動労千葉への惜しみない支援と連帯
動労千葉を支援する会(以下、「支援する会」)は、国鉄分割・民営化が強行された1987年4月11日に結成され、今日まで解雇者への支援基金運動や物資販売運動を中心に、動労千葉への惜しみない支援と連帯の闘いを取り組んでいます。
支援する会は、1047名闘争圧殺の攻撃が激化するなかで運営委員会を創設し、2001年から当時の中村栄一書記長が支援する会担当として参加し、04年5月中村書記長急逝以降、関道利執行委員が担当し、現在は渡辺書記長が担い、動労千葉とは「車の両輪」として闘ってきました。
証人却下弾劾!
7月16日、国鉄1047名解雇撤回の第3回控訴審が開かれ、東京高裁・阪本勝裁判長は証人採用を求めていた井手(JR西日本元会長)と深澤(JR東日本会長)の証人尋問をいきなり却下してきました。そもそも、前回裁判(1月23日)で東裁判長は「JR設立委の不当労働行為を認めないなら証人を採用する」と明言しました。中労委・JRが「認めない」と回答したことで証人採用する以外なかったのです。しかし、東京高裁・国家権力はただちに東裁判長を地方に飛ばし、阪本裁判長を据えて証人採用を却下したのです。まさに戦時下における国家権力による大反動であり、国鉄分割・民営化が国家権力の根幹を揺るがす闘いだということがはっきりしました。
国鉄闘争全国運動7・11全国集会において関道利委員長は、「1047名解雇撤回裁判の勝利」と「第2期11月集会運動」をつくり出そうと提起しました。米トランプと高市政権の中国侵略戦争を阻止する反戦闘争の爆発とこの時代に闘う労働組合を甦らせることは絶対的課題です。
山本事務局長の遺志を引継ぎ
動労千葉を支援する会は本定期総会で、1047名解雇撤回闘争の正念場、11月集会・労働運動再生に向けた再出発、JR大再編攻撃との対決に立ち上がった動労千葉を守りともに闘うために、新たな運動方針を確立します。昨年末に志半ばで亡くなった山本弘行事務局長の遺志をひきつぎ、動労千葉が切りひらいた国際連帯を発展させ、国鉄闘争の勝利まで闘う決意です。 支援する会総会に結集をお願いします。
9月5日(土) 13時~
DC会館
*第2部として懇親会を行います
動労千葉を支援する会のルーツ
支援する会(基金運動)のルーツは、1981年の三里塚ジェット燃料輸送阻止闘争(成田空港への燃料輸送に反対するストライキ)にあります。動労千葉はこの闘争により、国鉄当局から副委員長ら本部役員4名の解雇含め激しい処分やを受けました。これに対抗するため、労働組合の枠を超えて多くの支援者が財政的な連帯を示す「支援基金運動」の原型がこの時期に作られました。
1億円支援基金運動
1980年代半ば、中曽根内閣による国鉄分割・民営化の攻撃が本格化しました。動労千葉はこれに反対し、1985年11月(第1波)と1986年2月(第2波)に激しいストを敢行しました。当局から多数の組合員が解雇・停職などの重処分を受け、賃金カットや損害賠償が突きつけられました。組合員の生活を守り、組織の崩壊を防ぐため、全国の支援者に向けた「1億円支援基金運動」が呼びかけられました。この運動はわずか数ヶ月の間に9,580万円を集め、実質的な目標を達成しました。
基金運動の代表幹事や呼びかけ人には、日本の労働運動の重鎮や文化人たちが名を連ねました。高島喜久男氏(労働運動評論家・基金代表幹事)太田薫氏(元総評議長・総評顧問)清水慎三氏(労働運動評論家)鎌倉孝夫氏(埼玉大学教授)北原鉱治氏(三里塚芝山連合空港反対同盟事務局長)などです。
支援する会の結成
1987年4月11日、これまでの基金運動の基盤を発展させる形で正式に「動労千葉を支援する会」が結成されました。基金は単なる一時的な寄付金ではなく、清算事業団に送られ解雇された労働者(国鉄1047名解雇撤回闘争)の生活費支援や裁判闘争の費用を長年にわたって補填し続ける「物販運動」や「定期カンパ」へとシステム化されました。
