追悼 中野 洋 前委員長 韓国・米欧の方々からの弔辞

 

コ・ジョンファン
民主労総ソウル地域本部指導委員

中野同志!
あなたとは7年前に民主労総ソウル本部で初めてお会いしましたね。私たちは、互いに言葉は通じなかったものの、労働者だというその一点で連帯を始めました。
誰も手を付けようとしなかった、国家を越えて、労働者は一つだということを実践しようとしたのはまさにあなたでした。あなたが踏み出されたその一歩を、韓国民主労総ソウル本部の労働者が、二歩、三歩とさらに前に進めるために努力します。
あなたの献身的な労働運動と理念、実践と闘い。私たちはそのすべてを尊敬します。そして大切にします。生涯を労働者のために生き、そして逝かれたあなたを、私たちは絶対に忘れません。また、忘れることもできません。
あなたが恋しくなったとき、あなたの歩んでこられた道が無駄にならぬよう、韓日労働者の連帯をさらにうち固めるよう努力します。
中野同志よ! 安らかにお眠り下さい。あなたの大志は常に私たちの胸の中にあります。ご心配なさらずに安らかにほほえんでください。
この世で成し遂げられなかった労働解放。あの世の労働者解放の世の中で、あなたの大志をとどろかせて生きてくださるようお願います。
同志よ! 私は悲しい。しかし立ち上がります。

●キム・チャンソプさん
(民主労総・事務金融連盟/2003年8・15に初めて動労千葉を訪問し、その後、動労千葉とソウル本部の交流を積極的に推進。

中野洋顧問の冥福を祈り、謹んで哀悼の意を表します。
いつも慈しみ深い笑顔と、その中に堅固な労働者の歴史意識を内包された中野顧問!
お体の具合が良くないということを聞いて日本を訪問した時には「大丈夫だ」とおっしゃられ、むしろ私の健康を気遣って下さった姿が目に浮かび、その暖かい微笑がとても懐かしく思い出されます。
日本の労働運動について無知な状態で動労千葉を訪問した際、私自身の無知と偏狭な歴史意識を正して下さり、恥ずかしくて身の置きどころのなかった私を暖かく包み込んでくださった中野顧問。
中野顧問と、動労千葉を中心に活動する日本の労働者たちから、私自身と私たち韓国の労働者がどれほど多くの影響と教えをいただいたか…!
中野顧問の霊前に、感謝の言葉と、その精神忘れないという決意を捧げます。
中野顧問の火花のような労働者精神、日韓労働者を実践的に結びつけ、世界の労働者の連帯を渇望し、夢見られたその精神は、今や全世界の労働者の共通の風となり、遠くない未来に実現されるものと信じて疑いません。
中野顧問! 安らかにお眠り下さい。その重い歴史の荷を後輩労働者に譲り、安らかに永眠して下さい!
熱い涙を、謹んで中野顧問の霊前に捧げます。
後輩労働者キム・チャンソプ拝

●サイバー労働大学代表キム・スンホ代表

貴労組の中野顧問の逝去に深い哀悼とともに弔意を表します。
事情により告別式に列席できないことを遺憾に思いつつ、同志たちのご理解を頂ければと思います。
国鉄1047名解雇撤回闘争、検修全面外注化阻止、強制配転反対など、貴労組の闘いに良い結果がもたらされることを祈念します。

●パクスンヒさん
(民主労総ソウル本部前首席副本部長)
中野顧問がお亡くなりになったとのこと、心より弔意を表します。安らかにお眠り下さい。
田中委員長をはじめ動労千葉の同志たちにおかれましては、どれほど悲しまれていることでしょう。
この間お送り下さった支持と後援に心より感謝申し上げます。田中委員長と皆さんにもよろしくお伝え下さい。つたなくても日本語でご連絡できればと、合間を見て勉強しています。このかん本当にありがとうございました。
●チョヒジュさん
(全教組ソウル支部
/竜山惨事対策委共同代表)
このたびの悲報に接し、中野顧問の謹んで冥福をお祈りします。
故人の意志と精神を継承し、韓日労働者の連帯がさらに強固になることを願うばかりです。あらためて遠くより弔意を表し、故人の冥福を祈ります。
●ソ・ウォンソンさん
(元全国公務員労組ソウル本部副本部長)

誠に残念です。中野顧問の気概が今も生き生きと甦ってくるのに、いや、まだ労働者のためになさるべきことが多く残っているのに、誠に無念さを禁じ得ません。中野顧問の意志を受け継ぎ、韓日労働者がさらに団結し、希望あふれる世の中をつくってゆきましょう。

●パク・ソンニョルさん
(全国公務員労組ソウル市冠岳区支部)

動労千葉の同志たち、悲しまないで下さい。中野顧問は私たちのそばを離れましたが、中野顧問の労働者精神は私たちの胸中に永遠に記憶されるでしょう。

●キム・ヒョンソクさん
(元民主労総ソウル本部組織次長)
 労働運動の巨星が一つ消えました。
謹んで故人の冥福をお祈りします。
●ジャック・ヘイマンさん
(ILWU=国際港湾倉庫労働組合10支部)

今朝早く中野さんが亡くなられたとの知らせを受け、深い悲しみに暮れています。
この事態を、今朝ユニオン・ホールに集まった幾人かの港湾労働者に伝え、彼らからもお悔やみの挨拶を送るよう要請されました。過去何年かに渡り動労千葉 が呼び掛ける集会、デモや国際会議に参加してきたILWUの代表者たちになり替わり、動労千葉に対して、ここに心からのお悔やみをお伝え致します。
日 本と世界の労働者階級は、その断固とした指導者を失いました。中野洋は動労千葉の創設者であり前委員長であっただけではなく、日本と世界の労働運動の解体 を狙う新自由主義諸策に対する闘の重要な指導者でした。労組官僚たちが、一層の抑圧と安全無視の労働条件を意味したこれらの政策の実施に協力して行ったと き、中野さんは、この攻撃に反対する鉄道労働者など多くの労働者を動員していくため、困難だけど必須の闘いを実現しました。
幸運なことに私は、彼の生前に、彼ととても有意義な話し合いをもつ機会を得ました。彼の労働運動への貢献は、世界中の労働者の記憶に留められるでしょ う。私たちが中野さんを追悼できる最善の道は、民営化と労働者の非正規職化と闘い、帝国主義戦争に執拗に反対していくため、彼の階級闘争路線を継承してい くことです。
同志的抱擁をもって。

スティーブ・ゼルツァーさん
運輸労働者連帯委員会 広報部長

中野さんの訃報を聞き、心よりお悔やみ申し上げます。
中野さんの原則を貫く闘いと、労働者人民への攻撃に対して労働者階級の力を核心に据えて闘うという彼の作風は、世界の全ての労働者にとっての重要な教訓です。
彼は、国際的闘いにおける直接的結合と直接行動の必要性を十分認識していました。この認識と戦略は、全世界の労働者とここアメリカの私たちの闘いによって、間違いなく完遂されるでしょう。
私たちはまた、来るべき2010年3月6日の集会(全学連を囲んだ交流集会)でも、中野さんにつき広く認識を深めていくようにするつもりです。

●アーリーン・イノウエさん
(CAMS=学校の軍国主義化に反対する連合)

世界に新天地を切り開いてきた厳しく献身的な労働者リーダー中野さんの訃報に接し、私の心はみなさんと一緒です。彼は私たちみんなの心に生き続け、彼の精 神は、動労千葉のみなさん、そして日本と世界の広大な階級闘争の中で受け継がれていくことを知っています。CAMSとUTLA(ロサンゼルス統一教組)を 代表して、私たちは深い悲しみと共に、中野さんと動労千葉への感謝の気持ちを表明いたします。
2007年の11月始めそしてそれに続く年々に、UTLA/CAMSからの幾人かと共に、動労千葉の本部においいて中野さんから受けた温かい歓迎を私は鮮 明に覚えています。通訳を通しながら会話をする中で、私たちは国際的な連帯と友情を実感することが出来ました。
労働運動を蘇らせ尊厳をもって道標を目指したこのような勇敢な人間に巡り合うことが出来て、本当に光栄です。私たちは、中野さんと動労千葉から多くのことを学んできました。
指導者の逝去に接したみなさんの悲しみと同じく、みなさんへ心よりの哀悼の気持ちをお伝えします。皆さんの悲しみが安らぎますように。愛と連帯を込めて、

●アウグスト・カイテンさん(ドイツ)
兄弟姉妹のみなさんへ。

「あなた達が闘い続ける限り、私はあなた達の中に生き続ける」
(フランコに虐殺された民衆の墓標に掲げられたスペイン語の詩の一節:訳者注)
闘いの中で斃れた彼は一人一人の同志の中に生きている。同志中野! 彼は今もここにいる! 連帯を込めて、
●ジョセフ・プリスコさん
IBT(チームスターズ)

中野さんが亡くなられたと聞き、とても悲しく残念です。
彼は偉大な人でした。世界の労働者のために彼が思い描いていたことを理解し、了解している労働組合と同志たちの心の中に、彼の偉業は確固として引き継がれています。
彼を追悼する最善の道は、彼の想像力を共有することであり、常にランク&ファイルに最大の力点を置き続けることだと思います。
私は、彼を知ることが出来て本当に幸運でしたし、昨年の11月の訪問時に、短時間ですが彼と合うことが出来た巡り合わせをありがたく思っております。
彼のランク&ファイルへの情熱と正義の闘いへの持久精神は、多くの人々によって惜しまれることになります。
連帯を込めて。

●ファビオ・ボスコさん
コンル―タス―ブラジル

中野さんのご逝去に、心からの哀悼の意をお伝えします。
中野さんの闘いの歴史を継承する最善の道は、日本だけでなく世界中で労働者の闘いを進展させていくことです。
労働者の権利と世界の社会主義的転換のための闘いの中に、中野さんは生き続けます。

●セシリー・マイアート・クルズさん
(ロサンゼルス統一教組西部地区委員長

  中野さんのご逝去の報に接し、心からの哀悼の意をお伝えします。
彼は、正義と権利の実現に向けた国際的闘いでの戦士であり、巨大な大衆運動の建設者でした。彼の別れは惜しまれこそすれ、忘れられることはありません。
水曜のエリア会議で、彼に黙とうをささげます。