なぜ外注化に反対し闘い続けているのか?外注化によって雇用が破壊され、若者の働く場が、派遣や契約社員など、いつ首を切られるかもしれない不安定雇用しかなくなっていく現実を子供や孫の世代に残したくないからです。

  動労千葉はこの職場で13年間にわたって検修・構内業務の外注化に反対して闘い続けてきました。それがゆえに、多くの仲間が60歳以降の再雇用を拒否されたり、強制配転されるなど激しい攻撃を受けました。
 しかし、「外注化だけは絶対認めてはいけない」が我々の決意でした。なぜ反対し続けたのか。外注化によって雇用が破壊され、若者の働く場が、派遣や契約社員など、いつ首を切られるかもしれない不安定雇用しかなくなっていく現実を子供や孫の世代に残したくないからです。

外注化攻撃の始まり

 JR東日本は、1999年、「シニア制度」の提案をによって全面的な外注化に踏み出しました。シニア制度は、年金の支給開始年令が引き上げられることを逆手にとった卑劣な攻撃でした。定年退職の60歳では年金が満額支給されないことを悪用し、組合が「労使一体で業務外注化を推進します」と約束すれば定年後、JRの下請け会社に再雇用の機会を提供するとしたのです。「再雇用」と言っても、賃金は12~14万円という酷いものでした。
 要するに、年金改悪につけ込んで、これをチャンスとベテラン労働者を高卒新採以下の超低賃金で使ってあらゆる業務を外注化し、コストカットしようとしたのです。本当に汚いやり方だ。これだけは許せなかった。

外注化で何が起きたのか

 しかし、「外注化を認めなければ雇用延長はしない」という脅しの前に、動労千葉以外の全ての労組がシニア制度を妥結し、2001年から全面的な業務外注化が始まったのです。真っ先に外注化されたのが、保線・電力・信号通信等、設備関係のメンテナンス業務でした。
 設備関係では、東日本全体で3312名分の業務が外注化され、2451名の労働者が強制出向させられました。それに先立ち、千葉支社に28箇所あった保線区はたった6箇所に縮小されるなど、雇用と安全の破壊が一体で進みました。その結果起きたのが、レール破断が頻発する危機的現実でした。わずか数年の間に線路がガタガタになったのです。さらに、検修・構内業務、駅業務、グリーン車車掌業務等が外注化の対象になりました。 駅では、外注化と一緒に雇用期間を最大5年間に限定してどんどん使い捨てていく契約社員(グリーンスタッフ)制度も導入されました。「JR正社員登用制度あり」のうたい文句に釣られて多くの人が入社しますが、正社員になれるのは1~2割。ほとんどがモノのように使い捨てられます。
 結局、外注化・非正規職化とはこういうことだったのです。

反対闘争が実現した成果

 我々は外注化に反対して闘いぬいたがゆえに、動労千葉の組合員だけが、定年退職後の再雇用を拒否されるという卑劣な攻撃を受けました。しかし、会社に頼らないで組合自身の手で自らの組合員の再雇用先を探すなどの努力もしながら闘いを継続しました。しかし、その困難な闘いは大きな成果を生みました。
 千葉支社の検修・構内職場では、以後12年間にわたって外注化を止め続けたのです。さらに、外注化容認と引き替えでなければ再雇用を認めないという攻撃も5年間で粉砕し、反対闘争を続けながら再雇用を認めさせました。
 一番大きな成果は、その過程で、職場の多くの仲間たちが外注化反対闘争に共鳴し、外注化に賛成した組合を脱退して動労千葉に加入してくれたことです。

みんなの力を!ともに闘おう!

 昨年10月、JRはついに千葉でも外注化を強行しました。しかし、我々の闘いはやりたい放題の外注化を十年以上遅らせ、今も大きな歯止めをかけています。働く者の雇用や安全を好き勝手に破壊するようなことは絶対許さない。矛盾だらけの外注化は絶対に中止させる。その決意は今も何ひとつ変わっていません。職場全体で反対の闘いを貫けば、外注化攻撃は間違いなく粉砕できます。
 みんなの力が必要です。動労動労千葉に結集しともに闘おう。