(前史)動労千葉地本としての闘い  階級的労働運動の芽生え

50年5月、国労から職能組合として分裂し機関車労組が結成された。57年新潟闘争などを節目に、国鉄労働運動は戦闘力を回復してき た。59年に機労から動労へ。61年動労青年部結成。発足以来の右翼的体質を打ち破る新たなうねりがたまっていた。その背後には60年安保闘争高揚、62 年三河島事故、63年鶴見事故の発生への怒りがあった。

動労千葉地本の前身、機関車労組千葉支部が結成されたのは51年6月。当局と癒着した組合幹部支配する職場での民主化闘争、職場闘争、原潜、日韓、ベトナム反戦をめぐる街頭での闘いの高揚との結合の中

から、千葉地本内で階級的労働運動が芽生えていった。

三河島事故  新潟闘争 三池闘争 ホッパー前決戦で「武装」した労働者