動労千葉鉄建公団訴訟第26回公判開かれる(2/23)

中村仁君、中村俊六郎君が1047名解雇の不当性を証言!


1047名解雇撤回!全ての証人を採用しろ!と怒りのシュプレヒコールを叩きつける。(2月23日 東京地裁前)

東京地裁包囲・抗議行動を闘いぬく

 2月23日、東京地裁において、動労千葉鉄建公団訴訟の第19回公判が行われ、証人として動労千葉争議団の中村仁君、中村俊六郎君が証言を行い、国鉄=鉄道運輸機構による停職の不当性、不採用後の清算事業団での非人間的な取り扱いの実態、解雇の不当性、原職復帰に向けた決意等を熱烈に訴えた。
 動労千葉は、鉄建公団訴訟に先立ち、1047名解雇撤回!全ての証人採用を求めて東京地裁抗議闘争を闘いぬいた。
 抗議闘争には、動労千葉争議団、各支部から参加した組合員、動労千葉支援する会の仲間など50人が参加して行われた。抗議行動の冒頭、田中委員長は、当初名簿に登載されていた動労千葉12名の不採用=首切りを行った張本人である葛西職員局次長(現JR東海会長)に対する証人申請を、東京地裁が拒否し続けていること、しかも今回の証人調べ終了後には結審する動きになることなどを徹底的に糾弾するとともに、1047名の解雇撤回に向けて全ての証人採用を実現しようと訴えた。
 また、動労千葉争議団の高石団長は、あくまでも1047名解雇撤回をかちとるために頑張るとの決意が語られた。
 東京地裁抗議行動に出発した動労千葉を先頭としたデモ隊は、東京地裁前で「1047名解雇撤回!」「全ての証人を採用しろ!」と怒りのシュプレヒコールを叩きつけた。
 13時30分から、東京地裁527号法廷において、第19回公判が行われた。

団結を守ってストを貫徹したことに誇りを持っている

 最初に、中村仁君が証言台に立った。国鉄入社以降の経歴、組合歴を確認した後、85年11月28~29日の第1波スト当日の状況について証言し、両日ともストの対象にならなかったこと、また、86年2月15日の第2波スト当日は乗務停止中でありストに入っていないこと、支部の青年部長として「スト指導」を行ったことを理由に停職6カ月の処分を受けたが、これ自体極めて不当であることを訴えた。
 とくに、第1波スト後、マスコミが「動労千葉全員解雇」などの報道を行われたことについて、「『解雇』の脅しにも負けず、団結を守り抜いて、一丸となってストを闘いぬいた」キッパリと証言するとともに、新会社に不採用になったことへの怒りがわきあがるとともに「28名の解雇者、12名の不採用以外、全員がJRに入ったことに誇りを持っている」と、言葉を詰まらせながらも、感動的な証言を行った。

「確認書」への記入拒否により国鉄自身が乗務を拒否

 中村俊六郎君に対する証人審問では、SLにあこがれて国鉄に入社したこと、組合運動については、仲間を助けるために労働組合が重要であることを知り、組合活動をはじめたことを明らかにした。不採用の根拠とされた停職処分については、85年9月の第10回大会に特別執行委員として参加していたことを理由に6カ月の停職を受けたが、そもそも特別執行委員とは執行権がないこと、当時は団交の説明員であったことを明らかにした。
 また、第2波ストでは、そもそもストの拠点ではなかったこと、当局が通常の点呼では行わない「確認書」(ストに参加することなく列車を運転することを内容とした書面)へのサインを強要し、それへの記入を拒否したことにより当局自身が乗務を拒否したことを如実に証言した。
 また、95年には、勝浦運転区の廃止反対、1047名解雇撤回を掲げて御宿町議選に立候補し、現在まで4期16年を闘いぬいていることを訴えた。
 鉄道運輸機構側の弁護士から反対尋問が行われたが、証人、そして冒頭席からの反撃で一蹴した。
 最後に動労千葉弁護団から、動労千葉12名を不採用にした張本人である葛西証人の採用を強く求めた。しかし、裁判長はあくまでも採用を拒否するという不当な訴訟指揮を行ってきた。「真実を隠すのか」との怒りに燃えた弾劾の声が次々に上がった。
 「首切り」の張本人である葛西の証人尋問は、歴史の真実をあばく上でも絶対に必要だ。
 1047名解雇撤回!東京地裁は葛西証人を含めた全ての証人を採用しろ!
 次回公判は、5月18日、動労千葉争議団の塩崎君、江口君に対する証人調べが行われる予定。