臨 調·行革粉 砕! 三 里 塚 ジ エ ッ ト 闘 争 勝 利!
パス廃止 攻撃に
早ゃばやと屈服した勤労本部」
故戸村委員長の想いでを語る部
の遺業を偲びました。
てあいさつをおこない、共に故人
関川委員長が、動労千葉を代表し
れた団結祭典の場からかけつけた、
開かれました。
動労千葉からは、同日おこなわ
にあふれる程盛会でした。
会場に入りきれない参加者は、外
の団体·支援の代表など、式典の
部、東京実行委員会、その他多数
族·親族をはじめ、反対同盟の幹
偲ぶ式典が進められ、戸村家の遺
丸尾牧師の司祭により、故人を
一作委員長の三周年追悼式典が、
塚芝山連合空港反対同盟の故げ村
里塚教会で、午前十時より、三里
秋晴れの
十一月三日、三
故户村一作
反対同盟
委員長
追悼3周年式典
おこなわれる
11月3日
三里塚で
1
活中の闘いの志しを語り、病床で
にしました。さらに、主治医とし
廃港まで断固闘の決意をあきらか
長の遺志を継承して、空港粉砕、
分では、北原事務局長が戸村委員
もった偉大な委員長の遺稿の中か
なおかつすさまじいまでの闘志を
ての深谷氏は戸村委員長の闘病生
S
ありし日の户村委員長
らではありませんか。
して闘い抜く決意をあらたにしよ
の教訓をさらに今後の闘いに生か
って私達によせられた、期待とそ
なように、戸村委員長が病床にあ
いる大反動攻撃をみればあきらか
な、全国の闘う部分にかけられて
路線にみられる私達動労千葉、い
れた敵からの攻撃と、臨調一行革
三年、この間の反対同盟にかけら
献花をして式典が終了しました。
深い感銘をあたえました。
べきである」とのべて全参加者に、
だ敵に対する憎しみをもって闘う
は一切話し合いは必要がないった
ら一部を引用して、「反対闘争に
戸村委員長がなくなって、早や
その後、参加者一同墓地にいき、
=
***********
われわれは、このような反動の側に転落した動労「本部」革マル反動分子を動労から一
者だ」とドゥ喝し、闘いを圧殺し、当局の完全な親衛隊となり下っている。
決起せんとする多くの戦闘的組合員に対しては、「いま闘うことは、組織破壊者だ、挑発
既得権剝奪」攻撃につぎつぎと屈服を重ねている。そればかりか、逆に闘う方針を求め、
動労「本部」革マル反動分子は、政府·国鉄当局の矢つぎ早やな「職場規律の厳正」
*
に月怒りのゼネストで反撃しょう
全組合員·家族の強固な団結で組織破壊攻撃を粉砕せよ!
=
情勢を大きく転換しようとして闘い抜いてきた。
止、十二月ゼネスト貫徹をもって、今Hの厳しい
抜き、この力をもって、「五七·ニータイ次」開
突破口に、十·二一~二四反戦· 反核闘争を聞い
われわれ動労千葉は、十·一一、三、黒塚闘争を
へむけて反動的に動きだしたことを示している。
唯一動労が鉄労などと一体となってゼネスト破壊
体制へむけて奮闘している、まさにその矢先きに
各労組·単産が「国会山場での全一日ゼネスト」
–臨調攻撃への反撃として総評臨時大会をはじめ、
攻撃への屈服は、人勧凍結!仲裁々定凍結、行革
る。
この動労「本部」革マル反動分子の「パス廃止」
ての「パス廃止」を認めたことを明らかにしてい
は、国鉄当局の既得権剝奪攻撃の最火の攻撃とし
十一月六日付の毎日新聞によると動労「本部」
動労「本部」革マル
パス廃止攻撃に公然と屈服した
(1/6毎日新聞)
い––との判断に立ったという。
移行しても組合員の利益にならな
針は変わらないため、裁判闘争に
得権のはく奪だが、当局の廃止方
にとって入社時の条件であり、既
という提案は、乗車証配布は職員
二月一日から無料パスを廃止する
動労「本部」海
われわれは、
る。
っているのであ
の労使交渉の結果、国鉄当局が十
動労の説明によると、これまで
方針を決めた。
の廃止方針を基本的に受け入れる
四万四千人)は五日までに、当局
問題で動労(八鍬重一委員長、約
国鉄の無料乗車証(パス) 全廃
勤労方針
廃止受け入れ
国鉄無料パス
刻も早く追放·一掃し、国鉄労働運動の戦闘的再生をかちとらなければならない。
ければならない
掃をかちとらた 店
さず、追放·一
マルを絶対に許
な先兵になり下
K
力·当局の完全
えし、政府 ·権
尾敵対をくりか
の闘いに徹頭徹
を表明し、一切碎
と屈服することせ
止」攻撃に公然よ
中で、 「パ ス際、
は、この状況の
革マル反動分子
動労「本部」
I用三里塚–反戦·反核印争の高揚をうけつぎ
自動芳千葉
82.11.8
No.1189
(鉄電)二九三五~六·(公衆)四二(2)七二〇七
千葉市要町二十八(動力車会館)
国鉄千葉動力車労働組合
パス廃止 攻撃に
早ゃばやと屈服した勤労本部」
故戸村委員長の想いでを語る部
の遺業を偲びました。
てあいさつをおこない、共に故人
関川委員長が、動労千葉を代表し
れた団結祭典の場からかけつけた、
開かれました。
動労千葉からは、同日おこなわ
にあふれる程盛会でした。
会場に入りきれない参加者は、外
の団体·支援の代表など、式典の
部、東京実行委員会、その他多数
族·親族をはじめ、反対同盟の幹
偲ぶ式典が進められ、戸村家の遺
丸尾牧師の司祭により、故人を
一作委員長の三周年追悼式典が、
塚芝山連合空港反対同盟の故げ村
里塚教会で、午前十時より、三里
秋晴れの
十一月三日、三
故户村一作
反対同盟
委員長
追悼3周年式典
おこなわれる
11月3日
三里塚で
1
活中の闘いの志しを語り、病床で
にしました。さらに、主治医とし
廃港まで断固闘の決意をあきらか
長の遺志を継承して、空港粉砕、
分では、北原事務局長が戸村委員
もった偉大な委員長の遺稿の中か
なおかつすさまじいまでの闘志を
ての深谷氏は戸村委員長の闘病生
S
ありし日の户村委員長
らではありませんか。
して闘い抜く決意をあらたにしよ
の教訓をさらに今後の闘いに生か
って私達によせられた、期待とそ
なように、戸村委員長が病床にあ
いる大反動攻撃をみればあきらか
な、全国の闘う部分にかけられて
路線にみられる私達動労千葉、い
れた敵からの攻撃と、臨調一行革
三年、この間の反対同盟にかけら
献花をして式典が終了しました。
深い感銘をあたえました。
べきである」とのべて全参加者に、
だ敵に対する憎しみをもって闘う
は一切話し合いは必要がないった
ら一部を引用して、「反対闘争に
戸村委員長がなくなって、早や
その後、参加者一同墓地にいき、
=
***********
われわれは、このような反動の側に転落した動労「本部」革マル反動分子を動労から一
者だ」とドゥ喝し、闘いを圧殺し、当局の完全な親衛隊となり下っている。
決起せんとする多くの戦闘的組合員に対しては、「いま闘うことは、組織破壊者だ、挑発
既得権剝奪」攻撃につぎつぎと屈服を重ねている。そればかりか、逆に闘う方針を求め、
動労「本部」革マル反動分子は、政府·国鉄当局の矢つぎ早やな「職場規律の厳正」
*
に月怒りのゼネストで反撃しょう
全組合員·家族の強固な団結で組織破壊攻撃を粉砕せよ!
=
情勢を大きく転換しようとして闘い抜いてきた。
止、十二月ゼネスト貫徹をもって、今Hの厳しい
抜き、この力をもって、「五七·ニータイ次」開
突破口に、十·二一~二四反戦· 反核闘争を聞い
われわれ動労千葉は、十·一一、三、黒塚闘争を
へむけて反動的に動きだしたことを示している。
唯一動労が鉄労などと一体となってゼネスト破壊
体制へむけて奮闘している、まさにその矢先きに
各労組·単産が「国会山場での全一日ゼネスト」
–臨調攻撃への反撃として総評臨時大会をはじめ、
攻撃への屈服は、人勧凍結!仲裁々定凍結、行革
る。
この動労「本部」革マル反動分子の「パス廃止」
ての「パス廃止」を認めたことを明らかにしてい
は、国鉄当局の既得権剝奪攻撃の最火の攻撃とし
十一月六日付の毎日新聞によると動労「本部」
動労「本部」革マル
パス廃止攻撃に公然と屈服した
(1/6毎日新聞)
い––との判断に立ったという。
移行しても組合員の利益にならな
針は変わらないため、裁判闘争に
得権のはく奪だが、当局の廃止方
にとって入社時の条件であり、既
という提案は、乗車証配布は職員
二月一日から無料パスを廃止する
動労「本部」海
われわれは、
る。
っているのであ
の労使交渉の結果、国鉄当局が十
動労の説明によると、これまで
方針を決めた。
の廃止方針を基本的に受け入れる
四万四千人)は五日までに、当局
問題で動労(八鍬重一委員長、約
国鉄の無料乗車証(パス) 全廃
勤労方針
廃止受け入れ
国鉄無料パス
刻も早く追放·一掃し、国鉄労働運動の戦闘的再生をかちとらなければならない。
ければならない
掃をかちとらた 店
さず、追放·一
マルを絶対に許
な先兵になり下
K
力·当局の完全
えし、政府 ·権
尾敵対をくりか
の闘いに徹頭徹
を表明し、一切碎
と屈服することせ
止」攻撃に公然よ
中で、 「パ ス際、
は、この状況の
革マル反動分子
動労「本部」
I用三里塚–反戦·反核印争の高揚をうけつぎ
自動芳千葉
82.11.8
No.1189
(鉄電)二九三五~六·(公衆)四二(2)七二〇七
千葉市要町二十八(動力車会館)
国鉄千葉動力車労働組合