動労千葉の反合・運転保安闘争とは 中野 洋(前委員長) 尼崎事故を語る

(この文章は、05.5.21動労千葉労働学校での中野洋動労千葉前委員長の講演をもとにしたものです。JR東日本における羽越線事故の原因と責任を明らかにするうえで重要であり、ここに再録しました。)

動労千葉の反合・運転保安闘争とは
中野 洋(前委員長) 尼崎事故を語る

今日は、民営化の象徴とも言えるJR西日本尼崎事故について、労働者としてどう見るべきか、について述べます。
連日マスコミが、尼崎事故について報道しているが、何故、事故が起きたのか? その本質は何か? 運転士も含めて107名の死者。まだ病院に入院している人達が数百人いるそうですが、日本全体、世界的にもたいへんな衝撃を与えたと思います。国会でもマスコミなどで、スピードオーバーとか運転時分の設定、過密ダイヤなど、いろんなことが憶測されていて、結論的にいうとATSーP型(自動列車停止装置)を入れておけばよかったんだというところに落ち着きかねない状況がある。だけど実際上のそんな単純な問題ではないのです。

動労千葉の見解

動労千葉の見解は、何よりも1987年に強行された国鉄分割・民営化攻撃によって107人は殺された、ということ。
2つめは、民営化に伴うJR西日本によって殺された、営利優先の施策の中で殺されたということですね。
3つ目には、国土交通省、政府によって殺された。この間、規制緩和が非常に大きく実行されてきた。規制緩和というのは、例えば鉄道の場合には列車を、線路を、駅をつくるにも、検査体制にも非常にきめ細かく規制がありました。その規制をほとんど撤廃し、「各会社の責任でやりなさい」としてしまった。例えば電車の検査の場合、僕がまだ乗務している頃は2日に1回でした。国鉄最後の頃は3日に1回になった。それがJRになって、1週間に1回しか検査をしていないんですよ。
だから国土交通省の大臣がえらそうなことを言っているけれど、国土交通省、政府にによって殺されたんだということです。
もう一つは、やはりJRになって労働組合の団結が破壊され、安全問題を闘わない。これはJR西日本だけではないが、JR西日本の主要組合4つ、JR西労組、JR西労、国労。それから建交労(全動労)が、労働組合の責任を放棄した悲しむべき声明を出しています。この労働組合にも責任があるんだ。だから安全問題を闘わない労働組合によって殺されたんだという立場に立つべきだと思います。

「運転士に責任はない」 とハッキリと言い切ること

何よりも、「事故の責任は、運転士にない」、ということをはっきりさせることが重要だと思います。現象的には確かに運転士がスピードアップしたことによって起こったのかもしれない。事故というのは必ず誰かのミスで起きる。ミスといえばミスだ。問題はそういうミスがなぜ起こらざるをえないのかということです。
動労千葉の組合員の中でも「彼は死んでよかったのかも」という話が出てくるわけですよ。もし生きていた場合には、おそらく家族も含めて袋叩きにあっているでしょう。そういう状況で、「運転士に責任はないんだ」ということを言い切るということは、少なくとも階級的労働組合の基本的立場です。動労千葉は一貫してそう立場でやってきました。

動労千葉の原点=船橋事故

1972年の3月に総武線の船橋駅で追突事故が起こりました。そのときの運転士が高石君(執行委員)です。死者こそ出なかったけれど300人から400人の重軽傷者、電車は3~4両が完全に大破しました。彼は直ちに警察に逮捕されました。僕はまだそのとき書記長ではなく、千葉気動車区という現場の支部長をやっていた。
そのとき、「この事故は乗務員の責任ではない。責任を乗務員に押しつけることについて反対だ」という運動を動労千葉は果敢に巻き起こしました。動力車労働組合は、国鉄の中でも運転系統に所属する労働者でつくられた組織です。圧倒的に多いのは運転士です。その動労ですら、「あの事故は運転士の過失ではないか。労働組合運動の課題にはならない」という対応だった。それをもっとも強力に主張をしていたのが、動労東京地本の、今JR総連を握っている革マルという党派です。これと激しくやり合いました。「運転士には責任はない」と言い切ったとたんに動労千葉(当時乗務員だけで千人ぐらい)の団結はかつてなく高まりました。これが原点になって後の三里塚ジェット燃料輸送阻止闘争、あるいは分割・民営化に反対するストライキを敢行するという力の源泉、団結力が生まれたんです。

JR後、初のストライキ

分割・民営化直後の1988年に東中野駅でやはり追突事故が起こった。運転士と乗客が2人死んだ。その当時動労千葉は分割・民営化反対のたたかいで28名と12名で計40名が首を切られ満身創痍だった。しかし翌年の89年に、東中野の事故に対して、分割・民営化以降始めてのストライキを敢行した。その時も、運転士が赤信号だったが列車を走らせ衝突したが、実は当時のJR当局は「赤信号でも走れ」と指導していた。そうしないとダイヤが乱れどんどん遅れがでるからだ。今回の福知山線脱線事故のダイヤと同じように時刻設定が非常に過密に設定され、その結果遅れが全部新宿駅の先に集中し、新宿から中野の間は電車がぎゅう詰状態になってしまった。だからラッシュ時になると、運転士は新宿から先は全部赤信号を見ながら運転していた。その結果起こったんです。
だから運転士の責任じゃない。だけど会社側は赤信号を冒進したのは運転士だから運転士に責任があると言う。今回の場合もそうでしょう。制限70キロのカーブを108キロで走っていた、だから走った運転士が悪いというふうになるわけだ。だけど問題はそういうふうに強制していたJR西日本という会社の体制の問題です。そして無理な回復運転を強制させざるをえないダイヤ設定を容認した労働組合。そういう問題を全部総合的に判断しなければならないのです。

労働組合人生を決断させた3つの事故

1962年に常磐線の三河島というところで大事故が起きました。当時、貨物線と電車線が田端から途中で常磐線に合流した。その信号が赤だったが冒進し。蒸気機関車と電車と衝突し、その場に上りの電車が入って160人が死んだ。翌年、東海道線の鶴見駅というところでやはり大事故が起きた。
当時、この事故をめぐって国鉄動力車労働組合の中は大揺れに揺れた。事故後、当時の動労の本部、国労の本部も含めて、国鉄当局と事故防止対策委員会というものを設置することを決めた。つまり組合は「事故防止のためには労使が話し合う」という協定文書を国鉄と締結したが、「そんな話し合いで解決することだったら、もうとっくに解決しているはずだ」「労働組合が闘わないかぎり、安全は守れないし確保できない」ということで、この協定が全国大会で承認されず、当時の中央執行部は総辞職したのです。「労働組合が闘わない限り安全は確保できない」という思想、考え方に基づいて新しい執行部を形成された。この考え方をずっと貫いていたのが動労千葉だけなんです。
僕はその時22才だった。23才で青年部長。僕の人生の全てを、動労千葉の労働運動にぶち込むというふうに決断をさせたのがこの事故だったのかもしれない。だから僕にとっても三河島事故、鶴見事故は原点だったんです。
この当時、同じ時期に三池の三川鉱で炭塵爆発事故が発生し、坑内で458人が死に、さらに千人近くの労働者がCO2中毒になるという大惨事が起きた。
そもそも「闘いなくして安全なし」というスローガンは炭労三池のスローガンです。労働組合が安全だというふうに確認しないかぎり、労働者を坑内に入れなかった、だから事故が起きようがない。そうすれば会社側も否応なしに安全対策をとらなければならない。それが三池闘争が敗北し組合が弱くなったとたんに、2、3年後には爆発事故がおきたのです。
分割・民営化の時、当時の動労千葉のスローガンは、「分割・民営化反対」並べて、「国鉄を第2の日航にするな」だった。当時、御巣鷹山というところに日航機が墜落して、520人が死んだ。その危惧が分割・民営化18年目、最悪の事態として尼崎で起きた。

人間から機械が中心に

スピードオーバー、過密ダイヤ、列車構造の根本的な改変等々が合わさった事故であることは間違いない。つまりカーブを100キロで飛ばし、そのまま宙に浮いて突っ込んでいった。だけど僕らの時は制限速度なんてものは、だいたい2倍出しても事故は起きないといわれていた。今はそうじゃない。つまり脱線するような仕組みになっていたということだ。
「西日本にもATSーP型を入れればいいんだ」と言われている。それで済むのか。そうじゃない。やはり列車を動かしているのは運転士という労働者です。運転士は人間だからミスもある。国鉄からJRに変わって一番大きく変わったことは、機械が中心になったこと。電車という機械がどんどん近代化し、コンピューター化していく。同時に車両の軽量化がされ、加速もスピードもでる、ブレーキもよく効くような車両にしていく。そして労働者という人間をそれに従属させていく。運転士、機関士が列車を動かしている、人間が中心だという思想じゃないんだ。
だからJR西日本は、「安全を守ろう」ではなく、「稼げ」を第1スローガンにした。東日本だって同じことを言っている。「ステーションルネッサンス」、つまり駅空間を利用してもっと儲けよう。2番目にはIT産業をやる、「JR東日本」は本来鉄道会社なのに3番目が鉄道輸送なんですよ。国鉄当時は、良くも悪くも第1に安全綱領だった。現場の点呼のときの唱和も、「安全は輸送業務の最大の使命である」というのがトップなんです。「危険に直面したらみんな職責を超えて一致協力しなければならない」というのが4項目ぐらいあって、それがJRになってからボンと吹っ飛んだ。
人間を軸にして鉄道を考えない。だったら人間乗せなければいい。「ATSーp型を入れたら安全に動く」というなら、人間を乗せないで機械だけでやればいい。だけど人間を乗せないと出来ないんですよ。人間は要するに機械でやれないことをやるために乗っかっている。
「1分遅れた。この駅から向こうの駅まで本来なら5分かかるんだけど、それを4分で走らせる」、これが回復運転です。これは機械では出来ないのです。人間だから出来る。ブレーキの扱い方だってそうだ。例えば総武快速線は、ものすごいスピード、80キロから90キロでホームに入る。ちゃんと止まる。だけど機械じゃああいうふうには止まらない。だから日本の鉄道は世界でもトップです。これだけの過密なダイヤを正確に維持しているのは、運転士という人間がいるからなんだ。これを軸にして物事を考えないということが一番大きな問題だと思う。どんなに機械やコンピューターが発達したって人間がいなければダメだ。であればそれを中心に物事を考えなければいけない。しかし現実は、人間を機械の従属物下にしているから、人間を機械にあわさせようとする。それで運転士は追いつめられ、あの事故に至ったと思います。

民営化、そして競争

事故が起こった当日、ゴルフコンペや、ボーリングやっていたとかと大騒ぎになった。あれはJR西労の革マルがちくったんです。マスコミは「あれは国鉄当時にまた戻ったんだ」と。あのようなことは国鉄当時は絶対にありえない。断言します。三河島事故は、当時の東京鉄道管理局管内で起こった事故で、千葉に直接関係ない。だけどやはり衝撃だった。僕らは、組合を先頭に駆けつけたものです。
営利優先ということは、会社の中も激しい競争社会になるということです。例えばJR西日本の場合に大阪支社、神戸支社、京都支社、広島支社などがある。支社同士で競争させられる。そうすると大阪と神戸は支社同士で対立関係になります。それと、同じ支社の中でも現場同士で競争させる。何々運転区と何々運転区、何駅と何駅とか各社員に全部ノルマを設定させて競争させる。「カニ食い旅行」を企画して募集させたが、客が集まらない。結局、客の8割がJR西日本の社員だった。競争というのはそういうものだ。
だから、同僚である仲間が事故を起こしてしているのに平然とゴルフコンペや、ボーリング大会、送別会をやるということがおきてしまう。資本主義というのは、行きつくところまで行くと、人間性なんてひとかけらもなくなるんだ。国鉄当時は絶対にそんなことなかった。良くも悪くも国鉄一家だから。

「儲ける」という発想

やはり大きな問題は、民営化だ。25日の尼崎事故直後の27日、小泉は郵政民営化法案を国会に提出した。これからは都の水道の民営化、東京交通局、つまり都バスも都営地下鉄も民営化になっちゃう。そもそも「官から民へ」といっているが、本来儲からないけど国民生活にとって不可欠なものということで官がやっていた。郵便局もそうだ。鉄道、電気、水道、保育園、幼稚園、福祉事業なども本来儲からないんです。儲からないやつをを官から民へにして儲ける、そのために何をするかという話になる。
JR西日本は過去最高の400何10億円の利益をあげた。それと同時に事故が起こった。JR東日本だって1000億円以上の経常利益をあげている。国鉄当時は赤字だった。赤字には赤字なりの理由があるんだ。
民営化になったとたんに、「儲け」という発想が出てくる。何をするかといったら、経費を切りつめる以外にない。効率化アップする以外にない。競争社会に突入するわけだ。
国鉄当時は、例えば千葉の場合だったら京成電鉄という私鉄と競争する気はさらさら無かった。大阪は国鉄よりはるかに私鉄の方が強かった。阪急、近鉄、阪神、南海。みんなプロ野球の球団をもっていた。国鉄のシェアは10%を割っていた。関東は国鉄の方が圧倒的に優位だった。だから関東では東武、営団地下鉄、東急、西武などいろいろあるが、そこと競争しようなんて思っていない。それでいいんだ。私鉄は、儲かる線しかやらない。だけど国鉄は儲からないところでもやるから国鉄なんです。人が乗らないところでも人が住んでいる以上、列車を走らさなければいけない。だから国鉄からJRになってからローカル線をバタバタ廃線した。あるは第3セクター化したが、うまくいかないから、みんな廃止になる。
資本主義というのは、利益をあげるために投資する、逆に言うと利益が上がらないところにはしない。安全対策というのは直接的には利益を生まない。電車を軽量化してスピードを上げる。これは利益をあげる資本投下なんです。例えば踏切を高架にすると言われているが、これからは利益があがらないが膨大な金が必要だ。だから進まない。メンテナンス部門は徹底的に手抜きされる。国鉄の時もそうだった。電車の検修、線路の補修、信号、架線、電力という保守は徹底的に合理化、リストラされてきた。それでも当時の国鉄の時にはそれなりに抵抗してきた。JRになってから一気に進んだ。

民営化攻撃と労組解体

国鉄当時には事故がなかったわけではないが、国労も動労も動労千葉も、程度の差はあれ、安全を確保するという安全闘争があった。なぜならば現場で働いている労働者が、何が危険であるかということについて一番よく知っている。ダイヤの設定の仕方とか、信号の検測位置だとかいろんなことについて現場で働いている労働者たちが一番知っているんです。それを一応要求に出するということは国鉄当時はやっていた。それを、正面テーマにあげて、ストライキも辞さず闘うということまでやるのは動労千葉だけだったけど、一応どこの組合でもそういうことを言っていたんです。
民営化の最大の攻撃は労働組合の解体だと言ったのは、そういう要素もある。民営化以降、JR総連やJR連合だとかという新しい労働組合が出来た。労働組合が解体されて、労働組合本来の主張も闘いもしないということが、主体的には一番大きな問題だ。もし福知山線に動労千葉がいたら、相当はげしく抵抗しただろう。あのダイヤ設定それ自身が闘争課題です。動労千葉だったら毎日遅らせる。遅れても結構という闘いを組みます。日勤教育は東日本だってある。ただうちの組合員は言うことを聞かない。言うことを聞くか聞かないかという問題だけの話であって、どこだって同じなんですよ。
動労千葉としては、尼崎事故の1ヶ月を期して4/24総決起集会をやり、翌日から本格的な運転保安闘争に決起する.。

尼崎事故と動労千葉の闘い 田中康宏 動労千葉委員長

この文章は、05年動労千葉を支援する会総会(05.7.23)での動労千葉からの提起をもとにしたものです。JR東日本における羽越線事故の原因と責任を明らかにするうえで重要であり、ここに再録しました。

尼崎事故と動労千葉の闘い
田中康宏 動労千葉委員長

はじめに

どうご苦労様です。冒頭、本当に長年にわたって動労千葉のたたかいを支えていただいて心から感謝いたします。あらためて支援する会総会などで感じることは、これは動労千葉だけでがんばってきた闘いではなかったんだなということです。みんなが動労千葉を中心にして支えていただいたことが今日の動労千葉があるということで、本当に感謝したいと思っています。
今年は国鉄分割・民営化に反対して、第1波のストライキをやってからちょうど20年になるわけで、本当に一昔も二昔も前ということなんですが、私達は昨日のことのような思いで闘っています。ということは、あの時から何も思いを変えていないということで、これも皆さんのご支援があったおかげというふうに感じています。
昨日も支援する会で市川の駅で、17回目のビラまきになるかと思うんですが、安全運転行動が始まってからということですね。やっていただきまして、ものすごい反響だったと聞いています。ビラまきといっても、ビラをまけないほど通りかかった人達が話しかけてくるというんですね。まいたビラはレールがガタガタになっているビラなんですが、別にカンパを集めているわけではないんですがカンパをおいていったり、「署名をやっていないんですか」ということを言ってきたりということです。
今朝、市川のビラを受け取った若い女性の方から電話がありまして、このビラをもってすぐに駅長室に怒鳴り込んだらしいんですね。だけどろくな対応をしてくれなかったらしくて、「今度は警察に行こうと思っているんですが」という話で電話があって、「警察に行ってもたぶん警察はJRに行ってくれということで終わっちゃうから」と言うことで、国土交通省と県の交通計画課の電話を教えて、ぜひここにお願いしますということをいったら、「必ず行きますから」という話でした。
つまり安全運転行動はみなさんのビラ撒きなどの力もにあって、これまでにない反響を呼んでいます。
たぶん皆さんもそうだと思うんですが、世間から何と言われようとゴリゴリがんばるという感じでがんばってきた人が多いと思うんですが、動労千葉が闘いをやってこれほど周り中から支援をされた闘いというのは結成以来、初めてのことです。これは時代がそういう時代にきていて、みんな尼崎事故とか、このレールの現状のなかから社会のあり方がおかしくなっているということを敏感に感じとっているんですよね。「俺たちも殺されるかもしれない」、そういう憤りというか怒りの声が渦巻き始めているということの現れだと思っていますので、確信を持って進みたいと考えます。

安全運転行動と不当処分の発令

7月19日、処分発令
さて、私の方からは国鉄闘争の現状、あるいは尼崎事故闘争等について、そこに絞ってお話をさせていただきたいと思います。実は皆さんもご存じのとおりで、7月19日から21日にかけて、安全運転行動に対する不当処分が出されました。不当処分は本部執行部、役員ですね。8名に対する厳重注意という不当処分でした。厳重注意というのは就業規則上からいうと、一番低いランクの処分で、しかもこの行動を行った現場の運転士、組合員を処分することができずに、本部執行部だけの指導責任をとうという処分です。
もちろん、処分は処分で、どんな軽い処分でも満腔の怒りを込めて弾劾しなければいけないと思うんですが、結局JRはこの処分で墓穴を掘ったと考えています。社会全体に恥をさらした、こういうことじゃないかというふうに私は考えています。もう困りに困って困り果てて、しかし処分しないわけにはいかない。それが今回の処分だったんだろうというふうに思うんですね。

当たり前の闘い
しかし僕らはこれがいったい何を示すのかということについては、本当に真剣に考えなければいけないというように思っています。今回の処分の一番の特徴は何かというと、尼崎事故という現実が目の前にあって、つまり107名の命が奪われたという、JRにしてみれば107人を殺したという、これだけの重さがあって、それに対して動労千葉がやったことは何かというと、当たり前の闘いでしかないわけですね。だから動労千葉も今回、安全運転行動と名前をつけましたが、安全運転闘争というにはちょっとはばかられたわけですね。これを闘争というにはちょっと恥ずかしいかなという感じで、安全運転行動というふうに言ったんですが、やっていることはご存じのとおり回復運転をしないとか、無線で運転の通告があった時には列車を止めてメモをとって受けるとか、最高速度を厳守しようとか、特にレールがひどいところは組合で運転速度を決めて、減速闘争、安全闘争をやりなさいということを2ヶ所やっただけの話で、別に遅れがそんなに出ているわけではありません。1分程度です。

安全ということそのものを処分
つまり安全ということそのものを処分した、処罰したというのが今回の当局の処分の特徴だと思っています。8名が処分されたわけではないんですね。労働組合が安全という問題で発言するということ、ものを言うということ、必要最小限の努力をするということ、これ自身を認めないということですから、どんなに危険だろうと、人を殺そうが何をしようが、会社の命令通り、「お前らは走っていればいいんだ。労働者なんて、そんな存在にすぎないんだ」という意味を込めた処分だというふうに考えています。ですから動労千葉としてはこの不当処分、軽い処分だというふうに思わずに、ここにJR東日本の、つまり安全よりも組合潰し、安全よりも営利優先という腐りきった経営姿勢が一番鮮明に現れている。分割・民営化の結果生まれたことがこの処分に全部現れているんだよということを、全体に訴えていきたいというふうに考えています。

動労千葉の正当性が満天下に
その一方で、今度の処分は動労千葉が闘って、いまも継続をしていますが、安全運転行動、動労千葉の主張し続けてきたことの正当性を、本当に満天下に明らかにしたんじゃないかと考えています。
実際考えてみると、JRが安全運転行動を開始後、やったことは何かというと、これもご存じのとおりでしょうけれども、動労千葉の運転士が出勤すると点呼の時に「あなたのやろうとしている行為は違法行為です。厳重に処罰します」という点呼を受けて乗務するということが今日も続いています。もう2ヶ月間、延々とそれをやって、動労千葉の組合員のところには2名の管理者がくっついてまわって、運転台にのってきて、べったり後にくっついて、速度メーターをのぞき込んでメモをとって、監視、ストーカーするという中で乗務するということをやっているわけで、つまりもうすでに2ヶ月ですから、少なくても数千人の管理者をそのためだけに朝の4時ぐらいから夜中の12時過ぎまで動員し続けているということなんですね。その結果の処分が本部執行部8名に対する厳重注意ですから、これは釣り合いようがないですよね。どう考えても釣り合いようがないわけで、ですから動労千葉のたたかいということが本当に正当で、本来だったら処分のしようのないものだということをJR自身が社会に本当に明らかにしてくれたんじゃないかと思っています。今日、電話をいただいた若い女性の方も「処分された運転士さんがかわいそうです」と言うんですけれども、「僕らは大丈夫ですから」と答えておきました。

明るい!?処分弾劾集会
動労千葉は一昨日、この処分に対する抗議集会をこの会場を満杯にしてやりまして、これからも処分が積み重なるかも分かりません。積み重なろうが安全運転行動は断固継続するということを全体で確認しました。安全に関する問題だけは、ここでもし動労千葉がこれを譲ったとしたら、動労千葉は動労千葉の看板を下ろすしかない。これは乗客と乗員を守ろうという行動で、しかも本当にささやかな行動にしかすぎないわけで、この闘いの旗を降ろすわけにはいかないということも確認して、明るい処分弾劾集会をやって新しい闘いに入りたいと思っています。

尼崎事故は我々に何を突きつけたのか

労働組合の問題
さて、もう一度あらためてごく簡単に尼崎事故という問題について考えてみたいと思っています。今日、別に詳しい話をするつもりはまったくありません。尼崎事故という大変な現実が私達につきつけたことはなんだったのかということについてです。もちろん原因をいえば数限りなくあります。でも、結局つきつけたのは労働組合の問題だというふうに僕らは考えています。
つまり労働者の団結がつぶされて、今の民営化路線、小泉とか奥田とかがやっている市場原理で突っ走る、社会全体を競争原理で、弱い者は全部切り捨てていく。こういうことが労働組合の団結を破壊することで暴走しているわけですよね。つまり労働組合の団結が破壊されたら何が起きるのかということ、自分たちがどういう目に遭うのかということ、これをつきつけたのが尼崎事故だったと考えています。
ですからこれはJR西日本だけの問題ではないことはもちろんですし、東日本、貨物とか、JRだけの問題ではないことははっきりしているんですね。
社会全体があれと同じことが起きてまったくおかしくない状況に全部がたたき込まれているということだと考えています。もちろん起こり方は違うでしょう。だけどよく考えたら、たとえば私はよく言いますけれど、今生活保護世帯が100万世帯、143万人。100人に1人以上がそうなっている。この現実自体が尼崎事故とどこが違うんだということです。この10年間で無権利の非正規雇用に突き落とされた労働者たちが数百万人。10年前から比べると倍になっている。この現実とどこが違うのかということです。
世の中で発生している膨大な労災事故はもちろんですけれど、結局労働組合の団結が破壊された結果、世の中全体がこうなっているじゃないか。そのある種の象徴が尼崎事故で、それに過ぎないんじゃないかということです。だからこれに対する闘いというのは、単に尼崎事故という個別に起きた問題に対する闘いだけじゃなくて、本当に普遍的な意味を持つ、そういうふうに尼崎事故をとらえています。

動労千葉も問われた
それと尼崎事故の問題で問われたのは、動労千葉自身でもあったわけですね。言うまでもなく尼崎事故は国鉄分割・民営化という犯罪的な政策の結果、ある意味で言うと必然的に行きついた事故です。だから僕らはまさかこういう形で、という思いもありましたけれど、驚かなかったんですよね。こういうことになるんだというのは目に見えていたのが現状です。
だけどあれは国鉄分割・民営化の結果だというふうに批判することは、マスコミだって多少はやっていますし、言うのは簡単です。「営利優先がこういう事故を起こした」「安全軽視の経営姿勢がこういうことを起こした」。だけど現実に考えた時に、100万べんそう言ったところで物事は一歩でも前進するのかということが動労千葉自身に問われたというふうに考えています。
つまり単なる口舌の徒に終わるのかどうかということですね。ですから動労千葉としては安全運転行動という形で、具体的な闘いの行動を起こさなければいけない。それこそさっき言ったとおりです。「労働組合の看板を下ろすしかなくなるんだよ。口先で批判することは簡単じゃないか」、そういう思いで安全運転行動を開始しました。

「闘いなくして安全なし」
その中であらためて動労千葉が掲げてきた「闘いなくして安全なし」という、これはスローガンはその時代時代、状況状況で変わりますけれど、このスローガンだけは過去から現在まで、これから先も絶対に変えないスローガンですよね。日教組で言えば「教え子を再び戦場に送るな」というスローガンと同じぐらいの意味を持っているということですけれども、この持つ意味を動労千葉があらためて考えさせられました。
それはどういうことかというと、このスローガンはそもそもはじめから動労千葉のスローガンだったわけではないんですよね。これも皆さんご存じだとは思います。炭労という炭鉱の労働者達が掲げてきたスローガンだったわけですね。ご案内のとおり、落盤だとか炭塵爆発だとか、仲間が無数に殺され続けて、そういうひどい条件の中で働かざるをえなかった炭労の仲間たちがこのスローガンを掲げて闘いを起こして、このスローガンを中心に団結をして本当に強い労働組合に生まれ変わり、そして最終的には労働協約をかちとり、労働組合が危険だと判断した時には労働者は炭鉱に降りなくていいよ、ここまで来て労働の安全が守られた。その炭労の仲間たちも、あの60年の三池闘争でガタガタに団結を崩された結果、3年後には大炭塵爆発を起こして、これは三池の閉山を免れた三川坑という鉱山ですね。500名近い労働者の命が奪われている。

安全運転行動で再確認したこと

労働組合の死と再生の問題
だからその意味で言えば、事故、安全という問題と労働組合運動というのは、これは労働組合の死か再生かという問題です。労働組合が潰されたら3年間で500名が殺されるという、こういう現実の中でそういう重みをもったスローガンが「闘いなくして安全なし」なんだということを、動労千葉自身、あらためて尼崎事故という現実を突きつけられて、自分たちが安全運転行動に立つなかで確認したということなんですね。
これは今の労働者がおかれている現実を考えれば、先ほど言ったとおりです。戦争と民営化、労組破壊攻撃が社会全体に蔓延しているということを考えた時に、かつての三池闘争の時以上の痛切な問題を突きつけているんじゃないかという思いで今闘っているわけです。

11月集会の成功の展望を切り開く
ですからこれは絶対、無数の労働者に通用するということを、この闘いのなかで確信したわけですね。「こういう闘いをやらなければいけないんだ」「労働組合はこうなんだ」ということは、今まで動労千葉のことを色メガネで見ていたような労働組合だって、この闘争だけは「がんばってますね」というのがこの間、物販のオルグなんかでまわった感覚です。だったらこのもとに結集して、この力を11月集会に結集しようという展望も切りひらいたような思いでいるわけです。

尼崎事故以降のJR職場の現実  

携帯メールで即解雇
さて、こういう思いで安全運転行動を闘っているわけですけど、それから以降のJRの職場の現状ということについてなんですが、これも「やっぱりこういうことなのか」ということを動労千葉としてはあらためて再確認する思いで、今のJRの職場の現状ということを見ています。つまり尼崎事故が起きてから、JRの職場の現状というのは、世間ではどう見ているかというのはあるんですが、たぶん「多少なりともJRとはいっても、安全のことを少しは考えているんだろうな」とか、日勤教育だとかああいうことがいっぱい問題になったですよね。「あんな非人間的に労働者を痛めつけて、回復運転に駆り立てるようなことは多少緩んでいるんだろうな」というふうに世間の人は見ていると思うんですね。 だけど実際職場で起きていることは逆です。いったいこれはなんなのかということなんですね。千葉運転区という職場で、25歳の東労組の若い運転士が、運転台で携帯電話でメールをやったというだけで即刻解雇になりました。尼崎事故以前だったらこんなこと、ありえない問題です。

非和解的関係
つまり尼崎事故ということは、分割・民営化政策の大破産なんですよね。JR体制は分割・民営化政策が破産したということを絶対に認めることはできないですよね。できない結果どうなるかというと、徹底的に労働者を締め付けるという道しか残らない。つまり尼崎事故以降、職場の状況というのは完全に非和解的関係になっているということです。
結局今、労働組合運動を本当に再生させようという闘いをやっている僕らの闘い自身が、こういう状況の中なんだと。日本の国家ということを考えたら、戦争をする以外に道はないという、つまり国家としての破産ということを認められない以上、徹底的に労働組合運動を破壊して、戦争に突き進む。だけど矛盾を抱えているのは全部向こうの側であって、いつ足元から崩れてもおかしくない。こういう関係のなかに僕らがいて、この壁を突き崩すかどうかなんですよね。そのことも全然運転行動に立ってみて、あらためて僕らは学ばされたことです。だから動労千葉の運転士に2名ずつ管理者がくっていてまわっているということをやらざるをえない。こういうことも含めて、ここには大きな展望が開かれているということですね。二進も三進もいかなくなっているということですね。

闘いが切り開いた成果

20㎞のレール交換を約束させる
さて、闘いは大きな成果を切りひらいています。レール交換みたいなことなんですが、僕らはどちらかというとレールを交換したところで、根本のところは解決がついていないと。つまり業務の全面的外注化が解決つかなければ成果としても言えないなという感じで考えていたんですが、7月15日の1047名の集会があった時に、演壇の裏で皆さんご存じだったと思うんですが、立山学さんという、JRの安全問題ずーっと追及していて、本なんかをいっぱい出している人に、「委員長、これはすごいことなんですよ」と言われて、あらためて「ああ、そうか」というふうに受けとめました。「これはイギリスの国労だってできなかったことなんですよ」というんですよね。つまりイギリスの国労の委員長があいさつに来ていましたけども、まったく同じ状況があって民営化された結果、レールが折れて何度となく脱線転覆事故が起きて、何十人という死者を出す大事故を繰り返したんですね。その結果、イギリスの民営化された鉄道会社は、その損害賠償に耐えきれなくなって、倒産しちゃうんです。今、再国有化という問題になっていて、その過程でイギリスの国労というのは一回民営化で徹底的に団結を破壊されたんですが、息を吹き返して、今200万をロンドンで集めた反戦集会などを組織したのはイギリスの国労中心だったんですね。つまりイギリスの戦闘的労働運動の牽引車になっているんですが、実際にはイギリスの国労だって、自分たちの闘いでレールの交換をさせるということはできなかったんですよというんですよね。ああ、そうかと。やはり2年間、去年以来ですけれども、2回のストライキと2回の安全運転闘争で総計20キロからのレール交換で、今管内あっちこっちで大変な勢いでレール交換工事が始まっていますけれども、これは「闘いなくして安全なし」だということを再度確認しました。

「給料よりも仲間が大事ですから」
もう一つはこの闘いの渦中で19歳の若い仲間が動労千葉に結集をしたということです。やはり労働者の気持ちが動いているということなんですね。19歳ですから級が一番下ですし、動労千葉に入ったらこれで給料が上がらないということを承知で、腹を決めて来たということはすごいことなんですね。「給料よりも仲間が大事ですから」と言ってくれた、その思いに僕ら自身が大きな責任を負ったわけですから、絶対にこんなJR体制を打破して、内山君というんですが、「ウッチーの給料を上げてやるからな」と約束もしましたから、これに続く流れを絶対つくりたいと考えています。
これも結局は、損得のことを考えたら東労組にいた方がいいと決まっているんですよね。昇進試験を受ければ昇進する。給料も上がっていく。会社からもいじめられない。だけど労働者は損得で動くんじゃないんですよね。動労千葉にいたら処分もされる、配転もされる。それを百も承知で、そのことを目の当たりにして職場の中の現実を見ながら来てくれた。
これだって今、別にJRという職場のなかだけのことでは絶対ないと思っています。労働者は我慢できなくなっているんですよね。なんでこんな現実なんだ。やはり一番大事なことは、労働者がもっている思い、つまり労働者である以上、仲間け落としたって一銭でも給料がほしいなという思いだってもっているはずなんですよね。だけど正義の闘いには命をかけるというのも労働者じゃないですか。人間は両方持っているのを、僕らがどっちを引っ張り出せるのか、こういうことだということを、今回の闘争と内山君の加入という問題のなかから感じました。

すごい反響
それともう一つは、ものすごい反響の闘争となったということですね。これはごく普通の市民ということだけじゃなくて、労働組合のレベルなんかでもそうです。これを否定できる労働組合はどこもなくなったということなんですね。だから動労千葉は過激派だとかなんとかと言われてきた動労千葉のイメージが、たぶんこれで一新したんじゃないかと思いますので、全力で11月集会に結集していきたいと思っています。

国鉄-JR労働運動の現状

全ての勢力が瓦解状況
1047名闘争も含めた国鉄、JRにおける労働運動の現状ということです。一言だけです。実際上は大変な危機にあります。国労もそうですし、もちろんJR総連、鉄産労、あらゆる労働組合がなすすべなく展望を失って、方針を失って、転向しようとしています。歴史的に見てくると、労働組合に解体させられた時に起きるようなことが全部で起きています。それが現実なんですね。
たとえば国労にしても、例の4党合意なんかでチャレンジグループだとか共産党の幹部達が、ゴリゴリ反動的に突っ走っていた頃はまだしもだったんですよね。いいとは言いませんよ。だけどそれなりに反動的方針をもってゴリゴリ突っ張った。そういうものすら一切なくなっちゃっている。
東労組もそうです。革マル的にごりごりと逆らう人間を組織のなかでも徹底的に反組織分子なんてやっていたことはまだしも、なんの方針もなくなっている。労働組合の崩壊過程で起きることが、全部で全て起きているという現状です。
これは一時的、あるいは個別的なものではないんですよね。大きく言うと、帝国主義の危機という情勢、歴史的なあらゆる勢力がふるいにかけられて、分岐するという状況の中で、国労も東労組革マルも鉄産労も、全部がこれまでやってきたことが通用しなくなって、自分で瓦解始めているということです。これが簡単に言うと国鉄労働運動の現状じゃないかと思っています。

崩壊から再生へ
しかし国鉄労働運動の再生ということを考えたときに、一回全部崩壊しなかったら、再生しないんですよね。その意味で言えばもう一回、国鉄、JRの労働運動が新しい一歩を踏み出すのかどうかという、結局解体されて分割・民営化は成功だったといって終わるのか、本当に新しい芽がでるのか、それが潰されるのかというところにいよいよ来たんじゃないかというように私としては感じています。だけどここにはすごく大きな可能性がある、そのことを今回の安全運転行動のなかなどからつかみ取ったわけで、この時期にこの闘争をやったということは、今から考えると本当にまちがっていなかったと。

国鉄分割民営化の総決算攻撃
こういう状況の背景にあるのはなんなのかということです。それは国鉄分割・民営化の総決算という状況なんですね。再来年4月、あと1年半で分割・民営化20年です。結局、政府の側も決着をつけなければいけない。国鉄分割・民営化闘争というのは今でも延々と続いている。動労千葉も小さいながら存在している。つまり決着がつかなかったんですよね。20年ということをたぶん見すえているんでしょうが、完全に決着をつけるということを今始めています。だから国労東エリア本部とJR東日本が和解するみたいなことが起きているんですね。和解して国労を完全に連合化する、こういうことまで起きてます。
これは、分割・民営化の時に、潰しきれなかった労働組合をもう一回潰すということです。ですから国労も東労組だってそうです。1047名闘争もそうだし、もちろん動労千葉もそうです。もう一回全部潰すということです。これは当たり前なわけで、たとえば今郵政民営化の問題で、自民党は大変な危機に陥っているわけですよね。だけどあれを突破口にして、国だろうが地方自治体だろうが、あらゆる業務を社会をローラーかけるように全部民営化する。弱肉強食の世の中にたたき込んで、労働組合を破壊する。行政権力機構のなかに労働組合の存在なんか認めないということをやっている時に、国鉄分割・民営化反対闘争が1047名闘争という形で継続しているなんてことを認めるはずがないんですよね。それが分割・民営化の総決算攻撃で、国労も鉄産労も東労組もこういう攻撃のなかで方針を失い、展望を失って組織が崩れようとしているわけです。

しかし再生は不可能ではない
別に威張って言うつもりはないんですが、動労千葉はこんな小さな力で、皆さんのこれだけの支援を受けながらここにいるということは、考えてみたら本当に大きなことなんじゃないかと。ここが結集軸になってもう一回国鉄労働運動を再生するということは、不可能じゃないんじゃないかということを実感として感じるんですね。そういう危機とチャンスがせめぎ合っているなかで、動労千葉はこれまでの闘いの旗を絶対にゆずらずに頑張り続けたいということをあらためて決意したいと考えています。

正念場の1047名闘争

「7/15集会」の画期的成功
さて、その焦点の1047名闘争なんですが、7月15日に国労の闘争団、動労千葉の争議団、全動労争議団、この三争議団の団結ということを中心にして、日比谷野外音楽堂で5800名が集まって、大きな闘いの成功を勝ちとりました。
実はこれまでの集会(昨年の日比谷公会堂であった4/17集会や日比谷野音の12/1集会にしても、)は、表面上はなんとかギリギリまで「1047名の団結」という形だけは維持していたがが、実際水面下であったのはなんだったかというと、口先では1047名の団結と言いながら、ずーっと一貫して動労千葉排除ということだったんですよね。これは闘争団のなかにもあった。あるいは共産党系、全労連などは露骨にやっていた。
これに対して、動労千葉としては柔軟かつ非妥協的に、「そんなことをして1047名闘争に勝てるんですか。1047名闘争は今だって国労はガタガタ。とにかく被解雇者が団結すること以外に勝利の展望はないじゃないですか」という論争を、この数年間ずーっと水面下では彼らと続けてきてきた。去年の12月の集会なんか、集会が開会されて、まだ楽屋裏でそういうことをやっていたんです。
だけど結局、その時突っ張ったのは全動労で、「千葉動労とは一緒にできない」なんてことを言うもので、周り中から「お前ら、いい加減にしろ」と全部動労千葉に着いてくれるような関係になった。
だけど今回の集会はそうじゃなかったです。そういう現状のなかで、「こんなことではこの闘争は勝てない」と、集会の中心になって呼びかけた人達、芹沢先生、山口先生、下山先生らの先生達が、「動労千葉の言うことはまったく正しい」と言ってくれた。つまりこの間の安全闘争のなかで、動労千葉の闘いを理解してくれたんです。
それで結局は「自分たちが呼びかけ人だから、責任をもってこの集会を仕切って、そんなことはさせません」ということで、動労千葉の本部までわざわざご老体に鞭を打ってきてくれた。動労千葉も、「ありがとうございます。私達も全力で協力します」と約束した。
そういう意味では激しい分岐のなかから新しいものがこういうふうに生まれてくるということを、これが7・15集会の一番の成果だったんじゃないかと考えているんですね。
動労千葉排除の策動に対して、僕らは途中で腹くくったんです。「こんなことだったら僕らは1047名から分かれる。9名を引いた1038名でやってくれ」と言って、そこまで腹をくくった。だけどやはり動労千葉の主張は通用したということです。

教基法改悪阻止闘争、20労組の闘い、1047名闘争
これと同じことが、たとえばどこで起きているかというと、教育基本法反対の画期的なナショナルセンターの枠を超えた統一戦線のなかで起きています。たとえば松山大の大内先生がこの前の集会(5/7代々木集会)での最後に「1047名の団結と、教育基本法反対の団結と、20労組の団結と、これを3つくっつけたら勝負になる」と発言したら、これに対して全労連、共産党が激しく反応して、「お前はなんなんだ」というふうになっているそうですし、20労組の問題も詳しくは言いませんけど、ここでも同じことが起きているんですね。つまり全部の運動に、動労千葉も参加し関係している、皆さんも関係し参加ている。
われわれ言っていることは正論じゃないですか。「ナショナルセンターの枠を超えて、本当に団結しよう」と言っているだけの話で、これが社会を動かし始めている。こういうことをこの間の闘いのなかで感じています。

激しい分岐と新しい流れ
つまり激しい分岐のなかから新しいものが生まれ出ようとしている情勢なんですよね。今度の尼崎事故反対闘争もそうです。こういうことが尼崎事故や郵政民営化法案をめぐっても、小泉骨太方針というのは公務員制度改革で、公務員労働運動解体ですけれども、敵の側はぐらぐらで、郵政民営化法案が通らなければ自民党が崩壊し、自民党が崩壊するということは民主党も割れますから、大政界再編が起きるということまで来ていて、われわれはそこまで闘いを前進させてきたということを、これは動労千葉だけじゃなくて、今日はみんなで確認したいということです。「いい線行っているじゃん」ということですよね。こんな小さな力だって世の中動かせるぜ、これだけ支持を受けている。言ってきたことが通用し始める時代に来たということじゃないですか。

11月集会1万人結集を!

とするならば、最後、11月集会に1万人を集めたいと。1047名、20労組、教育基本法、そして11月集会勢力と、日比谷野音に1万人ぐらいづつ集められる勢力が4つ集まったらこれは相乗効果で、もう10万ぐらい都心でも集まって小泉政権を倒そうぜ、というところまで今日、私達の闘いはきているんじゃないかと

羽越線列車転覆事故は人災だ  安全より運行優先、規制緩和、民営化、ずさんな安全管理こそ元凶

闘いなくして安全なし 反合。運転保安闘争をさらに強化しよう!

羽越線列車転覆事故は安全より運行優先の経営姿勢、ずさんな安全管理によってもたらされた

あの大惨事から1年も経ないというのに、起きてはならない重大事故が再び起きてしまった。乗客が多ければ、どれほどの大惨事となっていたことか。これは第二の尼崎事故だ。
マスコミでは、突然の突風による不可抗力的な事故であったかのような報道がされているが、断じてそうではない。5名の乗客の尊い生命を奪った羽越線列車転覆事故は、何よりも安全より運行優先の経営姿勢、ずさんな安全管理によってもたらされたものだ。
国土交通省による規制緩和、国鉄分割・民営化という犯罪的政策の矛盾が安全の崩壊というかたちをとって噴出している。闘いなくして安全なし。労働組合にも、この現実と対決し闘う責任が問われている。

▼暴風雪警報発令下

事故当日は、山形県内に「暴風雪警報」が出されている状況であった。
暴風雪警報の発令とは、単に強風が吹くおそれがあるというような簡単な事態ではない。次のように、鉄道気象通報等手続(規程)に定められた強風に関する区分でも、重大な災害が予想される、最大の警戒を要する事態である。まさに嵐のような状況だったということだ。つまり、本来なら、警報が出された時点で、あらかじめ列車の運転速度を制限する等の運転規制を実施しておくべき状況であった。

鉄道気象通報手続
風に関するもの
注意報・警報
略号
強風注意報 強 風
風雪注意報 風 雪
暴風注意報 暴 風
暴風雪警報 暴風雪

実際、新聞では、事故当時、寒冷前線が山形県内を通過し「経験したことのない突風や強烈な雷光があった」と報じられている。そのような状況下、運転規制もせず120㎞/hで列車を突っ走らせるなど、まさに無謀としか言いようのないことである。

▼災害時運転規制手続は無視された

災害時運転規制等手続(規程)第5条には、次のような定めがある。

第5条(運転規制の実施等) 輸送指令員及び駅長は、降雨、降雪、強風等により災害が予想される場合は、……すみやかに、列車の運転速度を制限するか又は列車の運転を見合わせる等必要な手配を行なわなければならない。

また、同第2条では次のように定められている。

第2条(気象異常時の警戒体制)

  降雨、降雪、強風等により災害が発生するおそれがあるとき又は鉄道気象通報等手続の定めによる鉄道気象  通報を受領したときは、支社長は、警戒体制を整えなければならない。
 支社長は、前項の警戒体制について、あらかじめ定めておくこととする。

当時の状況は、まさにここに定められた「強風等により災害等が予想される場合」「災害が発生するおそれがあるとき」そのものであり、規程からすれば、本来JRは、あらかじめ定めておくべき警戒体制に基づき、運転規制を実施していなければならなかったはずである。それを何ひとつ具体的な対策もとらず、通常どおりに列車を運行させ、今回の大惨事を引き起こしたのだ。
実際JRでは、あらかじめ列車を間引き運転したり、速度規制をかけたりするような運転規制が実施されるのは、 台風が直撃する場合などだけだ。

▼わずかな風速計を頼りとした強風規制

JRは「風速25m/sで速度規制、 30m/sで運転中止というマニュアル に違反していない」というが、その主張 は断じて納得できないものだ。
JR東日本で風速計が設置されているのは、広大な管内でわずか222箇所に過ぎない。千葉支社管内では19箇所である。風速計など本当にわずかな箇所にしか設置されていないのだ。そもそも局地的に吹くことの多い強風対策は難しい課題である。それがこのようにわずかしか設置されていない風速計を頼りとして定められた「風速25m、 30m」という「基準」が、ほとんど意味をもつものでないことは明らかだ。
実際「風の通り道で強風常習地帯」であった事故現場に最も近い風速計も、約1㎞離れていた。しかも、事故現場付近は、過去3年ほどの間に強風による運転規制が100回ほどもあったにも係わらず、「早目規制区間」(風速20m/sで速度規制、25m/sで運転中止)にも指定されていなかった。早目規制区間は、東日本全体で41箇所しかない。千葉支社では2箇所(鹿島線・北浦橋梁と、内房線・波太川橋梁)、新潟支社では3箇所しか指定されていない。

▼旧態依然の状況下、スピードアップだけが

しかも問題はそればかりではない。 大幅なスピードアップに伴い、本来であればより厳しくされなければならなかったはずの、強風等に対する規制は、 逆に緩和されてきたのだ。
事故現場も、国鉄時代の最高速度は 90㎞/hであったのが、現在は120 ㎞/hである。これだけスピードアップが行なわれているにも係わらず、例えば風速計の設置箇所数は、国鉄時代とほとんど変わっていない。それどころか、千葉支社管内では逆に3箇所(矢那川橋梁、養老川橋梁、勝浦・鵜原間)の風速計が撤去されてしまっている。
要するに、コスト削減のために、運転保安上の設備は旧態依然とした条件、あるいはそれ以下に改悪された条件のまま、スピードアップだけが強引におし進められてきたのが現在のJRの現実なのである。

▼余部の教訓は葬られた

結局、6名もの死者をだした山陰線・余部鉄橋からの列車転落事故を経験していながら、その教訓は全く何ひとつ教訓化されていなかったということだ。この事故は、国鉄分割・民営化-JR発足の約3ヵ月前という時点=86年12月に起きた悲惨な事故であった。
当時もマスコミでは、風速計が規制値をこえていながら強引に列車を運転させた背景には、20万人もの労働者が職場を追われ、200人もの自殺者を出した国鉄分割・民営化による職場の荒廃・混乱、過度の合理化・要員削減があることが指摘されていたが、それ以上に問題だったのは、JR発足後であった。JRでは、あらゆる問題につけて「当社は新たに設立された新会社であって、旧国鉄で起きたことは関係ない」という対応がなされ、国鉄時代の問題を持ち出すことそのものが唾棄すべきこととして扱われたのである。そして「われわれは民間会社だ」というかけ声のもとに、徹底したコスト削減や要員合理化、「意識改革」がさらに叫ばれるようになった。
その過程で、自らが生き残るために、分割・民営化攻撃の手先となり、あるいは、職場を吹き荒れた激しい不当労働行為、差別・選別によってガタガタにされた労働組合も、こうした事態に抗する力をもっていなかった。
こうした状況のなかで、余部鉄橋事故の教訓などは、一切顧みられることもなくなり、闇に葬られたのである。

▼抜本的な規制緩和

さらに、02年の国土交通省令の抜本的な規制緩和に伴って、同年、JRでも規程の抜本的改悪=規制緩和が行なわれた。運転取扱いの基本を定めた「運転取扱心得」は「実施基準」と名称も変更され、「災害が発生するおそれがある場合又は気象通報を受領した場合は、列車又は車両の運転に特段の注意をし厳重な警戒をしなければならない」ことを定めた気象異常時等の取扱いについても、次の項目が削除された。

第328条(風速が20m/s以上になったときの措置) 
 風速計を装置していない停車場の駅長は、目測により風速が20m/s以上になったと認めたときは、その状況を輸送指令員に報告するものとする。

規程では、この項目に則って13段階に細かく区分された目測の基準表(※)が記載されており、それに基づいて、厳重な警戒・報告義務はもとより、状況によっては、運転規制の判断権が現場に与えられていたのである。
※ 気象庁の風力階級表に基づいて、「電線が鳴る。かさはさしにくい」「樹木全体がゆれる。風に向っては歩きにくい」等、判断基準を具体的に定めたもの。

現場無視、システム万能

気象異常時の運転規制の判断権を現場から一切引き剥がし、支社の指令室に集中した結果が今回の事故だ

この条項の削除は、運転保安上重大な意味をもつものであった。それは何よりも、プレダスと呼ばれる防災情報システムの導入とも相まって、気象異常時の運転規制の判断権を現場から一切引き剥がし、支社の指令室に集中する意味をもったからである。
現場の生の状況は無視され、指令員は、風雨や風雪の強さ、刻々と変わる気象条件等を肌で感じることも、現場からの連絡によって直接耳にすることもなく、いくらも設置されていない風速計から自動的に送られてくる、風速25m/sや30m/sの無機質な警報だけによって、機械的に運転規制を行なうことになったのだ。
JRでは、あらゆる職種で、ベテラン労働者が長い経験のなかで蓄積してきた技術力や判断力が無用のものとされ、 切り捨てられてシステムとマニュアルだけが万能視される思想が横行している。しかも出世コースである指令室に集められる者の主流は、いくらも現場の経験をもたない若手の労働者になっている。全く運転経験をもたない者まで指令室に集められ、それが列車の運行を指令しているのである。

▼要員削減、無人化、外注化の帰結

この規程改悪について、JR東日本は次のように説明していた。

 風速の観測等は風速計によりプレダス等で管理されシステム化されており、風速計を設置していない駅長(ほとんど全ての駅長ということだ!)に対して、目測で風速を計り指令に報告することを義務付ける規定は現実的に不可能であるため、義務付けと別表を削除する。

ここで言われていることはまさにペテンだ。システムが導入されようと、 「不可能」な理由など何ひとつない。不可能となったのは、駅の徹底した合理化によって、首都圏以外のほとんどの駅が、無人化や外注化=委託化されたためだ。かろうじてJR社員が配置されている駅でも、運転取扱いの資格をもった駅員の配置はよほど大きな駅でなければ無くなっている。あるいは、 人員削減によって、周辺の状況を把握し逐次報告するような余裕は全く無くなっている。だから「不可能」なだけだ。
結局システムの導入も、より安全性を向上させるためのものではなく、徹底した要員削減をおし進めるためのものでしかない。規制緩和と要員削減がお互いに拍車をかけ合う形で、安全の崩壊が激しく進められているのである。
今回の事故でも、酒田駅の駅長が様々なコメントをしているが、酒田駅は、 事故現場から9㎞近くも離れた駅だ。その間には東酒田、砂越という二つの駅があるが、両駅とも無人駅であった。 つまり、暴風雪警報が出されているなか、現場の状況を理解して列車の運行を判断した者は誰も居なかったということだ。

▼京葉線の風連規制緩和

千葉では、東京湾沿いに走る京葉線が、強風による運転規制の多発線区だが、昨年、新システムを導入したことを理由として規制の緩和が行なわれた。
京葉線の運転規制も、風速25m/sで速度規制、30m/sで運転中止だが、それまでは、一旦運転規制となった場合の解除については、「風速が25m/sを下回り、かつ30分にわたって規制値を超える風が吹かなかった場合に速度規制を解除する」と定められていた。 30m/sで運転中止となった場合は、やはり30分待って「速度規制で運転再開」という定めである。
ところがこの「改正」後は「予測風速」という概念を持ち込んで、実風速が規制値を下回り、かつ予測風速が下回れば、30分持つ必要なく運転規制が解除されることになった。提案文書では「(運転規制を)数分で解除することができるよになりました」と記されている。
「予測風速」とは、過去の観測データに基づいてわり出したものだという。だが、今回の羽越線事故は、風速の予測など簡単にできるものではないことをわれわれに示している。ここにも、安全よりもとにかく列車を走らせろ、というJRの姿勢が鮮明に表れている。

▼風速28m/sで転覆!

強風時の車両の走行安全性については、鉄道総研自身が、「近年の高速化・軽量化を背景として車両の転覆限界風速の低下が懸念されている」「近年の鉄道車両の軽量化及び高速化に伴い、車両の転覆限界風速推定制度の向上が求められている」(鉄道総研第175回月例発表会/04年12月)と報告しているとおり、この間ずっと問題視されてきた課題であった。
鉄道総研は、01年12月~04年3月にかけて強風による車両の転覆限界に関する実験を行なっている。その結果は、別図のとおり、100㎞/hで走行している列車は、風速28m/sで転覆する可能性があるという結果がでている。余部鉄橋からの列車転落事故の際、重たい先頭の機関車だけは鉄橋上に残り、客車は全て吹き飛ばされたことにも示されているとおり、列車は低速であるほど転覆限界風速は高くなる。

▼もし、軽量車両だったら

実験は103系をモデルとした車両模型を使って行なわれており、鋼板制の重い車両である。羽越線での事故車両も485系で、40t以上ある重い車両であった。これが、重量が7割程度しかない現在のステンレス製軽量車両だったら、さらにずっと弱い風速で転覆するということだ。
羽越線事故も、車両が仮に軽量化車両だったとしたら、もっと深刻な大惨事となっていたことはほぼ確実である。
ここに示されているのは、スピードアップや車両の軽量化が、運転保安上いかに危険なことなのか、ということである。

改めて尼崎事故で全く厚みがなくなるまでペシャンコに圧し潰された車体の姿を脳裏に焼きつけなければならない

▼尼崎事故を思い起こせ

われわれは改めて、尼崎事故で全く厚みがなくなるまでペシャンコに圧し潰された車体の姿、その中で107名もの乗客。乗員が生命を失ったことを脳裏に焼きつけなければならない。従来の車体と比べ、剛性が半分しかないペラペラな車体は、いつ強風に吹き飛ばされてもおかしくない車両でもあるのだ。
しかも、極めて不安定な構造をもつボルスタレス台車が、横風に対してどのような特性をもつのか、という問題が検討された形跡は全くない。
千葉支社管内でも、北浦橋梁、波太川橋梁、湊川橋梁、京葉線沿線など、ひんぱんに強風が吹く箇所が存在する。直ちに抜本的な安全対策が必要だ。

▼規制緩和が、安全を崩壊させる!

気象異常時の規制に関しては、強風だけでなく、降雨量に対する規制なども、国鉄時代と比べ、抜本的な規制の緩和が行なわれている。
そうした状況のなか、一例だが、千葉では、04年9月4日に、80㎞/hで走行していた下り1475M列車が、気が付いてブレーキをかけたときにはすでに間に合わず、集中豪雨によって完全に冠水していた成田線・酒々井駅に突っ込むという事態が発生している。
状況は、腰まで水につかる状態で、制御器やモーターなど、列車の床下機器類は完全に水につかっていた。
当該の運転士は、何度もこの状況を無線で指令に報告した。ところが指令員は、何と「35㎞/hで運転せよ」と指令したのである。このような状態のなかで起動したらたちまち激しいショートを起こす状況であった。しかし指令はあくまでも運転継続にこだわった。結局起きたことは、起動したとたんにOCR(過電流継電器)が動作し、続いて架線停電となり、遮断機などの溶損によりこの列車は自力運転不能となったのである。

▼なぜこんなことが?

この区間は、国鉄時代には、速度規制の基準だけでなく、1時間の降雨量が40㎜以上、又は連続降雨量が180㎜以上となった場合は、運転中止という定めがあったが、現在は運転中止の規制は全く無く、あるのは、25㎞/h又は35㎞/hという速度規制だけになっている。だから、指令員はどんな状況であるかなど関係なく、とにかく列車を走らせろと運転士に迫ったのである。
ここに示されているもうひとつの問題点は、現場からの声など一切無視し、あるいは、まともな判断力も失って、ただひたすらマニュアルどおりに走らせることしかできなくなった現在のJRの姿である。
さらにその背景には、駅の無人化や保線業務の全面的な外注化等の大合理化攻撃があることは言うまでもない。
これは、前号で述べた羽越線事故の背景にあるものと全く同じである。

▼毎日新聞の指摘

昨年12月27日付の毎日新聞の社説は、

「設置場所が限られた風速計に頼っているだけでは、危険を察知できはしない。五感を鋭敏にして安全を確認するのが、プロの鉄道マンらの仕事というものだ。しかも86年の山陰線余部鉄橋事故などを引き合いにするまでもなく、強風時の橋梁が危ないことは鉄道関係者の常識だ。ましてや『いなほ』は秋田県の雄物川で風速25㍍以上だからと徐行したという。現場では計測値が5㍍低いと安心していたのなら、しゃくし定規な話ではないか」「突風とは言いながら、風の息づかいを感じていれば、事前に気配があったはずだ。暴風雪警報下、日本海沿いに走るのだから、運行には慎重であってほしかった」「尼崎の事故後、鉄道事業者は安全対策に万全を期していたはずだが、年も変わらぬうちに再発させるとは利用者への背信行為だ。取り組みの姿勢や関係者の意識を疑わずにはいられない」

と指摘しているが、そのとおりである。

▼民営化の結果生まれたもの

事故当日は、山形県内に「暴風雪警報」が出されている状況であった。そのような状況下、運転規制もせず120㎞/hで列車を突っ走らせるなど、まさに無謀としか言いようがない

問題は、国鉄分割・民営化の結果、コスト削減・営利優先の余り、そうした仕組みが完全に崩されてしまっていることだ。激しい合理化攻撃によって「風の息づかい」を感じるべき駅員などほとんど居ず、保線業務は丸投げ的に外注化され、運転士に対してはちょっとした遅れやミスが徹底的に追及され、とくに尼崎事故以降、些細なミスによって「日勤」に下ろされた運転士が「うつ病」の診断書を出して休職してしまったり、失踪してしまうということまで起きる状態のなかに置かれている。
表面だけは綺麗に飾りたてられているが、これが、分割・民営化から20年余りを経てでき上がったJRの現実である。レール破断の頻発、尼崎事故、羽越線事故等、「安全」が根本のところから崩壊しはじめているとしか考えられない事態が続いている。
1月6日には、川越線・南古谷駅~川越駅間で、翌7目には総武緩行線・稲毛駅~西千葉駅間で、またもレールが破断した。千葉の場合この時期に3年連続という非常事態である。しかも千葉支社は、7日のレール破断を「信号機故障」だとして「閉そく指示運転」でそのまま列車を走らせたのだ。折れたレールの上を列車が走る!。羽越線事故でも、レールが折れていたという報道があるが、転覆によって折れたというだけでなく、当初から何らかの異常があった可能性もある。まさに分割・民営化の矛盾が、安全の崩壊となって噴き出しているのだ。

▼安全の確立は、労働組合の責務

このときに、労働組合の責任は重大である。われわれが幾度となく訴え、そして闘い続けてきたとおり、そもそも資本主義社会において、企業が、直接的利益を生まない保安部門への設備投資や保安要員の配置などを軽視、もしくは無視するのは当然のことである。とくに、現在のように、政府・財界をあげて競争原理が囃し立てられ、弱肉強食の論理で社会全体がローラーをかけられようとしている状況のもとでは尚更のことだ。
労働者の抵抗や労働組合の闘いがあってはじめて「安全」を資本に強制することができる。その闘いは、鉄道に働く労働者、労働組合の責務だ。大きな成果を実現した昨年の闘いを引継ぎ、今こそ、反合理化・運転保安闘争を強化しよう。06春闘を「反合・運転保安春 闘」として闘おう。

反合・運転保安闘争路線とは何か?

反合・運転保安闘争路線とは何か?

 防衛から攻撃の反合理化闘争論
動労千葉第34回定期大会運動方針案からの抜粋

反合・運転保安闘争の原点

反合・運転保安闘争の原点をなすものは何か? 常に安全を無視・軽視し、ひと度事故が起きればその責任の一切を労働者に転嫁し、無数の人命を奪い続けた当局への怒り、悔しさ、「明日はわが身」という切実な思いです。鉄道に働く労働者である以上、誰ひとりとして、「事故」という現実から逃れることのできる者はいません。生命を失うか、逮捕されるか、首を切られるか、そうでなくとも、その責任を一身に負わされ、犯罪者のように扱われる、これがわれわれの現実です。
しかもJRになってからの安全無視と異常な労務政策が横行する職場の現実はまさに目に余るものです。反合・運転保安闘争は、何よりもこうした現実のなかで働くわれわれの怒りの声そのものであり、労働者としての誇りをかけた闘いです。

「闘いなくして安全なし」

 「闘いなくして安全なし」は、もともと炭労のスローガンでした。たび重なる落盤や炭塵爆発など、多くの仲間の生命を奪われ続けた炭鉱労働者は、「抵抗なくして安全なし、安全なくして労働なし」のスローガンを掲げて闘いに起ちあがり、安全が確認されるまでは坑に降りないという労資協定をかちとったのです。
しかし、総資本対総労働の対決と言われた戦後最大の争議=1960年の三池争議に敗北し、炭労がガタガタにされた結果、わずかその3年後に三池の三川鉱で大炭塵爆発が発生し、500名もの労働者が一瞬にして生命を奪われたのです。
「闘いなくして安全なし」は、まさに労働者の生命をかけたスローガンであり、労働運動の解体か、再生かをかけたスローガンです。

「自主保安運動」のスローガンがみえる(三池)

三河島事故、鶴見事故

戦後の鉄道における労働運動は、1962年の三河島事故、1963年の鶴見事故に対する現場の激しい怒りの声のなかからはじまりました。
160名もの生命を奪った三河島事故の後、当時の国鉄当局は、労使で「事故防止対策委員会」を設置するという方針を打ちだしました。今回のJR西日本の対応と同様に世間に対し、安全確立に向けて取り組むかのような姿勢を示すことで、そ の場をのり切ろうとしたのです。国労、動労本部はこの提案を受け入れ、協定を 締結しました。しかし、「当局とテーブルを囲んで話し合うことで安全が確保されることなどあり得ない」という現場の怒りの声は強く、直後の全国大会では反対意見が続出し、本部が結んだ協定は締結承認を拒否され、執行部は総辞職。ここから動労の戦闘的闘いは開始されました。

鶴見事故

反合・運転保安闘争路線の確立

しかし、その思いはその後裏切られ続けました。それから10年後、1972年の船橋事故のときには、「労働者への事故責任転嫁粉砕」「裁かれるべきは国鉄当局だ」を掲げて起ちあがった千葉地本における現場からの闘いに対し、当時の動労は、「事故が労働運動の課題にはなるはずはない」と対応したのです。
動労千葉はこうした「常識」に抗して、高石さんを守るために、闘いを開始しました。それは現場から開始され、全組合員の怒りの声と結合して、千葉地本全体を獲得していった闘いでした。動労千葉は動労「本部」との激しい路線論争を行いながら闘いにたちあがり、幾度ものストライキや「日本列島を揺るがした」と言われたような順法闘争を貫徹し、高石さんの職場復帰を実現したのです。
この闘いはその後、線路状態の悪化に対し最高速度規制闘争を対置し、それによって発生した遅れを次のダイ改で、ダイヤに盛り込ませ、労働条件の改善をかちとるという線路改善闘争に引き継がれ、奪われた労働条件を奪い返す、攻めの反合・運転保安闘争を実現したのです。
こうした闘いの渦中から確立されたのが、つねに動労千葉の土台をなし、団結の中心をなしてきた反合・運転保安闘争路線でした。
それは何よりも、反合理化闘争の新たな地平を切り開く画期的な闘いであり、闘争論でした。反合闘争は、誰もが労働組合にとって最も基本的な課題であると言いながら、労働運動の歴史において、本当に有効な闘いが組織されたことは、ほとんどありませんでした。合理化提案に対して労働組合はつねに受け身でしかなく、分断され、結局合理化が貫徹されていく。その結果、労働者のなかにも、「結局、労働組合などその程度の存在でしかない」という思想が浸透してしまうということがずっと繰り返されてきたのです。

「防衛から攻撃」の反合・運転保安闘争へ

こうした状況のなかで動労千葉は、「資本の最大のアキレス腱・弱点は安全問題にある」ことを切りロとし、ここに徹底してこだわりぬくことによって、反合闘争の主導権を労働組合が握り返したのです。それは、当時掲げられた「防衛から攻撃の反合・運転保安闘争へ」というスローガンに象徴的に示されました。
そもそも資本主義社会において、直接的利益を生まない保安部門への設備投資や必要要員の配置などを、資本が無視・軽視するのは当然のことであり、労働者の抵抗や労働組合の闘いだけが、はじめてそれを強制することができます。市場原理と安全は、絶対に相入れることのない水と油の関係です。
しかし、資本とはいえ、安全などどうでもいいとは言えない課題でもあります。その意味で、反合・運転保安闘争は、資本と最も鋭く対決する闘いであると同時に、資本の最大の弱点でもあるのです。

動労千葉の団結力は如何に形成されたのか

 ざらに、事故を起こした一人の組合員を守るために、全組合員が処分を覚悟して闘いにたちあがるという方針は、一人ひとりの組合員の動労千葉への大きな信頼関係をつくりあげました。反合・運転保安闘争によって、「一人は万人のために、万人は一人のために」という原点が、全組合員のものとなったのです。
三里塚・ジェット闘争、分離・独立の闘い、そして国鉄分割・民営化反対闘争等、その後のすべての闘いが、反合・運転保安闘争によって形づくられた団結力が土台にあったからこそ実現できたと言っても過言ではありません。また動労千葉にとって、あらゆる闘いがある意味で反合・運転保安闘争と一体の闘いでした。例えば、国鉄分割・民営化反対闘争も「国鉄を第二の日航にするな」のスローガンを掲げて首をかけてストライキに起ちあがったことにも明らかなとおり、ある側面では運転保安闘争でした。

戦争と民営化=労祖破壊攻撃を打ち破る闘い

出口のない資本主義の危機を背景として、弱肉強食の論理で社会全体にローラーをかけ、労働者を虫けらのように愚弄にする激しい民営化一規制緩和、団結破壊攻撃が吹き荒れる状況のなかで、「安全の崩壊」は、全社会的問題、全世界的問題となって矛盾を噴出させ、労働者の生命を奪い続けています。
尼崎事故は、民営化攻撃によって労働者の団結が破壊され、規制緩和によって資本の論理、競争原理が野放しにされたときに何かもたらされるのかを、衝撃的に突きつけました。そして問われたのは、この恐るべき現実に対し、労働組合が何を為すのかという問題でした。
動労千葉は、こうした認識にふまえ、05春闘でのストライキ、安全運転闘争や、尼崎事故以降の安全運転行動にたちあがり、それに対するJR東口本の激しい動労千葉根絶攻撃と対決して、今日まで3ヵ月以上にわたる闘いを貫徹して、大きな勝利をかちとりました。
この勝利の核心も、30年余りの闘いのなかで築きあげてきた動労千葉の反合・運転保安闘争路線にあります。これまでとは全く質の違う情勢のなかで、反合・運転保安闘争が、小泉・奥田体制による戦争と民営化一労祖破壊攻撃を打ち破る大きな力をもっていることを示したのです。
とくに、闘いが予想をこえる大きな反響や支持の声を生み出したこと、それらの声の多くが、「現在では希有(けう)な正当な闘い」等、労働運動の再生への期待を込めたものであったことに示されるように、新たな情勢のなかで反合・運転保安闘争が一企業内にとどまらず、労働運動全体に大きなインパクトを与え、動労千葉の闘いが改めて見直されようとしているのが、この間の安全闘争の最大の特徴です。

本日ストライキ突入!乗客の生命の問題だ!このままでは鉄道140年の歴史の中で築いてきた安全が崩壊する!

このままでは鉄道140年の歴史の中で築いてきた安全が崩壊する!

本日ストライキ突入!
外注化ー強制出向粉砕!反合・運転保安確立へ!

 今日、われわれは、ストライキに起ち上がった。それは、鉄道輸送にとって安全は生命だからだ。プロパー採用の仲間たちを絶対に犠牲にしてはならないからだ。
採用から1年、JRに出向して交番検査(機能保全)に従事したのはたったの半年だ。こんな短期間で仕業検査に従事させるなどこれまでに全くなかったことだ。
鉄道が開通して140年。鉄道の歴史は事故との闘いの歴史だった。この長年の歴史と経験の中で列車を運行し、保守するために体系が築き上げられてきたのだ。
国鉄時代は、仕業検査を担当するまでは10年の経験が必要だった。しかし、JRやCTSは、メンテナンスコストを削減するために業務を外注化し、許せない低賃金で労働者を雇い、キチンとした教育や訓練、経験を積ませずに労働者に車両検査を行わせようとしている。そして何かあればその責任は全て当該労働者に押しつけられ、トカゲのシッポを切るように切り捨てられる。JR北海道の安全崩壊問題で解雇されたのは現場の労働者だけで、管理者は皆のうのうとしているのが現実だ。こんなことを絶対に許してはならない。

乗客の生命の問題だ!
 CTS幕張車両事業所では、4月25日の勤務発表時に、プロパーの仲間2人をK1、K2に担務指定し、新人同士で仕業検査を行わせようとした。しかし、職場における抗議が行われ、動労千葉が4月28日付で争議行為の通知を行ったことにより、新人同士のペアを早々に解消し、単独での本務運用を指定したのだ。いったん指定したペアをいとも簡単に変更したということは、CTS自身、プロパーの仲間たちへの教育・訓練に自信が持てないことを示している。
しかしペアがダメとか、単独ならいいという問題ではない。業務外注化により検査修繕業務の根幹が崩れ落ちようとしているのだ。このまま黙ったいる訳には、絶対にいかないのだ。
わずか半年の交番検査(機能保全)の見習と5回の仕業検査の見習で車両検査業務ができる者などどこにもいるはずがない。仕業検査は、たった2人で不具合や故障を発見し、直ちに対処しなければならない業務だ。しかも、尼崎事故や韓国のセウォル号事故を見てほしい。鉄道や船の事故は、ひとつ間違えば多くの乗客の生命を奪うことになる。こんな無責任があるか。JR、CTSは、直ちにプロパーの仲間たちを無責任に検査業務につけることを中止しろ!

JRは総合的技術者育成、しかしCTSでは養成できない
 動労千葉は、4月30日、CTSに対して、プロパーの仲間たちに対する仕業検査の本務指定解除を求めて団体交渉を行った。
しかし、CTSは、「JRが求める検修は、総合的な技術力を有する労働者を作ること。CTSは、受託業務について、JRが示した仕様書に則って作業を履行すること」「CTSはJRと同じ総合的技術を持つ労働者をつくることはできない」と回答を行ってきたのだ。
CTSには、車両を検査・修繕する技術力を持つ労働者を養成する能力や知識、組織体制もなく、技術力をもった労働者をつくるつもりもないと開き直っているのだ。ただ、JRが示した仕様書どおりに見て回るだけだというのだ。素人同然でいいというのだ。
だがそれは、断じて車両検修業務などではない。そのような列車に乗客を乗せて走らせようというのだ。信じられない!
さらにCTSは団交の中で、次のような回答を行った。
●標準的な209系車両については、電車整備作業標準の項目に基づき、全てできるようになった。
●パンタグラフや前照灯などの交換についてもできるようになっている。
●新人同士のペアを解除したのは、「新人同士でどうなのか」「最初はベテランの知識を教わることも必要だ」との声が出たから解消した。
●新人同士では、時間がかかり、トラブルが発生した場合、判断ができない場合がある。
CTSは、「全ての作業ができる」と回答しているが、そんなことは全くのウソだ。「トラブル時の判断ができない」とCTS自らが認めているではないか。
こうした中、技術・経験のないプロパーの仲間たちは、不安を抱えたまま仕業検査業務を行わされようとしている。こんなことは絶対にさせてはならない。
全ての責任は、業務外注化を強行したJRと、技術経験もないのに受託したCTSにある。
プロパーの仲間たちを守るためにも業務外注化粉砕のストライキを闘いぬこう!
委託業務をJRに戻し、出向者、そしてプロパーの仲間たちとともにJRに戻ろう!
5・2ストライキを貫徹しよう!

久留里線-復旧したその日に別の箇所で線路陥没!

 

【写真】台風26号の影響で線路の盛土が流出した松岡~亀山間の線路(インターネット記事からの転載)

保線業務に関する検査周期の延伸や業務外注化により、線路をまともに点検する技術力が崩壊しているということだ!

久留里線は、10月16日の台風26号の影響により松岡~上総亀山駅間において線路の盛土が大量に流出したため、久留里~亀山駅間での運行がストップしていたが、11月13日中に復旧が完了し、翌14日の初列車から運転が再開された。
しかし、運転が再開されたその日の夕方、台風で流出した箇所とは別の場所で、今度は線路が陥没するという重大事態が発生した。陥没は、2m×1・5m、深さ0・7mという大きなものだった。
14日、16時30分頃、上総亀山駅発の列車を運転していた運転士が、29k870m付近を走行中、進行右側のレール下が陥没しているのに気がつき、停車後、指令に連絡した。その後、陥没箇所の復旧が行われ、同日21時頃には運転を再開した。

2m×1・5m×0・7mの陥没ー脱線の危険が!

しかし、もしも陥没を発見したときに、列車の重さでレールがゆがんだりしたら、脱線の危険性もあったということであり、運転保安上も極めて重大な事態だと言わなければならない。
しかも、今回の問題は、台風による土砂流出から復旧したその日に、別の箇所が再び陥没したというものであり、これまでで聞いたこともない事態が。
千葉支社は、復旧にあたって、担当者による線路の点検や臨時列車による走行点検を行ったとしている。
しかし、それにもかかわらず陥没箇所を発見できなかったということ自体、大問題だ。
こうした事態は、国鉄分割・民営化以降、大幅な規制緩和により線路に関する検査周期は大幅に延伸されてきた。そして、2001年には設備関係の業務が外注化され、全国で3000人、千葉でも300人もの労働者が出向に追いやられたのだ。
その結果、2004年頃からはレール破断が頻発する事態に陥ったのだ。
こうした状況の中で、線路を保守し、列車と乗客の安全を守るための技術、列車を運行する能力そのものが崩壊しはじめているということだ。
反合・運転保安確立!鉄道業務の全面的な外注化攻撃粉砕!組織拡大闘争へ全組合員が総決起しよう!


木更津運輸区・H君への不当処分弾劾!

11月14日、JR千葉支社は、木更津運輸区・H君へに対して、「暴言」を理由とした「訓告」の不当処分を行ってきた。
絶対に許すことはできない。JR千葉支社は、直ちに処分を撤回しろ!

遅刻を防ぐのが管理者の仕事ではないかと抗議しただけだ

処分理由とされた「暴言」など全くのでたらめだ。
 9月下旬、木更津運輸区で「3分」の出勤遅延が発生した。このときH君もその場にいて、遅刻を出す前に当直助役が気を利かせて起こしに行くのが当たり前ではないか、と当直助役に抗議しただけなのだ。乗員・乗客の命を守り、最新の注意をはらって列車を運転している乗務員からすれば、極々当たり前のことを言ったまでのことだ。これのどこが「暴言」だというのか。
しかもその後、区長自身が、H君に対して、「秩序を乱すからあなたはいらない」などと、許し難い言辞を吐いたのだ。これこそ暴言であり、パワーハラスメントそのものだ。
H君への「暴言」を理由とした不当処分は、会社に反抗した者に対する見せしめ処分に他ならない。この不当処分に対して腹のそこからの怒りで抗議の声を上げよう!「いらない」と暴言を吐いた木更津運輸区長を徹底的に弾劾しよう

青年に訴える ④ 車両技術分科会会長 半田幸夫(幕張支部) 安全は絶対に譲っちゃいけない。物言わない組合ってのはほんと恐ろしいよ。

外注化絶対反対! 動労千葉に入って共に労働者の命と安全を守り闘おう

安全意識が崩壊している
 6月7日、幕張車両センターで、本来やっちゃいけない方法で交番検査が行われて、あわや高圧感電事故という事態が起きました。当日は自分もいて、止められなかったのがやっぱりすごく悔しいかった。
当日、交番検査でメイン抵抗の交換があった。普段2つくらいなのが、その日は5個出て時間がかかった。だから、セクション「入」、パンタグラフ上げて作業したらしい。後で聞いたら主務と主任だけで話し合って決めたらしいんだよね。その日いた助役は、10年前に感電事故が起きたときの交番検査長だったんだ。そういう人がいてやらせちゃっうんだから許せないね。やっちゃいけねえことはやっちゃいけねえんだよ。一回起こったことは必ず起こるんだから。
本来この仕事は、セクション切って、パンも下げて、バッテリー切り、メインスイッチ(MS)切りという状態で、二重三重の安全策をとってやるもの。だから、技官にも「そんな危ない作業するな」って言った。そしたら、「MS切ってあるから回路的に問題ない」っていう回答が返ってくるんだよね。確かに回路的には問題はないよ。でも、安全作業っていうのはそのプラスアルファが必要なんだ。安全意識が崩壊してるね。

動労千葉外しのつけ
 これは、動労千葉排除のために交番検査からベテランを外してきた結果だと思う。確かに、自分も危ないことを結構やったりした。でも、そりゃやっちゃいけねえって言ってくれる人が以前はいたんだよ。それが、交番検査から動労千葉を排除して、しかもその後にベテランを派出に行かせた。それで、今度の外注化と強制出向。幕張で言えば動労千葉の3分の2くらいが出向させられてる。ベテランがいないから、技術とか安全意識が継承されなくなっていると思う。そのつけが出てるよね。

会社が安全意識を解体
 仕事を早く終わらせて自分たちの「手柄」にしたいっていう感じでやったんじゃないかな。今の若い人達は、常にいろんなことをやらされて、「成果」を求められている。会社に残っていろんなことやってるよね。結果を出さないと自分が「評価」されない。だから、車両を早く出すってことに頭がいっちゃって、結局一番大事にしなければいけない安全の確保がどっかに吹っ飛んじゃってるんだよね。
そういう頭にしたのは、結局、会社側なんだよね。7日も、昔は当時の俺以上に安全の確保にすごくうるさい奴もいたんだ。MGの整流子面の清掃でも、惰性で回しながらサンドペーパーを固定して当ててやるのが早いんだ。だけど、危ないからやらなくした。時間はかかるけど、ちゃんと止めてから長いペーパーを使って二人一組で両側から引っ張る。そうやって、すごい考えて作業してたんだよ。
そういう人間が、「成果」が上がるからって安全確保の考えがどこかに吹っ飛んじゃう。そうさせた会社がほんとに許せないね。
本来は交番検査だって一定の余裕がないと出来ないんだよ。それを「作業効率をとにかく良くしろ」って、検査のやり方を根本的に変えちゃった部分もあるんだよね。必要な工具類なんかみんな放り捨てちゃってる。たまに交番検査にいくと工具がないんだよ。だから臨検とかに借りに行くんだ。本当にあきれかえっちゃう。だから、高圧電圧下でも作業しようってなっちゃう。
作業効率が悪くても、なんでそういう方式にしたのか。これが一番安全なんだという大先輩が築いてきた作業方法があるんだよ。そんなことも欠いちゃってるんだよね。

外注化と安全は相容れない
 間違っているものには間違っているって声を上げようって言いたいね。7日の作業のとき、「怖い」って思った人間がいたんだ。その時に声を上げてほしいんだよね。だって、死んじゃうぞって話でしょ。会社に対して「結果」を残したみたいに思ってるかもしれないけど、なんかあったら会社は「責任取れ」って言ってくるんだよね。勇気を持って言ってほしい。まして自分の命に関わることだったらなおさらだよね。
そして、これは労働組合の問題だよね。労働者の命や生活を守るために、安全は絶対に譲っちゃいけない。それを言ってんのは動労千葉しかないんだよね。物言わない組合ってのはほんと恐ろしいよ。
やっぱり安全と民営化・外注化は相容れないよ。検修職として改めて感じたね。だから、みんなには動労千葉に入ってほしい。共に外注化反対闘争に勝利して安全と命を守ろうって言いたいね。

本日、本線運転士スト突入!久留里線ワンマン化反対! 木更津総行動へ! 3月16日(土)14時  木更津駅集合

13春闘勝利! 外注化粉砕! ワンマン運転導入反対!

13春闘第2波ストライキに突入!

 本日、本線運転士がストライキに突入する。外注化攻撃は、検修職場に働く者だけの問題ではなく、運転士が降りる職場を奪う攻撃でもある。また、規定などを得手勝手に解釈し、入換通告などを単なる運転取り扱い上の「連絡」にし、責任が曖昧にされ、いつ事故が起きてもおかしくないような状態を強制している。偽装請負であるから直接の指示とすることができないのだ。そもそも構内を外注化すること自体が無理なのだ。列車の安全運行、乗客・乗務員の命を守るためにも外注化を許してはならないのだ。


木更津総行動への決起を訴える山中支部長

総決起集会に310人が結集!

昨日14日、検修職場で正午よりストライキに突入した。
また、貨物支部では、15時より春闘貨物総決起集会を開催し、18時より「13春闘勝利! 検修・構内外注化粉砕! 久留里線ワンマン運転絶対反対! 動労千葉総決起集会」を開催し、組合員、支援の仲間310名が結集した。

久留里線ワンマン運転反対!
 千葉支社は、今ダイヤ改正から久留里線へのワンマン運転を強行しようとしている。しかも新しく導入された車両で、2月にATS―Pが使用開始され、その上にワンマン運転である。ひとたび事故が起これば、運転士に責任を転嫁するのである。こんなことを許してはならない。
ワンマン運転化絶対反対! 木更津総行動に総決起しよう!

 


昼間、千葉機関区において貨物の春闘総決起集会が開催された
久留里線ワンマン化反対!

木更津総行動へ!

 ■3月16日(土)14時
■木更津駅集合

動労千葉は、3月14日から17日まで春闘第2波ストライキに入ります。

動労千葉は、3月14日から17日まで春闘第2波ストライキに入ります。動労千葉にとって、外注化との新たな闘いの出発点であり、新たな反合理化・運転保安闘争を確立する闘いです。

JRにおける外注化攻撃は、黙っていれば、会社が公言するように、今秋には計画業務、その次には機動班や資材・倉庫業務、さらには新系列の機能保全や技管に拡大し、JR本体には何も残らなくなります。外注化は、そこで働く労働者を転籍し、非正規雇用に突き落とすまで終わらない攻撃です。
闘いが必要です。当初は、東労組との間で「7〜8年で最終段階まで持っていく」と言っていたのが、千葉では着手までに12年を要しました。
闘うことが何よりも状況を変化させるのです。 そもそも強制出向そのものが違法行為です。

動労千葉は出向協定を結んでいません。さらには検修・構内業務は明白な偽装請負です。外注化は矛盾と弱点に満ちています。

運転保安が最大の問題 

最大の問題が、運転法規・運転保安と外注化との関係です。
JRが指揮・命令していない形にするために、入換作業にあたっての信号所からの「通告」などを、単なる「連絡」とか「情報提供」にしてしまいました。千葉鉄道サービス(CTS)津田沼事業所の内規からは「通告」「復唱」などの言葉すら消えました。外注化によって、実施基準などで定められたこれまでの運転法規が土台から破壊されています。厳格に定められた指示行為を「連絡」「情報提供」とすることによって、すべてが曖昧となり、幕張では、CTSとJRがそれぞれに勝手に列車を動かす危険行為に至っています。
こうしたことを曖昧にしない職場から闘いの出発点が今回のストです。動労千葉―動労総連合とともに外注化と闘おう。

◎ストライキの戦術(東日本)

※検修・構内関係
(泊勤務者)3月14日13時から15日、日勤勤務者の就業時まで
(日勤者)3月15日、始業時から終業時まで   
 木更津支部は3月16日始業時から日勤勤務者の終了時まで

※本線運転士
(DC)3月15日、泊勤務から3月17日、明け勤務終了時まで
(EC)3月15日、泊勤務から3月16日、日勤勤務終了時まで    
営業関係は3月16日を中心にストライキを配置する。    
清掃、上回り業務のエルダーは除く。いすみ支部は除く。

 

春闘ストライキ中の行動いついて
「13春闘勝利、検修・構内外注化粉砕、久留里線ワンマン運転絶対反対、動労千葉総決起集会」
3月14日(木)18時 千葉市民会館・地下小ホール

久留里線ワンマン化反対、木更津駅頭街宣行動
3月16日 14時木更津駅集合

 

3・1スト突入!千葉労基署-CTSに労基法違反の是正勧告!

委託した業務と出向者をJRに戻せ!

CTSは違反行為を謝罪しろ!

是正勧告書

2013年2月21日

JR千葉鉄道サービス株式会社
代表取締役社長 後藤 慎悟 殿

千葉労働基準監督署監督官

違反事項

 時間外労働協定を、千葉労働基準監督署に届け出ていない中で、構内運転業務に従事する労働者に対して、時間外労働を行わせていること

これが、千葉労働基準監督署が、千葉鉄道サービスに対して出した労基法違反の「是正勧告書」の内容だ!36協定が締結されていないのに超過勤務を強制したことを、違反行為として明確に認定している。
CTSは是正勧告に基づき、違反した事実に関して職場でキチンと説明し、謝罪しろ!

2月21日、千葉労働基準監督署は、千葉鉄道サービスに対して、幕張運転車両所で36協定が締結されていないのに、労働者に時間外労働者休日労働などを行わせていたことについて調査を行い、別掲のとおりの「是正勧告書」を発した。
是正勧告書が出されるということは、労働基準法に違反にする取り扱いが行われていたということであり、千葉鉄道サービスは違法企業ということだ。
千葉鉄道サービスは、違法行為を行っていながら「労基署の責任だ」などといって自ら行った違法行為の責任を労基署に押し付けようとしていた。しかし、千葉鉄道サービスが違反行為を行ったことは事実だ。
是正勧告が出された以上、違反行為に関して職場でキチンと説明し、謝罪しろ。これは当たり前のことだ。
こうした中で、「36協定を締結しなければ幕張運転車両所を潰す」などいって、今日、幕張事業所への統合を強行した。
絶対に許せない!
違法企業に業務委託などできない!事業所を潰すのであれば委託した業務と出向者を直ちにJRに戻せ!
本日の13春闘第1波ストライキを貫徹し、業務外注化ー強制出向粉砕の第2ラウンドを闘いぬこう!

 

国交省・事故調の中間報告を弾劾する 運転士への事故責任転嫁による真実の隠ぺいを許すな

▼とにかく酷い報告だ!

9月6日、国土交通省の事故調査委員会が、尼崎事故に関する調査の中間報告を発表した。

 「『これでは家族がなぜ、どういう状態で亡くなったのか、霊前に説明できない』……遺族らは『原因究明とはほど遠い内容』と不満をあらわにした」「『何人も納得させることはできない』と原因究明が不十分な内容に不快感を示し、自ら原因究明に乗り出さないJR西日本への怒りが噴き出した」──報告書は33ページからなる「経過報告」と3ページの「建議」からなっているが、何と言ったらいいのか、とにかく酷いものだ。事故原因を運転士個人の責任に転嫁し、闇から闇に処理してしまうためにつくられた報告としか考えられない。そして、意図的な記者会見によって、マスコミには「異常運転」などという言葉だけが踊っている。

▼何ひとつ書かれてない

徹底的に追究されなければいけないはずの本質的な問題については、経過報告にも、建議にも、ただのひと言も言及がないのだ。
例えば、あの時間帯・乗客数で15秒停車という、信じることのできないようなダイヤ設定を行なうことによって、スピードアップや私鉄との無謀な競争が行なわれていた実態はただのひと言も触れられていない。車両の極端な計量化やボルスタレス台車の問題についても、あれだけ問題となった「日勤教育」など、運転士に対する日常的な教育や職場管理の実態についても、全く何ひとつ言及がない。
経過報告に書かれているのは、モニター装置の解析を除けば、車両や周辺の被害状況はどうだったのか、運転士の当日の勤務はどのような行路だったのか、207系車両の諸元といったレベルに過ぎない。中間報告とはいえあまりに酷すぎる。すでに事故から4ヵ月以上が経っているのだ。まさに意図的としか考えられない内容だ。

▼これが対策と言えるのか

「建議」では、「構ずべき施策」として4点が指摘されているが、次のとおり、こんな事で事故が防げると思っているのかと怒鳴りたくなるようなものだ。
(1) 曲線や分岐器に対する速度超過防止用のATSの設置。
(2) 防護無線の操作の簡素化と乗務員への教育の充実(尼崎事故の後に防護無線が作動していなかったことにふまえたもの)
(3) 列車の走行状況を正確に把握する装置の設置と活用(当該運転士が速度オーバーをしていたことや、04年度にJR西日本で、ATSによる非常ブレーキ作動が46件起きているこ とにふまえたもの)
(4) 速度計の精度向上(実際の速度より4㎞/h低く表示される場合があることを受けたもの)
これを見ればわかるとおり、一体これがあれほどの大惨事への対策なのかと目を疑いたくなるような御粗末なものに過ぎない。

▼真実の隠ぺいを許すな

この建議を受けて国土交通省は、10月中旬までに技術的な基準を定めるよう検討したり、「運転士の資質の維持管理を充実させるための新たな制度の創設」に向けた法案を次期通常国会に提出するとしている。
政府・国土交通省は、民営化-規制緩和、市場原理による安全の切り捨てという本質に責任が及ぶことを徹底して断ち切ろうとしている。JRは経営責任に問題が及ぶことを必死でおおい隠そうとしている。JR-国交省はまさに共犯者だ。このまま黙っていたら、本質的な問題は全て隠ぺいされ、これまで以上に徹底した職場管理、締めつけだけが強化されることになるのは間違いない。そして再び尼崎事故が繰り返される!そんなことを絶対に許してはならない。闘いなくして安全なし!
―この原点を今一度胸に刻もう。

慰霊碑に「106名」! こんな事、絶対に許せない!

JR西日本で、尼崎事故の現場に慰霊碑を建立する計画が進んでいるという。だが、その碑文には「106名の犠牲者」と刻まれるというのだ。
尼崎事故を、何がなんでも運転士一人の責任に帰して、真の原因に追及の手が及ぶことを隠ぺいしようという意図の余り、慰霊碑まで、犠牲者の人数から当該運転士を除いてしまおうというのである。こんな卑劣がまかり通っていいのか。断じて許せない!
だが、その慰霊碑建立について、国労も含めJR西日本傘下の各労組は、抗議するどころか、組合員から一人三千円のカンパを徴収するなど、会社と一体となって推進しているという。
ここにあるのは、牙を抜かれ、企業に追従することしかできなくなった腐り果てた姿だ。許してはならない。こんなことでは再び大惨事が起こる!

民営化-市場原理と組合潰しが生んだ職場の荒廃 ―闘いなくして安全なし―その2

尼崎事故の根本的原因は何か、107名の生命を奪ったのは誰か。
▼国鉄分割・民営化という犯罪的政策によって殺された!
▼JR西日本によって殺された!
▼政府-国土交通省の規制緩和政策によって殺された!
▼資本の手先となった労働組合によって殺された!

利潤追求、首切り、そして組合潰し

国鉄分割・民営化がもたらしたものは、20万人に及ぶ国鉄労働者の首切りと鉄道輸送を利潤追求の手段としてしか考えない発想、組合潰し・団結破壊を一切に優先するJRという歪んだ企業であった。
動労本部(現JR総連)は激しい攻撃の前にすくみあがって転向し、国鉄分割・民営化の手先、資本の手先になり果てた。現場には怒りの声が渦巻き、組合員は闘いの方針を待ち続けていたにも係わらず、国労本部も全く無為無策であった。そして、安全という問題を真剣に考え、安全を守るために闘う者は誰もいなくなった。
分割された本州三社のなかで最も経営基盤の弱かったJR西日本は、最も露骨に競争原理一本槍で突っ走った。
さらに「新自由主義」と呼ばれた市場原理至上主義、「構造改革」-規制緩和政策がそれに拍車をかけた。拍車をかけたというよりも、国鉄分割・民営化こそがその原型である。その必然的結果が尼崎の大惨事だ。

国鉄時代には絶対になかった!

「事故当日にボウリング大会」だとか、宴会をしていたとかいう問題が繰り返し取り上げられ「今も国鉄時代の悪習を引きずる体質」などと、連日大キャンペーンがはられている。事故の本質には煙幕がはられ、「何という連中だ」という憎悪が煽られている。
だが、こんなことは国鉄時代だったら絶対になかったことだ。かつては少なくとも職場に団結があり、一体感・連帯感があり、「事故」という問題、「安全」という問題が、鉄道に働く者にとってどれほど切実で、大切で、そして深刻な問題なのかについて共通の認識があった。これほどの重大な事故が起きれば、とるものもとりあえず飛んでいくというのが国鉄時代の感覚であった。
別に「モラル」で自粛したわけではない。東中野事故で乗客と運転士の生命が奪われたとき、大菅踏切で運転士がおし潰されて生命を失ったとき、ボウリング大会に行こうなどという者は絶対にいなかった。職場の労働者の目は怒りと悔しさでつり上がっていた。

なぜこんなことが起きたのか?

なぜそうした感覚が失われてしまったのか。職場をズタズタに切り裂いた国鉄の分割・民営化こそが潰したのだ。「三人に一人はクビ」という現実のなかで、仲間を蹴落としてでも自分だけは生き残ろうという感覚。その手先となった労働組合。組合潰しだけに腐心する管理者。嵐のように吹き荒れた不当労働行為。西日本ではJR連合、東日本ではJR総連を手先とした、今も続く徹底した差別支配。こうした職場支配を20年もの間続けた結果が、この荒廃した職場の現実に他ならない。
さらにこれは、競争原理を徹底して強い続けた結果でもある。競争はマスコミが報ずるような私鉄との関係であおられているだけではない。JR各社が競い合い、同じJRのなかでも支社どうしで営業成績を競い合わされ、職場どうしで競い合いが行なわれ、そして一人ひとりの労働者の間でも蹴落とし合わされるということだ。その結果生み出されるのは、団結を解体され、自分のことしか関心をもたない人間像である。

競争原理が生み出す人間像

事故列車に乗り合わせていた運転士から連絡を受けた管理者は、自分が管理する運転士を遅刻させないことしか関心がない。遅刻でもさせたら自分の責任だということで頭が一杯で、事故の状況について報告を受け、大変なことだと判断することもできない。だがそれは「1秒も遅れるな!」と労働者を徹底的にしめ上げることが日常の仕事となっていれば、ある意味で当然のことである。
事故当日のボウリング大会も、会社主催のいわば官製サークル、労務政策のためのサークルだ。東日本でもそうだが、区長にして見れば、そうした集まりにどれだけ社員を集めたかが点数となり、現場の労働者にとってもそれに参加することが点数稼ぎになる。多くの者が、陰では「区長や助役なんかとボウリングして酒飲んだっておもしろくもクソもねえや」と言いながら参加するのだ。
そして、点数を稼ぐこと、上からの命令を下に強制することしかできないロボットのような管理者がつくられ、自己保身だけを考え、それに従う労働者が生み出される。

JRこそ理想のリストラモデル?

5月8日付の『東京新聞』で、ジャーナリストの斎藤貴男さんが次のように書いている。

 この間、報道の圧倒的多数は民営化を手放しでたたえてきた。結果、JR各社の労務管理こそ理想のリストラモデルとされるに至ったのだが……。(略)
天王寺車掌区のボウリング事件が、何もかも市場原理、企業の論理に支配されていく国の安全性や人命軽視の奔流の一断面としてとらえられるならいい。間違っても関係者のモラルの問題に矮小化(わいしょうか)されることだけはあってはならない。
その意味で、脱線事故の続報と郵政民営化関連法案の閣議決定を芸もなく並べた報道各社の姿勢には不満が残る。すでに郵便局の現場にはトヨタ式労務管理が導入され、それかあらぬか過労死や自殺者が激増。生存権を保障した憲法違反だとの訴訟沙汰にもなっている。地続きなのだ。

全くそのとおりだ。問われなければ
ならないのは、国鉄分割・民営化という犯罪的政策そのものである。その手先となった労働組合の責任が厳しく問われなければならないことも言うまでもない。
闘いなくして安全なし。今こそ職場に団結を取り戻さなければならない。今こそ、労働組合の原点、階級的立場が問われている。