労働学校通信

第Z期No.11

次回講座のお知らせ

2008年2月16日(土)・ 3月22日(土) 各13:00〜
 ・3月15日の労働学校は3月22日変更になりました
 現代の帝国主義
 講師 島崎 光晴(経済問題研究家)
 労働者を食わせていくことができなくなった現代の帝国主義の危機を明らかにし、労働者の立場に立った時代認識を学ぶ
*親睦会も楽しみです(会費千円)

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労働学校通信 第11号 (2008.02.10発行)
がんばろう労働者!たたかおう労働組合!ひろげようインターナショナル

おめでたい年に

 どうもごくろうさまです。今日は労働学校としては08年、初めてお会いしたということになると思いますから、本来だったら「おめでとうございます」と言わなければいけないんだけど、なんか世の中の情勢を見ると、とてもおめでたいという気持ちにはなれないんで、何とか暮れになったら「おめでたい」と言えるような年にしましょう。 
 そういうふうに労働学校も頑張っていかなければいけないと思います。
 08年に突入して約3週間近く経っているわけですが、文字通りこの08年がどういう年になるのかということを予測するようなことが世界中、いたるところで起こっています。新聞、テレビを見ても、トップニュースは株だとか円だとか、つまり金融、経済が大変な乱高下を繰り返しているということが毎日、報道を賑わしていて、今年はそういうパニックが起こると思うんですね。
 そういうことが起こってもしょうがないと思います。これについては2月からの「帝国主義論」で、島崎講師が具体的にしゃべると思います。

花を咲かそう

 いずれにしてもわれわれが今まで「帝国主義とはいったい何だ」と、マルクス主義の問題について勉強してきたことが、いよいよ今年花咲くと言ったらおかしいけど、われわれが言ったとおりの状況になるんじゃないでしょうか。
 ということは、私たちは一層それらに対して、労働者の団結を対置して、攻め上る以外に問題の決着をつける方法はないわけだから、その準備を急がなければいけない、こういう年になると思います。
今日の学習は「国家とはなにか」の2回目になります。こういう嵐のような状況ですから、「国とは何か」とか、「資本主義の仕組み」だとか、そこを根源にしていろんなことが起こっていきますから、皆さんも砂に水がしみ込むようにどんどん吸収していくと思います。
 08年は、今まで以上に文字どおり学習と実践の年になろうかと思います。今日つかんだものを職場の仲間にどんどん宣伝して、闘いに決起させるために頑張ってもらいたいと思います。
(1・19代表あいさつから)

ひとりは万人のために 万人はひとりのために

交流の広場−闘いの輪(受講生の声)を随時発行しています

お知らせ
*基礎編・最終講座と修了式は、3月15日から22日変更です。

感想文紹介

☆今日の講義を聞いて、“労働組合のあり方”というものを考えさせられました。組合執行部がどういう路線の下で方針を出すかによって、体制内かどうかが問われるなど、いろいろな所で階級的労働運動路線と体制内労働運動の違いなど知ることができました。
 あとは、労働者階級が革命を起こしたあとの問題点についてです。
 ブルジョアジーだった者たちに対して「抑圧は必要」と言っていましたが、これは路線的な討論をしていくということなんですか? どういう抑圧が必要なのか、ちょっと解らなかったのでお聞きしたいです。
 あとは、本当にプロレタリアートがプロレタリア革命を起こし、資本主義社会を打倒しないかぎり、労働者の解放はないと思ったし、労働者が社会の主人公となる社会を建設していくために、自分の組合を闘う労働組合にしたいと思いました。
 そして、職場で闘いを巻きおこして、職場支配権を労働者が握り、革命を起こす!!
 2008年は革命の時代だぁー!

☆共産主義が人間の共同性の奪還であるわけですが、「労働者の団結論」「団結の究極の拡大が革命」をその中に位置づけた講義だったと思います。以前は共同性の奪還をプロレタリア革命−共産主義社会建設の事業の中で実現していくものとして考えていました。しかし、昨年3・18の「労働運動の力で革命をやろう」の青年労働者、学生を先頭とした闘いの中で、彼らの徹底した団結を求め、強めていく闘いが進められ、階級闘争的に画期的な地平を開いたと思います。そこでの「団結」論が共産主義の萌芽とも云えるものと位置づけられていますが、まさにその通りと思います。冒頭に書きましたように、それを「国・革」の中に位置づけた講義で、「団結」論を深めるうえでも、共産主義論の萌芽論としても学習となりました。7章の動労千葉の闘いの中で、一層その点を実践的に鮮明にし、08年我々の階級的労働運動の進むべき道を鮮明に提起する講義となっており、この点で俺鉄3等の学習を深める上で学ぶものが多い講義でした。ありがとうございました。

☆今日の先生の話の中で、「革命は、ひと握りの精鋭や党が、何かにかわって行うクーデターのようなものでなく、労働者階級が大衆的に、壮大なスケールとなって立ち上がり、その過程の中で労働者自身が曲がったものを一掃し、解放されてかわっていく、というプロセスの中で実践されなければならない」とおっしゃり、もっともだと思いました。
 例えば、福田が共産主義者で「明日から共産主義国にする」と言ったらスターリン国家になってしまうと思うし、例えば(まずありえないが)共産党が政権をとって「共産主義国」を唱っても、それがマルクス主義国家でないことは一目瞭然!そんなトップダウン的な共産主義はにせものだと思う。やっぱりボトムアップな解放→革命が必要なんだとつくづく実感しました。
 今、ソリダリティーに投稿する「合同労組とは」の原稿を書いているのですが、今日の講義は過去にも何度か受けたものなんですけど、今日が一番吸収できた感じです。やっぱり自分がどの立場で講義を受けるかで理解の仕方も変わってくるものだなあと思いました。
 資本主義社会→プロレタリア独裁→社会主義:共産主義となっていくという革命までの過程が今までよりスッキリとイメージできたように思います。

☆「武装した人民自身が容易にこれを解決する」についての議論を聞いて、出された発言一つ一つがとても重要だと思いました。
 そもそも革命を闘いとる中で、労働者は階級として団結を取り戻していく、共同性を闘いとっていくこと抜きに、革命を達成できない。そのことを確信して、革命運動の中での自己変革、自己解放をかちとって、仲間との団結を拡大してきたからこそ、「革命をやって労働者に対する武装が必要なのか?」と感じてきたのだと、私もそう思いました。
 けれど、やはりプロレタリア独裁を実現して、やはり労働者内部にも一部、ブルジョア的なものが残る。あるいは右翼など。資本主義に対して、武装し団結して闘う労働者階級の存在が、こうした労働者内に残ったとするブルジョア的なものをも自ら解決していくことができる、ということだと思いました。
 だから、やはり「マルクス主義によって武装した人民」ということだと思います。

☆「労働者の闘いの歴史→現代の闘い・これからの闘いのあり方」という流れを「“国家”の構造→国家の崩壊、消滅、民主主義の消滅」という流れの同時2本立て、盛りだくさんの内容でした。そして、「本来、働くとは面白いことである」と本来当たり前だったことを忘れさせられている現状について、あらためて思い知ったという感じです。持ち帰って整理して、(現在の自分の闘いのためにも)どう自分の運動にいかしていくか、まずそこから考えていこうと思いました。充実した内容でした。ありがとうございました。

☆前から気になっていた革命後の社会はどうなるのか。ここがプロレタリア独裁国家←→できあいの国家機構の構図からかいま見れた気がします。
 労組(一人ひとり)の会議が支配の仕組みと聞き、安心して闘えそうです。これはぜひ職場のみんなに知らせねば!
・搾取も原理は聞いていたが、さらに深まった。僕の自由な生活時間が資本家のためにたくさんとられていたかと思うと、本当に苛立つ。
 自由も人格も時間も金も知らないうちにいつの間にか搾取されていた。今になり昨日の社長の命令はこの為だったのか……など、この闘いは必ず勝つのだー!
・レーニン、中野洋さん、革命家はよく勉強している。資本主義の弱点や歴史をよく知っている。「革命前夜」と言い切ったレーニンもすごいなと思った。実際、今の日本、世界、恐慌の中、9条廃止へ進む日本の中、自分も盛り上がってきた。今がすごい楽しい。
・国家が死滅すればすべての不法行為がなくなる。そこが上手く納得できない。貧困を原因とするものはなくなるだろう。ここはきっちり仲間と疑問解消します。→最後の質問コーナーで解決しました。
・労組とは闘争のためにある。もうこれが絶対いい! 政治闘争って恐いかな? でもやるしかないでしょう。だって怒りが余りあるんだから!!自分も平和も闘って勝ちとるぞー!
・「労働者を食わせられないようなやつは、やめりゃいいんだ」「俺たちがやってやる」、よし、明日からもガンガンやるぞ!

☆国家と革命、前回は団結論として鮮明に提起され、おもしろかったです。前回の時、「あれ、暴力革命はどこに行ったんだろう」と思った内容も、その後の学習の中で、「労働者の団結した力こそ、支配権力まで高められた組織された暴力」なのだと理解しました。
 今回は、団結した力−暴力(共同体)−プロレタリアートの独裁論をもっと展開してほしかったかなと思います。=独裁でなくちゃいけない理由を。
 今、現在、まさにここに対して日和見主義小ブル自由主義=解党主義が革命から逃亡したからであり、これとの闘いが非妥協的だからです。プロレタリアートの独裁論にこそマルクス主義の核心があり、それは実践で問われると思っています。
 プロ独は、今、われわれの職場闘争実践で問われています。あまりにもこれに対する反対派が多く、われわれの前に立ちはだかっています。私は「障害者」福祉労働職場ですが、私たち労働者を「サービス提供者」や「お世話役」におとしめ、労働者性(=革命しないと解放されない)(=労働力を商品として切り売りする)を隠蔽しようとする攻撃から自分達こそ職場(=福祉現場)を動かし、握っている主人公で、「障害者」、高齢者、病者の生存と解放も労働者が職場で実権を持っていく中にあることを、日々強烈に自覚し、宣言し、実践していくことだと思います。
 「利用者のためだ」「障害者のためだ」と体制内に甘んじ、制度にさえ屈服していく傾向があるからです。職場闘争におけるプロ独の実践がポイントだと思います。
 講義の冒頭あたりで“階級支配=国家の起源以前は「等しく貧しい」から支配はない”と言われましたが、貧しさというものは階級社会の産物だと理解していますが、低い経済的発展、大きな平等、原始共産主義の中では、人はみな必要に食べていけるほど生産をしていたのではないか。「貧しさ」という表現はどうかと思うのですが。

☆国家が「搾取と支配の道具」という話は、今の労働者に対する権力の動きとまさに合致していると感じた。このように考えることで、権力側の意向とかも推測でき、また、どういう点をつけば効果的なのかも考えていくことができるのではと思えた。現在の日本という国家も、そのような「搾取と支配の道具」であり、その中で生活していると思うと、やはり労働者が権力を持つということが必要と改めて認識した。
 プロレタリア独裁国家について、革命後の社会の仕組みについて考えたり、議論したりすることは大事だと思う。最後の質問コーナーでも議論になったように、武装とはどういうこととか、等の討論は参考になった。最近、世の中のことについて、家族と話した時に、革命でプロレタリアが権力をとった時の世の中がどうなるか、やはり現状の社会の矛盾をできるところから変えていくべきではないかと言われ、うまく答えることができなかった。でも今日の講義と議論を聞いて、やはり自分の考えは正しくて、またもう一度家族と話してみたいと思えた。
 今、自分の職場で闘いを起こしたいと考えているが、自分が仕事が十分にできていないという状況にあり、そのような状態で職場の労働者が自分の話を聞いてもらえるか、という不安がある。しかし、それに対しては、今日答えのとっかかりを見つけた。「労働者を信頼する」ということだと思った。まわりに受け入れられないのではないかと考えることは、結局まわりを信用していないからであり、逆に自分が仕事面でまわりに認められていたら、できない人を差別したり見下したりすることになるのかなあと思いました。
 今日気づいたいくつかのこと、ただちに実践できれば良いがなかなかそうもいかない場面もあるかも知れない。しかしさらにまたいろいろと気づかされる機会もあると思うので、そこを一歩一歩積み上げていきたい。

☆「【7】動労千葉労働運動に学び……」の提起、内容が非常によかったです。国鉄分割・民営化攻撃と全力で闘い勝利してきた動労千葉の歴史的地平があるからこそ、レーニンが「国家と革命」で鮮明にさせた内容も、そこからとらえ返して重要なことが提起されていると思いました。
 今日の最末期帝国主義の新自由主義攻撃−民営化・労組破壊攻撃に対して、「民営化絶対反対」を貫いて職場に闘う団結をつくり出していくことこそ、「国家と革命」で提示されている基本的原則を今日的に実践し貫徹していく最も鋭い戦場なのだという確信をもちました。

☆自分がこれから何ができるか真剣に考えていきたいと思った。

労働者学習センター事務局
千葉市中央区要町2−8 DC会館 電話 043-222-7207 FAX 043-224-7197

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