小林克也(東労組千葉地本委員長)は 発言を撤回し謝罪せよ!

小林克也発言弾劾!
JR東労組発行の機関紙によれば、第17回定期大会の「総括答弁」で小林書記長(当時/現委員長)は、「石もなげられ、竹竿で殴られもしました。だから 千葉労許せないんです。指を折られたり、頭を割られたりいろんな人がいます。そして当局とはベタベタやっていたんです。・・・・私はそういうものを許さな い。だから千葉労は絶対潰すつもりでいます」等述べたとされている。
ここで言われていることは完全なねつ造であり、デマである。デマどころか小林が述べていることは東労組の前身である旧動労本部が動労千葉に対してやって たことだ。白を黒だといって資本と手を結んで動労千葉に襲いかかろうというやり方はまさにファシズムそのものだ。われわれは、デマを唯一の根拠として「千 葉労は絶対潰す」などと叫びたてる卑劣なやり方を断じて許さない。直ちに謝罪し撤回せよ。

自らがやったことだ
この発言は、旧動労本部の革マル支配に抗して動労千葉が分離・独立したときのことを指していると思われるが、それが全くのデマであることは、当時の新聞記事などを見れば明らかである。

千葉日報(1979・4・18)
津田沼電車区に17日、動労本部の“オルグ団”約100人が旗ザオなどをもって乱入し、同庁舎内にいた動労千葉組合員8人に重軽傷を負わす事件があり、 緩行電車72本が遅れるなど、動労内の対立は暴力を伴って本格化した。・・・この日午前11時、革マル派学生を先頭に本部側中執4人を含め、100人の “オルグ”団は国鉄津田沼駅に下車した後、一気に津田沼電車区に乱入した。同駅からの千葉側組合員の通報で同庁舎で労働安全衛生委員会を開いていた8人が 1・2階の階段にロッカーなどでバリケードをつくり応戦体制をとったが、バールや、かけや、投石を繰り返す本部側に破られ、結局電車区の8人が監禁される 形で殴るけるの暴行を受けた。船橋市内の病院で手当を受けたが、全員が1~2週間のケガを負い、一人は鼻の骨を折るなどして入院した。
朝日新聞(1979・4・13)
中央本部から分離独立した形となっている動労千葉(国鉄千葉動力車労働組合)に対し12日、中央側が約600人のオルグ団を派遣し、勝浦市の勝浦支部で は建物のガラスを割って強行策にでるに至った。・・・本部側のオルグはこの日で2回目。前日の11日には錦糸町駅前で総評青年協の集会に参加しようとした 動労千葉青年部の組合員に対し、革マル派約400人が取り囲んで殴るけるの暴行を加えた。

ここに掲げた新聞報道の全文は裏面を見てもらいたい。しかしこれはごく一例に過ぎない。証拠は山ほどある。いつものやり方で「新聞記事は国家権力のボーリャクだ」とでも言うつもりなのか!

革マルと一体の襲撃
この新聞記事から明らかなことは、旧動労本部が革マル派と完全に一体となってオルグならざる動労千葉破壊の襲撃を行なったということであり、しかも当時 の国鉄当局がそれを容認したということに他なならい。実際、当時の国鉄本社は動労本部と結託して動労千葉を潰すためには全てを容認したのだ。庁舎をメチャ クチャに破壊され列車まで止まるに至った事態に対して、当然のことながら現場長や千葉鉄道管理局などは「告訴したい」という意向であったが、何とそれを止 めたのは国鉄本社であった。
そしてこのような革マルのやり方が、そっくりそのまま東労組の体質となっている。小林発言は「自分は革マルであり東労組し革マルが支配している」と言っているに等しいものだ。
われわれは「動労千葉を潰せ」と叫びたてる小林を断じて許さない。怒りを込めて謝罪と撤回を求めるものである。