1047名闘争へのJR総連の介入・破壊策動許すな!②松崎=革マル問題 「国際連帯」の真実

11.1へ
1047名闘争へのJR総連の介入・破壊策動許すな!②

「日刊」6876号より続く

「大転換」の真実

「JR総連聞き取り研究会」の冊子は、大会議事録などに残された公式の翼賛発言を頼りに「貨物安定宣言」や「働こう運動」が「苦悩の選択」だったかのように描きだすが、現実に起きていたのはそんなきれいごとではない。
「貨物安定宣言」が打ち出された1978年津山大会の会場やロビーで起きたのは、千葉地本代議員への公然たるテロリンチによる発言の封殺であった。千葉地本代議員は大会会場で肋骨骨折等の重軽傷を負わされている。しかもこの大会で突如として提案されたのは、動労全体の決定で千葉地本が闘いぬいていた三里塚空港へのジェット燃料貨車輸送阻止闘争に対し、「三里塚闘争と一線を画し絶縁しなければ統制処分する」という方針であった。
大会代議員の約4割がこうした一連の方針に反対であった。東日本で言えば千葉の他、水戸地本、仙台地本、秋田地本などである。だがその後、反対派地本に加えられたのは、「本部方針に従わなければ、お前たちの担当している乗務行路は東京や高崎鉄道管理局に移管するぞ」という恫喝であった。国鉄当局と一体となって、こうして反対の声をつぶしていったのだ。

千葉への統制処分

実際われわれは、翌3月、関川委員長をはじめ4名の除名、全執行部の組合員権停止という理不尽な統制処分を受け、「動労千葉」として分離・独立し、闘いの道を選択した。
「理は動労千葉にあるが、残念だがつぶされるだろう」というのが、労働界のあらかたの見方であった。だがわれわれは、オルグと称して、当局の容認のもとに、全職場に襲いかかった動労本部派のたび重なる暴力的な組織破壊攻撃や襲撃をはね返し、その直後から始まった国鉄分割・民営化攻撃に真正面から立ち向かい、団結を守って今も闘い続けている。
冊子は松崎の「選択」だけが唯一の道であったかのように描きだすが、それは事実として全く違う。そこにあるのは、支配階級の側が国家をあげて攻撃をかけてきたときは、所詮労働組合は屈服するしかないものだという奴隷の思想に他ならない。階級的労働運動など、そもそも存在し得ないものだという思想だ。そうだとするならば、労働運動など大した価値のないものになる。労働運動の研究などほとんど意味のないものになってしまうはずだ。

松崎=革マル問題

また、この冊子は、国鉄分割・民営化攻撃への松崎の屈服を美化するために、松崎が革マル派であるかどうかとか、党と労働組合は相容れない関係だとかいう議論を延々としている。だが、何派であるのかないのかが問題なのではない。労働者を犠牲にして自らの保身、組織の維持だけに走るようなものは、それが党派であろうが、労働組合であろうが絶対に間違っているのだ。ひとつだけはっきりしていることは、自らの組織の延命のためにはどんな陰謀的手段も選ばない、労働者がどれだけ首を切られようが、その結果、労働運動がどれほど後退しようが、そんなことは関係ないというのは、明確に革マル思想である。その意味で松崎がやったこと、今やっていることは革マル路線そのものである。

「国際連帯」の真実

松崎は、労働運動の世界で全く相手にされない現実、どこまで行っても「裏切り者」の烙印がついて回る現実をどうしてもぬぐい去りたいと考えていたに違いない。そのために使われているのが、樋口氏や戸塚氏であり、潤沢な資金を注ぎ込んでつくられたICLS(国際労働者交流センター)なる国際組織である。
この冊子は、韓国語などにも翻訳されて、無料でバラまかれている。それは、新自由主義攻撃との苦闘を続ける民主労総の必死の闘いを右から切り崩す役割を果たしている。
JR総連は口先では「反グローバリズム」を掲げるが、7月サンフランシスコの国際会議で会ったフィリピン航空地上職組合の委員長は、「JR総連が多額のカネを注ぎ込んでわれわれの組織を分裂させ、民営化を推進しようとしている。そこにはフィリピン政府からもカネが出ている。JR総連はドロボーだ」と激しく弾劾していた。われわれが初めてアメリカに招かれときも「彼らは高級ホテルに泊まって動いているが何者なんだ」と質された。
彼らが1億円以上のカネを「援助」してポーランドに建設した日本美術技術センターや日本語学校は、住友商事やトヨタ自動車資本と一体となって資金を拠出したものだ。彼らは人道的事業だと言って中国に学校を建てているが、これらは、東欧侵出や中国侵出を狙う資本の意向の手先になったものだ。彼らが表面上言っていることと、実際にやっていることは180度違う。

腐敗した労働貴族

松崎は典型的な労働貴族に他ならない。なぜその事実を見ないのか。ハワイに二つ、沖縄に二つの高級別荘をもち、品川や埼玉にマンションをもつという生活が、一介の労働者にできるはずもない。松崎はカネまみれの人物だ。口先で「良心」を装うことはできるが、自らの腐敗しきったあり様は誤魔化しのきかないものだ。
ちなみに、戸塚氏はこの冊子の中で、松崎と比較するかたちで、「日産の天皇」と言われた塩路一郎を高く評価し、松崎も親密さをアピールしているが、塩路は、学卒若手エリートを中心に日産資本によって立ち上げられたインフォーマル組織「企業研究会」から資本の手によって組合委員長に据えられた人物だ。「たたかう日産分会打倒、会社の繁栄に身を呈して実行」がそのスローガンであった。日産とブリンス自動車の合併にさいし、全金プリンス自工支部解体のために行なわれた職場での陰惨な集団テロリンチや、網の目のような密告組織をつくりあげたこと等は何冊もの本にもなっている。塩路はその頂点に君臨することで、日産内に「社長以上」と言われるような強大な権力をもつようになり、最後は経営方針をめぐる資本内部の対立の中で追い落とされる。その意味では確かに松崎とよく似ている。だがそれを労働運動の新たな在り方のように持ち上げる主張は絶対に認められない。

JR資本との癒着

松崎は、民営化後、JR総連を支配するようになったが、こうした腐敗は、JRとJR総連の癒着、一体となった労働者支配の中で生み出されたものだ。
動労本部に
対する支配階級の思