DC通信No.90 06/01/15
反合・運転保安闘争とは

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(この文章は、05.5.21動労千葉労働学校での中野洋動労千葉前委員長の講演をもとにしたものです。JR東日本における羽越線事故の原因と責任を明らかにするうえで重要であり、ここに再録しました。)

動労千葉の反合・運転保安闘争とは
中野 洋(前委員長) 尼崎事故を語る

 今日は、民営化の象徴とも言えるJR西日本尼崎事故について、労働者としてどう見るべきか、について述べます。
  連日マスコミが、尼崎事故について報道しているが、何故、事故が起きたのか? その本質は何か? 運転士も含めて107名の死者。まだ病院に入院している人達が数百人いるそうですが、日本全体、世界的にもたいへんな衝撃を与えたと思います。国会でもマスコミなどで、スピードオーバーとか運転時分の設定、過密ダイヤなど、いろんなことが憶測されていて、結論的にいうとATSーP型(自動列車停止装置)を入れておけばよかったんだというところに落ち着きかねない状況がある。だけど実際上のそんな単純な問題ではないのです。

動労千葉の見解

 動労千葉の見解は、何よりも1987年に強行された国鉄分割・民営化攻撃によって107人は殺された、ということ。
 2つめは、民営化に伴うJR西日本によって殺された、営利優先の施策の中で殺されたということですね。
 3つ目には、国土交通省、政府によって殺された。この間、規制緩和が非常に大きく実行されてきた。規制緩和というのは、例えば鉄道の場合には列車を、線路を、駅をつくるにも、検査体制にも非常にきめ細かく規制がありました。その規制をほとんど撤廃し、「各会社の責任でやりなさい」としてしまった。例えば電車の検査の場合、僕がまだ乗務している頃は2日に1回でした。国鉄最後の頃は3日に1回になった。それがJRになって、1週間に1回しか検査をしていないんですよ。
 だから国土交通省の大臣がえらそうなことを言っているけれど、国土交通省、政府にによって殺されたんだということです。
 もう一つは、やはりJRになって労働組合の団結が破壊され、安全問題を闘わない。これはJR西日本だけではないが、JR西日本の主要組合4つ、JR西労組、JR西労、国労。それから建交労(全動労)が、労働組合の責任を放棄した悲しむべき声明を出しています。この労働組合にも責任があるんだ。だから安全問題を闘わない労働組合によって殺されたんだという立場に立つべきだと思います。

「運転士に責任はない」 とハッキリと言い切ること

 何よりも、「事故の責任は、運転士にない」、ということをはっきりさせることが重要だと思います。現象的には確かに運転士がスピードアップしたことによって起こったのかもしれない。事故というのは必ず誰かのミスで起きる。ミスといえばミスだ。問題はそういうミスがなぜ起こらざるをえないのかということです。
 動労千葉の組合員の中でも「彼は死んでよかったのかも」という話が出てくるわけですよ。もし生きていた場合には、おそらく家族も含めて袋叩きにあっているでしょう。そういう状況で、「運転士に責任はないんだ」ということを言い切るということは、少なくとも階級的労働組合の基本的立場です。動労千葉は一貫してそう立場でやってきました。

動労千葉の原点=船橋事故

  1972年の3月に総武線の船橋駅で追突事故が起こりました。そのときの運転士が高石君(執行委員)です。死者こそ出なかったけれど300人から400人の重軽傷者、電車は3〜4両が完全に大破しました。彼は直ちに警察に逮捕されました。僕はまだそのとき書記長ではなく、千葉気動車区という現場の支部長をやっていた。
 そのとき、「この事故は乗務員の責任ではない。責任を乗務員に押しつけることについて反対だ」という運動を動労千葉は果敢に巻き起こしました。動力車労働組合は、国鉄の中でも運転系統に所属する労働者でつくられた組織です。圧倒的に多いのは運転士です。その動労ですら、「あの事故は運転士の過失ではないか。労働組合運動の課題にはならない」という対応だった。それをもっとも強力に主張をしていたのが、動労東京地本の、今JR総連を握っている革マルという党派です。これと激しくやり合いました。「運転士には責任はない」と言い切ったとたんに動労千葉(当時乗務員だけで千人ぐらい)の団結はかつてなく高まりました。これが原点になって後の三里塚ジェット燃料輸送阻止闘争、あるいは分割・民営化に反対するストライキを敢行するという力の源泉、団結力が生まれたんです。 

JR後、初のストライキ

 分割・民営化直後の1988年に東中野駅でやはり追突事故が起こった。運転士と乗客が2人死んだ。その当時動労千葉は分割・民営化反対のたたかいで28名と12名で計40名が首を切られ満身創痍だった。しかし翌年の89年に、東中野の事故に対して、分割・民営化以降始めてのストライキを敢行した。その時も、運転士が赤信号だったが列車を走らせ衝突したが、実は当時のJR当局は「赤信号でも走れ」と指導していた。そうしないとダイヤが乱れどんどん遅れがでるからだ。今回の福知山線脱線事故のダイヤと同じように時刻設定が非常に過密に設定され、その結果遅れが全部新宿駅の先に集中し、新宿から中野の間は電車がぎゅう詰状態になってしまった。だからラッシュ時になると、運転士は新宿から先は全部赤信号を見ながら運転していた。その結果起こったんです。
 だから運転士の責任じゃない。だけど会社側は赤信号を冒進したのは運転士だから運転士に責任があると言う。今回の場合もそうでしょう。制限70キロのカーブを108キロで走っていた、だから走った運転士が悪いというふうになるわけだ。だけど問題はそういうふうに強制していたJR西日本という会社の体制の問題です。そして無理な回復運転を強制させざるをえないダイヤ設定を容認した労働組合。そういう問題を全部総合的に判断しなければならないのです。

労働組合人生を決断させた3つの事故

 1962年に常磐線の三河島というところで大事故が起きました。当時、貨物線と電車線が田端から途中で常磐線に合流した。その信号が赤だったが冒進し。蒸気機関車と電車と衝突し、その場に上りの電車が入って160人が死んだ。翌年、東海道線の鶴見駅というところでやはり大事故が起きた。
 当時、この事故をめぐって国鉄動力車労働組合の中は大揺れに揺れた。事故後、当時の動労の本部、国労の本部も含めて、国鉄当局と事故防止対策委員会というものを設置することを決めた。つまり組合は「事故防止のためには労使が話し合う」という協定文書を国鉄と締結したが、「そんな話し合いで解決することだったら、もうとっくに解決しているはずだ」「労働組合が闘わないかぎり、安全は守れないし確保できない」ということで、この協定が全国大会で承認されず、当時の中央執行部は総辞職したのです。「労働組合が闘わない限り安全は確保できない」という思想、考え方に基づいて新しい執行部を形成された。この考え方をずっと貫いていたのが動労千葉だけなんです。
 僕はその時22才だった。23才で青年部長。僕の人生の全てを、動労千葉の労働運動にぶち込むというふうに決断をさせたのがこの事故だったのかもしれない。だから僕にとっても三河島事故、鶴見事故は原点だったんです。
 この当時、同じ時期に三池の三川鉱で炭塵爆発事故が発生し、坑内で458人が死に、さらに千人近くの労働者がCO2中毒になるという大惨事が起きた。
 そもそも「闘いなくして安全なし」というスローガンは炭労三池のスローガンです。労働組合が安全だというふうに確認しないかぎり、労働者を坑内に入れなかった、だから事故が起きようがない。そうすれば会社側も否応なしに安全対策をとらなければならない。それが三池闘争が敗北し組合が弱くなったとたんに、2、3年後には爆発事故がおきたのです。
 分割・民営化の時、当時の動労千葉のスローガンは、「分割・民営化反対」並べて、「国鉄を第2の日航にするな」だった。当時、御巣鷹山というところに日航機が墜落して、520人が死んだ。その危惧が分割・民営化18年目、最悪の事態として尼崎で起きた。

人間から機械が中心に

 スピードオーバー、過密ダイヤ、列車構造の根本的な改変等々が合わさった事故であることは間違いない。つまりカーブを100キロで飛ばし、そのまま宙に浮いて突っ込んでいった。だけど僕らの時は制限速度なんてものは、だいたい2倍出しても事故は起きないといわれていた。今はそうじゃない。つまり脱線するような仕組みになっていたということだ。
 「西日本にもATSーP型を入れればいいんだ」と言われている。それで済むのか。そうじゃない。やはり列車を動かしているのは運転士という労働者です。運転士は人間だからミスもある。国鉄からJRに変わって一番大きく変わったことは、機械が中心になったこと。電車という機械がどんどん近代化し、コンピューター化していく。同時に車両の軽量化がされ、加速もスピードもでる、ブレーキもよく効くような車両にしていく。そして労働者という人間をそれに従属させていく。運転士、機関士が列車を動かしている、人間が中心だという思想じゃないんだ。
 だからJR西日本は、「安全を守ろう」ではなく、「稼げ」を第1スローガンにした。東日本だって同じことを言っている。「ステーションルネッサンス」、つまり駅空間を利用してもっと儲けよう。2番目にはIT産業をやる、「JR東日本」は本来鉄道会社なのに3番目が鉄道輸送なんですよ。国鉄当時は、良くも悪くも第1に安全綱領だった。現場の点呼のときの唱和も、「安全は輸送業務の最大の使命である」というのがトップなんです。「危険に直面したらみんな職責を超えて一致協力しなければならない」というのが4項目ぐらいあって、それがJRになってからボンと吹っ飛んだ。
 人間を軸にして鉄道を考えない。だったら人間乗せなければいい。「ATSーp型を入れたら安全に動く」というなら、人間を乗せないで機械だけでやればいい。だけど人間を乗せないと出来ないんですよ。人間は要するに機械でやれないことをやるために乗っかっている。
 「1分遅れた。この駅から向こうの駅まで本来なら5分かかるんだけど、それを4分で走らせる」、これが回復運転です。これは機械では出来ないのです。人間だから出来る。ブレーキの扱い方だってそうだ。例えば総武快速線は、ものすごいスピード、80キロから90キロでホームに入る。ちゃんと止まる。だけど機械じゃああいうふうには止まらない。だから日本の鉄道は世界でもトップです。これだけの過密なダイヤを正確に維持しているのは、運転士という人間がいるからなんだ。これを軸にして物事を考えないということが一番大きな問題だと思う。どんなに機械やコンピューターが発達したって人間がいなければダメだ。であればそれを中心に物事を考えなければいけない。しかし現実は、人間を機械の従属物下にしているから、人間を機械にあわさせようとする。それで運転士は追いつめられ、あの事故に至ったと思います。

民営化、そして競争

 事故が起こった当日、ゴルフコンペや、ボーリングやっていたとかと大騒ぎになった。あれはJR西労の革マルがちくったんです。マスコミは「あれは国鉄当時にまた戻ったんだ」と。あのようなことは国鉄当時は絶対にありえない。断言します。三河島事故は、当時の東京鉄道管理局管内で起こった事故で、千葉に直接関係ない。だけどやはり衝撃だった。僕らは、組合を先頭に駆けつけたものです。
 営利優先ということは、会社の中も激しい競争社会になるということです。例えばJR西日本の場合に大阪支社、神戸支社、京都支社、広島支社などがある。支社同士で競争させられる。そうすると大阪と神戸は支社同士で対立関係になります。それと、同じ支社の中でも現場同士で競争させる。何々運転区と何々運転区、何駅と何駅とか各社員に全部ノルマを設定させて競争させる。「カニ食い旅行」を企画して募集させたが、客が集まらない。結局、客の8割がJR西日本の社員だった。競争というのはそういうものだ。
 だから、同僚である仲間が事故を起こしてしているのに平然とゴルフコンペや、ボーリング大会、送別会をやるということがおきてしまう。資本主義というのは、行きつくところまで行くと、人間性なんてひとかけらもなくなるんだ。国鉄当時は絶対にそんなことなかった。良くも悪くも国鉄一家だから。

「儲ける」という発想

 やはり大きな問題は、民営化だ。25日の尼崎事故直後の27日、小泉は郵政民営化法案を国会に提出した。これからは都の水道の民営化、東京交通局、つまり都バスも都営地下鉄も民営化になっちゃう。そもそも「官から民へ」といっているが、本来儲からないけど国民生活にとって不可欠なものということで官がやっていた。郵便局もそうだ。鉄道、電気、水道、保育園、幼稚園、福祉事業なども本来儲からないんです。儲からないやつをを官から民へにして儲ける、そのために何をするかという話になる。
 JR西日本は過去最高の400何10億円の利益をあげた。それと同時に事故が起こった。JR東日本だって1000億円以上の経常利益をあげている。国鉄当時は赤字だった。赤字には赤字なりの理由があるんだ。
 民営化になったとたんに、「儲け」という発想が出てくる。何をするかといったら、経費を切りつめる以外にない。効率化アップする以外にない。競争社会に突入するわけだ。
 国鉄当時は、例えば千葉の場合だったら京成電鉄という私鉄と競争する気はさらさら無かった。大阪は国鉄よりはるかに私鉄の方が強かった。阪急、近鉄、阪神、南海。みんなプロ野球の球団をもっていた。国鉄のシェアは10%を割っていた。関東は国鉄の方が圧倒的に優位だった。だから関東では東武、営団地下鉄、東急、西武などいろいろあるが、そこと競争しようなんて思っていない。それでいいんだ。私鉄は、儲かる線しかやらない。だけど国鉄は儲からないところでもやるから国鉄なんです。人が乗らないところでも人が住んでいる以上、列車を走らさなければいけない。だから国鉄からJRになってからローカル線をバタバタ廃線した。あるは第3セクター化したが、うまくいかないから、みんな廃止になる。
 資本主義というのは、利益をあげるために投資する、逆に言うと利益が上がらないところにはしない。安全対策というのは直接的には利益を生まない。電車を軽量化してスピードを上げる。これは利益をあげる資本投下なんです。例えば踏切を高架にすると言われているが、これからは利益があがらないが膨大な金が必要だ。だから進まない。メンテナンス部門は徹底的に手抜きされる。国鉄の時もそうだった。電車の検修、線路の補修、信号、架線、電力という保守は徹底的に合理化、リストラされてきた。それでも当時の国鉄の時にはそれなりに抵抗してきた。JRになってから一気に進んだ。

民営化攻撃と労組解体

 国鉄当時には事故がなかったわけではないが、国労も動労も動労千葉も、程度の差はあれ、安全を確保するという安全闘争があった。なぜならば現場で働いている労働者が、何が危険であるかということについて一番よく知っている。ダイヤの設定の仕方とか、信号の検測位置だとかいろんなことについて現場で働いている労働者たちが一番知っているんです。それを一応要求に出するということは国鉄当時はやっていた。それを、正面テーマにあげて、ストライキも辞さず闘うということまでやるのは動労千葉だけだったけど、一応どこの組合でもそういうことを言っていたんです。
 民営化の最大の攻撃は労働組合の解体だと言ったのは、そういう要素もある。民営化以降、JR総連やJR連合だとかという新しい労働組合が出来た。労働組合が解体されて、労働組合本来の主張も闘いもしないということが、主体的には一番大きな問題だ。もし福知山線に動労千葉がいたら、相当はげしく抵抗しただろう。あのダイヤ設定それ自身が闘争課題です。動労千葉だったら毎日遅らせる。遅れても結構という闘いを組みます。日勤教育は東日本だってある。ただうちの組合員は言うことを聞かない。言うことを聞くか聞かないかという問題だけの話であって、どこだって同じなんですよ。
 動労千葉としては、尼崎事故の1ヶ月を期して4/24総決起集会をやり、翌日から本格的な運転保安闘争に決起する.。


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