革マル支配の崩壊 上 「何をやっているんだ。 猿山のボス争いだ」「私たちは本部役員のために運動をやっているのではない」

小林克也(本部副委員長兼千葉地本委員長)本部副委員長を解任!

これが労働組合か!

小林克也(東労組本部副委員長兼千葉地本委員長)が、本部副委員長を解任された。小林は、昨年10月の嶋田ら本部中執8名の辞任以降、「松崎に弓を引く輩」として攻撃されてきたが、結局、突然の解任劇に行き着いた。
小林はそもそも「本部派遣」という形で高崎から送り込まれた人物であり、これは事実上千葉地本委員長も解任することを意味する。すでに組合専従も解かれたと言われている。
松崎の命令ひとつで、突然見ず知らずの人間が「地本委員長」として送り込まれ、松崎の意に沿わなくなったらまた突然追放される………。一体これが労働組合といえるのか。今東労組では「反松崎派狩り」というべき事態が吹き荒れている。

異様な革マル支配

今回の事態から見えてくるのは、あまりに異様としか言いようのない革マル支配の現実である。とくに、この間の東労組をめぐるおぞましい内部抗争の特徴は、革マル分子同士が醜い抗争を繰り広げていることにある。
これまでも東労組では、旧鉄労グループが革マルによって追放されるというというような内部抗争や、主要な役職についていた革マル分子が、松崎に批判され ていつのまにか運動の表舞台から姿を消すというようなことは絶えず繰り返されてきたが、今回のように革マル同志が公然とののしり合うという事態はかつてな かったことだ。
そもそもはと言えば、小林も松崎の親衛隊であった。松崎によって千葉地本のテコ入れ=革マル支配を確立するために送り込まれ人物であった。東労組の革マル支配、松崎支配は今まさに内部から腐り果て、音をたてて崩壊し始めている。

何が起きているのか

この間東労組をめぐって起きている事態は概略次のとおりである。
▼昨年10月31日、嶋田本部副委員長以下8名の本部中執が辞任。またJR総連本部企画部長も統制処分される。
▼しかも、新潟や長野をはじめ多くの地本から8人を支持するという見解が出される。
▼松崎、嶋田双方から、おぞましいとしか言いようのない非難の応酬、文書合戦が繰り広げられる。
▼11月18日、九州出身のJR総連中執も辞任。
▼とくに千葉地本(小林)は「8プラス1」と言われて、中央委員会などで集中攻撃され、委員の発言などは野次と怒号で聞き取ることもできないという事態になる。
▼またこの過程で、本部運車部会長や各地の支部・分会が辞任し、あるいは解任されるなど、分裂と抗争は全国に拡大。こうした事態は今も続いている。
▼こうした状況のなかで開催された東労組千葉地本の定期委員会(2月15日)は、千葉地本委員長小林と、本部から乗り込んできた奈良副委員長以下3名の中執が、演壇から延々とののしり合うという異様な事態にいたる。
▼4月、小林の本部副委員長解任。

演壇から罵り合い!

とくに2月15日の千葉地本定期委員会は異様な事態となった。「回収扱い」となった「JR東労組千葉」№62号によれば、小林と、本部から派遣された奈良副委員長以下3名の中執が、定期委員会という公の場で、演壇から延々とののしり合ったのである。
小林は、委員長あいさつで、03春闘を始めとした重要な闘いの課題についてはひと言も触れないまま、東労組本部による自らへの非難に対する言い訳だけを延々としゃべり続け、「辞任しろという意見もあるが進退を決めるのは千葉の組合員だ」と開き直った。
一方、本部の奈良らは「(東労組は)形式上は分裂していないが、本質上は分裂している」「本部の見解が決まったのだから、それを無条件で受け入れろ」 「小林委員長をどうするかは皆さんの意見もあるだろうが、本部内での我々の意見もある」とまで発言して、泥仕合を演じ、委員からは「何をやっているんだ。 猿山のボス争いだ」「私たちは本部役員のために運動をやっているのではない」等の意見がだされる事態となった。

このおぞましい抗争

だが、何を巡ってこのおぞましい抗争が繰り広げているのかが問題だ。
この定期委員会で、奈良(本部副委員長)らが言っているのは、小林や嶋田は松崎に服従しなかったという一点だけで、それ以外の内容は何もないのである。 いわく「息子を『さつき企画』の社長にしているとは何事かと言った」、「松崎前顧問を中傷誹謗した」、「松崎前顧問に対して外部の人と言った」、「松崎前 顧問のゴルフと学習会を断った」……等々。
一方、嶋田や小林がこの間言っていることは「何で松崎だけが、引退たい後も権力やカネを独り占めして東労組を“私党”化しているんだ」ということに尽きる。どちらもが、頭のてっぺんから爪先まで利権とカネでドロドロに腐敗した権力抗争に過ぎない。