基地と戦争への怒りに燃える ―沖縄 5・18~20 沖縄闘争報告

5月18~20日、沖縄闘争に大竹哲治副委員長と石川二郎君(千葉機関区支部)が参加した。現地闘争報告を寄せてもらった。


大竹副委員長(左)と石川君(県庁前)
那覇の中心街―国際通りをデモ。沿道から声援が


青年労働者交流集会で発言

沖縄―本土労働者の連帯で戦争への道を止めよう!
大竹哲治

私は初めて沖縄に行き、闘争に参加しました。18日、羽田を出発し、那覇へ到着。着いてすぐに県庁前に集合し、国際通りデモを行いました。沿道の市民より手が振られるなど、好意的でした。夕方、琉球新報ホールにおいて、「復帰」41年、5・18沖縄集会に参加しました。
この間安倍政権は、オスプレイの強行配備や追加配備予定の辺野古新基地建設を推進し、怒りが高まっているところに、4・28を「主権回復の日」として政府式典を強行するなど、沖縄県民の怒りの火に油を注ぐようなことやっています。許す事はできません。また、橋下大阪市長の「慰安婦発言」や「米軍風俗活用発言」などのとんでもない暴言があり、重要な時期の沖縄闘争に居合わせていると感じました。
サンフランシスコ講和条約が発効された1952年4月28日は、沖縄にとっては本土から切り離され、米軍支配の下で基地が集中する苦難の歴史の始まりの日であり、「屈辱の日」です。沖縄が米軍に「銃剣とブルドーザー」で土地を奪われ、米軍基地の集中という犠牲の上に、日本は高度経済成長をしてきました。
安倍は国家主義と日米安保の強化に延命の道を見いだしています。沖縄の労働者と本土の労働者との連帯、また全世界の労働者との連帯の力で戦争への道を止めなければなりません。
2日目は、午前中ひめゆりの塔を見学し、献花をしてきました。戦争の悲惨さをあらためて感じました。亡くなられた若い女学生の慰霊の数々、生き残った女性のインタビュー等、戦争の生々しい情況を聞いて、二度と戦争をやってはならないと心に誓いました。午後から宜野湾海浜公園野外音楽堂において「復帰41年5・15平和とくらしを守る県民大会」に参加しました。この日は朝から雨模様で、集会開始時には本降りの雨となり最悪の天候になりましたが、各地より平和行進の人々が結集し、会場は満杯に。悪天候のため集会は短縮されましたが、一体感のある集会でした。
夕方、琉球新報ホールにおいて「オキナワとヒロシマを結ぶ全国青年労働者交流集会in Okinawa」に参加し、そこでJR貨物の現状、賃金削減攻撃との闘いなどを訴え、共に闘うことを表明しました。
3日間という短い訪沖でしたが、私としては沖縄を少しでも知ることができて大変ためになったと思います。

 「基地の島」の現実を許すな
―二度と同じ悲劇をくり返してはならない

石川 二郎

今回、十数年ぶりに沖縄闘争に参加しました。那覇空港に到着してすぐ、自衛隊の陸・海・空の施設が目に入り、移動している道路の横も米軍基地で、米軍と自衛隊の基地の存在の大きさに「基地の島」という現実をあらためて感じました。
現地入りしてすぐデモに参加。翌日のひめゆりの塔の見学では、沖縄上陸戦の悲惨さや戦争の悲しみが身にしみました。
子どもたちに二度と同じ悲劇をくり返すな。