百本)の十倍以上の迷惑
が旅客、貨物あわせて一万七千本
このとぎのストでとまった列車
最高は停職で豚屋はなく、「笑容
国鉄では1)国策である燃料輸送そ
ものになったが、この点について
の千葉疲労に対する処分は厳しい
これら過去の処分に比べ、今回
(二十八人)にとどまっている。
われたが、最も重いものでも仲間
分は本年一月から二月にかけて行
トや全国規模の減速闘争。この処
で実施した二時間の乗務員時限ス
叫んで、全国ローカル線四十二線
炎、勤労、余動労、千葉動发公園
の処 分は、五十 五年 十一月、ぽ
いわゆる政治団争としての最近
れも千葉勤労の役員だった。
るで
五十四、五华の解雇者は、いず
昨年五月に一人が解雇されてい
公労法によらない日本国有鉄道法
二月処分の一人だけ。このほか、
料輸送反対ストによる五十四年十
四年の春闘スト、同年秋の成田燃
よる型年四月処分の三人と、五十
が出たのは、五十一年春闘ストに
行われている。このうち、解雇者
解説
では五十年以降、毎年
国鉄のスト処分は最近
国鉄本社によると、
43東京新聞」
全組合員·家族の強固な団結で組織破壊攻撃を粉砕せよ!
81.4.5
全日版
No. 82
(鉄電)二九三五~六·(公衆) 白四さと(22)七二〇七
千葉市要町二–八(動力車会館)
国鉄千葉動力車労働組合