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資本と闘わずして解雇撤回なし!
1047名闘争勝利に向け、原点にかえって闘おう

■岐路にたつ1047名闘争

 1047名闘争が重大な岐路にたっている。昨年の9・15判決を契機として「1047連絡会」が結成され、採用差別から19年目にして初めて全被解雇者の団結が実現するという画期的な地平が生み出されたにも係わらず、それから数か月しか経ていないというのに、運動全体が再び「政治解決路線」に埋没するという危機が生み出されている。
 国鉄闘争の勝利を願う多くの人々に大きなインパクトと希望をもたらした被解雇者の大同団結−1047連絡会は形骸化し、1047連絡会の場で、「解雇撤回」を取り下げた要求(国労大会で確認されたもの)を「統一要求」としたいという議論がされている。何のために闘ってきたのか。われわれは解雇撤回を取り下げた要求に名を連ねることはできない。
 そして、1047連絡会にとって代わった「4団体」(国労本部、建交労、支援共闘、中央共闘)によって「闘いは最終的解決局面を迎えている」「年内政治解決」等、根拠の無い主観的な主張のもとに、何ということか、国土交通省やJRに対し、ひたすら「お詫び」を繰り返す「要請行動」が行なわれている。
 「解決交渉テーブル」を設置する糸口すらつかめていないというのに、あたかも「解決局面」であるかのような幻想を煽って、運動側の一方的な譲歩を進めるようなことを繰り返していたら、どのような結果を招くかは火をみるよりも明らかだ。

■今こそ原点にたち返れ!

 4党合意の際にはあれほど激しく国労本部と対決し、統制処分を受けながら鉄建公団訴訟等、新たな闘いにたち上がった闘争団や支援共闘会議が、一体なぜこんな事態に落ち込んでしまっているのか。
改めて、国鉄分割・民営化反対闘争を路線的に総括し1047名闘争の階級的性格をはっきりさせなければならない。
 国鉄分割・民営化攻撃の渦中で国労本部がやったのは、国鉄の国体護持派官僚や自民党田中派への政治工作と、5千万人署名運動、そして「大胆な妥協方針」の下に身をすくめることだけであった。
 現場は、激しい攻撃に必死で抵抗しながら今か今かと闘いの方針を待っていた。しかし本部は、「総評の牽引車」と呼ばれながら、最後まで政府・資本と闘う方針を打ち出すことができず、新会社への職員選別の過程で、毎月1万〜2万人という膨大な脱退者が半年以上にわたって続出する事態をなす術なく放置することしかできなかった。国鉄分割・民営化攻撃は、それまでの民同的、革同的な労働組合運動の在り方がもはや通用しない時代が到来したことをつきつけたのである。
 それでも、修善寺大会を経て、4万人の組合員が国労の旗を守ってJR体制にのり込み、1047名闘争というかたちで闘いを継続したことは画期的な意味をもつものであった。

■同じ過ちを繰り返すのか

 問題は、分割・民営化攻撃がつきつけた問題について真剣に総括されることのないまま、JR下での1047名闘争がその延長線上に組織されたことであった。
 資本と闘うことなく、「政治解決」に委ねるという方針の出発点をなしたのは、地労委での勝利を根拠とした「全面一括解決要求」方針=中労委の場での和解方針であった。またそれは労働委員会や裁判だけに一面的に依拠するという運動のあり方と分かちがたく結びついていた。以降、状況によって様々かたちを変えながら、労働委員会や裁判所、ILO等に依存して政府・自民党に「解決」を懇願するということが常に運動の中心となり、そのたびに一方的な譲歩、主観的な期待・幻想と絶望が繰り返され、原則的な闘いの組織化がネグレクトされてきた。
 その典型が98年5・28判決に向う過程であった。「政府の動きは積極的」「裁判所も早期抜本的な解決を求めて努力している」「JR内にも健全な労使関係確立への動きが始まっている」「解決の流れはできた」「勝利判決は間違いない」等、浮薄な判断のもとに、国労本部は「国鉄改革法を承認する」「JRの発展に寄与する」という態度表明を行ったのである。
 その結果が東京地裁の5・28反動判決であり、4党合意であり、自らの組合員を警察に売り渡すに至った5・27国労臨大闘争弾圧であった。
 そして今また、今度は9・15判決をめぐって「年内政治解決」等のかけ声の下に、全く同じことが繰り返されている。

■資本(政府)との闘いの放棄

 そもそも、資本(政府)との闘いを放棄したところで解雇撤回を実現できるなどと考えるのは絶対に間違いだ。実際、1047名闘争の危機は、JR資本との闘いにおける国労本部の屈服−連合化と一体で進行している。
 シニア制度−業務の全面的な外注化(第二の分割・民営化)攻撃への国労本部の屈服と4党合意の受け入れが表裏一体で進んだように、国労本部とJR東日本の「和解」と現在の政治解決路線は表裏一体のものだ。この間の経過を見れば、国労本部の対応の背後にはJR資本の意向がはたらいていることも明らかである。
 JRの職場では、安全が崩壊し、尼崎事故や羽越線事故、伯備線によって多数の乗客やJR労働者の生命が奪われ続けている。設備や検修部門、車掌業務の外注化に続いて、来年4月からは駅業務の丸投げ的外注化が強行されようとしている。だが、国労本部は職場を襲うこうした激しい攻撃との闘いを「労使関係正常化」の名のもとに一切放棄している。
 現実に進行しているのは「解決局面」どころか、国労の変質・連合化と、その下での1047名闘争の「処理」−切り捨てに他ならない。
 全労連も断じて許されぬ反動的役割を果たしている。全動労争議団に圧力を加え、あらゆる手段を使って裁判をさせまいと画策したことをはじめ、「動労千葉は労働組合の仮面をかぶった暴力集団」「市民権を与えるな」という卑劣な誹謗中傷を繰り返し、「動労千葉は清算事業団と和解しているから闘争主体としての資格はない」などというデマをまことしやかに流し続けている。これは、分割・民営化に反対して闘われた二波のストライキに対する28名の公労法解雇事件について、97年に旧国鉄=清算事業団との間で全員の解雇撤回を認めさせ、勝利和解をかちとったことを指して主張されているものだが、それをあたかも採用差別事件で和解したかのように主張するというやり方は、動労千葉や動労千葉争議団を排除することだけを目的とした意図的なデマ宣伝に他ならない。

■動労千葉の闘い

 一方、この5年間のわれわれの闘いは、検修・構内業務の外注化を阻止し、強制配転者の職場復帰を実現し、レール破断の頻発や尼崎事故に対する反合・運転保安確立の闘いは、われわれ自身の予想をこえて大きな波紋を広げている。1047名闘争の勝利は、JR資本とのこうした闘いと一体でこそ実現するものだ。
 JR発足20年を焦点とした「分割・民営化の総決算」攻撃の最大の焦点は、1047名闘争と国労の解体にすえられている。併せて革マル問題も清算しようという事態が進行している。また、安全の崩壊という形をとって、分割・民営化の矛盾が激しく噴出している。こうした情勢と真正面から対決する闘いを組織することなくして、1047名闘争の勝利をかちとることはできない。
 1047名闘争に求められているのは、これまでの労働運動の限界をのりこえる新たな闘いの構想だ。それは何か特別なことではなく、国鉄分割・民営化攻撃に対し、首をかけて二波のストライキに立ち上がって団結を守りぬいたわれわれの闘いが示している。どんなに困難なときにも労働者の団結に依拠し、その力を信頼して、労働者の階級的団結を発展させることに全ての力を集中することだ。

■1047名闘争の位置

 1047名闘争が日本の労働者と労働組合の未来にとって決定的な位置をもつのは、次の点においてである。
@ 今日の労働者への激しい攻撃の原点をなす国鉄分割・民営化攻撃の決着を 未だつけさせていない反撃の拠点であること。とくに「行革でお座敷を綺麗にして立派な憲法を安置する」という中曽根の狙いからすれば、1047名 闘争は、今日まで憲法改悪攻撃をおしとどめてきた大きな力であった。
A 1047名の被解雇者が、様々な困難をのりこえて、20年にわたる不屈の闘いを継続するという、日本の労働運動史上、画期的な地平を築きあげている こと。
B だからこそ、今も全国の無数の労働者が、1047名闘争に自らの未来を託して支援し続けてくれていること。
C だから1047名闘争は、これまでのナショナルセンター等の枠組みをこえて、ランク・アンド・ファイルから、広汎な労働者の共同闘争をつくりあげ、闘う労働運動を再生する結集軸となりうる闘いであること。
D 憲法改悪攻撃が切迫し、民営化攻撃−市場原理が社会全体に貫徹され、日本の労働者が闘わなければ生きることができない現実に直面するなかで、1047名闘争のもつ位置はますます大きくなっていること。

■自らの位置を自覚しよう

 今、1047名闘争に求められているのは、自らの闘いがもつ重要な位置を自覚し、労働運動の再生を求める全ての労働者の闘いの先頭にたつことだ。政治解決路線への埋没や、1047名闘争を「処理」してしまおうとする国労本部の対応、闘いを広汎な共同闘争として発展させることを妨害し続けている全労連の対応は、自ら闘いの価値を低め、勝利の展望を遠ざけるだけでなく、労働者の希望と未来への背信行為でもある。政治解決路線は、闘いの主体であるはずの被解雇者や全国の支援の仲間たちの存在と闘いをおとしめるものだ。それのみならず、すでに、幾度も国労本部から煮え湯を呑まされてきた闘争団員から不信の声が上がっているように、「1047名の団結」を自らの手で破壊させかねない行為でもある。
 安倍政権が誕生し、憲法改悪につき進もうとしている。急速に進む「格差社会」
への怒りの声が渦巻いている。「日の丸・君が代」強制に対する教育労働者の闘いや、激しい民営化攻撃に対する怒りの声が、それに屈する組合本部の制動をはねのけて噴出し、大きな波紋を広げている。1047名闘争はそうした怒りの声を総結集する中心とならなければいけない。そうした闘いのなかからこそ勝利の展望は切り開かれる。今こそ原点にたち還ろう。

大失業と戦争の時代に通用する新しい世代の動労千葉を創りあげよう!
 
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