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吉野さん鎌形さん内田さんが幕電に復帰
05春闘強制配転粉砕の第2ラウンドへ

1月25日付で、検修区への復帰をかちとり幕張電車区に赴任した吉野六郎サン、鎌形昌男サン、内田晃サン

新たに3名が復帰

 1月25日付で、吉野六郎サン、鎌形昌男サン、内田晃サンが検修区への復帰をかちとり幕張電車区に赴任した。吉野幸成サン、外山義章サン、福島和彦サン、岡安正人サン、冨川秀樹サン、吉野昇サンに続き、9人目の職場復帰だ。
 吉野サンと鎌形サンはもともと運転士、内田サンは予科生で運転士の資格をとりながら、組合差別によって士職登用を拒否され続けてきた仲間だ。
 それぞれが国鉄分割・民営化攻撃を前後して吹き荒れた激しい組合破壊攻撃のなかで不当配転されて以降、配転先をたらい回しされてきた。
 とくに内田サンは、1986年7月10日付で、津田沼電車区運転検修係から、悪名高い「船橋人材活用センター」に配転されて以降、18年半もの間、茂原地区無人駅清掃担当など、幾つもの配転先をたらい回しされてきた。彼は56予科採用だから、本来の仕事は5年余りしかやっていないことになる。
 これが国鉄分割・民営化攻撃だったのだ。今回の職場復帰はその意味では最終的な解決ではない。本来ならばとっくに発令されているはずの運転士登用がずっと止められたままなのだ。しかしこれは、組合員全体の力でかちとった大きな一歩だ。
 この20年余りのことを考えると、改めて腹の底から怒りが沸き上る。こんな卑劣が会社と革マルの結託体制によって延々と続いてきたのだ。それでも今日まで胸を張って労働者としての誇りを守り、頑張り続けた仲間たちは動労千葉のかけがえのない誇りだ。
 これは小さな一歩に過ぎない。しかし大きな勝利だ。

第2ラウンドへ!

 この勝利は何よりも、この4年間余り、第二の分割・民営化攻撃に抗して組織をあげたストライキや職場抵抗闘争を闘いぬき、検修・構内業務の外注化を阻止し続けてきたことが土台となってかちとられたものだ。その闘いが、検修要員のひっ迫という矛盾を会社に強制し、職場復帰に結びついたのだ。  われわれがこの闘いを通して改めて学んだことは、労働運動の原則を貫きとおすことの大切さだ。
 われわれの前に立ちはだかっていたのは、いつ打ち破れるともしれない厚い壁だった。しかし、会社と手を結んで旨い汁を吸いつづけてきたJR東労組は今やガタガタになっている。われわれは、労働者の誇りと仲間を何よりも大切にしてこの壁にたち向い続けてきた。そしてついにこの厚い壁に穴を開けたのだ。小さな風穴かもしれない。しかしこれは、労働者の団結と誇りをかけて闘い続けた貴重な成果だ。
 残る仲間たちをとり戻すまで、この原点を忘れずに闘いぬこう。
 われわれは05春闘を「強制配転粉砕闘争の第2ラウンド」と位置づけて闘いを継続する。こじあけた風穴は絶対におし広げる決意だ。全ての強制配転者の職場復帰をかちとるために、05春闘への闘争体制をうち固めよう。

関西生コン支部大弾圧許すな!
1月23日、1000名の抗議デモ

 1月23日、エル大阪において、生コン産業政策協議会(関西地区生コン支部、交通労連生コン産業労働組合、全港湾大阪支部で構成)の主催で、不当弾圧に対する緊急抗議決起集会開催され、1000名を超す仲間が結集し、大阪府警に怒りの声を叩きつけた。
 動労千葉からも代表2名が参加。断じて許すことのできない大弾圧粉砕へ、共に闘う決意を打ち固めた。

大失業と戦争の時代に通用する新しい世代の動労千葉を創りあげよう!
 
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