●11・28〜29ストが切りひらいた地平

★動労千葉は、昨年(八五年)一一月二八、二九日の二四時間ストで、国鉄分割・民営化粉砕、一〇万人首切り阻止にむけた国鉄労働者の総反撃の歴史的のろしをあげたわけですが、今度のストを動労千葉としてどう総括しているかについてからまず話を聞かせて下さい。

中野
こんどのストライキをやった後、マスコミは判で押したように一大反動キャンペーンを開始しているけれど、わわれにしてみれば、この闘争には二つの目標があったわけす。ひとつは、国鉄分割・民営化という極めて悪質で、かつ恐るべき攻撃がほとんど論議らしい論議もなされないままレールの上にのって既成事実化しようとしている。中曽根はこれを、戦後総決算攻撃の目玉としておし進めているけれど国鉄労働者にとっては、これは10万人の首切りという現実としてつきつけられている。労働者の立場からいえば、こなたいへんなことが、なし崩し的に、その本質的な問題点を闇から闇に葬る形でおし進められるなどということは絶対に許せない。どうしても、これを、まず国論を二分するような社会問題にしなければならない。これがひとつ。
もうひとつは、そのためには、なによりも国鉄労働者の決起が求められているにもかかわらず、周知のように今日の国鉄労働運動は全体としてたいへんな危機を深めている。その中で、動労千葉が、わずか一一〇〇人の組織だけれど死力つくして決起することで、全国鉄労働者の総決起の突破口きりひらく。一一・二八〜二九ストを国鉄分割・民営化にする全国鉄労働者の反撃の第一歩として位置づける。このつがあったわけです。

一番目の問題からゆくと、これはゲリラ闘争もからんで、マスコミが大騒ぎし、それがいまも続いている。もちろんマスコミは口をそろえて動労千葉を非難しているけれど、しかしそうして騒げば騒ぐほど、結局のところ、それでは動労千葉は何故このご時世にストライキに起ちあがったのかといことが、否応なしに焦点化せざるをえない。こうしてこの闘いは、ある意味でははじめて国鉄分割・民営化の問題を、世論を大きく二分するような問題におしあげたわけです。
特徴的なことは、動労千葉のストの後、政府がにわかに余剰人員問題を騒ぎ出していることだね。中味は、いままでとまったく変っていない、前進していないんだけれど、なんだか余剰人員対策に政府機関をあげて全力でとり組むんだということをさかんに強調しだしている。一〇万人首切りを許さないということで動労千葉がストライキをやる中で、“いや首切りなんか出さない"ということを、どんなペテン的な形ででもいっておかないと、動労千葉的な闘いをつぶせない、いやどんどん広がってゆくかもしれないという敵の恐怖がこの背後にあることは明白でしょ。その意味では、動労千葉の第一波ストというのは、われわれが考えている以上に強烈なインパクトを敵に与えたのではないかと思っているわけです。
それともうひとつ、この闘いを通して非常にはっきりしたことは、国鉄労働者がこの攻撃に全体として総決起し、反撃してゆく可能性というか、展望が極めてリアルに存在してることが明らかになったということじゃないかな。具体的には、ストの過程で津田沼電車区の二名の国労組合員がスト破りを拒否して、国労を離れ動労千葉に加入するという事態が起った。それだけではなく、国労の津田沼電車区分会が全体として、二八日の夜半に、国労中央の"業務命令に従う"方針、つまり実質的にはスト破りをやる路線にあくまで反対るという決議をあげる。そして結局は、国労中央もこの津田沼の動きを抑えきれず、方針を変更するというたいへんドスチックな事態が進行した。
実は、こんどのストライキのもうひとつの拠点である千葉転(千葉運転区)でも、すこし違った形ではあるが国労分会の中に大きな流動がおこり、分会執行部の五名が国労の方針に反対して辞表を出すということまで起きている。これはもちろん直接には動労千葉の闘いに触発されて起きたことだけど、しかし、いまの国鉄労働者が全体としておかれている状況、その中における意識というものを、もののみごとにあらわした事態といえるんじゃないかと思っているわけです。つまり、全国どこの国鉄職場でも、やりようによっては、そういう条件さえ与えられれば起りうることが起ったんじゃないかと。
ストライキをやって、弱い層、あるいは右よりの部分が脱落するということは、いままでの労働運動の歴史の中でもいくらでもあった。しかし今回のように、極めて異常な弾圧体制の中で、あえて動労千葉に加入する、あるいはそれをつつんで他の組合の分会が、全体として動労千葉とともに決起するというのは、これは並大抵のことではないと思う。今回のストライキが、そういう事態をひき起してきたことの中に、われわれが展望してやまない国鉄分割・民営化攻撃を粉砕する道、国鉄労働者が全国で総反撃に起ちあがる現実性というものがひらかれている。動労千葉の第一波ストがその極めて重要な端緒をきりひらいたと思うんです。

 ★朝日新聞で布施書記長が「国鉄労働者の半分は心の中で支持しているはずだ」といっていたけれど、全国の国鉄労働者からの反響はありますか。

中野
それはありますよ。これは女の人からだけれど、一一月二九日の夜かな、動労千葉に電話をかけてきた。で、要するにその人のだんなさんが国鉄の労働者だったんだけれど、自殺しちゃったんだな。国鉄ではむちゃくちゃな分割・民営化攻撃の中で、この一年間だけで三四人も自殺者が出ている。その一人だと思うんだけれど、その奥さんはもう悔しくて悔しくてしょうがない。所属組合の名前はいわなかったけれど、組合にいってもあまりラチがあかないと。むこうは泣きながらそれを訴えるわけね、われわれに。どこからだと聞いたら北海道だというんだ。それで、われわれに出来ることがあればするから、東京にでも出てきたら寄ってくださいといって電話を切ったけどね。
それから、これは東京からだけれど、「いま仲間で飲んでいるけれど、本当によく止めてくれた」なんて電話もかかっている。
もちろん、さしあたりいまは反動の時期だからいやがらせの電話もある。いまの荒廃した世の中でのうのうと棲息している連中は、金切り声をあげて反動的キャンペーンに唱和していますよ。それから労働貴族や評論家やインテリゲンチャもびっくりたまげている。しかし現場の労働者はそうじやない。これは国鉄だけじゃなくて、民間、官公労問わずね。
そもそも、ストの前に総武線の各駅で何十万枚というビラをまいたけれど、この反応が非常によかった。ツバでも吐きかけられるんじゃないかっていう気持でこっちはいたんだけれど、そうじやない。別にカンパを訴えているわけでもないのに、「オレは中小企業だけれど、国鉄がここまできてストをやるというのは絶対必要だ。オレはこれで連帯する」なんていって五千円置いていったというような話をずいぶん聞いている。国鉄だけではなく、全逓や自治労や日教組にしても、次は自分たちだという意識もあって、なんとしても国鉄にがんばってほしいという気持はあるし、それだけじゃなくて、やはり中曽根の危険な政治動向に対する危機感が相当強くなりはじめているということじゃないかな。

●職場の怒りがストライキを支えた
★ ストライキの過程が、とくに国労千葉の労働者の決起をよびおこしたという点で非常にドラスチックに進んだわけだけれど、すこしさかのぼって動労千葉が九月の大会で今回のスト方針を決定してゆく過程、あるいはその後、スト方針を全支部で貫徹し、一一〇〇人が一人の脱落者もなくストに突入してゆく過程じしんが、非常にたいへんだったと思うんですけれど、そこでなにが問題になったのか、どういうことが論議になったのかについて話してもらえま すか。

中野
七月二六日に国鉄再建監理委員会が分割・民営化の答申を出した。で一体この答申は何なのかを検討したら、これはまさに恐るべきものであって、いままでのような個別対応でしのげるものではないということがはっきりした。そしてこの七.二六答申のすこし前には、中曽根が当時の仁杉総裁を切って、国鉄官僚の中のいわゆる「国体護持派」といわれてきた部分をクーデター的に一掃して、杉浦新体制が登場するということが起こるわけです。さらに千葉局の場合は六月ごろ管理局長もかわって、いまの草木という奴がのりこんでくる。そしてこの前後から、職場においても敵のかまえ、やり方が従前とはがらりとかわっていったということだね。
ともかく団交もやらない、やってもまったく形骸化したことしかやらない。現場労働者には業務命令を乱発し、処分の恫喝をくりかえし、労働組合を徹底的に無視して労働者を本当に虫けらのように扱う当局の権威と力でなんでもやるんだ、それに敵対する奴は全部処分だということになってきたということだね。
職場にそう暗雲がたちこめてきた。いままでも全国的には職場規律の確立ということでかなりやられてきたんだけれど、やっぱり千葉の場合は、七・二六答申以降、局の姿勢が一変したわけです。できることなら組合との間でも穏便に問題を処理しようなどという姿勢はまったくなくなった。それが八月、九月とエスカレートしてくる。
動労千葉は、九月九日から三日間にわたって第一〇回定期大会を開くわけだけれど、ある意味では、この分割・民営化攻撃の恐るべき本質を最も鋭く暴露したのがうちの大会だったんじゃないかと思うんだね。マスコミはもちろん、国鉄の他の労組もほとんどまともに答申を批判できない中で。それは、国鉄が便利になるとかどうとかいうレベルじゃなくて、中曽根の攻撃、その狙いを、その本質において受けとめ、暴露していった。そしてそこから出てくる唯一の結論が、これはもう労働者としてはどんな反動があろうともストライキで起ちあがる以外にないという結論だったということですね。
執行部の側からいえば、このままこの恐るべき攻撃に対し組合が闘う方針をもてずに後退していったら、いかに動労千葉とはいえ、近い将来、完全に組織は寸断され、バラバラにされ、職場の中には疑心暗鬼が生れ、仲間同士がいがみあい、足をひっぱりあうような状況になることは必至だと。それともうひとつ、動労千葉の場合は、運転職場の組合だから、組合の言葉でいう「運転保安」の問題に非常に敏感なんです。
毎日、何千、何万という人の生命をあずかって、ハンドルを握って列車の最先頭に座って仕事をしているわけだから。それが常に一年半後の自分の状態に不安をもち、オレは首になるんじゃないか、仲間が首になるんじゃないかと非常に不安定な精神状態にある、なかにはノイローゼになる奴も出てくるだろうといういまの状況は本当に恐しいことなんですね。このままいったらたいへんな大事故につながるんじゃないかという危機感が執行部の側には相当強くあった。
一人一人の労働者にこういう状況を打開する道をさし示すのは労働組合の任務だ。そしてこういう状況を打開するためには、やはり、このデタラメ極まる分割・民営化攻撃を労働者一人一人の団結の力で粉砕してゆく以外にない、ということで、われわれは九月の大会に、こんどのスト方針を訴えたんだね。それが全体、満場一致で決定され、それ以降、動労千葉傘下一〇支部の支部大会が開かれ、そこでも支持され、さらにそれだけではなく、地域集会といって、組合員とその家族、地域労働者もふくめた集会が各地で開かれ、その中でスト態勢がかためられていったわけです。

 この支部大会や地域集会のほとんどに僕が行って状況を説明し、方針を訴えた。その中で、ここまできたらやっぱり起ちあがって闘わなくちゃなんないという点については、みんな“そうだ”ということになった。「よし、やろう」となった。にもかかわらず、もちろんいろいろな意見が出たよ。
「国鉄三〇万労働者の中で、たかが三〇〇分の一にすぎない動労千葉がストライキをやって委員長のいう通りになるのか」とか、「やればたいへんな処分が出るだろう解雇者がいっぱい出たとき、そういう人たちを動労千葉は支えていけるのか」という不安や危惧が次々出てきたよ。これはいまだって多くの組合員がもっている不安だけど。
これに対し執行部側としては、やはりこれだけの大闘争をやる以上、いままでのような組合のあり方、財政問題をふくめた組合の運営のあり方を、指導部を先頭にみんなでかえていかなくちゃいけないということをはっきりさせたわけですつまり、官公労はみんなそうだけれど、ストライキ権を奪われているからストライキをやれば処分が出る。賃金カットや停職、解雇が出る。これに対して官公労はどこでも犠牲者救済規則というのをつくって、犠牲者救済基金を積みたてて、そこから被処分者には補償するということをやってきたわけ。
これじしんはまあいいことだと思うけれど、ただ逆にいうと、犠牲者救済基金の範囲内では闘争はできるけれど、それ以上の攻撃にはなにも出来ないという関係があった。この間、国鉄でひとつも闘いが起こらないというのもそれがあるからだよ。
だから動労千葉が起つという時、われわれはそういう従来のレベルの闘争をやろうと思っているんじゃないんだ、ということを訴えた。つまり、民間の中小企業の労働者の闘いからわれわれも学ばなければいけないと。民間の場合はスト権はある。しかし闘いが長期化すればむこう側にはロックアウト権があるから、首にはならなくても闘っている労働者には賃金が支給されなくなる。そうすると、いろんな争議団の人たちがやっているけれど、闘いを継続するためには、みずからアルバイトをし、物資販売をし、カンパを要請して、それで生活費を獲得しない限り闘いは続けられないわけでしょ。
そういう中小の労働者の苦闘からわれわれも学ぶと。僕はそういう言葉でいったんだけれど、組合の方から一足早く「民営化」するんだと訴えた。そういうことも含めてわれわれは決意しなくちゃいけないんだとね。
そのためには組合員一人一人が変んなくちゃいけない。動労千葉はいまでも他の組合に較べすぐれたところはいつぱいありますよ。動員をかければ、三里塚闘争なんかに全組合員の半数が参加するんだから。しかしもうそのレベルではだめだと。たとえば組合費も、いまだって高いけれど、しかし必要なら、さらに精いっぱい出してもらうかもしれない。しかしそれだけでもやりきれないだろうから、民間の争議組合がやっているようなことも、十分学びながらやろうじゃないかと。組合運動にしても、三回動員がかかれば二回出ればいいというんじゃだめで、やはり冠婚葬祭以外は、全員参加すると。全員活動家になるんだと。そうしない限り、この攻撃には勝てないんだということを、これは支部大会でも、地域集会でも、その後の懇談会でも、膝をつきあわせて、全県下を回ってやったわけだ。むしろ執行部の方から、みんな不安があるだろうから遠慮なくいってくれといって、組合員や家族が考えていることを全部いってもらってね。

 そういう討論を通して、これは、国鉄労働運動史にもかってなかったような反動の嵐に抗して、一一〇〇人が一人の脱落者もなくこんどのストライキを立派にやりき?たということじゃないかと思うんだね。しかしこれは、なにか動労千葉の組合員が特別すぐれているというようなことではなくて、全国の国鉄労働者がひとしくもっている怒り、この分割・民営化攻撃に対してもっている、どこの国鉄職場にもあるなんともいえないような怒りが、このストライキを支えていたと思うよね。これは僕なんかも積極的にいったんだけれど、国鉄労働者というのは賃金が安い、しかしまあ仕事が固い、つまり首にはならない、給料が安いかわりに、やめた後の退職金や年金は比較的保障されている、全国どこでもタダでいける無料パスがささやかな楽しみでもある、だからわれわれは国鉄に入って、朝夕を問わず、盆暮を返上して仕事をやってきたわけじゃないか。それをある日突然、怠け者よばわりされて、ヤミ・カラとかブラ勤とか誹謗・中傷されて、しかも国鉄がこんな赤字になったのは労働者の責任であるかのような宣伝の下で、三人に一人、一〇万人の仲間が職場から放逐されようとしている。これに対する怒り、この正当な怒りが動労千葉の場合は、動労千葉という組合の方針として実現されたということだと思うんだね。
しかし、この怒りはどこの職場にでもある。だからいいかえれば、国労なんかがもっとしっかりした闘いの方向性を与えれば、動労干葉程度の闘いはどこでも出来ることだと僕は思っているわけです。だからこんどの動労千葉の決起は、非常な伝播力をもって全国をかけめぐり、敵に鋭い衝撃を与えているわけでしょう。敵がいま、余剰人員問題で連日キャンペーンをしなければならなくなっているのもその表われだよ。

●空前のスト破壊策動に抗して
 
★ストライキの決行予定日が迫るにつれて、ストライキを圧殺しようとする非常に大規模な反動が組織されるわけだけれど、それで動労千葉の中に動揺が起こるというようなことはなかったんですか。

中野
たしかにこんどのストライキに対しては、われわれもいまだかつて経験したことがないような弾圧体制、あらゆる方向からの超反動体制が組まれた。当局側は一一月二〇日に千葉鉄道管理局長名で、「公労法一七条、一八条によってスト参加者は全員解雇する」という中身の文書を全組合員宅に書留で郵送することまでやったわけだ。これはまったく不当労働行為そのもので、いまのブルジョア法の枠内でいっても、まだストの戦術も決めていない段階でこういうことをやるなどというのは、明らかに労働組合が自主的に機関で決定したことに対する当局側の不当な介入なんだね。そういうことをあえてやると。さらにはスト当日は、全国から一万人をこえる機動隊を動員して総武線を十重二十重に包囲する。さらに全国から鉄道公安官を動員し、首都圏の白腕章も総動員して
構内を制圧すると。動労千葉の一〇倍、二〇倍もの部隊を動員してスト圧殺をはかる。さらにそれだけではなく、これは文字通り国電はじまって以来だけれど、動労と国労を使って全面的なスト破りに入るという体制をしいたわけですよ。
つまり敵は、既成のあらゆる権威と力を総動員して動労千葉のストを圧殺する、さらにはたとえ動労千葉がストに入っても総武線はなにひとつ支障をきたさないという状況をつくり出そうとした。
これは闘う側にとってもたいへんなことだ。津田沼にしろ、千葉転にしろ周囲は機動隊でビッシリ、構内は公安と白腕が徘徊。その中でストに入れば首だとおどされ、ストに入っても本当に総武線が止まるかどうかわからない。この状況はものすごいプレッシャーとして労働者を直撃したと思うんだね。その緊張に耐えきれなくなって逃げだす組合員が出ても不思議じゃない。にもかかわらず、これは実際並大抵のことじゃないと思うけれど、一人一人の労働者がそれこそ首を覚悟してストに突入していったんだよね。
前の晩に「オレは首になるかもしれないけれどストをやる」といって奥さんを説得した組合員もずいぶんいる。やっぱりわれわれは、数の上では圧倒的に少数派だけれど、気迫では敵に絶対負けない。
だから、一部の国労組合員のスト破りに対しても強烈な糾弾蘭争に起ちあがってストライキを成功させていった。で、なんでここまで出来たかというと、やっぱり分割・民営化に対する怒りだと思うね。数年間、本当に耐えがたきを耐えてきた、その労働者の怒りが爆発したとき、こういう闘いも可能になるんだと思っている。敵は圧倒的な物量を誇っているけれど一片の正義ももっていない。われわれには少数でありながら圧倒的な正義がある。これがあれだけの反動をはねかえしてストライキを成功させる力に転化していったんじゃないか。

★ さっき、国電で国労、動労がスト破りをやったのは国鉄労働運動史上はじめてだという話が出たけれども、そうなんですか。

中野
 それははじめてですよ。前提的な説明をしておくと、総武線というのは緩行と快速の二つが走っている。緩行は千葉から秋葉原をへて、そのまま中央線に接続して三鷹まで行っている。快速は千葉から東京駅まで行って、その先は楮須賀線になる。それで緩行線の六割は津田沼電車区が動かしていて、四割は中野電車区(東京西局)が動かしている。一方東京駅までの快速はすべて千葉運転区の乗務員が動かしている。しかし津田沼の場合も千葉転の場合も乗務員の所属組合は動労千葉と国労が半々だから、動労千葉の組合員が実際に運転しているのは、総武緩行線は三割、快速線は五割ということになるわけです。つまり動労千葉がストライキをやっても、それぞれ三割、五割の電車が止まるだけということだね。
しかし、国電というのは、たとえば総武線だって一日八六万人の乗客があるといわれているで、ラッシュアワーには、緩行二分三〇秒間隔、快速四分間隔という超過密ダイヤでこれをさばいているわけだ。だから、たとえ三分の一の電車が止っても、当局とすれば他を動かしてもパニックが起こるだけだから、国電の場合は全面運休するということをやってきたんだよね。八、九割以上の運行が確保できる見通しがない限り、国電は動かせない。
しかしこんどのストに対しての対応は違った。これは当局として、国労と動労をスト破りに積極的に動員できると判断したからですよ。つまり、動労千葉の乗務員が乗る予定になっていた電車に、国労や動労の組合員をスト破り要員として業務命令で投入することで大半のダイヤは確保できると。中野の動労革マルは卒先してスト破りに走った。しかし問題は国労だったわけね。国労が業務命令を拒否する限り、動労がスト破りをやってもどうしょうもない。国労はもちろん、国鉄の他の組合がストに入っているとき、そのスト破りをやったことなど結成以来一度もないですよ。で、われわれとしては、ストを前に何度か国労中央や国労東京地本あるいは千葉地本に申し入れた。われわれはかくかくしかじかの理由でいまが起ちあがるべきだと思っているので一一月末にストライキを決行する、これについて国労が違う判断をもっているのは仕方がない、だから共に闘ってくれとはいわないけれど、最低限スト破りだけはやらないでくれと申し入れた。ところがこれに対し国労中央は、スト破りを積極的にやるつもりはないとはいいながら、実際は「業務命令が出た場合は、その扱いは従前通りとする」という指示を下した。従前通りというのは、業務命令が出た場合はそれを拒否しないということなんだね。その理由としては、すでにいままでに全国で、業務命令を拒否したということで二八人とかが解雇されているということなんだけれど、結局、業務命令は拒否しないというところにウェイトをおいた指導をし
た。だから当局としては、国労は業務命令を出せばなんでも譲歩すると読んで、国電の闘争史上はじめてという国労によるスト破りを組織したんだね。
それでわれわれ動労千葉としては、こういう大がかりな反動、機動隊一万人動員からはじまって国労、動労による全面的なスト破りを準備して動労千葉のストを封じ込めようという当局の策動に断固抗議をして、二九日午前O時突入の予定であった24時間ストを、12時間くりあげて、28日正午から突入と変更した。これが二七日の時点ですね。

●国労津田沼電車区分会の決起
★ スト当日のスト破りというのはどの程度やられたわけですか。
中野
動労千葉のストが不可避の情勢になると、当局は一方ではやっぱり不安だから乗客に規制をよびかける、そして他方では動労千葉の組合員がストに入った仕業に、国労の乗務員、その場合、指導員とか予備要員とかあるいは「過員」になっている乗務員だけれど、業務命令ということでどんどんあてはめていった。これに対して津田沼の場合は、それでも若干はあったけれど、あんまりスト破りはなかった。こんどのスト破りの主役は千葉運転区の国労と中野電車区の国労、動労だね。千葉転の場合なんか、勤務を終った国労の乗務員が仕事も明示されないまま、駅長が発行する運転通告券だけでめちゃくちゃに使われるという事態も生れている。普通、乗務員というのは、乗る前に「あんたの仕事はこうですよ」ということをちゃんと指示されるんだけれど、そういう指示もなしに東京ー千葉間を四往復もしちやうなんていう使い方をされているね。千葉運転区の正規の乗務員詰所には動労千葉の組合員がいっぱいいたんで、そこを通さないで、千葉駅に国労の指導員や予備要員を全部集結、“おい、お前この電車に乗れ”という感じで全部やった。だから国労のスト破りの乗務員はいつ仕事が終りになるかわからないという、そういう惨状を二八日、とくに二八日の夜は呈したわけね。
国労中央だってそこまでやられるとは思わなかっただろうけれど、業務命令を拒否しない方針である以上、結局とことんまでやられたんだね。

★ その中で、津田沼電車区の国労分会の決起が実現されるわけですね。
中野
津田沼の国労分会の中では、ストの前から、こんどの動労千葉のストライキにどう対応するかをめぐって深刻な討論が続けられていたわけです。ところが国労中央がさっきいったような方針を下す。その中で一番悪い役割を果したのは協会派と共産党・革同、とくに協会派だね。これはもう絶対許せないけれど、動労千葉の闘争は普通の労働組合の闘争じゃない、過激派の闘争だみたいなことをいって、自分たちのスト破りを合理化しようとした。しかしこれに対し国労乗務員の圧倒的多数は、“なんとかかんとかいってもやっぱりスト破りじゃないか”ということで激しい討論が続けられた。
それで結局、国労津田沼としてはどうしても業務命令には従えないということになって、国労千葉地本が抑えにがかったけれどラチがあかない。二八日夜の時点で、ついに国労本部の中闘が現地にこざるをえなくなったわけだ。それで来たのが、渡辺という国労協会のキャップなんだけれど、彼がいうには、「国労中央の方針はあくまで業務命令は拒否しないということだ」の一点ばり、「だからそれに従えないで処分されたとしても国労としては一切面倒をみない」といったもんだから、それを聞いていた国労津田沼の労働者が怒り出した。「なにいってるんだ」と。「そんなことをいうんなら国労なんか必要ないじゃないか」ということで、その足で、二人の国労組合員が動労千葉の事務所に来て、オレを動労千葉に入れてくれという話になったんだね。
われわれは決して国労の個々の組合員をひっこぬいて動労千葉に入れようなんて組織方針はもっていない。あくまで国労は国労でがんばってほしいという考えだけれど、この場合は、二人の国労組合員が自分は絶対業務命令は拒否する、たとえ国労の方針がどうであっても自分は拒否すると固く決意していた。しかしその場合は、組合ではなく二人の国鉄労働者が個人として追及され、処分されるわけで、百パーセント解雇になる。そこで緊急避難ということもあって動労千葉に加入したわけです。
だけどこれは、決して国労津田沼の一握りの部分がそういう行動に走ったということではなかった。津田沼分会は約三〇〇人位、その約半数が乗務員だけれど、これが全体としてスト破り絶対反対ということで動いた。動労千葉に移った二人の国労組合員の行動に対しても激励、称讃の声はあがっても非難の声はあがらない。 一方では二九日の一番電車の時刻が迫っている。このままいったら、津田沼における国労の分会機能が完全に崩壊してしまうという瀬戸際にたたされて、二九日の午前三時半の時点で、「業務命令は組合あずかりとする」「所定の勤務以外の仕事はやらない」
これは実質的に業務命令を拒否するということだが。この方針が国労中央をふくめて確認される。「国労の指導員なんかもスト破
りには使わせない」ということで、この方針を提示して、当局に申し入れということになった。当局は真青になった。前日二八日夕方のラッシュは、国労、動労のスト破りでかろうじて混乱を回避したと思ったのに、国労のこうした動きで、二九日の朝のラッシュは大混乱不可避という情勢となったわけだからね。
そうこうしているうちに一連のゲリラが起って、総武線のみならず、首都圏の国電全面運休、さらには全国の国鉄が寸断されるという事態になったわけですよね。

★ 千葉運転区ではどうだったんですか。

中野
千葉転でも津田沼同様、スト前から深刻な討論が続いたんだけれど、その結果、分会執行部が事実上解体しちゃった。役員のうち五人が辞表を出してしまった。「組合員に業務命令に従えなどということは絶対口にできない」といって。
それで実際上、分会指導が崩壊して、津田沼のように分会の組合員全体が集ってけんけんがくがくの討論をやるというふうにならなかった。そのため、個々の国労組合員がバラバラに孤立して、当局のいいなりに動かされるということになる。
一部の労働者はむちゃくちゃなスト破りに動員されてしまった。しかし、動労千葉の決起の中で、国労がまさに国労としての存在を問われるような事態に追い込まれていったというのは、津田沼も千葉転もまったく同じだね。

 国労は、この一一月末に雇用安定協約の期限が切れるということで追いつめられていたと思うんだけれど、動労千葉に対するスト破りに協力することとひきかえに、協約を結んでもらおうとしていたなどということはあるんですか。

中野
表面にはもちろん表われないけれど、底流には、国労の一部幹部の中にはあったと思うね。当局は雇用安定協約について結局、動労、鉄労、全施労とは結ぶ、しかし国労、全動労、動労千葉とは結ばないというわけでしょ。それで国労はなんとか雇用安定協約を結びたいということで、一一月一九、二〇日の中央委員会で、いわゆる「三ない運動」の中止をうち出すわけですよ。しかし、この「三ない運動」というのは、出向に行かない、一時帰休に応じない、五五才近くになっても退職しないというもので、国労東京地本なんかも強調しているけれど、これは労働組合としての最低限の立場の問題なんだね。譲るとか譲らないというレベルの問題じゃない。組合が組合員の出向や退職強要に手を貸すなどということが出来るわけがないのであって、これは労働組合の最低限のモラルの問題だよ。
ところが総評の中で、動労の松崎みたいのが右翼的圧力をかけて、国労の山崎委員長が総評の国鉄再建闘争本部でこれを止めるといいだした。これをめぐって、国労の主流派の中でも相当論議があったらしいんだけれど、結局中央委員会でも夏の大会で決めたことをひっくりかえして、委員長が同じことをあいさつの中でいう。なぜこんなことまでやったかといえば、当局は雇用安定協約のときも、「これを締結したければ当局の心証をよくしろ」ということを要求しているわけだ。国労はそれで「三ない運動」を止めるなどということまでいい出したわけで、同じく「心証をよくする」ために動労千葉に対するスト破りに協力しようと国労の一部幹部が考えたということは大いにありうるんじゃないか。にもかかわらず当局側は、一一月三〇日の段階で、国労に対して雇用安定協約の破棄を通告したわけですよ。委員長が「三ない運動」を止めるというだけでは不十分だと。国労の一七地本が、「三ない運動」をやっているけれど、これが全部当該局長にやめるといわなければダメだ、いやそれだけじゃなくて実行しなければダメだと。つまり動労革マルがやっているような出向・派遣の運動を国労もやれと要求したわけですよね。
これは僕は実に象徴的なことだと見ているんだけれど、結局、国鉄分割・民営化攻撃の本質、国労を徹底的に叩きつぶすという非和解性を示しているわけですよ。だから、腰を曲げてもダメだ、膝を屈してもダメだ、はいつくばってもダメだ、もう完全に労働者の魂をぬいて、誇りを叩きつぶして、国労を上から下までガタガタにするんだというのが敵の狙いだということだね。われわれだって、国労がここまで屈服したんだから、当局も国労とは雇用安定協約を結ぶだろうと思っていた。ところか、国労が、大会で決定したことをひっくりかえして、労働組合としての最低限のモラルも捨てて、国労結成以来はじめてのスト破りまでやってだよ、なおかつ当局は雇用安定協約さえ結ばないと。ここまできたら国労としても、もはや総力を結集して起ちあがる以外にないんですよ。
にもかかわらず国労がなにも出来ないというんなら、これはもう単なる悲劇じゃない、喜劇でしかないと。ともかく国労中央はいまとことん追いつめられているね。一体この事態をどうするんだと、一〇万人首切りを一体どうするんだと。
この決断が、極めて早いピッチで国労中央を直撃している。のんびりと、参院選挙が終ってからの臨時国会が勝負だなんていっておられるような状況じゃなくなっている。このままなにもできなければ、文字通り国労は瓦解してしまう以外にないよ。

●なにがゲリラを「惹起」させたのか
★ そういう、国鉄労働運動全体がおかれている瀬戸際的状況の中で今回の動労千葉のストライキが成功したということが非常に大きいと思うんですけど、マスコミなんかはこのストを特にこれに連帯して起こった中核派のゲリラとの関係で非難している、あるいは杉浦総裁は、「動労千葉のストがゲリラを惹起した」といって「断固たる処分」をわめいている。この点について委員長はどう考えていますか。

中野
ゲリラというのは、要するに日本のプロレタリアートの前衛をめざしている中核派が、日本の当面する最大の政治的対決点ともいうべき国鉄分割・民営化に反対して、ああいう形で中曽根打倒の闘いにふみきったということであって、それはそういう闘いであるわけだ。われわれは国鉄労働者として、一個の労働組合としてこの分割・民営化に反対してストライキに起ちあがった。これが関係しているとかいないとか、いろいろ憶測するのは勝手だけれど、これはまったく別個の闘いなわけですよ。それに対し、惹起、惹起などといって、動労千葉のストをゲリラと結びつけて、それを根拠に断固処分などというのは、まったく血迷った発言であって、笑うべきものでしかないね
ふたついいたいことがあるけれど、まず第一は、国鉄分割・民営化というのは、まだ再建監理委員会という得体も知れない中曽根の諮問機関が答申を出しただけ、せいぜいそれに基いて政府決定が行われただけの段階なんだよ。国会の論議はおろか、まだ国会に法案さえ提出されていない段階だよ。
ところが杉浦は、まるで分割・民営化は既定の事実となっているような感じで、この間最も先行して国鉄内での作業を進めてきた。動労革マルを手先に、国労の屈服をいいことに、やりたい放題の攻撃を重ねてきた。われわれは、この杉浦のやっていることに対し、国鉄労働者はお前のやっていることを承服しないんだと、あくまでノンなんだということを、ある意味でははじめてたたきつけた。これがこんどのストライキだと思うわけね。ところが杉浦はこれを見すえられない。
国鉄労働者がついに首を覚悟しても分割・民営化阻止に起ちあがったことが見すえられない。だから惹起論に典型的に示されるように、動労千葉のストをゲリラと結びつけて非難する、結びつけなければ非難できないんだね。
では聞くけれど、ゲリラを惹起しなければストをやっても処分しないのかといいたくなる。まさに冷静さを欠いたものでしかないわけよ。
第二は、そもそも動労千葉がストをやればゲリラが起こると、ストの何日も前から公々然と宣伝していたのは誰かということだよ。杉浦であり、治安当局であり、それにあやつられているマスコミだよ。それで、例の一万人の機動隊による弾圧体制を正当化し、さらにスト前日、津田沼電車区のごときは周囲に高いフェンスを張りめぐらし、線路に金網をしきつめるというまったく異常なことまでやった。「ゲリラを封じ込める」ためにね。ところ実際には、もののみごとにゲリラをうちぬかれたわけだ。だから、責任をとるんだったら、明らかに国鉄当局がとるべきであり、治安当局がとるべきなんだよ。この完全にやられてしまったという消耗感から逃れるために、杉浦は、惹起、惹起といって動労千葉の責任であるかのようなことをいっているだけですよ。しかし、何がこのようなゲリラを惹起したかといえば、本質的には、やはり国鉄分割・民営化というあくらつ極まりない攻撃であるわけだ。そして直接的には、当局、権力による動労千葉のストライキに対する空前の破壊策動、国労、動労をも動員したスト破り策動にあることは明白だよ。
だいたいこんどの動労千葉のストに対して、ゲリラに対してもそうだけれど、金切声をあげている連中は打撃感と焦燥感にみちているね。動労の松崎もそうでしょ。動労千葉のストは違法行為だなんていっているけれど、動労はいままでストライキをやったことがないのかといいたくなるよ。それだけではなくて、松崎は、総評にねじ込んで、動労千葉を千葉県労連から除名しろなどという理不尽な要求までやっている。
こんなものは、県労連からも、傘下の組合がストライキをやったからといって除名することなどできないと一蹴されたけれどね。新聞によると、動労革マルは国鉄当局に対して、「動労千葉」の「動労」というのが気にくわないから、これからは「千葉労」と呼称と変えろと申し入れて、国鉄当局もそうすることにしたとか、しないとかいうマンガ的な記事があったけれど、こういう愚劣なことをすぐ場あたり的にやってしまう彼らの心境は推して知るべしというところだね。
問題はこういう反動的金切声の大合唱の中で、国労の山崎委員長までがそれにおどらされて、松崎といっしょに声明を出す、さらには浅草橋ゲリラに国労の組合員が二人いたということで統制処分を口走るなどということをやっていることですよ。これはどうみてもみっともない状況だ。国労がきちんとした闘う方針を出さないから、こういうことがいっぱい起こるんだよ。それを反省せずに、ああいう風になるというのは、もうまったく混乱しているということですよ。
しかしこういう金切声が高まるということは、高まれば高まるほどよいということだ。動労千葉の悪口をいえばいうほど動労干葉の闘いを宣伝し、これから一年間、国鉄分割・民営化、一〇万人首切りのあらゆる矛盾が爆発的に噴出してゆくなかで、国鉄労働者の中に結局動労千葉のように闘う以外にないという自覚が生れてゆくのを促進するだけだからね。
金切声をあげればあげるほど、金切声をあげている奴らが追いつめられてゆくということになると思うね。

●処分粉砕・三月ダイ改阻止へ
 ★スト直後の毎日新聞によると、国鉄当局は今回のストに参加した動労千葉のすべての組合員、約一〇〇名を解雇する方針だと報道され、しかしその後なかなか処分が発表されていないわけだけれど、処分の問題はどう考えていますか。

中野
国鉄労働運動に対する解雇攻撃には公労法によるものと日鉄法によるものの二種類あるわけです。マル生闘争やスト権ストで指導者を解雇したのは公労法で、だいたい本部役員とか地本の専従者が対象で、現場の支部長や分会長はいったん解雇処分を受けても、裁判の過程で当局と和解が成立して、職場に復帰するというのがほとんどだったんだね。ストを指導したといっても、支部長クラスは本部の指令に従っただけだということで。これに対して日鉄法による懲戒免職はストライキの指導とかに対してではなく、その過程で発生する暴力行為等を理由として個々の労働者にかけられてきた。
したがって今回、毎日新聞の報道によれば、動労千葉の組合員はストに参加したというだけで全員解雇だといっているけれど、これは従来の線を一線も二線もふみ出した、超法規的な処分、いわば違法処分といっていいと思う。
しかし敵もむつかしい問題をかかえているね。というのは、国鉄労働者は、公労法でストライキ権を剥奪されている。国家公務員労働者や地方公務員労働者は、国公法や地公法で正式には団交権も奪われている。あるのは団結権だけ。民間の労働者が労働三権を保障されているのに対して。労働三権というのは、それによって資本と労働の対等な立場を保障すると憲法に明記されているにもかかわらずね。
なぜこういうことをやっているかというと、もちろん大きくは「公共性」云々ということがあるけれど、より直接的な労使関係でいえば、国や公共企業体のやる事業は、そもそも利潤を求める商売じゃない、黒字だとか赤字だとかいうことを問題にする事業ではない、だから、そこで働いている労働者を首にするなどということはないという考えが前提になっているわけだ。逆にいうと、首は絶対に切らないからということで、ストライキ権の剥奪をブルジョア法の中で合法化してきたと思うんだよ。だから、国鉄労働者は雇用保険に入っていない、解雇されても次の日から失業保険をもらうこともできない。
しかしこんどの動労千葉の闘いというのは、まぎれもなく一〇万人首切りに反対するストライキだからね。公共企業体になってからはじめての首切り反対闘争だよ。さあ、これに対してどうするかということだ。もちろん敵は首を切るとはいえない、いっていない。「余剰人員対策」なんてインチキな言葉を使って、あくまで就職あっせんをしてやるんだ、異例の寛大な措置をとろうとしているんだといっている。しかし、言葉をどうかえようと事実上の首切りであることは間違いないんであって、これに反対してストライキに参加した労働者全員解雇、などというのなら、むしろ政府や国鉄当局のやっていることこそ違法行為だということがあまりにも明白になる。だからこそまた、動労千葉のストのあと、にわかに中身のなにもない「余剰人員対策」に大さわぎしているけれども、これは逆に動労千葉に対する大量報復処分を強行するためにも必要なんだな。
いずれにせよ、敵は動労千葉の闘いがさらに続発し、横に広がってゆくことに非常な危機感をもっている。なんとしても、動労千葉に見せしめ的な処分を加え、壊滅的な状態に追い込もうとしている。これに対しわれわれがすこしでも動揺し、スキをみせればさらになんだってやってくるだろう。われわれとしてはいかなる処分が出ようと、われわれの団結をかため受けて立つ。全国の仲間の支援をえて処分を粉砕するというかまえだね。

 今後の展望ということですけれど、目前に迫った八六年三月のダイヤ改正が次の大きなヤマですね。

中野
そう、だから八七年の四月には分割・民営化ということだけれど、そのためには八六年一一月のダイヤ改正で一〇万人の大合理化をやらなければならない。しかしともかく国鉄はじまって以来のことで、通常のやり方ではできない。なるべく前倒し的にやるというので、三月のダイヤ改正でかなりの部分を消化しようとしているわけですよ。ピッチが非常に早まっている。それとあわせて、例の六兆円の土地売却のための基地統廃合で、東京でいうと中野や池袋の電車区としての廃止がこの三月に強行されようとしているね。さらには一一月の大合理化のためには、車掌の協定改悪とか、乗組み基準の改悪、貨物列車の車掌である列車係の廃止問題等のケリを三月までにつけたいということで三月が非常に大きな焦点になってきている。
それにプラスして、千葉の場合は業務移管問題がこの三月に出てきている。つまり、いま千葉がやっている仕事を東京に移管するという攻撃だね。当局側はこれを業務量の平準化といっているけれど、実はそうじやなくて過員の平準化攻撃なんだ。つまり、千葉の場合はそもそも貨物列車もあまりなくて、この間の貨物大合理化でもたいした余剰人員が出なかった。しかも運転以外は組合もあまり強くなくて、過去において合理化が全国にくらべて相当進んでいたんだ。その結果、千葉局は全体で七〇〇〇人程度だけれど、過員は六〜七〇〇人で一割程度、運転だけはそのうち四〇〇で全国と同じレベルだけれど、全体としては過員の比率が低い。そこでこういう攻撃が出ているんだけれど、この攻撃にはもうひとつ動労千葉の破壊という非常に政治的な狙いがあることは明白だね。
こんどのストライキの直後、サンケイ新聞が動労千葉に対する反動的キャンペーンの中で、この業務移管問題を大きく報道したけれど、あれなんかむしろこの問題の本当の狙いを自己暴露したものといえる。背後で動労本部の松崎あたりが暗躍していることははっきりしているけれど、たとえば総武線緩行の場合、いまは津田沼六割、中野四割なんだけれど、これを五対五、あるいは四対六にしょうと画策している。この三月に京葉線が開通して、千葉局の業務が列車キロで二五〇〇計ふえるから、その分を東京にわたせというわけです。
しかし、すくなくとも運転関係では千葉局も四〇〇人というたいへんな過員をかかえているのであって、過員の平準化という点からいってもこれはまったく理由がない攻撃だ。あきらかに国鉄本社と動労革マルが結託してやっている意図的な攻撃だよ。千葉の場合はこの問題もからんで、三月が大きく焦点化することは必至だね。

●起死回生の闘いが求められている
★ 最後に、動労千葉の第1波ストをひきついで分割・民営化阻止にむけ全国鉄労働者の総決起を実現してゆくためには、どうしてもいまの動労中央の反革命的路線、さらに国労中央の屈服的路線を徹底的に批判し、のりこえる闘いが求められていると思うんですけど、まとめにかえてその点についての意見を聞かせて下さい。

中野
動労は例の「骨身をけずる運動」以来、完全に中曽根再建監理委と当局の手先になっている。それが最近ますます露骨になって、これは新聞記者なんかに聞いた話だけれど、もう自分たちだけ残ればいいとはっきりいっているらしいね。
国労なんかどうなってもいいんだと。しかし、これはもう労働運動の歴史をどう見るかという問題だよ。やっぱり労働者はテメエだけよければいいというふうになったとたんに、敵に完全に寸断され、分断され、バラバラにされ、結局は全体として徹底的に骨のずいまでやっつけられる。だから労働者は労働組合をつくって団結して闘ってきた。この一番基本的な原点を投げ捨てたわけだよ。
では、松崎はこんなことをやって何を狙っているかといえば、結局、分割・民営化で国鉄労働運動は再編される、これは当局が必ずやると。動労としてはその後まで生き残り国鉄働運動の中できわめておぞましく主導権を握ろうということだと思う。しかしこんな思惑通り事態が進まないのははっきりしているよ。この間国労の中の革マル系の連中が、国労上野支部を初め、いたるところで役員から降りている。つまり、いまどき国労の役員なんかをやっていたら首切り対象の四万人の中に入れられてしまうということだ。だから一般組合員になって、当局のいいなりになって、出向・派遣に応じれば、それでなんとか新事業体に行かせてもらえるという発想ですよ。それでそこでの労働運動の主導権を握ろうと。だけどそんなことが出来るはずがないよね。いちばん苦しいときに、テメエは組合の役員も降りて、自分の首だけ守ろうな
どと思っている奴を大衆が指導者として見るか。大衆はそれほど甘くないですよ。
それに、当局の側からしても、問題は一一月までだ。一一月までに一〇万人合理化も全部予定通り進んで、国会で法案も通るという状況になったら、革マルなんかももうお役ごめんになることは間違いない。動労の場合、貨物関係の職場が非常に多い。しかし貨物の合理化は四人のうち三人の首を切るということでしょ。動労組合員も全部対象なんだな。いくら当局に忠誠を誓っても、動労だけ全部残すなんてことができるはすがない。結局、すでに今日動労の職場で起っていることだけれど、みんな浮足だって、仲間どうしが疑心暗鬼になって、当局におべっかを使うことに組合の中でも先を争うような状況が全体をおおうのは必然的成りゆきだと思うね。
国労についてはすでにいったけれど、ともかくいまの攻撃は、当面姿勢を低くすれば通り過ぎるような攻撃でないことははっきりしている。国鉄労働者一人一人の人格、誇りを粉砕する、一人一人の労働者を人間としてズタズタ、ボロボロにするという攻撃だよ。そうしなければ、また必ず戦闘的労働運動が再生してくると敵は考えている。だから敵は、いま国労を分裂させる策動さえしていない。単に組合を分裂させてもだめで、活動家を職場から全部パージして、一人一人の労働者を徹底的にダメにする攻撃をかけてきている。
だからこれに対しては闘う以外にないんだな。しかもいまの国鉄労働者の中にはまだ闘う力が残っている。動労千葉のストに呼応して国労津田沼分会で起ったことは、われわれも当初読みきれなかったことだよね。しかし僕は普遍的事象だといったけれど、やっぱりあの中に、国鉄労働者の総反撃が開始される可能性を見い出すことができる。いずれにせよ国労はいま、一体国労はこの一〇万人首切りをどうするんだということをつきつけられているいままでのように、さしあたり五〇〇〇万署名をやり、それを背景に合理化攻撃とねばり強く交渉を重ねて、法案が提出されたら全国から請願動員をやって、それでもどうにもならなければストライキだなんてレベルではもうにつちもさっちもいかない状況に立たされているんだ。だから、やっぱりいまこそ国労も、われわれ国鉄労働者全体も、起死回生の闘いに起ちあがらなければならない、そういう状況にあるということだと思うね。

★どうもありがとうございました。動労千葉の第二波スト、第三波ストヘのご健闘をお祈りします。

(なかの・ひろし動力車労働組合千葉委員長)