革マル結託体制の崩壊(3) 革マルによる異常な職場支配  「退職強要」の実態

  ウソ八百を並べる

東労組千葉地本は、逮捕・家宅捜索問題で一斉に社宅へのビラまきを行なった。このビラでは、退職強要事件について、次のように書かれている。

 皆さん、考えてみて下さい。日常生活でも悪いことをしたり、ウソをついたりすれ ば当然、反省を促すはずです。それと同じことなのです。JR東労組は仲間の信頼関係を大切にするから、お互いに指摘し合うのです。………浦和電車区では団 結を守ることが犯罪とみなされ、取り締まりの対象にされたのです。

よくも平然とこんな歯の浮いたようなことが言えるものだ。

 退職強要事件とは

浦和電車区で起きた退職強要事件は、二〇〇〇年十一月に、丹沢湖でのキャンプに東労組の青年部員五名が参加したことに端を発している。このキャンプにはグリーンユニオンの役員一名が参加していた。
東労組・革マルはこの五名の組合員に対して、東労組からの脱退、そして退職強要を開始する。翌年一月から半年間、新聞報道では「少なくとも15回」とされているが、実際は30数回にわたり取り囲んでの脅迫が繰り返された。
一体何が行なわれたのか。この五人のうち、今も現職で働き続けているのは一人だけである。一人(当事者)が病気休職から退職に追い込まれ、二人が病気休職、一人が関連会社に出向させられた。—- 東労組は「日常生活でウソをついたときに反省を促すのと同じだ。東労組は仲間の信頼関係を大切にするからお互いに指摘し合うのだ」などと言うが、この現実 を見ればわかるとおり全くのウソ八百だ。実際行なわれたのは革マル特有の陰湿で執拗、卑劣極まりないいやがらせである。
さらに何よりも問題なのは、こうしたことが会社容認のもとに、管理者の面前で公然と行なわれたということだ。その意味では会社も同罪だ。出向に追いやるなどというかたちで、会社は革マルの卑劣な行為に協力したのである。

 浦和だけではない

しかも、東労組による退職強要は、浦和電車区に係わらず、JR東日本の職場では日常茶飯事と化してきた。少しでも反発する組合員には「組織破壊分子」のレッテルが貼られ、白昼公然とおどしたり、監禁して追及したりして暴力支配を維持してきた。
とくに、東日本の社長交替に向けて「使い捨てられる」という危機感を募らせた一九九九年から二〇〇〇年は、まさに革マルの本性を剥出しにした過程であった。千葉でも小林を先頭として、「平和共存打破運動」運動が煽りたてられた頃である。
その当時東労組が発行したビラ・機関紙などに書かれたのは次のようなものであった。「組織内からウミを一滴残らず搾りだす」「組織内の組織破壊者を許すな!」「確信犯に同情の余地はこれっぽっちもない!」「どんなに謝ろうが土下座しようが、われわれは組織破壊者と断定した」「除名だけでは済まない!」—-これが自らの組合員に向けられた言葉だ。そして多くの者が退職に追い込まれ、出向にかりたてられたのである。
そして、こうした一切が会社容認のもとに進められたのである。

 これが小林の本質

この本質は今も何ら変わっていない。千葉では、小林克也が委員長に就任して以降、「動労千葉は絶対に潰す」「他労組解体」「他労組と闘え!」と称して、組合員を駆りたてようとしている。この運動に従わない組合員はまた再び「組織破壊者」にされるということだ。
小林自身、「高崎車掌区事件」(東労組の青年部員三名が国労に加入した事件)では、拉致・監禁の急先鋒にたった人物だ。会社と手を結んで区の講習室を一 週間にわたって借り切り、毎日何十人もの組合員を動員して朝となく夜となく取り囲んで追及し、乗務中まで多数でついて回り、最後は取り囲んで組合事務所に 監禁したのだ。
東労組こうしたことを繰り返したあげく内部で醜い対立を起こし、事実上分裂したのだ。だがどちらも革マルだ。その本質に変わりはない。今こそこんな現実を断ち切ろう。