1047名の団結こそ闘いの主体! 今こそ「政治解決」路線からの脱却を

「政治解決」の過ちを繰り返すな

国鉄分割・民営化から19年、1047名闘争は、勝利の展望をこじ開けることができるか否か、大きな岐路にたっている。
闘いは、9・15判決を契機として、採用差別から19年目にして初めて1047名の団結が実現するという大きな地平を生み出し、それが国鉄闘争の勝利を 願う人々に大きなインパクトを与えている。「四党合意」による大変な混乱を乗りこえて、1047名が団結することによって、闘いが再び息を吹き返し、本格 的に発展する条件がつくられたのである。
しかしその一方では、「年内政治解決」「解決交渉のテーブルづくり」のかけ声のもとに、「政治解決」路線に埋没していこうという動きが再び台頭してい る。「政治解決」の自己目的化が行き着いたのは「4党合意」の悪夢であった。この過ちを繰り返してはならない。
現在の政治的状況、彼我の関係、鉄建公団・運輸機構訴訟等の状況を冷静に考えれば、「年内政治解決」「国会会期中の政治解決」などという条件は全く存在しないことは明らかだ。
そうしたなかで、解決のテーブルをつくるための政治的根回しや工作に埋没し、それを運動の中心にすえていくことは、闘いを卑しめ、足元を見すかされる結果しかもたらさない。そしてこの間の闘いの混迷、分裂をまた再び繰り返す道でしかない。

改憲情勢下の1047名闘争

1047名闘争は現在の情勢と無関係に存在しているわけではない。今通常国会を見ても明らかなとおり、今、自公政権が進めているの は、まさに改憲-戦争と大民営化-労組破壊を焦点とした戦後史を画する攻撃だ。一方、小泉政権は、議席数では圧倒的な多数を占めながら、共謀罪をめぐる攻 防に示されたように、高鳴りつつある時代への危機感と怒りの声、噴出する社会的矛盾の前に、ほとんど死に体状態で危機を深めている。
森喜朗は「文藝春秋」の座談会で、かつての中曽根発言と全く同じ脈絡で、「郵政民営化で、全逓、自治労、日教組をつぶす」と公言している。国鉄分割・民 営化攻撃がそうであったように、「改憲と民営化」攻撃の焦点は労組破壊にすえられている。こうした現実のなかで、敵は、1047名闘争を「解体の対象」と して見ていることは明らかだ。
今1047名闘争に求められているのは、「政治解決」を懇願することではなく、こうした情勢と真正面から対決し、高鳴りはじめている労働者の怒りの声を 総結集する闘いの先頭にたつことである。20年もの間、惜しみない支援を送りつづけてくれた全国の無数の仲間たちが1047名闘争に求めているのもそのこ とだ。1047名闘争は日本の労働者と労働運動の未来のかかった闘いだ。
激しい攻撃の前に、連合、JPU、自治労、日教組本部などは止めどない変質を深めている。全労連も同様だ。しかし、こうした現実に対し、本部の制動を打 ち破って、多くの仲間たちが現場から闘いに立ち上がり、大きな波紋を広げはじめている。「日の丸・君が代」不起立の闘い、教基法改悪反対の闘い、組合本部 までが改憲容認に転落しようとしていることへの怒りの声、民営化攻撃に対する現場からの怒りの声の噴出、…… 今何よりも求められているのは、こうした闘いがひとつにつながり、団結することである。その団結の中心になることができる大きな可能性をもった闘いが 1047名の解雇撤回闘争だ。

1047名の団結は取引きの材料ではない

「政治解決」路線の最大の問題は、闘いの主体であるはずの1047名の被解雇者の闘いと存在が、政府や運輸機構との取り引き材料にお としめられてしまうことだ。ついに実現した1047名の団結という画期的な地平も、解決テーブルづくりのために必要な単なる「看板」でしかなくなる。一体 何のために20年間、厳しい闘いを続けてきたのか。われわれが人生をかけて闘ってきたのは、そんなことのためにではない。
国労本部による「四党合意」受け入れという許すことのできない屈服によって、闘いの戦線がズタズタにされた状況のなかでも、それを乗りこえて鉄建公団訴 訟にたちあがり、現在の状況を切り開いてきたのも、もう一度自らが闘いの主体としてその先頭にたつための苦闘であった。にも係わらずまた再び「政治解決」 を自己目的化した様々な思惑のもとに引き回されるなどもう御免だ。
そればかりか、「政治解決」の自己目的化は、われわれの闘いを支え続けてくれた全国の多くの仲間たちの支援の力も、闘いの主体ではなく、政治的取り引き のための「数」としか見なくなるということだ。こんなことを繰り返していたら闘いは潰れてしまう。われわれは、今の労働運動の惨たんたる現状を何とか覆す ために、全国の支援の仲間たちと共に闘いたい。われわれは、自らにかけられた不当解雇を自らだけの問題とは考えていない。

1047名の団結つぶしを許すな!

われわれは、1047名闘争をめぐる主体の側の現状を、その否定的な部分も含めて真正面から見すえてそれを乗りこえて闘いを前進させなければならないと考える。
鉄建公団訴訟の加藤晋介主任弁護士は、国労本部の現状について次のように訴えている。

 国労本部が、きちんとした反撃に立つのであれば、我々から『統一と団結』を拒否すべき理由は何もなく、我々はこれに 応じ、弁護団での公開勉強会も開いた。…… しかし、そこでも、またその後も、国労本部の対応として見てとれたのは、鉄建公団訴訟第一審判決に便乗して政府側と取り引きして、とにかく早期に採用差別 問題の『始末』をつけたいという、『四党合意』の延長線上の姑息な対応でしかなかった。…… 我々の求めているのは闘うための『統一と団結』であって、ダ ンゴで腐っていくための『統一と団結』ではない。───(「奴隷の道を拒否せよ」)

また、全労連は「動労千葉は労働組合の仮面を被った暴力集団、市民権を与えるな」というデマ、誹謗中傷をもって動労千葉や動労千葉争 議団の排除-1047名の団結を潰そうとしているのが現実だ。全動労争議団が、鉄道運輸機構に対する訴訟を起こす際も、「訴訟をするな」という強い圧力が かけられたという。
これが偽らざる現実だ。なぜこれほど大きな可能性をもつ、全ての労働者の未来のかかった闘いを、立場の違いを乗りこえて団結し、本気になって闘うことができないのか。
一方でこうした現状があるからこそ、解雇された当事者1047名が様々な困難を乗りこえて団結したことのもつ意味は決定的に大きいのだ。この団結が実現 したことによって、危機に直面していた闘いが息を吹き返し、新たな勝利の可能性をつかもうとしているのである。今こそ「政治解決」路線を脱却し、闘いの原 点にかえろう。

JR本体での総屈服

さらに、「四党合意」に行き着いた「政治解決」路線は、JR本体における闘いの全面的な放棄-総屈服をもたらしたことをはっきりさせなければならない。
一方で、政府に「政治解決」を請願し、職場ではこれまでどおり闘い続けるなどということは成りたつはずがない。そして、JR本体では総屈服的な状況が進行するなかで解雇撤回闘争が勝利するなどということは絶対にあり得ないことである。
われわれは「第二の分割・民営化攻撃」と呼んでいるが、この5年余りは、JR本体における猛烈な合理化攻撃が吹き荒れた過程であった。業務の全面的な外 注化を中心として、大規模な要員合理化とコストの徹底削減攻撃が激しく職場を襲い、鉄道会社としてのこれまでのあり方が根本から覆される過程だったのであ る。
しかし、国労本部は、何ひとつ抵抗することもなく、こうした合理化攻撃を全て容認した。
こうした結果行き着いたのが尼崎事故であり、羽越線事故であり、レール破断が相次ぐという危機的現実であった。
われわれは、この間、幾度もの安全運転闘争やストライキに立ちあがり、この現実と闘い続けてきた。JR東日本は、憎しみを込めてこの闘いを弾圧し、「会 社の運行管理権を奪う違法争議」と称して、闘いのたびに処分を加えたが、闘いは大きな成果を切り開いた。何よりも、われわれのささやかな闘いでも、千葉支 社では、車両検修業務の外注化をストップさせ、職場を守りぬいたのである。
さらに、安全運転闘争は、われわれも全く予想もしなかったことだが、何百通という激励のメールが寄せられるなど、ものすごい波紋を広げた。弱肉強食の市 場原理が社会の隅々まで貫徹される攻撃のなかで、全国の無数の労働者が、今の社会のあり方に我慢ができなくなっている。それが安全運転闘争への注目となっ たのである。
また、「安全の崩壊」というかたちをとってJR体制の矛盾が噴出していることもこの闘いのなかで鮮明につかみとることができた。 1047名の解雇撤回 闘争の勝利は、こうした闘いをとおして、全国の労働者の怒りの声と結びつくことによって実現できるものだ。
「政治解決」路線は、こうした闘いと1047名闘争が結びつくことを断ち切ってしまう役割を果たすのだ。

改めて中曽根発言への怒りの声を

もう一度闘いの原点に帰ろう。中曽根元首相は「国労をつぶし、総評、社会党を壊滅に追い込むことを明確に意識して国鉄分割・民営化を やった」と繰り返し公言している。「行革によってお座敷を綺麗にし、立派な憲法を床の間に安置する」と言って国鉄分割・民営化を強行した。不当労働行為と は違法行為だ。それを「私が犯人だ」と繰り返し公言し、開き直っているのだ。一方、1047名とその家族は、無念のうちに今も闘いを継続しなければならな い本末転倒した憲法違反の現実がある。それを弾劾し、追いつめることができなくて、1047名の解雇撤回を実現することなどできるはずはない。
国鉄分割・民営化は、憲法改悪が現実化する現在の流れの発端をなす攻撃であった。
1047名の団結を固め、今一度原点に帰り、全国に闘いを呼びかけよう。

2006年6月16日