用動労千葉
国鉄千葉動力車労働組合
〒280 千葉市要町2番8号(動力車会館)
電話
(鉄電)千葉 2935 · 2936 番
(公) 千葉(22) 7207番
91.2.20 No. 3352
高令者対策の確立へ!ストライキで闘おう
定年まで働き続ける労働条件を
日本経済 新聞(夕刊)
パ人)から脱退する方針を明ら
合総連合会(JR総連、約十三 たが、西労組は労使協間の
組で組織する全日本鉄道労働組
と述べ、JR西労組が丁R务分
五回大会で執行部から「スト橋 て総評に加盟し、激しい闘争を
連との関係の断絶を提起する」
組の自主性を認めていない。総 超が背景にあるとみられる。
への介人や批判を繰り返し、n
あいさつで「JR総連は術労組
員会を開き、大松益生委員長は
九日、大阪市内で第九回!
〔识労組、約三万三千人)は中
西日本旅客鉄道労働組合(了
続出、対立が深刻化していた。
の権限移譲反対」などの批判が
民東労組に対する反発と、労使|
一かにした。正式な決定は大会の
一脱退、約二週間で復帰したこと」
年七月には鉄労が鉄道労巡から れている。
立も論議も必要ない」「総連へ 導権をめぐる争いがあり、八七|もある程度了解しているとみら
から「今の労使関係でスト権確
翌の鉄労との間で、以前から主」とから、西労組の脱退は経営側
を確立すべき」との提案がされ
総述内部では、昨年六月の気
協調路線をさらに深める路線問
JR総連の運営をめぐり、J
支持される見通し。
決議を経て行われるが、方針は
化に協力的な立場を取った動
使協調路線を掲げてきた問説加 の経営側のぷ感とも一致するこ
続けていた動労と、早くから労 政策を打ち出したいJR西日本
ている。
総連の運営については、かつ
の各会社ごとの労組で構成され
をはじめJR東日本、東海など
新成(当時鉄道分述)、西方社
労、鉄労などで一九八七年!月
部の多くが鉄労出身で、吻労出
JR総連は、国鉄の分割民営
西労組は、大松委員長ら執行
総連の指導から離れ独自の労務
今回の西労組の脱退表明は、
いた。
営していることに反発を強めて
日本)が中心となって総辺を選
身者が主導権を握る東労組(東
もある。
1991年(平成3年)2月19日
JR西労組
主導権めぐり「東」に反発
り、JR総連の危機をもっとも端的に示している。
ぐる革マルによるJR総連支配に端を発したものであ
退」表明は、従来からくすぶっていた「スト権」をめ
JR総連の主要単組である西日本労組の今回の「脱
いさつで「JR総連から脱退」の意向を表明した。
定期中央委員会で大松委員長(旧鉄労)は、委員長あ
十九日開催されたJR西日本労組(三万三千人)の
JR総連の危機が
ついに表面化
きた。
仕事から検修の仕事にし
外勤そのものを乗務員の
JR貨物にいたっては、
って検修職に行わせる、
方には、人間的配慮が全
種を切り捨てていくやり
造のなかで、高齢者の職
才以上といういびつな構
業務を「限定免許」によ
強行し続けてきた。外勤
の結果、その半数が四〇
令構成が、分割·民営化
齢者の職場を奪う施策を
現在、JRの社員の年
当局は、ダイ改の度に高
ところが実際にはJR
JR当局に要求し続けて
によって、とても運転士
働ける労働条件を求めて、
貫して高齢者が安心して
動労千葉は、この間一
:
ダ
イ改 での 要求
きている。
まる仕事ではなくなって
の仕事が五五才までっと
にしたように、労働強化
務員は前号にもあきらか
てしまう。一方で本線乗
急
対策を早急に講ずること
働くことのできる高齢者
動力車乗務員が安心して
社員の年合構成にふまえ
いない。
JR総連を脱退表明
しょう
く全力結集
総決起集会
11 11 mI
イキで闘い抜こう。
働条件を求めて、ストラ
安心して働ける職場と労
すさらには六〇才まで、
R当局にたいして、五五
としてしか見ていないJ
労働者をただ出向の対象
高齢者のみか四十才以上
われわれは、こうした
向の対象としてしか見て
いうのみで、高齢者を出
かなければならない」と
社の拡大に取り組んでい
当局は、ただ「関連会
最もよく示されている。
くないJR当局の本質が
本線営業乗務キロゼロとい
イ改の具体的内容(交番で
いる状況下での九一·三ダ
年々労働条件が改悪されて、
して、出向期間の延長問題、
ター出向という状況を反映
討論は、全員が第三セク
われ、討論に入った。
から会計監査報告がおこな
つづいて、吉田会計監査員
及び九〇年度予算案の提起、
記長から八九年度決算報告
針についての提起、君塚書
長による経過報告と運動方
をうけたあと、五十嵐支部
ら水野執行委員のあいさつ
して五十嵐支部長、本部か
開催された。執行部を代表
が、全組合員参加のもとに
いて、いすみ支部定期大会
勝浦市·民宿·猿ヶ城にお
一九九一年二月十三日、
乗務員会長
書記 長
支 部長
中村
支部長 沢
塚
英晴
時雄
五十嵐浩吉
九〇年度役員
盛り上った懇談会となった。
って、なごやかなうちにも
に会す機会が少いこともあ
全員が乗務員のため、一堂
懇談会に移った。懇談会は
抜くことを全体で確認し、
千葉の一員として共に闘い
九一· 三ダイ改闘争を動労
最後に、新役員を選出し、
り問題などが討論された。
の内容、とりわけ沿線草か
正社員との関係、超勤作業
ら仕業の設定=地上勤化)、
定期大会を開催
いすみ鉄道支部
90年代の勝利へ、新たな10年を切りひらこう!
国鉄千葉動力車労働組合
〒280 千葉市要町2番8号(動力車会館)
電話
(鉄電)千葉 2935 · 2936 番
(公) 千葉(22) 7207番
91.2.20 No. 3352
高令者対策の確立へ!ストライキで闘おう
定年まで働き続ける労働条件を
日本経済 新聞(夕刊)
パ人)から脱退する方針を明ら
合総連合会(JR総連、約十三 たが、西労組は労使協間の
組で組織する全日本鉄道労働組
と述べ、JR西労組が丁R务分
五回大会で執行部から「スト橋 て総評に加盟し、激しい闘争を
連との関係の断絶を提起する」
組の自主性を認めていない。総 超が背景にあるとみられる。
への介人や批判を繰り返し、n
あいさつで「JR総連は術労組
員会を開き、大松益生委員長は
九日、大阪市内で第九回!
〔识労組、約三万三千人)は中
西日本旅客鉄道労働組合(了
続出、対立が深刻化していた。
の権限移譲反対」などの批判が
民東労組に対する反発と、労使|
一かにした。正式な決定は大会の
一脱退、約二週間で復帰したこと」
年七月には鉄労が鉄道労巡から れている。
立も論議も必要ない」「総連へ 導権をめぐる争いがあり、八七|もある程度了解しているとみら
から「今の労使関係でスト権確
翌の鉄労との間で、以前から主」とから、西労組の脱退は経営側
を確立すべき」との提案がされ
総述内部では、昨年六月の気
協調路線をさらに深める路線問
JR総連の運営をめぐり、J
支持される見通し。
決議を経て行われるが、方針は
化に協力的な立場を取った動
使協調路線を掲げてきた問説加 の経営側のぷ感とも一致するこ
続けていた動労と、早くから労 政策を打ち出したいJR西日本
ている。
総連の運営については、かつ
の各会社ごとの労組で構成され
をはじめJR東日本、東海など
新成(当時鉄道分述)、西方社
労、鉄労などで一九八七年!月
部の多くが鉄労出身で、吻労出
JR総連は、国鉄の分割民営
西労組は、大松委員長ら執行
総連の指導から離れ独自の労務
今回の西労組の脱退表明は、
いた。
営していることに反発を強めて
日本)が中心となって総辺を選
身者が主導権を握る東労組(東
もある。
1991年(平成3年)2月19日
JR西労組
主導権めぐり「東」に反発
り、JR総連の危機をもっとも端的に示している。
ぐる革マルによるJR総連支配に端を発したものであ
退」表明は、従来からくすぶっていた「スト権」をめ
JR総連の主要単組である西日本労組の今回の「脱
いさつで「JR総連から脱退」の意向を表明した。
定期中央委員会で大松委員長(旧鉄労)は、委員長あ
十九日開催されたJR西日本労組(三万三千人)の
JR総連の危機が
ついに表面化
きた。
仕事から検修の仕事にし
外勤そのものを乗務員の
JR貨物にいたっては、
って検修職に行わせる、
方には、人間的配慮が全
種を切り捨てていくやり
造のなかで、高齢者の職
才以上といういびつな構
業務を「限定免許」によ
強行し続けてきた。外勤
の結果、その半数が四〇
令構成が、分割·民営化
齢者の職場を奪う施策を
現在、JRの社員の年
当局は、ダイ改の度に高
ところが実際にはJR
JR当局に要求し続けて
によって、とても運転士
働ける労働条件を求めて、
貫して高齢者が安心して
動労千葉は、この間一
:
ダ
イ改 での 要求
きている。
まる仕事ではなくなって
の仕事が五五才までっと
にしたように、労働強化
務員は前号にもあきらか
てしまう。一方で本線乗
急
対策を早急に講ずること
働くことのできる高齢者
動力車乗務員が安心して
社員の年合構成にふまえ
いない。
JR総連を脱退表明
しょう
く全力結集
総決起集会
11 11 mI
イキで闘い抜こう。
働条件を求めて、ストラ
安心して働ける職場と労
すさらには六〇才まで、
R当局にたいして、五五
としてしか見ていないJ
労働者をただ出向の対象
高齢者のみか四十才以上
われわれは、こうした
向の対象としてしか見て
いうのみで、高齢者を出
かなければならない」と
社の拡大に取り組んでい
当局は、ただ「関連会
最もよく示されている。
くないJR当局の本質が
本線営業乗務キロゼロとい
イ改の具体的内容(交番で
いる状況下での九一·三ダ
年々労働条件が改悪されて、
して、出向期間の延長問題、
ター出向という状況を反映
討論は、全員が第三セク
われ、討論に入った。
から会計監査報告がおこな
つづいて、吉田会計監査員
及び九〇年度予算案の提起、
記長から八九年度決算報告
針についての提起、君塚書
長による経過報告と運動方
をうけたあと、五十嵐支部
ら水野執行委員のあいさつ
して五十嵐支部長、本部か
開催された。執行部を代表
が、全組合員参加のもとに
いて、いすみ支部定期大会
勝浦市·民宿·猿ヶ城にお
一九九一年二月十三日、
乗務員会長
書記 長
支 部長
中村
支部長 沢
塚
英晴
時雄
五十嵐浩吉
九〇年度役員
盛り上った懇談会となった。
って、なごやかなうちにも
に会す機会が少いこともあ
全員が乗務員のため、一堂
懇談会に移った。懇談会は
抜くことを全体で確認し、
千葉の一員として共に闘い
九一· 三ダイ改闘争を動労
最後に、新役員を選出し、
り問題などが討論された。
の内容、とりわけ沿線草か
正社員との関係、超勤作業
ら仕業の設定=地上勤化)、
定期大会を開催
いすみ鉄道支部
90年代の勝利へ、新たな10年を切りひらこう!