三里塚労農連帯・ジェット燃料輸送阻止の闘い  77~78年

1977年1月動労千葉定期地本委員会 三里塚ージェット闘争取組を決定

12月ジェット燃料輸送阻止100日間闘争に突入 12月3~5日強力順法闘争

78年1月~2月第二波強力順法闘争 2月7日12時間スト 3月1日スト

1970年代前半における千葉地本と本部との対立は、70年代後半の三里塚・ジェット燃料貨車輸送阻止闘争の渦中で、いっそう非和解的な関係になっていった

動労千葉地本は、当初から三里塚空港反対闘争に深くかかわってきた。
71年9月の第二次強制代執行をへて開港がスケジュール化するなかで、空港へのジェット燃料輸送問題が大きな難関として浮上した。空港公団は当初千葉港 からのパイプラインによる輸送を計画するが、沿線住民、自治体の反対で難航し、76年までに一部を暫定的に貨車輸送で運ぶという計画をたてて攻撃を開始し た。それは動労千葉にとっては、組合員一人ひとりに、これまでどおり空港に反対する農民の側に立つのか、それともこれを裏切り、権力に加担して、燃料輸送 のハンドルを握るのかという厳しい選択をつきつけるものであった。

77年8月12日千葉市民体育館 6000名が結集

●「四つの視点」でたたかいへ
 76年12月、動労中央委員会は、千葉地本が提出した「三里塚開港粉砕、ジェット燃料貨車輸送阻止」の決議を満場一致で採択した。千葉地本は、このたたかいに決起するにあたって、四つの視点を確立した。
①三里塚空港反対・労農連帯の視点
②「危険なものは運ばない」運転保安確立の視点
③労働強化は許さない、反合理化の視点
④組織破壊を許さない
という視点である。
77年3月、福田政権は翌78年3月30日、三里塚開港を決定。これを受けて国鉄当局は、ジェット燃料貨車輸送計画を提案した。動労千葉は直ちに12月冒頭から78年3月にいたる100日間闘争に突入した。

たたかいは、計画の撤回を求めて、12月3日から5日までの強力順法闘争で火蓋がきられた。総武線はわが手にあり。ハンドルを握 る組合員一人ひとりの決意は、法相が「順法闘争に刑事罰を」と叫び、マスコミが「労働組合にあるまじき行為」と大合唱するほどの影響を生みだし、総武線沿 線各駅には「」上尾」寸前的状態が現出した。この反動に抗して順法闘争をたたかいぬくうえで大きな力になったのが、三里塚農民との連帯という大義であり、 また動労ジェット闘争支援共闘会議(代表世話人・浅田光輝、北原鉱治)の駅頭・ホームでの支援行動であった。

農民は農地を武器に闘い、動労は鉄路を武器に闘う

●第二波・第三波闘争へ
 78年1月10日からは第二波闘争に突入。輸送に伴う設備工事着工の2月7日には、佐倉、成田両支部を拠点に12時間ストがうちぬかれた。3月1日の備 蓄輸送開始を前にあせる当局は、2月14日から急拠助役機関士を投入、線見訓練を強行する。第三波闘争はこれを阻止する連日の決起としてたたかわれ、さら に輸送開始日の3月1日には、備蓄一番列車を完全に阻止する佐倉、成田両支部のストライキがうちぬかれた。
この100日問闘争の結果、われわれはジェット燃料輸送のハンドルを握ることを拒否し、全国から集められた助役機関士がハンドルを握るという力関係が形 成されたが、われわれが真の意味で問われたのは、この状況のなかから、さらにたたかいを前進させていくためにはどうすればいいのかということであった。
討議のすえ、4月6日の地本臨時大会で打ちだした新たな方針が、「輸送拒否から輸送阻止へ」という戦術転換であった。それは敵に職場を明け渡すのではな く、われわれ白身がハンドルをとり、敵の弱点を握ることを通して、自在のたたかいをつづけていこうという方針である。この戦術転換は、直接貨車輸送のハン ドルを握らなければならない職場では当然にも激しい議論を呼んだ。しかし、さらなるたたかいの継続・発展を追求する場合、これ以外に選択の道はないと判断 した。
反対同盟戸村委員長の「農民は土地を武器に闘い、動労は鉄路を武器に闘う」という激励などにも支えられ、執行部・現場をあげた真正面からの議論の結果、全体の意思として新方針が確認されたのである。

sanriduka daiichi kouen

●新たな地平
三里塚・ジェット闘争はその後、分離・独立後の79年と81年のたたかいに受けつがれてゆくが、この77~78年の100日間闘争は、次の点において労働運動の新たな地平を切りひらくたたかいであった。
第一にそれは、75年スト権スト敗北以降、春闘が連戦連敗を重ね、国労は「正すべきは正す」=民主的規制路線に転換し、動労本部は、手のひらを返すよう に「合理化推進」論を主張し始めるなかで、唯一、職場の力に依拠した実力闘争としてたたかわれたことである。
第二に100日問闘争が、労農連帯という政治課題を真正面から掲げてたたかわれたことである。組合員は「ゼニカネの問題じゃない」を合言葉に決起した。
この順法闘争では、数年前では考えられないことも起きた。支援共闘の仲間の精力的な駅頭宣伝で実に100万円のカンパが集まったのだ。マスコミがあおる 「乗客の怒り」の向こうで、多くの人々がこのたたかいが何のためのたたかいであるかを見ていた。動労千葉もそれを誇りとして困難な順法闘争をたたかいぬい た。
労働者は、ニンジンをぶら下げないと立ち上がらないというのが戦後民同労働運動の常識であったが、動労千葉はそれを打ち破ったのだ。
第三にこの闘争は、激しいたたかいに登りつめれば組合は分裂するという民同労働運動のもう一つの神話をも打ち砕いた。
このたたかいを通して当時1400名であった動労千葉地本の団結は格段に強化された。これは「タテマエと本音」を排し、とことん労働者を信頼し、全ての 問題を洗いざらい全組合員の討議にかけて決めてゆくという路線と指導のもとで実現されたことをあらためて明記したい。
だがたたかいの高揚は、すでに権力・資本の前に膝を屈し、そのことで延命をはかろうとしていた動労本部革マルの激しい反動を呼び起こさずにはおかなかった。
また動労千葉は、この激闘の渦中で、77年3月、全組合員の団結の結晶として新たな動力車会館の建設を実現した。新会館は、後の分離・独立闘争の激しい攻防のなかで、たたかいの砦として決定的な意味をもつことになった。

三里塚・ジェット燃料輸送阻止闘争の記録

労農連帯 

 

「私はおてんとうさまの下を胸を張って歩きたいからこの闘争を闘う」

動労千葉と三里塚闘争との関わりは1967年頃から。当初 は組織あげて参加できたわけではない。それが組織あげた全体の闘いになったのはジェット燃料輸送問題をめぐる論議の中からだった。地元の農民が国家権力の 弾圧に抗して命がけで闘っているときに手を貸すことができるのか、そのなかで、地元成田に生活する組合員がおおい成田支部の村上支部長が「私はおてんとう さまの下を胸を張って歩きたいからこの闘争を闘う」が合い言葉になって、組合員総力の闘いになった。

強制代執行で家から追い出された大木よねさん

前史 船橋闘争 反合・運転保安闘争路線の確立 

1972年の船橋事故で、動労千葉所属の高石運転士がその場で逮捕され、起訴されるという事態が発生した。
この時、当時の動労千葉地本は、事故の責任は、国鉄再建10カ年計画の最中で徹底したスクラップアンドビルドと運転保安無視・労働強化が職場を直撃して いたために、起こるべくして起きた事故であること、直接の原因は信号停電と2分30秒間隔の過密ダイヤにあったことを当局に突き付け、運転保安闘争に起ち 上がった。
高石運転士が起訴された後の裁判には、組合の指示した数の2倍もの動員者が駆けつけるなど、この事故が運転士一人ひとりに突き付けられた重大な問題としてあったこと、そして動労千葉の基礎を築く闘いとなったのだ。
この闘いの結果、高石運転士は1977年に津田沼電車区(当時)への職場復帰を果たすという勝利を得た。動労千葉は、闘うことによって当局の合理化攻撃を打ち破り、運転士への事故責任の転嫁を粉砕してきたのだ。

「防衛から攻撃」の反合・運転保安闘争へ
 動労千葉は、「資本の最大のアキレス腱・弱点は安全問題にある」ことを切りロとし、ここに徹底してこだわりぬくことによって、反合闘争の主導権を労働組合が握り返した。それは、当時掲げられた「防衛から攻撃の反合・運転保安闘争へ」というスローガンに象徴的に示された。
そもそも資本主義社会において、直接的利益を生まない保安部門への設備投資や必要要員の配置などを、資本が無視・軽視するのは当然のことであり、労働 者の抵抗や労働組合の闘いだけが、はじめてそれを強制することができる。市場原理と安全は、絶対に相入れることのない水と油の関係だ。
しかし、資本とはいえ、安全などどうでもいいとは言えない課題でもあります。その意味で、反合・運転保安闘争は、資本と最も鋭く対決する闘いであると同時に、資本の最大の弱点でもあるのです。

 

動労千葉の団結力は如何に形成されたのか

事故を起こした一人の組合員を守るために、全組合員が処分を覚悟して 闘いにたちあがるという方針は、一人ひとりの組合員の動労千葉への大きな信頼関係をつくりあげました。反合・運転保安闘争によって、「一人は万人のため に、万人は一人のために」という原点が、全組合員のものとなったのです。
三里塚・ジェット闘争、分離・独立の闘い、そして国鉄分割・民営化反対闘争等、その後のすべての闘いが、反合・運転保安闘争によって形づくられた団結力が土台にあったからこそ実現できたと言っても過言ではありません。

青年部問題の発生と新執行部体制の確立

70年代初め頃から、千葉地本青年部に対して動労本部青年部の革マルよる集団邸テロ・リンチを受けるという事態 が多発する。動労本部はこの事態を不問にして、73年1月千葉地本青年部役員6名を権利停止処分にした。激しく怒った千葉地本組合員は1月臨時大会を開催 し、統制処分撤回の決議をあげ、本部に屈服していた千葉地本執行部は総辞職した。

9月地本大会において、関川委員長、中野書記長体制が確立した。これ以降、青年部レベルの対立から、千葉地本と本部革マルの対立に転化していった。

線路改善闘争
 75年以降、千葉でレールが非常に劣悪化し列車が激しく振動するので、線路の改善闘争をやった歴史があります。 乗務員分科会が自分の足で各線区を歩いて線路の状態を調べ、そのデータを団体交渉の席上に持ち込んで、『この現状を見ろ』と。このときはわれわれ素人です から、当時の線路を主管している施設部長や課長あたりは「だいたい素人がなにを言っているんだ」とまともに対応しない。それに対してわれわれは安全運転闘 争を対置した。
つまり線路が悪くなる原因は、線路保守の手抜きがひとつ、それと同時に列車のスピードアップがあるんです。スピードアップとは同時に激しくブレーキをか けることになりますから、物理学の原則で必然的に、車両とレールの双方に衝撃が非常に強くなる。だからレールがたちどころに悪くなるということが、ほんの 半年ぐらいの間に起きた。それを動労千葉としては、「外房線は制限速度何キロ以下に抑えろ」「内房線はこれにしろ」「総武本線はこういうふうにしろ」とい うことを全部組合で方針化し、その指令どおりに乗務員が運転した。その結果、トータルすると1日約五千分ぐらい遅れが出た。それをダイヤに組み込ませると いう闘いをやった。文字どおり「ダイヤ改正」になった。
今までは、ダイ改のたびに労働条件が悪くなるからダイヤ改悪反対と言って闘争をやったが、国鉄労働運動史上始めて、ダイ改で労働条件が良くなった。その間に線路も修復されていく。

動労革マルとの対立の激化

70年代前半の対立は、70年代後半の三里塚ジェット闘争の渦中で、いっそう非和解的な関係となっていいた。

75年動労全国大会 千葉地本傍聴者に本部革マルによる暴行 (松山大会)

前史 反マル生闘争

 「滝口君守る会」運動

67年、国鉄5万人合理化反対闘争が激しく闘われた。運転職場では機関助士廃止が最大の焦点だった。こうした中で千葉地本は依然として右派執行部に握られていた。
しかし現場から戦闘的闘いが前進していた。その最大の拠点となったのが千葉気動車区と青年部であった。
当局は68年10月「勤務中飲酒事件」をでっち上げ当時新小岩支部青年部長の滝口誠さんを解雇した。また千葉気動車にはマル生攻撃が吹き荒れた。
しかし、敵の攻撃にひるむことなく、「滝口君守る会」運動を起こし組合員の過半数を超す組合員を組織した。

千葉気道車区支部と青年部  

     

 

バリスト 

 69年春闘、千葉気動車支部では区長以下の全職制を入れ替え、警察機動隊が包囲される異常な弾圧体制のなかで職場にバリケードを築いてストライキが貫徹された。
71年を頂点とするマル生攻撃が吹き荒れたが、青年部、千葉気動車区支部の奮闘がこの攻撃を跳ね返し、地本全体を古い体質から脱皮させていく原動力となった。

(前史)動労千葉地本としての闘い  階級的労働運動の芽生え

50年5月、国労から職能組合として分裂し機関車労組が結成された。57年新潟闘争などを節目に、国鉄労働運動は戦闘力を回復してき た。59年に機労から動労へ。61年動労青年部結成。発足以来の右翼的体質を打ち破る新たなうねりがたまっていた。その背後には60年安保闘争高揚、62 年三河島事故、63年鶴見事故の発生への怒りがあった。

動労千葉地本の前身、機関車労組千葉支部が結成されたのは51年6月。当局と癒着した組合幹部支配する職場での民主化闘争、職場闘争、原潜、日韓、ベトナム反戦をめぐる街頭での闘いの高揚との結合の中

から、千葉地本内で階級的労働運動が芽生えていった。

三河島事故  新潟闘争 三池闘争 ホッパー前決戦で「武装」した労働者

 

 

動労千葉 闘いの軌跡 ➀動労千葉結成以前の闘い        -前史-

動労千葉

闘いの軌跡

① 動労千葉結成以前の闘い
② 新生動労千葉の結成
③ 国鉄分割・民営化反対闘争
④ JRでの新たな闘いの始まり

 

動労千葉の前身は、国鉄動力車労働組合(1950年に機関車労働組合として結成され、1957年に名称を変更)千葉地方本部である。
千葉県と東京都新小岩地区の運転士と車両のエンジニアで組織した労働組合である。
動労千葉組合員の職場は、千葉県全域と東京駅を含む東京一部地域に及ん でいる。現在組合員数500名。
その他にリタイア労働者もOB会として組織している。
企業側の新規採用の徹底抑制が続き、新規採用再開後も企業の差別政策で、採用時に動労千葉への不加入を強制されている。
だがわれわれは民営化後も30数名の組織化に成功している。

階級的労働運動の芽生え

結成当初はけして戦闘的労働組合ではなかったが、60年安保闘争や、320人もの死者をだした62-63年の三河島・鶴見における鉄 道事故への怒り、機関助士廃止-5万人合理化反対闘争、ベトナム反戦-70年安保・沖縄闘争、さらには「生産性向上運動」による激しい組合破壊攻撃(わず か2年余りの間に動労・国労の組合員が6万名も減少した)との闘いの勝利のなかで、今日の土台が築かれていった。

反マル生闘争

また、動労千葉地本にとって重要な意味をもつ二つの闘いがあった。

船橋闘争反合・運転保安闘争

ひとつは、合理化や人員削減によって列車の安全運行が脅かされ続けている職場の現状に対する闘いである。
72年千葉県船橋駅で列車衝突事故が発生し、組合員が逮捕された。
われわれはこれに対し「資本の利潤追求の結果安全性の確保が軽視されたことによって起きた事故である」という立場から、数波によるスト ライキ、減速闘争をもって闘い、当該組合員の解雇を断念させ、職場復帰をかちとった。以降、「闘いなくして安全なし」はわれわれの最も重要なスローガンと なっている。

三里塚ージェット闘争
も うひとつは、軍事空港建設に反対して闘い続けられている、日本における戦後最大の農民闘争であり、反権力闘争である成田(三里塚)空港反対闘争との連帯である。

労農連帯 三里塚闘争
われわれは空港の開港に向けて、国家権力による激しい弾圧が反対派農民に加えられる状況のなかで、労農連帯をかけて1977~78年、空港への ジェット燃料の貨車輸送を拒否する「100日間闘争」を闘いぬいた。

階級的労働運動の芽生え
反マル生闘争
船橋闘争反合・運転保安闘争
三里塚ージェット闘争

労農連帯 三里塚闘争

JRに法的責任あり! 国鉄1047名解雇撤回闘争 新たな闘いへ 新署名運動スタート

最高裁決定に基づき解雇撤回・採用を
不当労働行為を認めさせた
19201665tabureto_ページ_387年の国鉄分割・民営化から29年。国鉄1047名解雇撤回闘争は新たな闘いを始まます。
解雇撤回を求める動労千葉鉄建公団訴訟で昨年6月、最高裁判所は、国鉄分割・民営化にあたって職員の採用・不採用を振り分けた基準が不当労働行為意思によって策定されたことを認定しました。
国鉄分割・民営化が不当労働行為であったことを初めて裁判所に認めさせたのです。しかも、その不採用基準の策定を指示したのがJR設立委員長であったことも暴き出されました。
この最高裁決定により、闘いは再びJRに対して法的責任を追及し、「解雇撤回・JR採用」を求める闘いに到達しました。国鉄1047名解雇撤回闘争はこれから本番です。
動労千葉は直ちに最高裁決定に基づき「組合員9人の解雇を1987年に遡って採用せよ」と申し入れ、国鉄闘争全国運動は1047名の解雇撤回・JR採用を求める署名運動を開始しました。
民営化との闘い
「戦後政治の総決算」を掲げて登場した自民党・中曽根政権が強行した国鉄分割・民営化によって職員40万人のうち20万人が職場を追われました。前代未聞の解雇攻撃でした。それは〈国鉄とJRは別法人〉という理屈で分割・民営化に反対する労働組合員の採用を拒否する徹底的な労働組合への攻撃でした。
まさしく日本における新自由主義の始まりでした。これ以後、労働組合運動は大きく後退し、民営化や規制緩和によって多くの労働者が非正規雇用や無権利状態に突き落とされました。
国鉄分割・民営化に反対する闘いは、こうした状況に抗する防波堤の位置にありました。しかし2010年には国労本部など4者4団体が、解雇撤回も不当労働行為の謝罪もないまま政治和解し、闘争を終結しました。
動労千葉と国鉄闘争全国運動は闘いを継続し、ついに不当労働行為を裁判所に明確に認めさせたのです。
闘いはこれから
これまで本当に多くの人びとが国鉄闘争へのご支援をいただきました。心から感謝を申し上げます。
闘いはこれからです。新たな国鉄闘争は、国鉄分割・民営化以降の同じような解雇や非正規雇用化が吹きあれたことを全社会に暴き出す出発点です。この闘いを労働運動再生のきっかけにしたいと思っています。
解雇撤回・JR採用を求める署名運動へのご支援を訴えます。国鉄闘争全国運動6・5全国集会へ大結集を訴えます。

闘う労働組合の時代きた!外注化・非正規化・被曝労働との闘い

1665tabureto_ページ_2各地のJR職場で闘う労働組合の登場し、ストライキで闘っています。
動労水戸は、3・11原発事故から5年、安倍政権の進める帰還の強制と福島第1原発から2・5㌔の位置を走る常磐線の全線開通、原発の再稼働に反対して、被曝労働拒否を闘っています。動労水戸の闘いは、原発収束作業に従事する原発労働者との連帯も生み出しています。
さらに青年運転士を駅に強制配転するライフサイクル制度に反対して3波のストライキを闘いました(一番上の写真)。
動労総連合・新潟は3月17日、「非正規職撤廃」「安全輸送確立」「パワハラ弾劾」「大幅賃上げ」を掲げて地域一般労組と共に新潟駅とJR貨物東新潟機関区、郵便局など4職場でストライキを闘い抜きました(左写真2つ目)。さらにグループ会社の新潟鉄道サービスにおける非正規労働者の不当解雇に対する抗議行動を展開しました。
動労福島は3月24日、郡山総合車両センターの業務外注化に反対して橋本光一委員長の指名ストライキを決行しました(写真3枚目)。
動労連帯高崎は、3月15日のJR高崎線・籠原駅の送電設備出火・火災事故を引き起こした合理化を徹底追及し、清掃職場の大幅賃上げと労働条件改善を闘っています。
列車の清掃業務を請け負う東日本環境アクセスで働く青年労働者を中心につくられた動労神奈川は、青年労働者の解雇撤回闘争を闘っています。
さらにJR西日本で闘っている動労西日本は、広島印刷事業所、福知山駅、吹田総合車輌所奈良支所の3カ所で春闘ストを決行しました(右の写真)。
JR西日本広島支社は印刷事業所の7月廃止の一方的方針で収支黒字の職場をあえて廃止し、全員を出向・転籍と退職に追い込もうとしているのです。
動労総連合は、北海道や九州、北陸でも新たな労働組合や準備組織が生まれています。

JR体制崩壊と闘う労働組合を
JR体制は崩壊の淵にあります。全国で続発する事故、北海道・四国・九州・貨物会社の経営危機。際限のない外注化による雇用や安全の崩壊、ベテラン社員の大量退職、鉄道の海外展開の破産など、文字通り〝JR崩壊〟というべき現実が第二の国鉄分割・民営化ともいうべき攻撃を生み出しています。
重大事故の頻発は、大量退職の中での鉄道業務の丸ごと外注化が無責任体制をもたらし、技術者養成の放棄と技術継承の崩壊が最大の原因です。
JR東日本は、「分割・民営化を果たした国鉄改革のようなイノベーションをやる」と公言し、鉄道業務の外注化だけでなく、駅運営会社・車両検修会社・保線会社・電力会社に別会社化し、JR本体は形式的に鉄道施設や株式を保有する持株会社化しようとしています。
こうした中で人件費を劇的に減らす手段として、外注先への転籍の強制や5年雇い止め制度を狙っています。
動労千葉―動労総連合は、鉄道業務の外注化に反対して16年間闘い抜いてき、JRの外注化や非正規雇用化を10年単位で遅らせてきました。
全国のJR職場に闘う労働組合をつくるときがきました。労働組合が団結して闘えば、新自由主義のもとで労働者が苦しめられてきた流れを変える反撃のチャンスは必ず生まれます。
JRとJR関連会社で働くすべての労働者は動労総連合に加入し共に闘おう。

世界で燃え広がるゼネスト
労働改悪に反対しフランス全土で120万人

安倍政権の成長戦略の柱である「雇用改革」は、労働コストを削減して国際競争力を強めることです。派遣労働を全面解禁し、限定社員制度を導入し、労働時間規制を撤廃し、正社員ゼロ化を目指すものです。
世界的な恐慌―長期不況の深刻化と国際競争の激化の中で労働法制改悪―雇用破壊・賃金破壊が世界中で拡大しています。しかし同時にゼネストなど労働者の闘いもまた世界中で燃え広がっています。

韓国パク政権与党が惨敗
韓国では1月、パククネ政権が、業績評価を口実に思いのままに労働者を解雇できる「低成果者解雇制」の導入と、労働者の同意なしでも就業規則の変更による労働条件の切り下げを可能にする二つの指針(政府ガイドライン)を一方的に施行しました。
韓国の労働組合ナショナルセンターである民主労総(約80万人)は、1月25日から一斉に無期限ストに突入し、パク政権与党は4月13日の総選挙で第1党から転落する大敗北を喫しました。
フランスでは3月31日、労働法制改悪に反対するストライキやデモが120万人の規模で力強く闘われました。整理解雇や労働時間規制の緩和、非正規雇用の拡大などに対して非常事態宣言を打ち破って「このままでは私たちの未来は大変なことになる」とフランス全土の若者が立ち上がっています。
世界中で労働法制改悪に怒りのゼネストが燃え上がっています。日本でも昨年、安保・戦争法案の制定に対して国会前に連日十数万人が集まりました。安倍政権の労働法制改悪に対し日本でも闘いを!

今こそストライキと労働組合の復権させよう! 闘いこそが労働者の状況を転換させる!➀6.5集会へ

千葉鉄道サービス 5年雇止め制度粉砕へ

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就業規則改定4・1実施を阻む
動労千葉(国鉄千葉動力車労働組合)は、今年の春闘で「大幅賃上げ獲得、外注化阻止、非正規職撤廃」「JR千葉鉄道サービス株式会社(CTS)就業規則改悪粉砕」などをスローガンに2波のストライキを闘いました(写真上は3月11日・京葉車両センター/写真下は3月17日のストライキ総決起集会)。
JR千葉支社内の駅・車両の清掃や車両メンテナンスなどを請け負うグループ会社のCTSでは、労働契約法の5年ルール(無期転換申込権)を悪用し、有期雇用契約で働く労働者全員に「雇用契約の上限は5年」と通告し、選別試験を課し、あわせて月給制賃金を時給制に変更する就業規則の改悪が狙われています。
動労千葉は、CTSで働く組合員を先頭に全面的な事実暴露と職場オルグ、団体交渉での徹底追求を行いました。さらに3月11日に第一波スト、3月17日に第二波ストを実施し、JR本体の組合員が「CTS就業規則改悪阻止、非正規職撤廃!」を掲げてストライキを闘い抜きました。
会社の提案内容が明らかになると各事業所で怒りが噴出し、職場で説明会を開催しても、現場からの批判や疑問に答えることもできなくなり、CTSはついに4月1日実施を断念しました。
この闘いは、JRで働く組合員と下請け会社で働く組合員が、正規と非正規労働者が共に団結してグループ企業の労働条件改悪に対してストで闘い抜きました。これは労働運動の現状を変革する大きな意義をもっています。
勝負はこれからです。CTSは、契約社員やパート労働者に対して4月から9月30日までの6カ月契約(通常は1年契約)を強制し、「夏ぐらいまでに(就業規則改悪を)決めてしまいたい」と言っています。
労働契約法や派遣法を背景とした雇い止め・非正規雇用化の攻撃があらゆる産業・企業で始まっています。この闘いは、すべての労働者の権利や雇用を根底から覆す攻撃との闘いです。
日本の労働者約6千万人のうち非正規労働者は2千万人。安倍政権の「雇用改革」は正社員ゼロを狙う攻撃です。この闘いは、労働者全体の権利と雇用を守る重要な闘いです。


〝12万円では生活できない〟
CTSの進める就業規則の改悪は完全な違法・脱法行為です。
「事業所の皆さんが心血を注いで仕事をして会社は成り立っております」と社長が言っている。だったら賃金も上げろ。5年で雇い止めなんてやるんじゃない。
自分たちはJRからの天下りで3階級特進で専務や部長になっている。そんなのが10人も20人もいるから経営を圧迫しているわけですよ。そういう金があるんだったら、CTSで働く人たちに還元しなくちゃいけないと思います。
CTSの社内報に「人権とは人間が人間らしく幸せに生きていくための権利」と書いてある。手取り12万円の給料で生活ができるか。重役たちは1千万円以上もらってるんでしょうけど、会社を支えている人たちは生きていくので精一杯なんですよ。
それを5年で雇止めとか手当て削減など許されていいわけがありません。絶対に就業規則改悪を粉砕しましょう。(CTS本社への抗議行動の発言より)201665tabureto_ページ_1

 

6月5日、東京・江戸川区総合文化センター大ホールで国鉄闘争の全国集会を開催します。

国鉄10 4 7 名解雇撤回!改憲―雇用・労働破壊に反撃を!

2千万非正規労働者を殺すな!

国鉄闘争全国運動 6・5全国集会6月5日(日)13時(正午開場)
江戸川区総合文化センター大ホール
(東京都江戸川区中央4―14―1)

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6月5日、東京・江戸川区総合文化センター大ホールで国鉄闘争の全国集会を開催します。闘う労働組合の再生をかけた正念場の時代です。労働運動に心を寄せるすべての人びとに本集会への参加を訴えます。

安倍政権の手で戦後労働法制が根底から解体されようとしています。戦争法強行・改憲への突進と一対をなす攻撃です。その正体は「正社員ゼロ・解雇自由」社会を生み出そうとする雇用・労働政策の歴史的転換、労資関係における改憲攻撃です。
社会保障、医療、教育など、人が生きてゆくのに必要な術を煮えたぎる競争原理の中に突き落とし、破壊して暴れ回る攻撃です。

昨秋、「1985年以来の大転換」と言われる労働者派遣法改悪が強行されました。これまでの常識を覆すものでした。臨時的・一時的業務に限り導入できる働き方とされていた「派遣」を例外ではなくしてしまったのです。企業は3年ごとに人を入れ替えれば永遠に派遣労働者を使い続けられる。逆にすべての派遣労働者が3年で使い捨てられる!
さらに猛威をふるう攻撃が始まっています。非正規で5年以上継続して働いた者を無期雇用に転換する労働契約法を逆手にとり、あらゆる企業が非正規雇用の上限を5年とする就業規則を導入しようとしています。こんなことを許したら労働者の権利は地に堕ちます。
しかも選別をくぐった者も「限定社員」として無期雇用になるというのです。規制改革会議では「その際、処遇を変えないという考え方がしっかりと根底にある」と確認されており、非正規職とまったく同じ超低賃金の「正社員」です。 しかも「職務、勤務地、労働時間が限定された正社員」と定義されています。仕事や職場が消滅すれば自動的に解雇。「正社員ゼロ・解雇自由」が社会の原理になる。これが安倍政権の「労働市場改革」です。
これは、戦後最大の労働運動解体攻撃として1987年に強行された国鉄分割・民営化攻撃を社会全体に拡大する攻撃です。
私たちは、国鉄1047名解雇撤回闘争の旗をこれまで以上に高く掲げ、この現実に反撃を開始します。集会への結集を呼びかけます。

就業規則改悪より人を増やせ! CTS職場討議資料 NO.5

白紙撤回しかない⑤CTSは就業規則改悪を進めています。しかし、そんなことより、人を増やして現場の人手不足を解決すべきです。

今でも仕事がまわらない!

現場では、どこも人が足らないところばかりです。全般清掃やポリッシャーさえ十分にできていないのです。
汚れがたまれば簡単には落ちません。普段の清掃も大変になって、列車はどんどん汚れていきます。千葉を走る列車に乗れば、どれが手が回らなかった列車か一目瞭然です。

 一体この仕打ちは何なのか!

やはり許せないのは「5 年ルール」です。
会社は、「無期雇用にするのは主任や班長になるような人」といいました。 他の人は5年で使い捨てということです。
「主任や班長さえいれば、他はベテランなんていらない」「新人を次々に取り換えればいい」。これが会社の言いたいことです。
これまで低賃金でも必死に仕事をしてきた私たちを何だと思っているのか!
こんな人を侮辱した話はありません。

「5年で使い捨て」が職場を壊す

清掃の_DSC0002仕事は数カ月でできるようにはなりません。1年単位で働いて初めて仕事のこともわかってくるのです。
しかし、今でさえ新しく入った人が次々に辞めていく状態です。これではいくら人が入っても、人手不足は解決しません。
その上に、4年や5年も働いた人のクビを切れば、職場は完全に破たんします。

まずやるべきことは大幅賃上げ

今いる人たちが大切にされないで、どうして新しい人たちが入ってくるでしょうか。就業規則が改悪されれば、「転職を考えるしかない」という声まであがっているのです。
人が足らなくなるのは、労働条件が悪すぎるからです。何よりこの低賃金をどうにかするべきです。CTSは就業規則改悪ではなく、大幅賃上げを実施しろ!

時給制で短時間勤務・賃下げへ {就業規則改悪 白紙撤回しかない! CTS職場討議資料 NO.4}

白紙撤回しかない④就業規則改悪の問題点の二つ目は、月給制の賃金を時給制にすることです。

時給制の狙いは短時間勤務

それに伴い会社は、「短時間勤務を導入する」「手待ち時間を時間単位で見直す」「兼業禁止の規定も廃止する」といっています。
短時間勤務の対象が今の契約社員や嘱託職員にまで広がれば、それだけ全体の賃金も下がります。「手待ち時間の見直し」も、その時間の賃金はカットするということです。
時給制を導入する狙いがここにあります。

会社の勤務指定で賃金まで決定

しかも、時給制で仕事から外されれば、その分だけ賃金も下がります。 様々なシフトをつくって勤務を回すようになれば、会社の勝手な勤務指定で一人ひとりの賃金まで好きにできてしまうのです。 賃金までたてにとって、何一つものいえぬ職場にしようという卑劣なやり方は、本当に許せません。

兼業解禁=さらなる賃下げへ

また、会社がこれまで禁止していた兼業を解禁するということは、今よりもっと低賃金にしようということです。 会社は、私たちをダブルジョブ、トリプルジョブでなければ生活できないところまで突き落とすつもりなのです。
「食えるだけの賃金は払わないから、好きに副業してくれ」 これでは、まるで学生アルバイトのような扱いです。

現場で働く私たちをなめるな!

低賃金でも毎日掃除をして、必死に働いているのは私たちです。JRから天下りした本社の人間たちではありません。
その仕打ちがこんな制度の導入だなど、本当に腹が立ちます。
会社は私たちを侮辱するな! まともに生活できる賃金をよこせ! 白紙撤回まで諦めずに闘いましょう。

CTS職場討議資料 NO.3 違法行為のオンパレード

CTSが進める就業規則改悪は、完全な違法・脱法行為です。
CTSは「試験に合格しなければ最大5年で雇止め」という制度について、「労働契約法に基づく改正」といっています。
しかし、労働契約法改定の提案趣旨として説明されたことは、「雇止めに対する不安を解消していく」「労働者が安心して働きmig続けることができる社会を実現するため」です。

CTSはウソをつくな!
会社の説明は真っ赤なウソです。
「最大5 年で雇止め」ルールは、改定された労働契約法の趣旨に真っ向から反しているのです。それを「法律が変わったから仕方ない」ことのように騙そうとするとは何事か!
「無期にさせない」で雇止めは違法裁判でも、有期雇用の労働者への雇止めを無効とする例があります。
NTTマーケティングアクトという会社の契約社員6人が雇止めにされた裁判では、「契約更新しないのは違法」と認められました。本来は全員が5年以上働けば無期雇用になれます。無期雇用にさせないために、雇止めにすることは完全な違法行為なのです。

勝手に不利益変更はできない

他にもCTSは月給制を時給制にしたり、作業手当を削減したりしようとしています。しかし厚生労働省の通達でも、原則として「就業規則の変更により一方的に労働条件の不利益変更を行うことはできない」とはっきりと明記されています。例外は、「そうしなければ会社がつぶれる」といった「高度な合理性」があるときです。
C T S がつぶれる? 掃除もせず年収一千万円の天下り管理者がゴロゴロいて、月額二百万円クラスの貸しビルに本社をおいておいて? それを問題にもせず、私たちの賃金や労働条件は削るというのか!
こんな話は本当にふざけきっています。

白紙撤回しかない③

クビにしていい人などいない ・・・CTS職場討議資料2

白紙撤回しかない②

「試験」って何だ!
 人の人生をもてあそぶな!

会社は、一体どんな試験をやって、どんな基準で「合格」「不合格」を決めるというのでしょうか。
「不合格」は即クビを意味します。一人の人間、そして家族の人生を左右する重大な問題です。雑巾ひとつ持ったこともないJRからの天下り管理者が、どうやって私たちの仕事を評価するんですか。
希望者全員を無期雇用に!
仕事の早い人も遅い人も、要領の良い人も悪い人も、みんなで
フォローしあって仕事をしてきたのは私たちであってあなたたちではない! 誰一人クビにしていい人間などいない!

 「無期雇用は主任や班長だけ」?!

この問題について、会社は団体交渉で次のように言っています。
組合 限定社員試験は、どのような内容、合格基準にするのか。
会社 試験の内容・合格基準はまだ言えないが、受ければ合格するというものではない。合格者は、ゆくゆくは班長・主任なるような職場の核になる人を想定している。

組合 職場では不安が広がっている。
会社 それはわかるが、雇用契約を更新するかどうかは、あくまでも年度ごとの業務量と個人ごとの判断による。

こんな言い方、絶対に許せない。人間を消耗品のようにどんどん使い捨てていこうというのです。
就業規則改悪より人を増やせ今でさえ要員不足で、全般清掃やポリッシャーさえ十分にできない状態です。就業規則改悪をやる前に、この現実を何とかしろ!
労働条件が悪すぎて人が集まらないのに、こんなことをしたらCTSには誰も来なくなってしまいます。今いる人も、辞めてしまいます。

白紙撤回へこれからが本番 ・・・ CTS職場討議資料①

 就業規則改悪4月実施は阻止しました!  この提案が明らかになるや職場はたちまち 怒りの声で一杯になりました。賛成する人は 誰一人いなかった。その声が大きな力となっ て会社おいつめました。
しかし闘いは何一つ終わっていません。CTSは雇用契約を半年に切り縮め、その間に 強行しようとしています。本当に許せない!
絶対にあきらめない。怒りの声をあげ続けよう。私たちの要求は「白紙撤回」です。
あらためて就業規則改悪の問題点をシリー ズで訴えます。

不合格なら5年で使い捨て

最大の問題点は、契約社員やパートで働く仲間たちに「全員最長5年で雇用終了」「それまでに限定社員試験に合格しなければ雇止め」という雇用契約にしようとしていることです。

雇用不安と低賃金が職場に蔓延 

そうなれば今後採用される人は全員「最長5年」の契約となり、今働いている人も来年度から限定社員試験が始まります。試験に合格しなければ雇止めです。 会社の都合ひとつで、好き勝手に労働者を使い捨てられるようにしようというのです。
こんなことを許したら、誰もがつねに雇用不安の中で働かざるを得なくなります。

試験に合格しても時給制

5年以上継続して働いた者は、本人が申し出れば全員無期雇用契約に転換しなければならないのが法律のルールです。それは、「雇用不安を解消するために設けられた」と明記されています。それなのにCTSがやろうとしていることはまさに真逆の違法行為です。
しかも、無期雇用契約への転換は、常識的に考えれば、少なくとも正社員と同等の待遇になることを意味するはずです。
それを「5年ルール」とセットで月給制を時給制に変えて、もっと低賃金に突き落とす。試験に合格しても時給800円、900
円の現実が延々と続くだけ。
こんなもの、白紙撤回以外にありません。